イランの物乞いに関するニュースがありましたので、ご紹介します。
このニュースによれば、イランでは、物乞いは確かに職業と言えるかもしれません。
もしかしたら日本でも、けっこう稼ぐ物乞いがいるかもしれませんが。
いずれにせよ、ここに出る物乞いは、福沢諭吉もきっと認めるほど近代化しているようです。
これはダライ・ラマが述べた物乞いの意味と同じでしょうか。
一般的に、仏教における物乞いの意味は何でしょうか。
日本的な意味、あるいは日本仏教的な意味もまた別にあるのでしょうか。
「インドでは、「物乞い」は、一応、正式ではないと思いますが、一般的に職業として十分機能しています。」
日本から見れば、インドはイランと似ている、ということでしょうか。
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【5月4日 AFP】イランのメヘル(Mehr)通信は4日、同国の首都テヘラン(Tehran)の物乞いは毎月、最低賃金の5倍にあたる1500万リ
アル(約14万円)を稼いでいると伝えた。
テヘラン市当局の社会福祉担当者によると、テヘランの物乞いは一日に少なくとも50万リアル(約4700円)を稼いでいる。また、路上で小銭などをせ
びっているのは地方出身者や外国人で、市当局は毎日約300人の物乞いを拘束し、一晩シェルターで保護しているという。
テヘランなどの大都市では、混雑した交差点などで花やチューインガムなどを売る人の姿がよく見られる。そのような人には女性や子どもも多い。
イランの最低賃金は月300ドル(約2万8000円)程度。多くのイラン人は、施しは慈善の行為であり、施しをする人は悪運から守られると信じてい
る。(c)AFP
http://www.afpbb.com/article/life-culture/life/2723465/5712010