産直後に母親が新生児を胸に抱くカンガルーケアが広がっているが賛否が分かれる。
カンガルーケアが母子の絆を強めるとの見方の反面、ヒヤリハット事例が続くからだ。
死亡や脳機能障害が起きたと訴訟に発展する事例もある。実施は是か非か。
推進出産直後のカンガルーケア推進を 「出生直後のカンガルーケアに力を入れていきたい」と考える京都医療センターの黒須英雄氏。「健康な正期産児に対するカンガルーケアは行った方がよいと思っているし、ぜひ全国の母親にしていただきたいと思っている。カンガルーケアはやったらやっただけメリットがあるのではないか」。国立病院機構京都医療センター小児科医長で、NICU(新生児集中治療室)センター長の黒須英雄氏はこう説明する 早期にできるだけ長くカンガルーケアは母親が新生児と肌を合わせて抱く行為を指す。出産後におなかに乗せてお互いに接触し、母親が子供に声をかけたり、自然に母乳を飲ませたりして、母子の絆を強めようという目的がある。母乳中心とした育児に移行させるきっかけとして行われる場合が多い。日本では、2003年にWHOからカンガルーケア実践の手引書が発刊されたのを契機に、母乳育児を目的とした出産直後のカンガルーケアが急速に広まった。 カンガルーケアを巡る議論として関心が高まっているのは、健康な正期産児の場合に、出生直後20分から1時間ほどの段階で実施するか否かという点。カンガルーケアを実施したケースで、チアノーゼや呼吸停止などの事故が報告されているからだ。 黒須氏は、「カンガルーケアそのものが悪いのではないだろう。出生直後は不安定で、一見正常に見える赤ちゃんでも急変することがある。赤ちゃんを十分観察できるような環境で行うことが大切」と述べる。「医師や看護師の体制に応じて、安全面に考慮してカンガルーケアを行うとよい」というのが黒須氏の見方。国は、カンガルーケア実施の安全性に関する質問に対し、カンガルーケアとチアノーゼ、又は気道閉塞等との因果関係は必ずしも明らかになっていないと公表した(内閣参質177第57号、2011年2月)。 むしろ黒須氏はカンガルーケアのポジティブな側面に注目している。 理由は、母子の愛着形成と母乳育児の確立に大きな役割を果たす点があると考えられるからだ。出生直後に、母親と新生児が密着することで、お互いが相手を感じる。母親は子供を胸やおなかに乗せてしぐさを感じることで、子供の理解を深めることができる。2007年から2009年にかけて発表されたシステマティックレビューで、カンガルーケアに伴い、初回授乳の成功率や母乳育児の継続のほか、子供の体温保持やなく回数、母親の愛着行動などで好ましい効果があると報告されている(Cochrane Database of Systematic Reviews 2007,Issue 3.Art.No.:CD003519.、Pediatr Int. 2010 Apr;52(2):161-70.)。 カンガルーケアを巡っては、「カンガルーケアガイドラインワーキンググループ」がガイドラインを作成し、2010年に改訂版を公開している(カンガルーケア・ガイドライン)。 この中で、正期産児のカンガルーケアについて、「健康な正期産児には、ご家族に対する十分な事前説明と、機械を用いたモニタリングおよび新生児蘇生に熟練した医療者による観察など安全性を確保した上で、出生後できるだけ早期にできるだけ長く、ご家族(特に母親)とカンガエルーケアを実施することが薦められる」と示している。 タイミングと継続時間について「早期にできるだけ長く」がポイント。ガイドラインの指針では、「出生後30分以内から、出生後少なくとも最初の2時間、または最初の授乳が終わるまで、カンガルーケアを続ける支援をする」と記載している。安全性の確保については、「今後研究や基準の策定は必要」と示す。 母乳育児の確立や母子の絆がいかに強められるかの観点から、長時間、母子の密着を重要視している。ガイドラインの作成過程で出ていた意見の中には、産後24時間継続したカンガルーケアをすべきと主張する意見も出ている。 黒須氏は、「私たちのチームでは、ガイドラインに忠実な形で長時間にわたって行えているわけではないが、いずれは体制を整えてガイドラインの方法を目指していきたい」と話す。現在、京都医療センターでは、年間600人ほどの出生児のうち、リスクが少なくスタッフが十分観察できると判断した100人強に対してカンガルーケアを実施している。 どんな新生児にも急変リスクヒヤリハット事例について黒須氏は、「事故が起きていることは不幸なことで、当事者になられたご両親や医療者のお気持ちを察するとつらい。ただし、そもそも出生直後の時期とは、カンガルーケアをしてもしなくても急変のリスクが存在する時期であり、急変とカンガルーケアを短絡的に結びつけるのは問題があると思う。事故の事例があったからと言って、カンガルーケアのリスクを必要以上に強調し、母親たちをむやみに不安にさせるべきではなく、それよりも安全面に十分考慮しながらカンガルーケアを進め、母子愛着形成と母乳育児確立を目指すべきだろう」と考えている。 「医療者としては、どんな新生児にも急変するリスクが存在することを認識し、一見元気で異常が認められない赤ちゃんにも細心の注意を払うことが重要。自らの施設で安全にカンガルーケアをするために、どこまで範囲を広げても良いのか、そのことを医療チームでよく話し合い、注意深く実施していくことが大切だ」と黒須氏は述べる。 | 危険出産直後のカンガルーケア禁止を 「出産直後のカンガルーケアは低体温症を引き起こすため危険」と訴える久保田産婦人科麻酔科医院の久保田史郎氏。「カンガルーケアは新生児の低体温を招くため危険。出生直後のカンガルーケアは即刻中止すべきだ」。久保田産婦人科麻酔科医院(福岡市)の久保田史郎氏はこう説明する。 訴訟相次ぐカンガルーケアの問題は、カンガルーケア最中に、チアノーゼ・気道閉鎖などのヒヤリハット事例、心肺停止などの医療事故が相次いでいること。中には脳機能障害や死亡に至った事例もある。今年5月にも福岡で訴訟が起きているほか、訴訟は続いている。今年の福岡の例では、女児がカンガルーケア後に呼吸停止となって植物状態になった。両親は医療機関が経過観察を怠ったと主張している。 信州大学が実施した調査によると、カンガルーケア中のヒヤリハット事例で最も多かったのは「チアノーゼの増強」だった。そのほかのケースは、「子供が冷たくなってきた」「血中の酸素分圧が上昇しない」「呼吸をしていない」「子供を落としそうになった」「気道閉塞」「子供が動かなくなった」と続いた。 久保田氏は、カンガルーケア中のチアノーゼや心肺停止は、出産直後の低体温症が引き金になっていると日本母乳哺育学会(2009年)で報告している。胎児は38度前後の温かい子宮内で過ごし、分娩を境に25度前後の分娩室に生れて、約13度の環境温度差で、寒冷刺激を受ける。 久保田氏は、「放熱抑制のために末梢血管が収縮し、産熱亢進んために啼泣(筋肉運動)をする。そうしてカロリー(糖分)消費量が増大する。末梢血管収縮とカロリー消費の増大が、子供を低血糖症に陥らせ、自律神経機能不全や脳神経発達に障害を引き起こす危険性がある」と話す。経口的に栄養摂取がまだできない段階は低血糖症に陥りやすい。 さらに、高インスリン血症の小児にとっては重大となる。久保田氏は、胎児の中には、母親が妊娠糖尿病でなくても、血糖値を下げる高インスリン血症の胎児が6人に1人(20/120人)いるという成績を発表している。分娩前には、どの新生児が高インスリン血症児か分らない。「症状が表に出なくても、中等度の低血糖症が長時間に及ぶと、脳神経発達に永久的な障害を引き起こす恐れがある」と久保田氏は懸念する。 「カンガルーケアの問題点として、心肺停止事故だけでなく、無症候性低血糖症の新生児を増やし、原因不明の発達障害児を増やす危険性があることがある。福岡市では、カンガルーケアが普及し始めた頃から、発達障害児が増加した」と、久保田氏は産後の対応と小児の発達が無関係ではないと見ている。 さらに、久保田氏は、「カンガルーケア中のチアノーゼや心肺停止は、生後1時間目ごろに集中している。この時間帯は下肢の末梢血管が最も収縮し、同時に肺動脈血管を収縮させる。肺高血圧症を引き起こしやすい」と話す。 低体温からチアノーゼに至る。(1)末梢血管収縮が持続的に収縮。下肢から心臓に戻る静脈還流量が減少、心拍出量が減って血圧が低下する。(2)放熱抑制を目的とした末梢血管収縮は、手足だけでなく、同時に肺動脈血管も収縮。右心室から肺動脈に流入する血液の流れを妨げる。(3)心臓(右室)から肺動脈に駆出された静脈血は、血管抵抗(圧)の少ない胎児期の動脈管・卵円孔に向かう──。血液は肺でガス交換されないまま大動脈に直接流入。肺血管抵抗増大によって、肺血圧が体血圧より相対的に高くなり、肺高血圧症が成立する。 久保田氏は、「肺高血圧が進むにつれてチアノーゼは増強、血中酸素濃度が低下し、やがて心肺停止に至る。さらに静脈還流が減ると、腹部臓器(消化管、肝臓、腎臓など)の循環血流量が減少し、胎内から胎外生活への適応過程にトラブルが発生する」と指摘する。腸管の蠕動運動が抑制され、初期嘔吐や胎便排泄遅延の原因となるほか、肝血流が減少して糖新生が抑制されて低血糖を促進。腎血流が減って尿量も減る。 「乳幼児突然死症候群(SIDS)と診断されたケースの中に、カンガルーケア中の心肺停止事故もまぎれている可能性もある」というのが久保田氏の見立てだ。久保田氏は、SIDSは着せすぎ(放熱障害)による高体温(うつ熱)が原因と、日本SIDS学会(2002年)、日本新生児学会(2003年)で発表している。カンガルーケア中の心肺停止はSIDSと診断することが難しいと見る。 正常をより正常に久保田氏は、低出生体重児だけでなく、元気に生れた正常成熟児にも「リカバリールーム」が必要と訴える。発想は術後患者と同じ、術後の低体温症は合併症を増やすことが分っているからだ。「日本の分娩室は大人に快適だが、生れたばかりの赤ちゃんには寒過ぎる。生後2時間は新生児を酸素が流れる温かい保育器に入れ、低体温、低酸素,低血糖から赤ちゃんを守るべき」と話す。 カンガルーケアを実施しないアプローチにより、カンガルーケアの実施で想定される弊害が払拭されるというのが久保田氏の考え方だ。 久保田氏は、「カンガルーケアを実施せずに、早期の恒温状態への安定を実現することで、小児の発達障害の懸念を払拭できだけではなく、NICU不足改善や新生児医療の負担軽減による医療費抑制の実現にもつながるのではないか」と述べる。厚労省の「授乳と離乳の支援ガイド」を早期に見直し、カンガルーケアの禁止と共に、出産直後の低体温、低血糖、低栄養、重症黄疸の予防策を講じるべきという。 |
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