誠実さの欠如

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yona

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May 31, 2011, 10:34:42 PM5/31/11
to 屋久島再生
昨日、久しぶりに徳州会の新聞が郵便受けに入っていました。
本来は週刊なのですが、ここ何週間は来ていませんでした。
なかなか良い記事が載っているので、以前は楽しみにしていたのですが、
こういうことが続くと、もうあまり読みたいとも思わなくなります。

もう何年も前のことですが、やはり全く来なくなったので、
集落内の配達の人を教えてもらって貰いに行ったことがあります。
驚いたことにガレージに何週間分もが山積みされていました。

徳州会は部数分の配達料を払っているそうです。
しかし配られたかどうかのチェックはしていません。
それでお金だけ貰って何もしない不心得者が出てきてしまうようです。
近所の人もそれを知っていて「心のない人」と言っていました。
「誠実でない人」といった意味なのでしょう。
しかしみんな、近所付き合いを重んじてか見てみぬふりをしています。

もう一つ、この島にはあちこちに無人市がありますが、
そのいくつかに防犯カメラが付けてあってびっくりしました。
なんだか疑われているようで、もう近付く気がしなくなります。
ともかくこんな100円の世界で、かえって費用がかかりそうです。
それでも付けたということはそれほど被害が多いということでしょうか。

都会でも万引き事件は多発しています。
その多くは、若者たちの愉快犯か、
あるいはある程度高価で転売できるものを狙った職業的犯罪者です。
だから野菜で、したがって一家の主婦が常習犯ということはかなり異常です。
しかしそういう人がこの島には少なからずいるということのようです。

屋久島の人はたいてい善良で誠実であるように思えます。
広い畑で、雨にも暑さにも負けず、ひとりでも黙々と働いています。
誠実で実直でなければ勤まりそうもありません。
しかしそれは、働いた成果が明確だからかもしれません。
自分の働きが収穫となって、そのまま収入に直結するのですから。

ではそうでないところでも同じように誠実なのでしょうか。
どうも働かなくても済むところ、また人の目のないところでは
ずる賢こく欲深く恥知らずになる人がかなりいるようです。
それは都会の労働者などより多いように感じます。

ここの政治の世界も、たかりやつまみ食いが横行しているようです。
もともと田舎政治は、自分で努力し自力で発展させるのでなく、
国や県からいかに補助金をせしめるかが主題でした。
そしてそれを身内で山分けして選挙の票にしてきたわけです。
そうしたことは全国的にはもうだいぶ改められているのですが、
ここでは昔のまま、何十年も昔の日本が温存されているようです。

yona

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Jun 4, 2011, 10:49:02 PM6/4/11
to 屋久島再生
仕事への誠実さは日本人の美点として世界で賞賛されていることです。
しかしここではそんな常識が通用しないと思わされたことが何度かあります。
「げじべえの里 千尋売店」もその一つでした。

私も絵葉書など出品したのですが、
いつ行っても商品はごちゃごちゃ無茶苦茶状態、
それに売り切れて棚が空っぽになったりもしていました。
たまりかねて意見を言ったところ、
「お客さんがちゃんと戻さないのだから仕方ない!」
「在庫管理は出品者の責任と契約書に書いてある!」
など、逆に食って掛かられました。

しかしそもそも販売促進は販売者の責任です。
商品がなくてどうして販売ができるのでしょう。
商品がごちゃごちゃで、どうしてお客さんが買う気になるでしょう。

ただこうした揉め事があってからは、私が車で近付くと、
慌てて棚を整理する姿が見られるようになりました。
そして今は、いつ行ってもきちっと整理されています。
在庫がなくなりそうになると連絡も来るようになりました。
さらに驚いたことに、陳列が工夫されて、
ずっと見栄えがするようになっていたことすらあります。

つまりこの人たちもやればできるのです。
言われなければやらないことが問題なのです。
そして組合長以下、理事が10人以上もいて、
その人たちが何も言わないことが、
つまり管理責任を果たしていないことがもっと問題なのです。

もう一月も前のことですが出品者会というのが開催されました。
出品者から意見や希望を募るというものです。
ある小物を出している人から、手持ちの在庫がなくなったが、
また作るのにお金がかかるが、なかなか回収できないし、
止めようかどうしようか迷っているという話が出ました。

しかし組合長も理事たちも居並んでいるのに、
彼らは黙りこくっているだけです。
何とか続けて欲しい、どうすれば続けてもらえるかなど言わなければ、
会合を持った意味がないはずです。
だいたい区民総会の場などにおいて、
「一品でもよいから出して欲しい」などと言っているのですから。
しかしそのための方策など何もしていません。
つまり自らの仕事に全く誠実に取り組んでいないということです。

実はこの春、私ももう止める気でいました。
在庫がなくなったので、もう終わりにしますと売店で話したのです。
その時、販売員の一人が商品は素敵ですと残念そうに言ってくれたのです。
ああこの人は売りたいと思ってくれている、
それならばその気持ちに応えなければと、作り直す気になったのです。

人間、気持ちの上での一体感がなければ何事もうまく行きません。
この出品者会も、理事たちばかりで一般の出品者は3人だけでした。
もうみんな気持ちが離れてしまっているのです。
何よりも必要なのは、出品者、販売員、理事の間での一体感です。
そのためにはまず、それぞれが誠実に仕事に取り組んでいなければなりません。

yona

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Jun 6, 2011, 10:52:19 PM6/6/11
to 屋久島再生
「げじべえの里 千尋売店」について、もう少し話を続けます。
組合長は公の場で、出品者を増やしたいと何度も言っています。
しかしそのための具体的な方策は何一つしていません。
昨年度、正会員になったが一度も出品しなかった区民が2人いるそうです。
しかしどうしたのか聞くなどいっさい手を打たなかったのです。
最初に5千円も会費を取り上げておいて、あとは放ったらかしです。

組合長は表向きもっともらしいことを言ってはいるが、
本心は、自分のものだけ売れれば後はどうでもよいということであると、
こうした事実が証明しています。
かえってうるさい連中や、わずらわしいことなどない方がよい。
私は数少ない出品者の一人で、それなりに棚を賑わしているのですが、
大事にされるどころか、文句があるなら止めろという雰囲気を感じています。

ところでこの売店は実質赤字なので、
経営責任者はまず経費の削減に取り組まなければなりません。
大きいのが電気代、その多くは冷暖房費です。
もともと山の上で結構涼しいのにガンガンに冷やしているのです。
それも夏前からずっと、すっかり秋になってもです。
しかし私がそれを指摘しても、
電気屋に2台付ける必要があると言われたのを節約しているのだとか、
温度計を付けてチェックしているはずだとか(嘘です)、
言い逃ればかり口にします。

そのうち、元販売員の人から事実が暴露されました。
なんでもアブが多いので入ってこないよう締め切っていた、
そのため空調を付けっぱなしにする必要があったとのことです。
アブが多いって、あんなところ数匹いるかどうかのはず、
ハエ叩き一つで済むことです。
組合長も理事たちもそんなこと全く知らなかった、
つまり全く管理監督してこなかったというわけです。

まあ私はこの人の議会での答弁など傍聴して、
こんな昔の田舎政治家が今でもいるのだと感心したものです。
口先だけで、誠実さとか正義感のかけらも持ち合わせていない、
恥知らずで欲深くずるがしこい典型的な日本の田舎政治家です。
(屋久島町議会は、大半がそうかもしれませんが)。

ただ私にとって不思議なのは、なぜ集落の中で、
自浄力が働かないかということです。
周りに支える人がいなければ一人では続けられないはずです。
この組合を、ずっと一緒に牛耳ってきたのは元区長の2人です。
ただ私には、この2人は欲深い人間には見えないのです。

一人は悪賢こいどころか融通性がなく不器用なくらいに見える。
もう一人は調子のよい人間ではあるが悪巧みをするようには見えない。
私のごく正当な意見を理解できない人たちとは思えないのです。
それでもこうして一度グルになってしまうと、
もう冷静な判断などできなくなってしまうということでしょうか。
従わないものはすべて敵、そういう感情がすべてに優先する、
もう反対意見や批判など聞く耳すら持たなくなる、
そうしてますます彼らだけの団結を強めているのかもしれません。

yona

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Jun 7, 2011, 9:22:43 PM6/7/11
to 屋久島再生
余談ですが、原集落は「げじべえの里」をその愛称?にしています。
集落便りなども「げじべえの里」という題名になっています。
げじべえって何でしょう。
なんでも山の中の森に住んでいて人を驚かす、
しかし別に悪いことも良いこともしない化け物だそうです。

まあ千尋売店は山の中ですからその愛称としてはよいかもしれません。
しかし平地の原集落の愛称としてはおかしいという気がします。
それでも、昔から集落の中で親しまれてきた名前ならいいでしょう。
しかしそんなもの知らない、聞いたこともないという住民が多いのだそうです。
もし「げじべえの里」を集落の愛称とするかどうかアンケート調査をしたら、
圧倒的多数で否決されるだろうとのことです。

それなのにいつの間にか、どういう経緯か知らないが既定化されてしまっています。
これを推進してきたのは元区長たちだそうです。
そんな名前は嫌だという声は、特に老人たちの間に多いとのことですが、
ここの人たちの常として、表立っては何も言いません。
区民総会など出てくる一般住民はごくわずか、
結局、メンバーがほとんど固定している区会議員会さえ牛耳れば、
何でもできてしまうということのようです。

私は毎月の集落便りを見るとき、
なんだかゲジゲジと書いてあるみたいであまりいい気がしません。
まずは編集委員の力で、普通の「原集落便り」に戻していただけないかと期待します。
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