wo3さん、看護師さんがこれだけ仏教を勉強していただくと、その臨床にも影響を与えてくれるだろうと、楽しみです。
> 先日読んだレグルス文庫「鎌倉仏教」という本に書いてあったことです。どこにどう書いてあったか忘れましたが、大体の趣旨はこんな感じでした。
>
> 1.鎌倉新仏教の成立において、法然が提示し親鸞が受け継ぎした「称名念仏」という方法について、当初は、「この方法以外ではダメ」という考え方で排他
> 的であったために、仏を人間の外部に置いた一神教的な理念になっている、という理解です。宗派の在り方としては、彼らの後、他の宗派との対立や幕府によ
> る弾圧を経て、鎌倉幕府との再度の対話の中で次第に穏健な方法を取るように変化していったということです。しかし、最初はあくまで念仏以外はダメ、とい
> う排他的な考え方であった、とありました。これが当時の社会経済状況と並行して説明されていきます。【私の感想】社会情勢に伴って力動的に変化する宗教
> の描写として腑に落ちるが、当事者はそういった理解をどう感じるだろうか、と思いました。
☆ おっしゃるとおり、親鸞は政治権力や他の宗派に対して排他的立場を取りました。新興宗教(宗派)の開祖にはそれがなければ、立宗できません。いわゆ
る原理主義ですが(ただし親鸞は排他的というより、念仏以外の教えにすがることを悲歎するという立場)、それが普遍的民衆の宗教になるには、本質は失わ
ないようにして、時代によって変化してきます。たとえば、戦国時代に、原理主義的立場をいさめて、蓮如は次のような、親鸞は否定したはずの通達を出しま
す。
1)神社をかろしむるな、2)諸仏・菩薩、諸堂(他宗・他派の寺)をかろしむるな、3)守護・地頭(政治権力)を粗略にするな、4)(略)、5)他力信
心を内心に決定せよ(外に誇るな)
というぐあいにして、社会的認知を得て、今日の日本一の大教団に発展させました。
>
> 2.一方、日蓮宗では現実の権力に対する妥協は進まず、排他的な方針は変わらなかったので、他の宗派とは一線を画したままであった、という内容もありま
> した。【私の感想】なんとなく今の創価学会の在り方に通じるところがあるようにも思うが、当時はバリバリの反権力であったのに、今では与党になる目的で
> 自民党に味方するようになったのは、当時のやり方と違うなあ、と思いました。
☆ 日蓮は親鸞とはまったく異なって、法華経以外は仏教にあらずと、はっきりとした排他的でした。その後多くの分派を生み出し、今日の新宗教は日蓮宗系
がかなり多い。創価学会もかつては原理主義的折伏で大きくなっていったのはご存知のとおりです。今日の公明党や創価学会はずいぶん豹変していますが、日
蓮の主張は「立正安国」ですから、公明党が信教の自由を言うけれども、その奥に鎧が隠されているような気がするのは私だけでしょうか。
>
> 3.これらとは対照的に、道元や栄西に代表される禅宗においては、外在して人間に対峙するタイプの仏を認めず、自己の心中に内在する仏性を発見すること
> を求めた、という説明がありました。【感想】これが「無神論的」と言われる理由か、と思い至りました。浄土宗が一神教的で、禅宗が無神論的、という大ま
> かな理解の仕方は、わたしにとっては非常に説得力があります。しかし、当事者はどう感じるのだろうか、という疑問が改めて沸きました。こういった理解
> は、あくまで西洋合理主義を背景とする現代日本人のやり方だと思います。この考え方に、当事者は真正面から反論するのだろうか、それとも、色々と条件を
> 付けていく感じかな、と。また、日本では禅宗も浄土宗も、律令制度の崩壊を背景とした旧仏教の制度疲労(腐敗など)を背景としているので、念仏の「仏」
> 志向であれ禅の「法」志向であれ、目指すところに共通点があるのは当然、という理解にも至りました。しかしそういう理解で良いのかどうか。
☆ 一神論的、多神論的という言葉は仏教にはなじみません。神という概念が東洋と西洋とではまったく違うからです。インドの宗教で、バラモン教が多神論
的であったものが、ヒンドゥー教に至って汎神論的になったとはいえると思いますが、そういう神を否定したのが仏教ですから。
>「念仏の「仏」 志向であれ禅の「法」志向であれ目指すところに共通点」というのはわかる気がしますが、その「共通点」というのが「本願」であり、そ
れが神をも包む概念だと思います。