震災、文化装置、当事者性をめぐって──「3がつ11にちをわすれないためにセンター」

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aaa6...@iris.eonet.ne.jp

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Mar 20, 2012, 8:46:27 PM3/20/12
to しがアート_ML
ねぎやまです。
おひさしぶりです。
いかがおすごしですか?


守山では、文化担当の政策推進マネージャー(非常勤・次長級)
が、2月に辞任されたそうです。残念。
やはり、行政組織という中で
動きをつくっていくことの難しさを感じます。

後任は、どんな人材だといいんでしょうね???
定年リタイヤされたシニア層で、アートマネジメント
のキャリアと、行政組織の中で立ち回るだけのしたた
かさとたくましさをあわせもった人材が滋賀にいる
でしょうか???
(僕が知らないだけかもしれませんねw)


さて、以下、「せんだいメディアテーク」の甲斐賢治さんと
水戸芸の竹久侑さんという学芸員さんとの対談記事。
オススメです。

 *

僕としては、
自分の問題意識、スタンスに近いなと
親近感を覚えました。
(もちろん甲斐さんのほうが大先輩です)

 *

震災、文化装置、当事者性をめぐって
──「3がつ11にちをわすれないためにセンター」
の設立過程と未来像を聞く
甲斐賢治/竹久侑2012年03月15日号
http://artscape.jp/focus/10024379_1639.html

   ◆   ◆   ◆

 東日本大震災発生直後の混乱のなか、せんだいメディ
アテークは市民が自分たちの暮らしを記録するためのメ
ディアセンター「3がつ11にちをわすれないためにセン
ター」(「わすれン!」)を立ち上げました。

表象としての芸術にこだわることなく、「いまここで生
きていくためになにが必要か」というレベルの創造性が
立ち現われていくようでした。


  *


市民としてのいわば「当事者性」が急に底上げされた気
がした

こういう事態だからなんらかのエネルギー転換をしなく
てはいけないと思った

ネガティヴなものからなにが得られるかを考え始めた


  *


「わすれン!」は、2008年の洞爺湖サミットの時期につ
くられた市民メディアセンター「G8メディアネットワー
ク」)をモデルにしています。

「震災の復興プロセスを記録する市民メディアセンター」
みたいな


  *


プロであっても、ひとまずはみんな“市民”という考え方

カメラを持つ必然とか心構えみたいなものを基本的には事
前に持っていますよね。つまり、カメラを持つことを支え
るなんらかのアイデンティティがある。

だから、市民がなんとなく「ビデオカメラで僕も」と思っ
たときに、アイデンティティが弱いというか、その理由を
後見する概念がない。だから、そのメンタリティを支える
ために、とにかくどんなことをしているかをお互いに話せ
るサロンを開いています。


  *


人が集まって話していること自体が作品に見える/大事な
ことをしているように見えるような家具をつくってほしい
とgm projectの豊嶋秀樹さんに依頼しました。

そこで「てつがくカフェ」という企画などをやっています


「『公』と『私』」というテーマのときには、看護士さん
なども参加されていました。みなさんすごく考えていて、
職業を越えた応答があります。なにか一人では背負いきれ
ない感覚について話せる場所がないから、みんなが集まっ
たりするのだと思います。


社会的役割を外して話す。ようするに社長と社員が同等で
しゃべるというのが、ルールになっているように思えます。

社会的な役割や地位がもとになったヒエラルキーがいった
ん保留になる関係性が、アートのワークショップのなかで
実現する


鷲田さんは、お話のなかで〈隔たり〉という言葉を使われ
ました。

〈隔たり〉によって、いろいろな問題が今後出てくるだろ
うと。

他者との距離が生じて、自閉していき、語れなくなってい
くだろうと。


その〈隔たり〉を行き来する回路をつくることが、smtの
活動のテーマになるのではないか

「アート」を通じ、もやもやしている人が安心して入って
こられるような回路です


  *


集団で映像を囲み、わいわいするような場が設計される必
要があると、僕はそういう考えのもとにremoで活動してき
ました。

たとえば、古いフィルムを収集し、そのなかから、ある街
が映っているところだけを編集して、あらためてその界隈
の公民館なんかで上映会を開くと、おじいさんやおばあさ
んがワーワーしゃべり出すようなことが起こります。

人が議論したり考えたりするのに使える場や映像を、どう
すればつくれるのかにもともと関心があるんです。


 美術館での振る舞いも、本来、一枚の絵を見ること自体
が、とても能動的だったはずなのになぜか受動的なものに
なっているように思えます。

サーブする側とされる側の関係性が変わらないといけない

提供する側と提供される側の関係をつねに反転させながら
考えていくこと


(でもその言葉だけではうまく伝わらないですよね。)
──なのでそれを実体化していきたいと考えています。サ
ービスを受容する側を主体化するようなプログラムに転換
していこうよと。


  *


ドイツにNGBK(ノイエ・ゲゼルシャフト・フュア・ビルデ
ンデ・クンスト)という事例があって

40年以上前にベルリンに設立された非営利組織で、現在会
員数850人。その会員のなかから5人以上のグループになれ
ば、展覧会を企画立案することができます。そして、その
企画を年に1回の総会でプレゼンテーションし、通過すれ
ば、展覧会を実施することができます。そのような仕組み
で年に5本程度の展覧会をNGBKが持つギャラリーで実施で
きるのです。そこのテーマは、社会と芸術の融合にあり、
設立時の展覧会がなんと「ファシズム」でした。


  *


 震災もあったからだと思うのですが、いまは本当に多く
の人々がどこか真摯にさまざまな事業に関わってくれてい
ます。内部に向けては、市民活動をキュレーションすべき
だと言っています。アーティストを選ぶように、優れた市
民活動とどう協働するか。協働は責任を持ち合うわけだか
ら支援じゃないんです。相互依存を許容する自立しあう関
係なんです。


メディアやアートを用いた市民活動の拠点とて、アーカイ
ブとライブラリーの仕組みを使って、いわば「コレクショ
ン」するようなつもりでキュレーターは動く

この街にどういう必然があって、なぜその作品をキュレー
ターとして選んで展覧会をつくるのかという説明が必要で
す。それと同じように、優れた市民活動を招いて一緒にや
るということです。


  *


仙台が東北で一番大きな発信力をもつ街として示さなけれ
ばいけないのは「多様性」だと思います。そうでないと東
北にとってなにか息苦しい。ある種の多様性をつくってい
くための「変な景色」をとにかく入れなくてはいけない。


  *

(これから「わすれン!」はどう展開していく予定ですか。)
──すごく悩んでいます。まだ記録を続けるべきだと考え
ていますが、どういうトピックに目を向けるべきかの判断
がすごく難しい。それと、これまではただ待っている状態
でしたが、沿岸部にも自らビデオカメラを回している人が
いるはずで、そういう人を捜索するというプロジェクトを
走らせたほうがいいんじゃないかと考えています。


  *


この災害によって多くの人が突然、「当事者性」を与えら
れた。でも、さまざまな支援活動やボランティアなどのよ
うに「獲得していく当事者性」も同時にあったように思う
のです。


震災後、「当事者」という言葉の意味を探っていて、英語
で「インサイダー」と説明している本を見つけました。つ
まり、外側にはアウトサイダーがいるわけです。そして、
その間にシンパサイザーと呼ばれる、同情者、共感者のよ
うな立場があるとその本に書かれていました。これ、とて
も僕には面白く思えたんです。で、このシンパサイザーと
いう立場があるからこそ、僕らは沖縄の基地の問題や、パ
レスチナの問題についても考えることができる。あるいは
、考えていいんだと言うことです。しかも、知識が前提じ
ゃなく、同情や共感がその行動の動機と理解できる。もち
ろん、その上に知識や経験が獲得され、そして当事者に少
し近づく、つまり、なにか「度合い」としての当事者性が
高まっていくという理解です。実際、そう考えるといま僕
の目の前には、「与えられた当事者性」と、「獲得してい
く当事者性」があって、僕にはこの「獲得していく当事者
性」こそが──民主党がどうだとか言う意味ではなくて
──、人々が本来持つ政治性の根のようなものと言えるの
ではないかと思うのです。ようは、「獲得していく当事者
性」をいかにして高めていくか。日常や路上なども含めて
あらゆる文化的な機会を通していかにやっていくかが今後
の課題なんじゃないかと。


  *


アートプロジェクトとかワークショップのときに、議員さ
んらがそのラベルを外して関われるという話があったけど
、それと逆説的に同じ意味で、ある人が「産業革命以降、
人々のアイデンティティは職業になった」と言っています
。日本では職業人としてのアイデンティティはみんな持っ
ているけど、それを外したときのアイデンティティを土地
とかお父さんとか日本人というようなところでしか担保で
きていないように思います。ヨーロッパではそれが民衆と
か、シチズンシップみたいなものとしてあって、それによ
って民主主義を獲得していった。日本にはプロセスとして
それがない。


でもそれのもう少し手前に市民意識というものがどうやら
あるように思える。だから数万人も参加するデモがちゃん
と起こる。でも僕らには起こらない。おそらくこれは、僕
ら自身が社会をどうとらえていいかわからないということ
だと思うんだけれど、そういうことと、今回の大きな災害
を経て見た景色としての「獲得していく当事者性」という
のはなにか関係があって、さらに文化装置にも関係がある
はず……、なんて考えているんです。


  *


甲斐賢治(かい・けんじ)
1963年大阪生まれ。せんだいメディアテーク企画・活動支
援室室長。NPO法人・記録と表現とメディアのための組織
「remo」、NPO法人・地域文化に関する情報とプロジェク
ト「recip」、NPO法人・アートNPOリンク、NPO法人芸術生
活研究所hanareなどに参加、社会活動としてのアートに
取り組む。2010年春より、現職。


以上

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