論点の整理(「ビハーラ・維摩経」の復習:2(再)より)

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wo3

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Oct 22, 2009, 8:54:47 AM10/22/09
to 中津ビハーラの会
こんにちは。

このグループのファイルが一部壊れたという事実に多少ショックを受けました。
caay様、データの復活に深く感謝いたします。

さて、随念院先生よりのご要望に沿いまして、件のスレッドにおける論点を自分なりの視点から整理させていただきます。
あまり深く考える余裕もなく、簡単で恐縮ですが、よろしくご批判をお願いいたします。

■論点A.「仏教経典史論」
※日本を通過する仏教経典の伝搬とその言語学的特徴

 ◆キーワード
 1.インド→中国→日本→アメリカ
 2.鈴木大拙

木村宣彰著『中国仏教思想研究』(法蔵館)

■論点B.「ビハーラ看護学」から「仏教看護学」へ
※仏教ホスピスの言い換えに始まり、ビハーラを通じて仏教の世界に至る

 ◆キーワード
 1.長岡西病院、あそかビハーラクリニック
 2.在宅ビハーラ

■論点C.「出家・在家のアナロジー」
※医療専門職と患者の関係を出家・在家の関係になぞらえることの意義

 ◆キーワード
 1.医療と福祉の関係
 2.原始仏教における医療と公的医療
 3.「業務上過失更生失敗罪」の例え

■論点D.「がんばらない」と「セルフケア」
※仏教の「がんばらない」と看護の「セルフケア」に矛盾はないか

 ◆キーワード
 1.「オレムのセルフケア理論」
 2.「ブッダ最後の言葉」

随念院

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Oct 23, 2009, 10:28:26 PM10/23/09
to 中津ビハーラの会
wo3さん、どうも有難うございました。うまく整理していただけました。昨日の例会の整理をしてから、wo3さんの整理にしたがってコメントをしたいと
思います。しばらくお待ちください。

随念院

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Oct 25, 2009, 1:37:54 AM10/25/09
to 中津ビハーラの会
wo3さんの整理していただいた項目について、感想とコメントを致します。ありがたい纏めです。すでに他のサイトで述べたことは省略します。
> ■論点A.「仏教経典史論」
> ※日本を通過する仏教経典の伝搬とその言語学的特徴
>
>  ◆キーワード
>  1.インド→中国→日本→アメリカ
>  2.鈴木大拙
☆ インドの仏教を基点に論じているか、中国で漢訳された資料でも、インド仏教に還元する必要のあるときには、その資料的手続きをする。中国の思想の影
響を受けた典籍はその点を考慮する。初期の翻訳者、たとえば鳩摩羅什などはその影響が少ない。親鸞はインド、中国の文献を多数引用しているが、その点を
わきまえて論じている。禅などは中国の文献が多く、それが日本独自の発展をしているので、アメリカなどでは日本の文献からの英訳が多い。ただし、鈴木大
拙はインド・中国の思想に精通した学者であり、日本語より英語の方が得意な先生だから、その英訳は十分評価できる。
> 木村宣彰著『中国仏教思想研究』(法蔵館)
☆ 中国仏教の思想史を研究した最新作であるが、仏教や中国の思想の素養のある人でないとかなり難しい。
>
> ■論点B.「ビハーラ看護学」から「仏教看護学」へ
> ※仏教ホスピスの言い換えに始まり、ビハーラを通じて仏教の世界に至る
>
>  ◆キーワード
>  1.長岡西病院、あそかビハーラクリニック
>  2.在宅ビハーラ
☆ この点はかなり論点はまとまったのではないでしょうか。


> ■論点C.「出家・在家のアナロジー」
> ※医療専門職と患者の関係を出家・在家の関係になぞらえることの意義
☆ ここが今議論しているところですね。三人で話し合いましょう。さらにほかの方も加わっていただけるとありがたい。
>
>  ◆キーワード
>  1.医療と福祉の関係
>  2.原始仏教における医療と公的医療
>  3.「業務上過失更生失敗罪」の例え
>
> ■論点D.「がんばらない」と「セルフケア」
> ※仏教の「がんばらない」と看護の「セルフケア」に矛盾はないか

>
>  ◆キーワード
>  1.「オレムのセルフケア理論」
>  2.「ブッダ最後の言葉」
☆ 仏教は、最後の言葉による限り、専門職に対しては、あくまで「がんばれ」です。クライエントに対してはケースバイケースで、「いままでよくやった、
もうがんばらなくてもいい」と言う場合があります。セルフケアは人間である限り必要ですが、これも限界がありましょう。ここにボランティア専門職として
の菩薩の役割が出てきます。これについてはこれから議論していきます。

wo3

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Oct 25, 2009, 7:49:12 AM10/25/09
to 中津ビハーラの会
随念院先生。

1.「鈴木大拙」について。

彼は、いまだに英語圏のメディアで仏教関連のオピニオン記事がある場合に、しばしば引用されます。英語圏において仏教=日本仏教、もしくは日本人による
説明、という側面が見られることは、一面では心強いのですが、いまだに鈴木大拙?という疑問もあります。

彼に続く人は、どういった人脈になっているのでしょう。

2.「仏教や中国の思想の素養のある人でないとかなり難しい」

これも常々思うところです。どうして今の仏教関連の書籍は、読む人にこれほど高い言語リテラシーを求めるのか、と思うことが多いです。大般若経600巻
を般若心経にまとめた先人に学べ、とまでは言いませんが、これはたぶん、読む方の心構えとしても、修正会の転読みたいな感じで納得する程度で行こうじゃ
ないか、ということかもしれません。

3.「仏教は、最後の言葉による限り、専門職に対しては、あくまで「がんばれ」です。」

これは私たちの社会で事実上の背景となっている個人主義の習慣に照らして、矛盾を感じるところです。法(あるいは一神教の神)の下に平等な個々人の間
で、何らかの契約によらず責任関係に不均衡がある、という考え方に疑問が残ります。

そんな不利な役割を買って出る人が今の日本に100万人単位でいるのですか?と素朴に感じます。あるいは、専門職=出家者ということで、出家者に何らか
の選民的な意識があったのでしょうか。

そこでこの、専門職だけ「がんばれ」の根拠は?となるわけですが、結局「ブッダがそう言ったから」となるのか、それとも別の論理的帰結というものがある
のか、興味をひかれます。

随念院

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Oct 25, 2009, 9:05:08 AM10/25/09
to 中津ビハーラの会
wo3さん、
> 1.「鈴木大拙」について。
>
> 彼は、いまだに英語圏のメディアで仏教関連のオピニオン記事がある場合に、しばしば引用されます。英語圏において仏教=日本仏教、もしくは日本人による
> 説明、という側面が見られることは、一面では心強いのですが、いまだに鈴木大拙?という疑問もあります。
>
> 彼に続く人は、どういった人脈になっているのでしょう。
☆ 大拙の流れをくむ学流に二つあります。一つは禅宗系の人たちの流れで、アメリカにもかなり信奉者がいるようですが、具体的な有名な人物は知りませ
ん。もう一つは、鈴木先生が大谷大学教授であったときに創った"Eastern Buddhist Society"で、現在まで"Eastern
Buddhist"という英文雑誌を発行し続けています。組織としては東本願寺の一部門で、事務所は大谷大学の中にあります。京大関係の西田哲学の学派
の人たちとも結びついています。かつては、西谷敬治先生など。今は上田閑照先生が受継いでいます。アメリカでは大拙の哲学が研究の対象になっていたりし
ます。大拙を受け継ぐ有名人はまだ出ていないようです。
>
> 2.「仏教や中国の思想の素養のある人でないとかなり難しい」
>
> これも常々思うところです。どうして今の仏教関連の書籍は、読む人にこれほど高い言語リテラシーを求めるのか、と思うことが多いです。大般若経600巻
> を般若心経にまとめた先人に学べ、とまでは言いませんが、これはたぶん、読む方の心構えとしても、修正会の転読みたいな感じで納得する程度で行こうじゃ
> ないか、ということかもしれません。

☆ この本は彼がこれまで発表してきた学術論文を集めて編集したものです。博士論文級の学問には高い言語リテラシーが必要になってきます。そのために、
いわゆる啓蒙書と言うのがあるのですから、私は専門外のことは啓蒙書に頼ることにしています。わたしがここにあげたのは、moriさんは、大谷大学出身
ですから、この本が読める素養をもっていると思ったからです。
>
> 3.「仏教は、最後の言葉による限り、専門職に対しては、あくまで「がんばれ」です。」
>
> これは私たちの社会で事実上の背景となっている個人主義の習慣に照らして、矛盾を感じるところです。法(あるいは一神教の神)の下に平等な個々人の間
> で、何らかの契約によらず責任関係に不均衡がある、という考え方に疑問が残ります。
>
> そんな不利な役割を買って出る人が今の日本に100万人単位でいるのですか?と素朴に感じます。あるいは、専門職=出家者ということで、出家者に何らか
> の選民的な意識があったのでしょうか。
>
> そこでこの、専門職だけ「がんばれ」の根拠は?となるわけですが、結局「ブッダがそう言ったから」となるのか、それとも別の論理的帰結というものがある
> のか、興味をひかれます。
☆ やっぱりここが一番問題ですね。おそらく長い議論のやり取りと、その間、また本を読んでいただくことになるかもしれません。ここを疑問点と把握し
て、ほかの議論もしていきましょう。その段階で必ずこの問題が亦出てくると思います。この問題を解決する鍵は私は「菩薩」ということだと思っています。
そこに至るまでに、まだ議論が必要です。wo3さん、思いっきり疑問を提示してください。そのことによって、私の凝り固まった頭が少しは柔らかくなるか
もしれません。というより、私は今まで仏教学関係の人たちとのつきあいばかりで、こういう問題を提起されたことがなかったからです。すこしづつ紐を解い
ていきたいと思います。
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