「輝け話が命の日々よ」も読んでます

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wo3

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Sep 29, 2009, 7:45:40 AM9/29/09
to 中津ビハーラの会
こんにちは。「ビハーラ・維摩経」の復習に、さっそくいくつものご教示をいただきまして、ありがとうございます。

さて、「ビハーラ・維摩経」の復習も重要ではありますが、先の例会におきましてご紹介いただきました(そして文字通り「いただきました」)「輝け話が命
の日々よ」も、朝の短い時間を割きながらではありますが、ちょっとずつ読んでおります。今のところ、76ページまで読みました。(ちなみに私が読んでい
るのは25刷!です。)こちらは今のところ、割と淡々とした日記という印象です。詳細な記録が残されていること自体の値打ちを考えながら読むように心が
けています。

すでに評判を聞いてから読んでいますので、これから次第に内容も盛り上がっていくことが予想されますが、私にとって意外であったのは、著者の西川喜作医
師が、昭和5年生まれであったということです。思ったより早い時代の方という印象です。25年前は看護師と医師の関係も厳然たるものがあったというお話
も別のところでありましたが、きっとそのような時代だったんだろうなあ、と思いながら読んでおります。別荘とか、海外旅行でゴルフとか、割とセレブな単
語も出てきますね。

wo3

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Sep 29, 2009, 7:48:23 AM9/29/09
to 中津ビハーラの会
自己レスです。

タイトルを間違えていました。
「輝け我が命の日々よ」が正しいです。

それと、NHKの番組においては、タイトルが「輝け命の日々よ」となっていますね。

随念院

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Sep 29, 2009, 7:36:06 PM9/29/09
to 中津ビハーラの会
wo3さん、p.76までというと、西川先生が自らガンであると気づき、失意の末とガンとの対決の決意、中性人間になることの戸惑いと、がん患者の心の
動きをよく描写しているところですね。柳田邦男という素晴らしい方との出会いがこの本を生み出しました。その後この種の本が続々と出てきますが、その嚆
矢ともいうべき本ですね。25年前は、本当に新鮮なすごい本だと思いました。病を生きるという言葉がありますが、西川先生のこの本の場合は、まさに壮絶
なガンとの闘いの記録ですね。それだけに、この本を読むものに深い感動を与えてくれます。本のタイトルから「我が」の2字だけ少ないタイトルでしたが、
テレビ番組も素晴らしかったですね。読了後の感想を期待しています。

wo3

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Sep 30, 2009, 7:08:08 AM9/30/09
to 中津ビハーラの会
こんにちは。

今日も朝の短い時間と、ちょこっと仕事の合間を利用して読み進みました。この本は日記形式でもあり、口語体でもあって、読みやすいと思います。ただし、
医療に関する記述の中には、ちょっと意味が読み取れない部分もありました。例えば、抗がん剤治療のために長い時間点滴をする、というのは分かるのです
が、点滴のために身動きが取れない、腕を伸ばしっぱなしにする、という記述が103ページにあります。なぜ、長時間の点滴だからと言って、腕を動かすこ
とすらできないのか?そこで、私の仕事場は病院ですから、この20何年も前の抗がん治療に対する想像の仕方に関して、病棟師長に尋ねてみました。

すると、抗がん剤点滴では、薬剤が劇薬であるために、血管からの薬液が漏れる可能性を最低限にするため、太い血管に穿刺することが必要であったのではな
いか?そのために、ほとんどの場合で太い血管を確保できる肘関節あたりから点滴をしたのではないか?という推測をいただきました。確かに、そういう推測
をすれば、長い時間腕を動かせないというのもわかる気がします。当時は患者のQOLという概念がなくて、治療だから患者も我慢すべきだという考え方が主
流であったのだとすれば、腑に落ちます。

このような具合で、私には25年も前の文脈を取りづらい部分もあります。看護学生を指導する医師の姿、それが当然という様子もちょくちょく出てきます。
ただし、細かいところは読み流すようにして、読み進めています。

当時は患者のQOLが軽視されていたのかも、ということに関しては、ここから派生して、現在の医療状況を導いてきた大きな流れ、日本の医療構造というも
のにも思いが及びます。

今日は132ページまで読みました。

wo3

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Oct 1, 2009, 7:51:31 PM10/1/09
to 中津ビハーラの会
こんにちは。

とても読みやすい四なので、ちょっとづつ短い時間を割いて読んでいます。
微に入り際に入り、日常生活描写の精密さは相変わらずですね。
次第に体調が悪くなっていく様子がリアルに見えてきます。
具体的な治療をやめたことに関する気持ちの動きも、少し見える気がします。

今回は188ページ2行目まで読みました。

随念院

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Oct 1, 2009, 9:33:51 PM10/1/09
to 中津ビハーラの会
もう大半を読み終えたことになりますね。看護師には、私たちのわからないこともこの本から見えてくるのではないでしょうか。末期になっても、診察、学会
発表、講演とすごいですね。素晴らしい輝く命の陰に西川先生の人間的な弱み・悩みなども書かれていて、ドキュメンタリー(しかも日記)の切迫さが伝わり
ます。p.188のこれから読むところ、「病院に行く途中も痛みがひどくて苦しむ。けれど患者を目の前にして診察していると痛みは忘れてしまう。」とい
うところがすごいですね。

wo3

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Oct 4, 2009, 12:36:27 AM10/4/09
to 中津ビハーラの会
こんにちは。

ついに読了しました。

私の感想は、いろいろと思うところはありますが、まずは遅ればせながら、著者の西川医師のご冥福を改めてお祈りしたいと思います。その上で、書いてみた
いこととして2点考えました。「1.個人と社会をつなぐ文脈」と「2.個人と歴史をつなぐ文脈」です。

まず1ですが、西川医師は、がんを患ってから、当時としては非常に画期的な人生を送られたのだと改めて分かりました。それは第一に、患者として治療に集
中することを「敢えて」止めたことであろうと思います。

西川医師が医師として職業的常識の中心に置いていたであろう患者役割というものを、自分が患者になった時に止めた、というのは、個人レベルの行動として
はちょくちょく見られたかもしれませんが、いざ記録に残してみれば大きなニュースであったのでしょう。私自身はまだ現在の文脈でしか実感を持って考える
ことができないのですが、当時としては画期的であったからこそ、この本の評判が上がったし、NHKが番組に取り上げもしたのだろうと思います。

だとすれば、これは患者のQOLが治療に匹敵するものとして初めて公的に認知されたということでもあろうと思います。ただし、患者のQOLは認知されて
も、医療者のQOLは無視する傾向であったように思います。「患者を守るために医療者が我慢するのは当然」という考え方が、大きな文脈で受け入れられて
いたのであれば、当時の社会一般は医療をサービス業ではなく聖職と捉える考え方が中心であったということでしょうから、現在に至るどこかの段階で通用し
なくなる考え方でもあったことは仕方ありません。医師と看護師の縦関係も無意識に出ているように読めました。つまり、今の医療崩壊への一里塚とまでは言
いませんが、あくまで当時の社会的文脈を想像しながら読む必要があるということです。

次に2ですが、この本に通底するテーマとして「自分の死を目前に控えた一人の男が自身を冷静に振り返り、分析して記録し世間に問う」といった行動を考え
ると、日本の歴史には豊富に先行事例があると思いました。たぶん調べれば無尽蔵だと思いますが、今ぱっと思い浮かぶのは、西郷隆盛と栗林忠道です。

西郷や栗林の業績についてはここで振り返りませんが、私がイメージしている先行例と西川医師との間の、共通点はともかく、違いは明らかでしょう。つま
り、自分の来る死に様と社会的責任・死生観・歴史観・国家観といった、より大きな文脈とのつながりが、あるかないか、ということです。西川医師は戦後高
度成長の時代ですから、たぶん科学主義と反戦思想が今より強烈にあって、死を取り上げることは忌避される風潮があったのでしょう。病気は治すものであ
り、克服するものであって、死に至ることは許されない。そういった中で西川医師の死が取り上げられたこと自体が画期的でもあったが、その限界として、あ
くまで個人的な死に方としてしか扱えなかったのではないかと思います。

ただし、西川医師は、ただ個人的に死ぬことを考えていたわけではなく、「死の医学」を構築する目的を持っていたと書いています。死を許さないという考え
方はそもそも成り立たないのですから、問題提起した実績は十分です。ただし、それはあくまで学問的関心に過ぎず、その試みが後世の社会的文脈にどうつな
がるのかに関する戦略的考察はなかったように思います。つまり、この戦略的考察とそれに続く実践に関しては、あくまで私たちの手にかかっているというこ
とです。

以上、思いつくままですが、感想でした。

随念院

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Oct 4, 2009, 9:02:08 AM10/4/09
to 中津ビハーラの会
> ついに読了しました。
☆ お忙しいのに、よくぞ読了されました。ご苦労さま。
> 私の感想は、いろいろと思うところはありますが、まずは遅ればせながら、著者の西川医師のご冥福を改めてお祈りしたいと思います。その上で、書いてみた

> まず1ですが、西川医師は、がんを患ってから、当時としては非常に画期的な人生を送られたのだと改めて分かりました。それは第一に、患者として治療に集
> 中することを「敢えて」止めたことであろうと思います。
☆ 自分が患者として、治療されることに集中することを止め、医師としての責務にかなり集中したということでしょうか。あとの記述は深遠でちょっとつい
ていけません。
> 次に2ですが、この本に通底するテーマとして「自分の死を目前に控えた一人の男が自身を冷静に振り返り、分析して記録し世間に問う」といった行動を考え
> ると、日本の歴史には豊富に先行事例があると思いました。たぶん調べれば無尽蔵だと思いますが、今ぱっと思い浮かぶのは、西郷隆盛と栗林忠道です。
☆ 確かにもっとあると思います。黒澤明監督の『生きる』もそうですね。
>

> ただし、西川医師は、ただ個人的に死ぬことを考えていたわけではなく、「死の医学」を構築する目的を持っていたと書いています。死を許さないという考え
> 方はそもそも成り立たないのですから、問題提起した実績は十分です。ただし、それはあくまで学問的関心に過ぎず、その試みが後世の社会的文脈にどうつな
> がるのかに関する戦略的考察はなかったように思います。つまり、この戦略的考察とそれに続く実践に関しては、あくまで私たちの手にかかっているというこ
> とです。
☆ 西川医師が、自らを犠牲にして、「死の医学」の必要性を訴え続け、西川医師だけの力ではないでしょうが、この頃から、死が医学の敗北とは言えない、
死に寄り添うのも医学の一つであるという流れが生じてきたのは事実でしょう。
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