本年6月を持ちまして、僕の日本語チーム代表としての任期が終了しました。
4年間という長期間にわたり、日本語チームを支えてくださったすべての皆様に、改めてお礼を申し上げたいと思います。本当にありがとうございました。
今回は、僕とNVDAの関わりについて振り返りながら、次の代表に日本語チームの活動を引き継ぎたいと思います。
まず、当時ウェブ制作会社で働いていた僕が、なぜNVDAを日本に広めたいと思ったのかをお伝えしておかなければなりません。
それは、視覚障害者のICT活用に貢献したいとか、日本に高機能なスクリーンリーダーを普及させたいといった、皆さんが想像されるような「素敵なきっかけ」とは少し違っていました。
ウェブ制作会社でウェブアクセシビリティを高める仕事をしていた2007年当時、僕たちがアクセシブルなコンテンツを提供したとしても、それがユーザーの皆さんにアクセシブルな状態で届いていないというジレンマがありました。
つまり、当時の我が国のスクリーンリーダー環境の多くは、標準的な技術を用いて制作されたアクセシビリティの高いウェブコンテンツを、ユーザーの元へ正しく届けられないという問題を抱えていたのです。
もちろん、高機能なスクリーンリーダーであるJAWSを使用すれば、アクセシブルなウェブコンテンツは正しく利用できました。しかし、職場以外の環境でも高級なスクリーンリーダーを日常生活に役立てられるユーザーは多くありませんでした。僕たちがいくらこだわりを持ってアクセシブルなコンテンツを提供したとしても、それがユーザーの役に十分立っていない。これが、僕がNVDAに興味を持ち、日本で多くの人に活用していただきたいと考えたきっかけでした。
NVDAは無料でオープンソースであることから、しっかり翻訳作業ができれば、ユーザーの皆さんにも便利に活用してもらえるのではないか。それは、2007年に翻訳プロジェクトを立ち上げた僕の楽観的な見方でした。
ところが、実際にNVDAを公開してみると、思ってもみなかったような問題に遭遇しました。
日本で普及している他のスクリーンリーダーと使い勝手が違う
音声が聞きづらい
日本で普及させるなら、既存の製品に合わせるべき
無料なのでサポートを受けられないことが心配
サポート体制がないから企業や公的な場所には導入できない
どれももっともなご意見でした。
何より僕を疲弊させたのは、「NVDAを普及しようとしているチームはユーザーに協力的ではない」というネガティブな噂が広がり始めたことでした。
「良いものを提供すれば、サクセスストーリーが人づてに広がり、たくさんの視覚障害者が使ってくれるはずだ。そうすればウェブアクセシビリティの大切さも自然と広がり、ユーザーもウェブ制作者もお互いにハッピーになれるだろう」。そう考えていた、若くて甘かった僕の敗北でした。
結局、2011年に僕たちはプロジェクトから手を引くことになり、すべてを前代表の西本さんに託して、逃げるようにこの活動を終えたのでした。
今考えても、このプロジェクトを引き継ぎ、育ててくださった西本さんや日本語チームの皆様には、感謝しつつもとても申し訳ない気持ちになります。
西本さんにそうお声がけいただいたのは、2019年頃だったかと思います。
正直迷いました。僕が逃げるようにして離れた場所へ、どんな顔をして戻ればいいのか。コミュニティからのネガティブな反応に、今度こそ僕は切れてしまうのではないか。
いろいろ考えましたが、知人たちの後押しもあり、僕は再び活動に関わることになりました。ただし今回は、ローカライザーとしての開発視点ではなく、「日本にNVDAを広める啓発活動」が僕の仕事になりました。
最新情報や使い方をお伝えする「NVDA日本語チームラジオ」、毎年の「サイトワールド」でのイベント開催、これからNVDAを使い始める皆さんに向けた「NVDAことはじめ」や「ウェブはじめ」など、一人でも多くの方々に魅力を伝えるための取り組みを行いました。そして、より開かれたコミュニティにするための組織変更。どの活動も、開発を引き続き担当してくださっている西本さんや、問題点をフィードバックしてくださる皆様のお陰で続けてこられた活動でした。
僕が初めて「代表を降りるつもりだ」と話したのは、昨年のサイトワールド終了後に受けたインタビューでのことでした。
NVDA日本語版は19年の時を経て、今では僕をはじめとした視覚障害者がコンピューターを使用するためになくてはならない、重要なソフトウェアに成長しました。
安心して皆様に使い続けていただくためには、いつまでも僕が代表を続けることが正解ではないと考えるようになりました。また、僕にも自分の仕事や生活があり、これまで以上に自分のための時間を大切にしたいと感じたこともきっかけです。
幸い、現在の役員の皆さんは僕自身がお招きした方々であり、お声をかけたときから、次代をリードできるように一緒に様々な取り組みをしてきた人たちです。
本年7月からの2年間を通して、僕は代表を離れ、これまで西本さんが僕を支えてくださったように、新しい代表をサポートしながら、このチームを持続可能な組織に育てていきたいと考えています。
新しい代表の山賀さんにご期待いただき、ぜひ皆様でNVDA日本語チームを盛り上げていただけますと嬉しいです。
実は僕には、丁寧にWindowsの概念やスクリーンリーダーの使い方を教えてくれた指導者はいません。
1995年に初めてJAWSを購入したとき、右も左もわからなかった僕の支えになったのは、開発者のTed Henter氏が同梱してくれていたカセットテープのチュートリアルでした。
僕は学びながら、もしも将来自分が誰かに教える立場になったら、こんなふうに明快に伝えようと考えました。「特定の作業の手順」ではなく、「目的を達成するためにどんな操作をすればいいのか」「何をすればどんな情報が取り出せるのか」。そんな機能の本質を学べたことで、問題に直面したときに解決策を想像し、実行するための手段を身につけられたと思っています。
僕が出してきたチュートリアルが、これから使い始める人にとってどのくらい役立ったのかは、正直なところわかりません。独学で学んできた僕が作る資料ですから、至らない点も多かったことでしょう。
しかし、僕の周りには、「1」の使い方をお伝えしたら、そこから「10」の使い方に応用できる人たちが少なからず存在しています。そういう方々の問題解決のきっかけになれていることを実感したとき、僕もちょっとだけTed Henterさんのチュートリアルに近づけたのではないかと感じます。
近年、Windowsの機能は複雑化し、同じ手順を踏めば誰でも同じ結果が得られる状況ではなくなってきました。
この状況に対応できるユーザーを育成するには、機能を十分に理解し、自分の手足として使いこなし、目的を達成できるだけの「忍耐力」が求められます。
そんなパワーユーザーが増え、NVDAが皆さんの日々の生活や仕事をしっかりサポートできるようになることを、心よりお祈りしています。