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桂木健次

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Dec 7, 2009, 5:30:05 AM12/7/09
to StudyOnF_Soddy
Twitter でのSoddy page #entropyJP検索法 は、以下のノートに従ってください。

http://groups.google.co.jp/group/studyonsoddy/web/twitter-search--entropyjp?hl=ja
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kawamiya

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Dec 8, 2009, 11:38:22 PM12/8/09
to studyo...@googlegroups.com
みなさま

ソディVWV&Dの15章サマリーの拙訳(部分)です。(p.331)
旧来の経済学=物心1元論、ソディ理論=物・心2元論という主張が明瞭に打ち出され
ています。
{}内は私の付け足しです。

河宮信郎

結論
 大胆な見方になるが、世界に平和と経済的自由をもたらすことを望む社会改革論者
の道筋が、経済学というイラクサに妨げられることはもはやなくなる。経済学の刺傷
力はもっぱら、この世界が育んできた愚かしい混同、科学と技術の時代のなかで賢い
子供なら十分見抜ける程度の混同に発している。豊富と貧困のパラドクスの本質と解
決法に関する冷酷な対立を二度と恐れなくてすむようにしよう。{「物的な富」の生
産力は十分高いのに、必要な富をえられない人が多い。現行の貨幣制度は、この矛盾
を解消しないでむしろ拡大する。この豊富の中の貧困、過剰と不足の併存というパラ
ドクスを経済学は切捨て、現状追認をこととしてきた。その根底に、真の富(物的
富)と仮想的富(貨幣、金融証書)の混同があるというのがソディの基本認識であ
る。}

 これら旧来の混同が根絶されれば、経済学は星占いや錬金術のような主題から、科
学になる。これまですでに、経済学の物心一元を物理学的な富、心理学的な負債に分
離したことは、驚異的な単純化をもたらした。もちろん、心理学も物理学と同様に重
要だと主張するひとも多い。しかし、心理学的側面の理解が、当初からある富と負債
の間の粗野な物理学的誤解および旧い経済学者の粗い永久運動モデルの誤謬{vulgar
perpetual motion fallacy}を補償する{offset}と主張するほど頑迷なひとも少な
いであろう。このような誤謬はまさしく、超人と天使がつくり、支配した世界に置い
て、彼らがつくり出したものと同じ影響を生み出すであろう。{この隠喩の真意は不
明確}
{e.g. たとえば、ワルラス的市場は、いったん成立すると自律的に永久運動(期限
なし)をするものと想定されており、外部からのエネルギー補給も不要、流通に伴う
摩擦熱で減衰することもない。これは、物理的な実体の運動では存在しえない現象で
あり、虚構の論理モデルでしかない。このモデルの範となったニュートン力学・天体
運動は無摩擦の永久運動に近い。だが、じつはこれとても角運動量の減衰や移転を伴
い、歴史的に永久不変ではない。}結論

Eiichi Morino

unread,
Dec 9, 2009, 12:33:26 AM12/9/09
to studyo...@googlegroups.com
翻訳どうもありがとうございます。

このPoverty amidst Plentyの考え方は当時刊行されていた週刊誌The New Ageに鼓吹されて
いた人々に共通してるようにみえますね。生産能力は巨大で産出も大きい豊饒さのなかで
貨幣・金融システムの間違いのゆえに貧困が発生していると。

こんにちの視点から見ますと、彼らは豊饒さが維持拡大されるのは前提でありましたが、
それはどうなんでしょう。ソディのように解放された原子力エネルギーがそれを保証
するのかなと素朴な疑問をもっています。

ニュートン力学的世界乃至永久運動的世界観とは無縁というのはおっしゃるとおり
ですね。

ゲゼルにしたところで、支持者で歳の離れたアインシュタインとポン友で、プライベートに
トランプを遊びをする仲でしたし。

2009年12月9日13:38 kawamiya <kawam...@sb.starcat.ne.jp>:

--
Eiichi Morino
mailto: eiichi...@gmail.com
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Skype ID: eiichi-morino
http://www.grsj.org

Eiichi Morino

unread,
Dec 9, 2009, 1:18:54 AM12/9/09
to studyo...@googlegroups.com
たとえばNew Age 派の O・F・J・GallowayはPoverty amidst Plentyで「生産が問題では
ない消費である」と宣言するなかで、

「世界が必要としているのは明らかに生産の増加ではない、消費の増加であり、すなわち
ちょうどいま見たように、かかる豊饒のなかですでに生産されてきているモノをそれを望む
人々に分配する諸手段である。」

と述べていますが、その分配主義にとって生産が増大していくのは与件であり、疑問を差
し挟んでいません。

資本やエネルギー投入の議論は後回しのようなのです。他方でソディの危惧するように原子
力の解放は人類の手に余る事情があり、もう一方ではジェボンズのパラドックスのなかにいて、
豊饒さに酔いしれて貧困をなげく構図になっています。

そうして最後はラスキン的な「真の消費」論にいきつく・・・

2009年12月9日14:33 Eiichi Morino <eiichi...@gmail.com>:

ergosopher

unread,
Dec 9, 2009, 1:34:32 AM12/9/09
to StudyOnF_Soddy
>、経済学の物心一元を物理学的な富、心理学的な負債に分離したことは、驚異的な単純化をもたらした。

its subject-matterを「経済学の物心一元」と訳されていますが、subject-matterとは、「内容、主題、テーマ」という意
味。


> こんにちの視点から見ますと、彼らは豊饒さが維持拡大されるのは前提でありましたが、
> それはどうなんでしょう。ソディのように解放された原子力エネルギーがそれを保証
> するのかなと素朴な疑問をもっています。

ソディVWV&Dの3章The Growth of Population no Longer a Bugbearにて、
ソディは近代農業を楽観視していた記述が散見されます。この点に関して、ソディが各種のエネルギー価格の差から導かれる問題を考慮していなかったことが
気になります。この点については、「ファイル」にアップされた拙著oisore.pdf の考察を参照ください。
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