IPCC、WHO、世界銀行など国際機関(IGO)が出す政策文書は、各国の政策や国際合意の基盤となる。しかし、そこで引用される科学的知見は誰が生み出しているのか? 本研究は2015〜2023年にIGO文書で引用された23万本超の論文と23分野の著者ネットワークを分析し、知識の流れの構造を明らかにした。結果、各分野でわずか0.7〜4.4%の研究者("HIC-Sci"と命名)が、IGO引用論文の30%を占めていた。気候モデリングでは上位0.83%(300人)で30%に達する極端な集中が見られる。このHIC-Sciは密な国際共著ネットワークを持ち、IPCC等の諮問機関メンバーと重複し、政策志向の専門用語を使い、論文出版からIGO引用までのタイムラグも短い。さらに主要IGO同士が同じHIC-Sci論文を共引用することで、集中が組織を超えて増幅される「同期拡散」も確認された。
この研究の面白さ・すごさ
構造・関係・認知の3次元で集中メカニズムを解剖している点が秀逸。単に「少数の著者に偏っている」だけでなく、なぜ偏るのかを、共著ネットワークの優先的接続(関係)、政策語彙への認知的整合(認知)、累積的優位のダイナミクス(構造)で体系的に説明している。さらに気候モデリング(成熟分野)とデータサイエンス&AI(新興分野)を比較し、成熟分野ほど集中が強く、新興分野ほど分散的であることも示した。IGO文書の引用ネットワークからIGO間の知識拡散の時間的階層構造(国連・世界銀行→小規模専門機関)まで描き出しており、科学と政策のインターフェースを包括的に可視化した力作。
注意点・前提条件
IGO文書での引用は政策への実際の影響度の一側面に過ぎず、引用されない知見が政策に反映されるルートもある。地理的にはOvertonデータベースが英語文献に偏っており、西欧中心のバイアスが内在する。また集中の原因として、トップ大学の研究者がIGO諮問機関にリクルートされやすい制度的構造と、HIC-Sci自身の研究の質の高さを完全には分離できていない。IGOが多様性拡大を進めても集中が時間的に安定しているという発見は、制度改革の限界を示唆する一方、経路依存性の影響も考慮が必要である。
------
三浦です。
2023年以降の論文は査読が公開されていない限り読まないし勧めない、という方針なのですが、日本人のSciSci研究者ということで紹介することにしました。
トップ1%の著者がIGO引用論文の3割、分野によって大きく異なるというのは面白い結果ですが、図のどこに示されているのか初めうまく読めませんでした。図2Cに小さく書いてあるのですが、議論の小さな補強にあたるAやBをSIに回して、CやE, Fをもっと大きく示しても良かったのでは、とも思います。トップ専有率が主な貢献ではなく、私が誤読している可能性もあります。ぜひ著者に聞いてみたいところです。