「ビハーラ・維摩経」の復習:3

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wo3

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Oct 3, 2009, 11:36:43 PM10/3/09
to 中津ビハーラの会
こんにちは。

今回は改めて17ページ13行目から21ページ9行目まだを読みました。
現れるそれぞれの術語に対して、「これは漢語、これはインドの現地語」と意識しながら読んでいます。
ここでは、大乗仏教に歴史的空白があり推測を生んでいることと、般若経への言及が中心であったと思います。般若経に関しては、「空」の概念の登場が最大
のトピックなのでしょうが、これは、中国への輸入に関しては道教の「無為自然」の「無」の概念との関係で考えるのでしょうね。しかしそうすると、インド
仏教にさかのぼる場合には、「無」を除いた純粋な「空」の概念を想定することになります。「空」と翻訳される前の概念を日本語で考えるという難しい作業
になります。

随念院

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Oct 4, 2009, 9:13:27 AM10/4/09
to 中津ビハーラの会
wo3さん、「空」について云々するのは大変なことです。空は無ではないことははっきりしています。空のサンスクリットは「シューンヤ」で、原意は「ふ
くれあがって中がうつろなこと」で、宇宙をその外から眺めたような感じになります。あらゆるものは固定的な実体はなく、すべてがネットワークのように縁
によって成りたっているということでもあります。実体はないが、関係性によってのみ成りたっている世界も空です。「シューンヤ」はインドの数字でゼロを
意味します。古代インド人がゼロを発見したというのはこのことです。

wo3

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Oct 9, 2009, 8:52:40 AM10/9/09
to 中津ビハーラの会
随念院先生、ご教示ありがとうございます。
お礼を申し上げるのがとても遅くなりました。

無と空の違いは理解できます。
私には、こんな疑問があります。
仮に、当時の中国人に無為自然の概念がなかったら、どうだったか。
仏教における空の概念をまともに取り入れることができただろうか。
同じ中国でも、無為自然の概念に親しんでいない社会階層・地域の人なら、理解の仕方もまた違ったのではないか。

そんな想像とともに、中国人なりの空の理解を、そしてその先に来る、日本人なりの空の理解を思い味わっっています。
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