「物ごいになっても、それは恥ではない。」

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wo3

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May 2, 2010, 10:14:54 PM5/2/10
to 中津ビハーラの会
こんにちは。

連続の投稿になりますが、ダライ・ラマのインタビュー記事が面白いと思ったのでご紹介します。
ソースが毎日新聞なので、ちょっと心許ないのですが、読者側のリテラシーを信じたいと思います。

http://news.livedoor.com/article/detail/4750634/

一部転記しますと、こんなメッセージが載っています。 「自殺を減らす方策はあるのか。ダライ・ラマは「祈りだけで問題は解決しない」と断言し「次世代
のために内なる価値観を重視する教育システムが必要」と語る。さらに生き方を見失った人々には「恥と自殺を考えるなら、恥を選んだ方がいい。物ごいに
なっても、それは恥ではない。失敗しても自ら命を絶つ理由などない」とのメッセージを送った。」

「自殺」より「恥」の方がましだという考えは面白いと思います。しかしこれは、今の日本にも当てはまるのかどうか、よくよく議論しておかないといけない
と思います。「物ごい」という言葉で何を語っているのか、ダライ・ラマと一般日本人との間には、大きな違いがあるのではないかと思います。

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随念院

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May 3, 2010, 7:56:39 AM5/3/10
to 中津ビハーラの会
wo3さん、<「物ごい」という言葉で何を語っているのか、ダライ・ラマと一般日本人との間には、大きな違いがあるのではないかと思います。>
というのは、おっしゃるとおりだと思います。インドでは、「物乞い」は、一応、正式ではないと思いますが、一般的に職業として十分機能しています。都会
のどこでも、また聖地には必ず物乞いの行列があり、観光客もその洗礼を受けます。かつて、私の友人が、しつっこい物乞いを「いいかげんにせよ」と叱りつ
けたことがあります。ところが、その物乞いは、逆に友人を叱りつけました。理由をガイドに聞くと、「せっかく功徳を積ませようとしてやっているのに、な
んというバチあたりのことをいうのか」と怒っていたそうです。金持ちは当然物乞いに恵むべきであるという習慣というか、哲学がインドには古来からありま
す。子供を抱いた若い美人の物乞いは当然実入りが良く、貰いのなかった物乞いに分け与えるという相互扶助も目にすることがあります。象足病という寄生虫
で足が象の足のようになった物乞い、治療すれば治るのに、治療せず、それを見世物にして収入を得ている物乞いもいます。片足を失った人が、義足を使わ
ず、道路の真中に立って、信号待ちの運転手から恵んでもらっています。
日本では、やはり物乞いをするくらいなら死にたいと考える人が多いと思います。

wo3

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May 3, 2010, 10:59:08 AM5/3/10
to 中津ビハーラの会
いわゆる「施し」の精神は、多くの宗教に普遍的な意義なのでしょうね。一方、日本では今時、宗教的な精神を介する寄付や募金は流行らないように思いま
す。日本ではむしろ、より無宗教的で具体的な目的を持った募金の方が成果を上げやすいように思います。単に金持ちと貧乏の対比ではダメでしょう。これは
恐らく、明治以降の近代化における、福沢諭吉のような考え方の影響が今だに続いているということではないかと思います。今の日本人における“事実上の無
宗教”(私がそう思っているだけですが)は、そういった流れの末にある現実だと思います。このあたり、日本の宗教者は、一般人の心に有効に響く議論をあ
まり展開出来ていないように思います。私自身、あまり納得出来ていないと思います。納得出来ていないから、「願われた」とか「救われた」という言葉にも
あまりピンとこないし、「患者は頑張らなくて良い」といった言葉の捉え方にも違和感があるのだと思います。

幕末からの大革命の時期に、仏教者はどんな思想的展開をしてしていたのでしょう。攘夷論や開国論、そして近代化に対して、どんな対応をし、どんな対案を
示していたのでしょう。振り返ってみますと、このあたりは、あまりうまくいかなかったのかな、と推測します。

wo3

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May 5, 2010, 1:40:04 PM5/5/10
to 中津ビハーラの会
イランの物乞いに関するニュースがありましたので、ご紹介します。
このニュースによれば、イランでは、物乞いは確かに職業と言えるかもしれません。
もしかしたら日本でも、けっこう稼ぐ物乞いがいるかもしれませんが。
いずれにせよ、ここに出る物乞いは、福沢諭吉もきっと認めるほど近代化しているようです。

これはダライ・ラマが述べた物乞いの意味と同じでしょうか。
一般的に、仏教における物乞いの意味は何でしょうか。
日本的な意味、あるいは日本仏教的な意味もまた別にあるのでしょうか。

「インドでは、「物乞い」は、一応、正式ではないと思いますが、一般的に職業として十分機能しています。」
日本から見れば、インドはイランと似ている、ということでしょうか。

=== === ===
【5月4日 AFP】イランのメヘル(Mehr)通信は4日、同国の首都テヘラン(Tehran)の物乞いは毎月、最低賃金の5倍にあたる1500万リ
アル(約14万円)を稼いでいると伝えた。
 テヘラン市当局の社会福祉担当者によると、テヘランの物乞いは一日に少なくとも50万リアル(約4700円)を稼いでいる。また、路上で小銭などをせ
びっているのは地方出身者や外国人で、市当局は毎日約300人の物乞いを拘束し、一晩シェルターで保護しているという。
 テヘランなどの大都市では、混雑した交差点などで花やチューインガムなどを売る人の姿がよく見られる。そのような人には女性や子どもも多い。
 イランの最低賃金は月300ドル(約2万8000円)程度。多くのイラン人は、施しは慈善の行為であり、施しをする人は悪運から守られると信じてい
る。(c)AFP

http://www.afpbb.com/article/life-culture/life/2723465/5712010
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