【論文紹介】オープンデータ方針を“現場語”に翻訳する人たち

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Nov 17, 2025, 7:00:26 PMNov 17
to Science of science研究会
S. Stephanovic et al. (2025) : Open research data integration in universities: How data stewards adapt global policies to local contexts
 
読むと役立つ人
研究推進や情報部門の担当者、URA。大学のオープンサイエンス方針を、研究現場に定着させるプロセス設計に関わる人に特に有用。
 
この研究の面白さ・すごさ
スイスの研究集約大学を舞台に、
  1. PIの死去で30年分のデータが行方不明、
  2. 非準拠の海外調査ツールが使われ続ける、
  3. 国連専門家インタビューのため匿名化不能、
  4. 警察データが“オフラインPC”で隔離管理
——という4事例を追う。
著者らは、中央がルールを押しつけても研究者は「理解したふり」をして従うだけで、実質的な改善にはつながらないと指摘。そこで、研究者の懸念(再利用の誤用・倫理・業績評価など)を一つずつ聞き取りながら、
  • 部局ごとのデータ管理計画テンプレートを共同設計
  • 現実的で段階的なORD目標を設定する
  • 倫理審査とデータ保存方針を並行審査
  • 研究室訪問による「困りごと対話」を制度化
など、“相談の積み重ね”を通じて共通理解を形成する戦略を提案する。これにより、最終的な義務化が「納得の上での合意」に近づくと論じる。
 
注意点・前提条件
対象は単一大学の事例で、同大学は学生約1.7万人・教職員約4,400人という規模感に合うか。なお、同大学はOA100%目標2024年未達、一方、スイスは2022–2028行動計画でデータスチュワードの職能化を掲げる。対話型支援は恒久策ではなく、義務化へ至る“移行フェーズ”として設計されている。制度の成功は、専任人材と信頼関係の維持コストに強く左右される。
 
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三浦です。
Open Data ポリシーはAIの利用拡大から今までAIに使うとは思いもしなかったようなデータであっても価値が急激に上昇しつつあり、もう一方では、UNESCOの宣言を受けた政府や資金提供機関からの指導が入るなど、整備を急がざるを得ない状況です。
 
まず、本文で触れなかった表1がちょっと面白いので、和訳して載せておきます。

表1 大学がORD(オープン研究データ)を実施するための戦略的選択肢

 
観点
構造改革と強制実施(統合型)
助言組織による象徴的順応(象徴型)
臨時支援による機会的順応(場当たり型)
全学方針の個別化
国際的ビジョンを大学組織と行動に完全に組み込む
方針は支持するが、遵守を強制せずローカル主体に任せる
方針を資金獲得などの目的で部分的・表面的に採用
変更の理由
行政・法務・運用手続を抜本的に改め、ORDを実装
最低限の要件を満たすだけで、実質的な文化変革は伴わない
ORDを外来的・義務的な概念として受け止め、必要がなければ変更しない
実施手順
全研究者がORDを遵守できる環境を整備
助言委員会・ガイドライン・ベストプラクティスを整備(希望者中心)
対象者限定の臨時支援や研修を提供
現場担当者(データ支援者)の役割
組織文化を牽引し、実施を強制できるリーダー
実行意欲のある研究者を支援するコーチ(権限は限定的)
外部要請時のみ呼ばれるトラブル対応要員
 
この表は、大学が国際的なオープンサイエンス方針をどう「現場に落とし込むか」を三段階で整理しています。著者は、現状の多くが中間の「象徴型」にとどまり、実効性ある改革(統合型)に移行するには、制度と人材の権限を強化する必要があると指摘しています。皆さんの大学ではどうでしょうか。どこでも苦労してるんだなあという実感のある論文です。また、コメントでは短く「対話」ぐらいに書きましたが、Swissuniversitesの2024年度100%目標を「過度に広範または抽象的な目標」として一蹴していたり、現場レベルのさまざまな苦労とコツが詰まったいい論文なので、ぜひ読んでほしいです。(それで珍しくこんな長々と書いてしまいました。)
 
ただし、最終的には「統合型」に向かうべきであること、それには理事の決定が不可欠である点では、著者の主張は揺らぎません。
一見すると理想主義的ではあるものの、最適な解決策は、大学内でORDとデータ管理モデルのより統合的な見方へと戦略的に移行することにあります(表 1、列1を参照)。この構造改革の提言は、データ管理人が管理規則を無視したりコンプライアンスを強制したりする権限を欠いていた状況1と2で明らかになった力関係に直接対処するものです。この戦略的ビジョンを実現するには、2.2で述べたように、大学理事会の決定が必要です。そのためには、データ管理人、つまりORDの実施に責任を負う運用担当者のためのリソースを確保するために必要な財務、組織、および管理の要素が必要です。
(中略)
いずれにせよ、データスチュワード(データ支援者)が可視化され、認識されることが絶対に必要である(できれば正式な組織チャネルを通じて)。なぜなら、大学などの専門組織内の力関係を規制することは根本的な課題を伴うからである。
 
この文章を読むと、Data Steward という職能は面白いですね。「URA」とまとめてしまうよりも、職能を分けて求人する大学が出てきても良さそうですが、一方で、これだけ権限をあたるには、職能を分けない方がうまくいく事例もありそうです。
 
ではまた。

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三浦 千哲 (Chiaki Miura)
TEL: 070-2682-2741
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Stepanovic et al. - Open research data integration in universities How data stewards adapt global policies to local con.pdf
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