「ビハーラ・維摩経」の復習:2(再)

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caay

unread,
Oct 20, 2009, 10:18:06 AM10/20/09
to 中津ビハーラの会
carryです。
「ビハーラ・維摩経」の復習:2
の件で御迷惑をお掛けして居ります。
どうも、ファイルかURLが破損したようです。
トピック名で検索をかけると「メッセージ28件」と返してくるのですが、表示されません。
復旧は不可能かと思われますので、以下に小生のメールボックスに残っているメッセージ群をUP致します。

「mori syuuei 氏が 2009年10月20日5:57 に投稿された分までです」

今後もこのような事態が生じるやもしれませんので、注意怠りなく管理業務に携わって参ります。
                                                  carry 九拝

転送スレッド
件名: 「ビハーラ・維摩経」の復習:2
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From: wo3 <shinb...@gmail.com>
日付: 2009年9月30日23:38
To: 中津ビハーラの会 <nakatu...@googlegroups.com>

こんにちは。

今日は9ページ2行目から17ページ12行目までを読みました。
本当に少しずつです。

今回は特に疑問に感じるところはありませんでした。ただ、経典成立時のインドの現地語と、いま使われている翻訳の言葉との関係には、注意しなければな
ら
ないなあ、と改めて思いました。例えば今回は「律」とか「如是我聞」という言葉の元にあるインドの現地語が気になりました。

私たちのように日本語を母語とする者は、母語として漢字を読みます。一方、経典に書いてある漢字は、日本語ではなく、中国語の漢字です。本来の(中国
の)漢字の意味は、日本語の漢字に対して一対一で対応するとは限りません。現代語における中国語の漢字と日本語の漢字との間でもそうです。従って、仏
教
経典を最初に中国語に翻訳した当時の漢字であれば、なおさら今の日本語とは異なる可能性が高いのではないか、と想像できます。このようにして、たった
一
つの漢字であっても、現代日本語と同じように読むことには、なんとなくためらいを感じるのです。

文章全体としての理解であれば、まだ受け入れやすいです。個々の文字ではなく、全体としての文脈を理解できればよいからです。おそらく、全体の文脈に
関
しては、インドの原語でも、翻訳当時の中国語でも、現代日本語でも、そう大きな違いはないのではないか、と期待できます。

ちなみに、「如是我聞」に関しては、これだけで一時間の講義になるほど大きな意味を持つとのことですが、下記ページの説明(真宗大谷派(東本願寺)大
阪
教区)を読むと、確かにそれだけの大きな問題なんだろうなあ、と思います。

「『聞』は心にきこえてきたことをあらわす字なので、聞いたことによって心が新しく新鮮に開かれてきたと訳す」

http://www.icho.gr.jp/essei/yahata1.html

漢字の意味は深いですね。この表意文字の深みに対して、インドの原語(おそらく表音文字)は対応しているのかどうか。

一方、英語ではどのように説明されるかと言えば、ちょっと調べてみたところでは、だいたい以下のようなものです。

thus i hear / i hear in this way

http://tangorin.com/
などより

けっこうズバッと言いきっていると思います。これで、英語の経典と日本語の経典が同じと言えるかどうか。意見は分かれるのではないでしょうか。

話は飛びますが、仮に、日本の仏教者が英語で仏教経典を説明するとしたら、どう説明するでしょうか。禅を説明するのではなく、経典の話です。例えば般
若
心経に関しては、調べてみると、けっこう日本語をそのまま英語に音訳することが多いようです。

例えば、
http://www.nozt.org/teachings/hannyashingyo.shtml

ニューオリンズのお寺による説明では、「空」は「ku」です。それで伝わるのかな、と不思議に思います。一方、日本人なら丸覚えするのが普通の経典本
文
に関しては、明快に英語訳を施しています。これではたぶん読経はできないでしょう。日本人の一般的な理解の仕方とは、あまりにもイメージが違うように
思
います。

また、この英語訳は、あくまでも日本語からの英訳です。これがまたおかしなところで、本来の経典はあくまで古代インドの現地語にあるはずであって、現
䝣
日本はあくまで経由地に過ぎないはず(しかも中国あるいは朝鮮よりも後発という)なのに、ここでは英語訳の元が日本語になっています。英語を母国語と
す
る人は、少なくともこのニューオリンズのお寺では、経典の大元がインドにあると理解したうえで、敢えて日本語を由来として経典を学ぶのでしょうか。

もしも経典の本当の理解が、あくまで原本にこだわることだとすれば、アメリカ人は日本の仏教などスルーしてインドに向かうはずです。そうしないで敢え
が
日本の経典を元にする場合は、日本仏教は独立した領域であって、独自の意味があるということでしょう。そのうえでなお仏教としての統一性がインド-中
国-日本の間で維持されているのであれば、つまり、仏教はキリスト教やイスラム教と違って、経典に依拠しない宗教である、ということでしょうか。

しかし、そういう結論では困るという人も、たくさんいるような気もします。

もう少し考えてみます。


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From: 随念院 <shingyo....@gmail.com>
日付: 2009年10月1日14:26
To: 中津ビハーラの会 <nakatu...@googlegroups.com>

wo3さん、すごいですね。あなたの疑問としているところは、仏教学の中の「仏教経典史論」という大きな課題です。異文化を学ぶ場合、言葉の壁は確か
き
あります。それで経典史論をふまえて、私は仏教学の立場で、中国の文献はできるだけインドに還元して理解しようとします。
ただし、親鸞の思想(真宗学)や禅の思想は中国で定着した仏教をもとにしていますから、その点を踏まえます。膳の文献が漢文からの英訳であるのはそう
い
うことです。真宗や禅の英訳を参照する場合、その点をしっかり踏まえた学者で、日本語よりも英語の方が得意であるといわれた「鈴木大拙師」(40年間
大
谷大学の教授でした)の英文をおすすめします。
日本仏教でもことに親鸞は経典に依拠した思想家です。親鸞はインドの原典には触れられなかったので、『教行信證』では、同じ経典のいくつかの漢訳を比
蟃
して、インドの原典に迫ろうとしているところもあります。
本題に入る前にwo3さんのような疑問を呈するのは大切なことだと思います。それぞれの時代・地域に、それぞれの人々が仏教の真実に触れようと努力し
が
きたということです。

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From: mori syuuei <seig...@circus.ocn.ne.jp>
日付: 2009年10月1日20:18
To: nakatu...@googlegroups.com

随念院様 wo3様
お二人の話に割り込むようで申しわけありません。
翻訳のことは私も非常に興味があります。特に英語で訳されたものを再度日本語に翻
訳し直すと面白いなあと感じたことが昔ありました。
仏教はインドの言語が中国語になり、その言語が朝鮮経由で日本に入ってきて、日本
語が英語その他の欧米語になっていったと聞いています。

随念院さんに教えていただきたいのは、インドの言語が中国語になったときに鳩摩羅
什という翻訳者が出てきて、釈迦の本意以上の解釈をしたとテレビ放送や書物で読ん
だことがあります。鳩摩羅什の翻訳のことをもっと詳しく調べようと思ったら、どの
ような書籍があるのでしょうか?

私がwo3さんと同じ思いであるのは、もしもアメリカ人がいきなり中国語を英語で
解釈したり、日本人がインドの言語を解釈したりしたら、どのような解釈になってい
たでしょうか? それこそwo3さんのいわれるようにそのままの直訳になっていた
ような気がします。
鳩摩羅什が受けとめ、親鸞やその他の日本人が日本語で受けとめたからこその経典
だったからこそ、現代の我々に伝えられているようです。英語で翻訳し直すと、面白
い発見がときどきあります。これは昔ワープロで文字変換をするときに感じたことで
すが、「経典は自らを映す鏡」という言葉を変換したときに「経典は自らを映す屈
み」となったことがありました。このとき、「屈み」という言葉がなんとも言えず、
自分の思いを照らしているような気がしました。鏡ではなくて、屈み、屈んでいる私
なのかなと思ったりもしました。ちなみに「教団」と変換したときに「凶弾」と出た
ことがあります。これはかなり昔のワープロでしたが… しかし何とも考えさせられ
るように思われました。

欧米語を母国語とする人が日本語を欧米語に翻訳するのではなく、日本語が分かる外
国人が仏教的知識を読む、これが一番かなとも思うのは、ジャクリーン藤田というフ
ランス人女性がフランス語版歎異抄に出会い、はるばる日本にまで来たということが
あったことを思い出しました。

いろいろ述べましたが、翻訳というより、個々の解釈の問題は実に重要であると思い
ます。福祉対象者・患者に限らず、自分以外の人に経典を伝える(説明する)とき
に、どの一点をどのように受けとめて伝えるかが、言語の翻訳の問題以上に必要であ
るのかなとwo3さんの問題提起で感じました。

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From: 随念院 <shingyo....@gmail.com>
日付: 2009年10月1日21:29
To: 中津ビハーラの会 <nakatu...@googlegroups.com>

mori syuueiさん、wo3さんの問題提起をさらに深めて、ありがたく思います。moriさんの質問にぴったりの本が昨夜届きました。出版さ
れ
たばかりの木村宣彰著『中国仏教思想研究』(法蔵館)です。その第3章が「維摩経訳出の諸問題」で、其の中に「鳩摩羅什の訳経」というタイトルで80
ページほど論じられています。moriさんの疑問に答えてくれる論述です。私も今から読もうかと思っています。やはり木村さんと言う専門家の目の付け
所
は違いますね。参考になりそうです。

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From: wo3 <shinb...@gmail.com>
日付: 2009年10月2日8:45
To: 中津ビハーラの会 <nakatu...@googlegroups.com>

随念院先生、毎度ご教示ありがとうございます。

「仏教経典史論」という術語を初めて知りました。
漢文からの英訳、というよりも漢文の日本語訳の英訳、というのは、北米仏教の特徴かもしれないと思いました。
その歴史の追跡には手が及びませんが、できるだけ事実に即しながら、根幹にあるであろう筋というものを考えていきたいと思います。

鈴木大拙の著書は何冊か読んだことがあります。
英語での仏教の説明は、熊本大学の図書館で読んで面白かった記憶があります。
ただ、禅の説明ばかりで、あまり経典そのものについては触れなかったような気がします。
禅は経典と違って、あまり翻訳の心配はいらないのではないか、と思いました。

ところで、私自身にとって仏教とのインターフェイスは、一信者としては別府にある臨済宗のお寺でしたが、研究に関しては、まさにビハーラだと思いま
す。
看護学への関心が広がり、仏教に目が及んだのもビハーラを通じてです。
具体的には中津ビハーラの会の、あの喫茶店が場所として出発点になっていると思います。
自分なりの専門性というものを意識しながら、知識を深めていきたいと思います

どうぞよろしくお願いいたします。

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From: 随念院 <shingyo....@gmail.com>
日付: 2009年10月2日10:13
To: 中津ビハーラの会 <nakatu...@googlegroups.com>

wo3さん、
>「仏教経典史論」という術語を初めて知りました
☆ 「仏教経典史論」は、インドの諸思想、パーリ語、サンスクリットだけでなく、複雑な方言であるプラークリットの知識、チベット・西域の歴史と諸言
語、中国の初期から後期への漢文(初期は漢文とはいいませんが)の歴史、諸思想、さらには日本への仏教聖典の伝播などすべてを網羅しなければならない
大
変な学問です。
☆ 北米や南米の仏教は、日本の仏教である真宗と禅が中心ですから、日本語からの翻訳が多いのだと思います。
☆ 禅の根幹は「不立文字」といって、経典などの文献を重視しない傾向にあります。座禅によるひらめき、公案などの領解が多いと思います。ただ、鈴木
大
拙先生は、大谷大学教授であったことからも、真宗関係の聖典を多く翻訳しています。最も代表的なのは、九州ではおいてあるところは少ないと思います
が、
あの膨大な親鸞の『教行信證』の英訳です。臼杵の仁王座の真宗大谷派「善法寺」さんは、前住職(故人)が東大印哲の出身で学問をされていた方ですの
で、
置いてあるかもしれません。
☆ 自分で学問をすることはもちろん大切ですが、仏教学は密林のようなものですので、詳細な研究は学者の任せて、その成果を参照しながら、ご自分の看
č­ˇ
学を深めていくと言う方法論ではいかがでしょうか。

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From: wo3 <shinb...@gmail.com>
日付: 2009年10月4日12:20
To: 中津ビハーラの会 <nakatu...@googlegroups.com>

随念院先生、毎度ご教示ありがとうございます。

「仏教学は密林」まさにそういう感じがします。
基礎概念の定義や方法論からして一つとは思えず、また一つ一つが漠然たる感じでもあり、その統一が何によってなされているのかも、理解するのが難しい
よ
うに思います。一般人として普通に仏教に触れてきた経験では、まず信じることから始まっていたので、いざ疑問に思うことから改めて始めてみると、この
密
林の広大さを意識することになります。私の場合、後は読書するときに細かくノートをとるかどうかで、仏教を専門的にやるかどうかの差になっています。
今
はさすがにノートはとりません。どんどん先に進んだほうがおもしろいです。

私の専門は一応「看護学」ですが、従来の看護学と言うよりは、確たる分野の存在ではありませんが「ビハーラ」であると思います。まだよくイメージでき
が
はいませんが、おそらく、先に現れた「仏教看護論」の批判的検討を通じて、改めて「ビハーラ看護学」の構築を試みる方向に向かうのが、これまでのビ
ハー
ラの在り方にも沿っているのではないかと思います。たぶん新潟の病院などでは、すでにそういう実践も行われているのでしょうね。九州はまだまだなので
しょうが、どう手を付をつけるかです。

今後ともよろしくお願いいたします。

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From: 随念院 <shingyo....@gmail.com>
日付: 2009年10月5日22:27
To: 中津ビハーラの会 <nakatu...@googlegroups.com>

wo3さんの学問的関心と意欲からすれば、「ビハーラ看護学」の構築も可能だと思います。それが最終的には「仏教看護学」になると思いますが。

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From: wo3 <shinb...@gmail.com>
日付: 2009年10月7日14:12
To: 中津ビハーラの会 <nakatu...@googlegroups.com>

歴史的経緯からみれば、日本のビハーラは仏教ホスピスの言い換えが始まりとなるのでしょうが、現場の看護師が行う今後の実践においては、ビハーラを通
じ
て仏教の世界に至るという道筋があるように思います。

私にとっても、次の一歩を踏み出す時期が来たとは思うのですが、まだ適当な現場を見つけだすことができません。ウィキペディアでは「1993年に新潟
県
長岡西病院に最初のビハーラ病棟ができ、その後各地に広まった。」と説明されていますが、その「各地」というのが把握できません。また「2008年に
は
城陽市に浄土真宗本願寺派により「あそかビハーラクリニック」が開業した。」とありますが、この2つが現状ではビハーラの実践における本山の働きをし
が
いるのでしょうね。

先日、随念院先生より、見学してみればどうかとのご示唆をいただいたのも、この2施設でした。

私は経歴が特殊(年長でありながら経歴が少ない)で不利なところはありますが、こういった施設での実践に挑戦したい気持ちは強くあります。ただ、遠い
と
ころにあるので、すぐ見学などというわけにもいかないのが辛いところです。結局、今の現場を辞めた後でしか、このような現場を目視することができない
よ
うに思います。何とも悩ましいところです。

またご相談させていただきます。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%93%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%83%A9

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From: 随念院 <shingyo....@gmail.com>
日付: 2009年10月8日18:13
To: 中津ビハーラの会 <nakatu...@googlegroups.com>

wo3さん、そうですね。厳密な意味での仏教ホスピスとしてのビハーラは、まだおっしゃる2施設だけのようです。広島のほうに「ビハーラ花の里病院」
と
いうのがあるのですが、どうも名前だけのようで、理念は見えてきません。仏教ホスピスから、仏教医療・看護・介護、さらには福祉全般と範囲が広くな
り、
西本願寺の社会部としてのビハーラ活動、またNPO法人のビハーラ21など、さらには「ビハーラ」が頭についてさまざまな活動が検索では出てきます
ね。
ビハーラと言う言葉が独り歩きしているようですが、それはそれで結構として、私たちが試みているように、原点をしっかり押さえた上で、さまざまな活動
を
するすることが大事なように思います。
看護師としてのビハーラへの取り組みは、やはりその原点とその原点を踏まえた在宅ビハーラに求められると思います。

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From: wo3 <shinb...@gmail.com>
日付: 2009年10月9日20:36
To: 中津ビハーラの会 <nakatu...@googlegroups.com>

随念院先生、「在宅ビハーラ」ですか。
もしかして、「入院‐在宅」と「出家‐在家」のアナロジーがあるのでしょうか。
すいません、書きながら考えすぎと思いました。

さて、中津ビハーラの会を通じて勉強して私が気付いたことの中には、次のことがあります。
「疼痛緩和ケアは必ずしも緩和ケア病棟の中にばかりない。」
ちょっと医療寄りの表現ですが、要はビハーラもホスピスも、それ専門の病棟の中にだけあるものではない、ということです。

ですから、ビハーラの勉強をするために必ずしも件の2施設にばかり頼ろうとする必要はないのでしょう。
でも、やはり興味はあります。
以前にお話しした通り、私は今ひそかに(でもありませんが)就職活動中の身です。
もしも、意中の現場が見つかりそうにないときは、遠方ではありますが件の施設にもチャレンジしたくなってきました。
断られる可能性も大きいのですが、挑戦する気持ちが沸いてきています。

ちょっと雑談でした。。。

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From: 随念院 <shingyo....@gmail.com>
日付: 2009年10月9日22:11
To: 中津ビハーラの会 <nakatu...@googlegroups.com>

wo3さん、在宅ビハーラ、出家・在家のアナロジーです。維摩経の思想がまさにそうです。田宮先生は、いつも、病院ビハーラを作るのは、おぼれている
äşş
で藁をもすがろうと人がいるからだ、最終的には在宅ビハーラで、全国の寺院がその中核になることだ、と言っていました。
緩和ケア病院だけでなく、どこでもビハーラは必要です。特養でも、デイケアでも、普通の病院でも、あるいは家庭でも。
国東の森さんは、精神障害者自立支援施設をビハーラにしようとがんばっています。
『大パリニッバーナ経』で釈尊が、「比丘らよ」呼びかけているように、先ず、専門職、専門施設が必要です。そこを核として、広がっていくことです。
長岡西病院なら私が紹介しますし、めったに来ませんが、メンバーに西本願寺ビハーラの役員の人がいますので、城陽のビハーラを紹介してもらえるかもし
れ
ません。

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From: wo3 <shinb...@gmail.com>
日付: 2009年10月11日15:49
To: 中津ビハーラの会 <nakatu...@googlegroups.com>

随念院先生、「在宅ビハーラ、出家・在家のアナロジー」には正直驚きました。

今、入院している患者の中で、自分を出家と捉えている人は、たぶん0に近いと思います。
それなりのもてなしを受けるべきお客さんだと思っている人の方がはるかに多いと思います。

私の個人的なイメージで恐縮ですが、「出家→自己努力が必要」「お客さん→他人の奉仕を受けるだけ」です。
特に老人は、動機づけの欠如により、今さら何の努力もしたくないと思っている人が多いと思います。
だから医療・福祉における在家・出家のアナロジーは、実現可能性に難があると思います。

それと「在宅ビハーラ」は従来の家族制度が前提になるのでしょうか。
仮にそうなら、それはそれで問題ありかも知れません。
あるいは個々人を対象として、アメリカのナーシングホームのようなものを想定しているのでしょうか。

仏教の古典を現代日本の現状に即して理解する作業は、やはり専門家が中心になるべきだと思います。
今の話の場合、維摩経にナーシングホームを結び付ける(かどうか決める)論理展開の力が求められていると思います。

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From: wo3 <shinb...@gmail.com>
日付: 2009年10月11日15:59
To: 中津ビハーラの会 <nakatu...@googlegroups.com>

随念院先生、たびたびのお力添のお言葉に感謝いたします。
長岡西病院にせよ西本願寺ビハーラにせよ、おっしゃっていただけるだけで、とても気持ちが前向きになれます。
現在、九州近県の緩和ケア病棟を持つ複数施設に情報照会中です。
何か動きがありましたら、またご報告・ご相談させていただきます。

それはそれとして、件の2施設はビハーラの本山という点では、どうしても気になります。
正直な気持ちです。
私自身としては、中津でビハーラに出会ったからこそ、今の自分はそれなりにやる気になっているのだと思います。
他でビハーラに出会っていても、あまり気にしなかったかもしれません。
でも、現状の中でそれなりに一生懸命勉強・実践していても、この気持ちはなくならないのでしょうね。

不思議な感じがします。

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From: 随念院 <shingyo....@gmail.com>
日付: 2009年10月11日16:44
To: 中津ビハーラの会 <nakatu...@googlegroups.com>

wo3さん、失礼、アナロジーと言う言葉をちょっと誤解していました。私の意味しようとしたのは、病院では専門の医師・看護師(出家)と患者との直接
ぎ
施設での関係が当時の出家教団であるサンガにあたり、在宅は患者(在家者)が中心の治療関係であるから、当時の大乗仏教におけるガナ(在家菩薩を中心
と
した在家仏教信者の集まり)にあたるということを連想したのです。専門職を出家者とすると、患者は在家者に当たります。
仏陀最後の言葉に従っても、自己努力を要するのはあくまで専門職であって、患者さんにそれを強要してはならないと思います。『がんばらない』という本
ぎ
とおりですね。在宅ビハーラでは、患者さんがあくまで主人公であり、自宅で日常生活する中で、医師・看護師がサポートをする関係であると思います。
おっしゃるとおり、現代の核家族では在宅ビハーラの理想的あり方は難しいかもしれません。その場合は、ナーシングホームのような形態が必要かもしれま
せ
ん。大阪のビハーラ21では、対象者に都市居住者が多いので、そのナーシングホームを目指しているように聞いています。
誤解を与えて申し訳ありませんでした。

On > 仏教の古典を現代日本の現状に即して理解する作業は、やはり専門家が中心になるべきだと思います。
> 今の話の場合、維摩経にナーシングホームを結び付ける(かどうか決める)論理展開の力が求められていると思います。

この問題については改めて考えて見ます。

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From: wo3 <shinb...@gmail.com>
日付: 2009年10月11日22:14
To: 中津ビハーラの会 <nakatu...@googlegroups.com>

随念院先生、「専門の医師・看護師(出家)」と「患者(在家者)」というアナロジーでしたか。
なるほど、了解いたしました。

ただし、それはそれで、患者を出家者と捉える以上に違和感が私にはあります。
なぜなら、少なくとも現代日本の医療においては、患者の方が医療者よりずっと身心とも病院に張り付いているからです。
医療者は時間を区切って、仕事として病院にいるだけです。
帰るべき家に関して、患者より確固たるものがあります。
社会的入院という言葉もあるように、帰るべき家のない医療者より、帰るべき家のない患者の方が多いのではないでしょうか。
素朴に考えて、どちらがより「出家者」のイメージに近いか、ということです。

それでもまだ医師はれっきとした専門職として独立した裁量権を揮い開業権も持つので、出家者に模す論理を使う余地があるのかもしれません。
一方、看護師はご承知の通り、医師のような専門性を認知されていませんし、先日も25年前の差別観は残っているという話が出たほどです。
ここで出家者のイメージに関してのみ、医師と看護師が混同されるのも、看護師の立場としては、いかがなものかと疑問に感じます。

少なくとも現場にいる看護師はあくまで労働者です。雇われて対価を取って働く立場です。
もしかしたら、私の持つ「出家」のイメージが間違っているのかもしれません。
田宮先生が看護師という職業の何をどのようにくみ取って出家者に例えられたのか、すぐには想像できません。

あるいは、ここでの「出家・在家」のアナロジーは、日本の公的医療制度を想定しておらず、古来自然の医療、今で言うなら自由診療というものに立脚して
い
るのかもしれません。
もしもそうならば、少しは腑に落ちます。


また調べてみたいと思います。

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From: 随念院 <shingyo....@gmail.com>
日付: 2009年10月12日11:06
To: 中津ビハーラの会 <nakatu...@googlegroups.com>

wo3さん、いろいろ問題提起をいただいてありがたく思います。
☆ 出家・在家を私は、家・施設にいるとかいないとかいう表面的状態で言っているのではありません、あくまで、出家者は専門職、在家者はその専門職の
ケ
アを受けるものという意味で使っています。
☆ そうすると、現実の病院での医師と看護師の関係はよく分かりませんが、専門職という観点からすると、それぞれおかさない職務があるはずです。その
専
門職という意味です。現実に現場で医師・看護師の乖離があるとすれば、医師:釈尊、看護師:比丘、患者:在家者とアナロガイズしなければならないかも
し
れません。
☆ もちろん、私は『ブッダ最後の旅』における、釈尊・比丘・在家者の関係を原点にして論じていますので、そのまま現代の医療現場に応用するのは無理
だ
と思います。古来自然の医療ということですので、そのことをベースにして、歴史を踏まえ、wo3さんなどの現場体験を聞きながら、現代の医療現場のこ
と
を論じなければならないと思います。
お互いに、立脚点がずいぶん違うようですが、このような対話を通じて、おそらくもっと理解しあえるようになると思います。

※ ほかのグループのメンバーの方のご意見も期待したいと思います。よろしく。

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From: eiji sogabe <shinb...@gmail.com>
日付: 2009年10月12日19:26
To: nakatu...@googlegroups.com


随念院先生、毎度のご教示ありがとうございます。

私の「問題提起」が、まさに問題提起になっていれば良いのですが。。。実際のところ、私はこれまで、このような議論を乗り越えたからこそ、今のビハーラ
活動があるのだとばかり思っておりました。いや、もしかしたら、既にビハーラ病棟を運営している組織においては、既に同じような問題を一つ一つ乗り越え
てきた歴史があって、九州にいる私たちは、あえて同じ経過をたどるよりは、その歴史を学べばよいだけの話かもしれません。いずれにせよ、私たち自身の目
の前にある道のりは、まだまだ果てしないのだということは理解しました。この場での得難い議論を、どうぞ今後ともよろしくお願いいたします。

=== === ===

さて、「出家者は専門職、在家者はその専門職のケアを受けるものという意味」とのご指摘ですが、このような意味ですと、そもそも類似性を見ることにどの
ような意味があるのか、私にはすぐには想像もできません。というのも、そもそも専門「職」の意義は、その専門性を売って身を立てることにあるからです。
托鉢するわけではなく、値段を付けて売るのです。日本人の多くから支持を得て医師の鏡と呼ばれることさえある「赤ひげ」は、貧しい患者には医療費を請求
しませんでしたが、支払い能力のある患者からはその分のコストを含めて取りたてました。また、指示に従わない患者は、貧しいかどうかに関わらず、暴力を
用いてでも容赦なく追い出しました。そういった自己判断をするのが専門職なのです。

改めてお伺いしたいのですが、出家者と専門職、この根本的な違いにも関わらず、なぜ、何のために、類似性を語るのでしょうか。私には、出家者と専門職の
類似性を見るのはそこそこにしておいて、あくまで別物という前提で議論し実践する方が、より現実的ではないかと思われるようになってきました。

ところで、現実世界における医療は、ほとんどが西洋医学を背景としています。西洋医学の歴史において、医師が聖職者とみなされた歴史はあったでしょう
か。詳しく調べてはいませんが、恐らく、なかったと思います。有名な「ヒポクラテスの誓い」も、専門職としてのものであって、聖職者としてのものではな
かったと思います。看護も、元をたどればナイチンゲールに行き着きますので、西洋由来であることは明らかです。(※だったら「仏教看護」も「仏教ホスピ
ス」と同じくらいの違和感ものかもしれません。看護という言葉が元は仏教語であったとしても、今となってはもう。。。)

また、かつて米国のクリントン政権において、ヒラリー夫人が医療制度改革の参考のために日本の医療制度を調べた結果、米国では決してまねできないと結論
づけられた有名な逸話もあります。その理由は、「日本の医療者はまるで聖職者のように献身的に働きすぎているから」という趣旨でした。

このように、医療においては、専門職が聖職者であることは、政策上の不利益が大きいと考えられます。一方、仏教においては、詳しい話は覚えていません
が、確か、仏陀自身が医師の王様であったと思います。すると、ビハーラにおける医療は、西洋医学とは遠大なる一線を画している可能性があります。しか
し、現実の医療において、法的な問題もクリアして、医療者が付いて来られる形で実践できるのかどうか。

さらに、専門としての医療は、少なくとも西洋医学を背景とする医学に関連付けられるところの医療は、福祉とは別物です。政策上も別物ですから、例えば
「社会的入院」なるものは福祉と医療の混同であって、医療資源を食いつぶす悪習と理解できるのです。これに対して、ビハーラの議論では、どうも医療と福
祉をわざと混同しているように思われます。維摩経の中で福祉の話が出たときにもそう感じました。患者は頑張らなくてよくて、専門職だけがんばればよい、
という論理構造を見ても、そういう感じがします。

福祉と医療を同一に扱うポリシーは、もしあるのならば、今ある政策からの大転換です。一般国民からの支持は得られるかもしれませんが、医療者からの支持
を得られるのでしょうか。

これ以上の詳しい話は今後の議論に回したいと思います。要は、医療者と聖職者のアナロジーは、その根拠が明らかであって医療者の理解と支持がない限り、
効果を持たないか、逆効果にさえなりうるのではないか、ということです。

この話題について、今日は仕事中もずっと考えていました。ネットへの投稿では書ききれない思いがどんどん沸いてきます。もしかしたら、既にビハーラ病棟
を運営している施設では、恐らく公的医療制度の支配下にあるのでしょうから、原理主義的に実践するというよりは、相当程度の方便を用いているのかもしれ
ませんね。そういう気がしてきました。

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From: 随念院 <shingyo....@gmail.com>
日付: 2009年10月12日21:50
To: 中津ビハーラの会 <nakatu...@googlegroups.com>


wo3さん、お互いに別の観点に立って、まだ議論の論点がまじわっていないように思います。でも、何とか手を届けようとしています。医療現場を知らな
い
私に責任があるような気がしますが、その点はできるだけ実例を挙げて説明してください。

>
> 私の「問題提起」が、まさに問題提起になっていれば良いのですが。。。実際のところ、私はこれまで、このような議論を乗り越えたからこそ、今のビハーラ活動があ-るのだとばかり思っておりました。いや、もしかしたら、既にビハーラ病棟を運営している組織においては、既に同じような問題を一つ一つ乗り越えてきた歴史があっ-て、九州にいる私たちは、あえて同じ経過をたどるよりは、その歴史を学べばよいだけの話かもしれません。いずれにせよ、私たち自身の目の前にある道のりは、まだ-まだ果てしないのだということは理解しました。この場での得難い議論を、どうぞ今後ともよろしくお願いいたします。
>
☆ おっしゃるとおりかもしれません。25年前に今日とビハーラの会ができて、そこではこの種の議論から始まりました。看護関係者と仏教者と徹夜に近
い
議論を月2回ほど、数年間続けて、やっとビハーラが出来上がりました。そこでも今日までまだ議論が続いています。その内容の一部は、田宮先生や藤腹明
子
先生の著書・論文に見ることができます。
> === === ===
>
> さて、「出家者は専門職、在家者はその専門職のケアを受けるものという意味」とのご指摘ですが、このような意味ですと、そもそも類似性を見ることにどのような意-味があるのか、私にはすぐには想像もできません。というのも、そもそも専門「職」の意義は、その専門性を売って身を立てることにあるからです。托鉢するわけでは-なく、値段を付けて売るのです。日本人の多くから支持を得て医師の鏡と呼ばれることさえある「赤ひげ」は、貧しい患者には医療費を請求しませんでしたが、支払い-能力のある患者からはその分のコストを含めて取りたてました。また、指示に従わない患者は、貧しいかどうかに関わらず、暴力を用いてでも容赦なく追い出しました-。そういった自己判断をするのが専門職なのです。

☆ 仏教では、専門性を売るという立場はありえません。評価された場合、布施という形でかえってくることはありますが。

> 改めてお伺いしたいのですが、出家者と専門職、この根本的な違いにも関わらず、なぜ、何のために、類似性を語るのでしょうか。私には、出家者と専門職の類似性を-見るのはそこそこにしておいて、あくまで別物という前提で議論し実践する方が、より現実的ではないかと思われるようになってきました。

☆ 違いを違いでないようにしたいと願っているからです。
>
> ところで、現実世界における医療は、ほとんどが西洋医学を背景としています。西洋医学の歴史において、医師が聖職者とみなされた歴史はあったでしょうか。詳しく-調べてはいませんが、恐らく、なかったと思います。有名な「ヒポクラテスの誓い」も、専門職としてのものであって、聖職者としてのものではなかったと思います。-看護も、元をたどればナイチンゲールに行き着きますので、西洋由来であることは明らかです。(※だったら「仏教看護」も「仏教ホスピス」と同じくらいの違和感も-のかもしれません。看護という言葉が元は仏教語であったとしても、今となってはもう。。。)
☆ 仏陀は大医王であり、東洋では昔は医療者が聖職者のように扱われたはずです。
>
> また、かつて米国のクリントン政権において、ヒラリー夫人が医療制度改革の参考のために日本の医療制度を調べた結果、米国では決してまねできないと結論づけられ-た有名な逸話もあります。その理由は、「日本の医療者はまるで聖職者のように献身的に働きすぎているから」という趣旨でした。
>
> このように、医療においては、専門職が聖職者であることは、政策上の不利益が大きいと考えられます。一方、仏教においては、詳しい話は覚えていませんが、確か、-仏陀自身が医師の王様であったと思います。すると、ビハーラにおける医療は、西洋医学とは遠大なる一線を画している可能性があります。しかし、現実の医療におい-て、法的な問題もクリアして、医療者が付いて来られる形で実践できるのかどうか。
>
> さらに、専門としての医療は、少なくとも西洋医学を背景とする医学に関連付けられるところの医療は、福祉とは別物です。政策上も別物ですから、例えば「社会的入-院」なるものは福祉と医療の混同であって、医療資源を食いつぶす悪習と理解できるのです。これに対して、ビハーラの議論では、どうも医療と福祉をわざと混同して-いるように思われます。維摩経の中で福祉の話が出たときにもそう感じました。患者は頑張らなくてよくて、専門職だけがんばればよい、という論理構造を見ても、そ-ういう感じがします。
>
> 福祉と医療を同一に扱うポリシーは、もしあるのならば、今ある政策からの大転換です。一般国民からの支持は得られるかもしれませんが、医療者からの支持を得られ-るのでしょうか。
>
> これ以上の詳しい話は今後の議論に回したいと思います。要は、医療者と聖職者のアナロジーは、その根拠が明らかであって医療者の理解と支持がない限り、効果を持-たないか、逆効果にさえなりうるのではないか、ということです。

☆ 西洋医学の考え方と根本的に違うと思います。仏教は医療と福祉を混同することを求めています。というより、医療が福祉になってほしいと願っていま
す。それが仏教福祉で、医療者と看護者に菩薩であることを願います。そういう立場は、少数ながら医療者の支持も得られつつあります。そのことを推進し
よ
うとしているのがビハーラ活動だと思います。
混乱するかもしれませんが、親鸞は、それをふまえた上で、人間は菩薩にもなれないことの悲嘆の立場に立ちます。浄土の慈悲、無縁の慈悲です。
>
> この話題について、今日は仕事中もずっと考えていました。ネットへの投稿では書ききれない思いがどんどん沸いてきます。もしかしたら、既にビハーラ病棟を運営し-ている施設では、恐らく公的医療制度の支配下にあるのでしょうから、原理主義的に実践するというよりは、相当程度の方便を用いているのかもしれませんね。そうい-う気がしてきました。
☆ もちろん理想と現実の問題はあり、ビハーラも公的医療制度に従わなければなりませんので、方便で妥協している面もあると思います。原理主義は妥当
で
ありません。

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From: wo3 <shinb...@gmail.com>
日付: 2009年10月15日10:55
To: 中津ビハーラの会 <nakatu...@googlegroups.com>

こんにちは。

以下のご教示に関して、しばらく考えてみました。このお言葉は、ビハーラにおいて中心的な考え方を表すように思います。

=== === ===

「仏陀最後の言葉に従っても、自己努力を要するのはあくまで専門職であって、患者さんにそれを強要してはならないと思います。『がんばらない』という
本
のとおりですね。」

=== === ===

ここはいわゆる「譲れない一線」とも言える考え方ではないでしょうか。

さて、「自己努力」という考えは、事実上、看護学では人間普遍に当てはまるものと考えられています。というのは、いわゆる「オレムのセルフケア理論」
と
いうものが、ほとんど日本中の看護学校で無批判に取り上げられ、実践されているからです。大学でなければ、「セルフケア理論」そのものを考察する機会
は
ないかもしれません。しかし実践は「セルフケア」の概念抜きでは成り立ちません。藤腹先生の仏教看護論でも、「やることは普通の看護と同じ」というご
蜣
旨が中心で、批判的考察はないようです。

セルフケア理論とは、その根本的な考え方は、以下のようなものです。

=== === ===

「人々は、自分たちで自分たちの世話をすることができる。病気や怪我で自分たちで世話ができなくなったとき、代わりに世話をするのが看護である」

http://akademeia.info/index.php?%A5%AA%A5%EC%A5%E0%CD%FD%CF%C0

=== === ===

ここでは各自独立した人間、自分のことは自分でする人間が前提になっています。

従って、例えば、リハビリにおいてベッドからトイレに移動する動作に関して、「手を貸せばできる」動作を、敢えて見守りだけしてじーっと患者の動きを
見
ている、ということもよくあります。「自分のことは自分でする」状態を取り戻してほしいから、そこは「がんばらない」のではなくて「がんばれ」になり
ぞ
す。口に出しては言いませんが、行動がそうなります。

上記は一例にすぎませんが、「セルフケア理論」に基づいて、自分の世話を自分ですることを支援するのが看護だという考え方は、件の「がんばらない」と
お
のように関連付けられるのでしょうか。

また、この考え方は、独立した個々の人間を前提としますので、「がんばる」に関する要不要の基準線を、専門職と非専門職の間に引きません。専門職も非
専
門職も、同じ個々の人間です。宗教上のステージの違いを想定する余地もなく、個々人が「神の下・法の下に平等」なのです。従って、非専門職は「がんば
ら
なくてよい」とも言いません。同じ人間として、自分のことは自分で世話することができる必要があります。では専門職の機能は何かと言えば、評価した
り、
助言を与えることです。看護ではここに加えて「セルフケア」が現に欠如した人に対し、その不足分を最低限補うような援助を行う、ということもありま
す。
最終的には、実践するのはあくまで個々の人間です。実践に伴う責任も、医療サービス提供契約に基づき、当事者個々人にあります。それがインフォームド
コ
ンセントの背景にある哲学です。日本ではまだ導入されていませんが、患者が医療的助言に反する態度を取ること(AMAと言います)は正当な退院理由に
な
ります。

ところで、件の「がんばらない」に関して考える資料としてネット検索する中で、偶然、「仏教に学ぶ「がんばらない思想」」(ひろ さちや 著)の紹介
文
を発見して驚きました。

=== === ===

内容(「MARC」データベースより)
仏教もキリスト教もユダヤ教もイスラム教も、「がんばらない思想」を教えている。競争神話に毒された現代人に、人間通の著者が贈る、豊かな人生への理
論
武装。

http://www.amazon.co.jp/%E4%BB%8F%E6%95%99%E3%81%AB%E5%AD%A6%E3%81%B6%E3%80%8C%E3%81%8C%E3%82%93%E3%81%B0%E3%82%89%E3%81%AA%E3%81%84%E6%80%9D%E6%83%B3%E3%80%8D-%E3%81%B2%E3%82%8D-%E3%81%95%E3%81%A1%E3%82%84/dp/4569606032

=== === ===

ここでは「がんばらない」の役割を、「競争神話」に対置させているようです。他人との競争に関して「がんばらない」のなら理解できます。しかし「自分
で
自分のことをする」に対置させるのかどうか分かりません。ここに注目して藤腹先生のご著書を見直しても、病気からの回復過程や死生観に関するお話ばか
り
で、セルフケアをどう考えるか、よく見えてきません。ただ、こういうことは、予想するまでもなく実践において必ず直面する問題でしょうから、考え方に
関
する解決策もすでにあると思います。「がんばらない」が「セルフケア」にいかに及ぶか、ビハーラにおける過去の議論では、どんな考え方が示されたので
しょうか。

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From: 随念院 <shingyo....@gmail.com>
日付: 2009年10月15日15:12
To: 中津ビハーラの会 <nakatu...@googlegroups.com>

wo3さん、拝復
また、ものすごい問題提起と看護学に関する教示をいただきました。
「ブッダ最後の言葉」について、もう一度考えてみたいと思います。
「自己努力」についてもです。
<「がんばらない」が「セルフケア」にいかに及ぶか、ビハーラにおける過去の議論>は、京都ビハーラの会でもなかったように思います。
自己努力、セルフケアは患者さんにも必要なことであるし、人間である限り、当然備えていることだと思います。でもワーカーはそれを強要するのではな
く、
素人考えでは、それができるようにサポートするということではないでしょうか。
足の不自由な人が目的のところに行こうとゆっくり努力している人を急ぐからといって、抱っこしてあげることは、本当の介護にはならないと思います。
大事な問題だと思います、もうちょっと考えさせてください。

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From: wo3 <shinb...@gmail.com>
日付: 2009年10月15日20:01
To: 中津ビハーラの会 <nakatu...@googlegroups.com>

こんにちは。

これまでの議論を経ての、ちょっとした推測です。なぜか、ちょっと書きにくい気もするのですが、せっかくの機会と思い直し、思い切って試し書きしてみ
た
いと思います。

=== === ===

既存のビハーラ活動においては、名前としては「医学」もしくは「医」ではなく「看護」「看病」を掲げてはいますが、その中で想定されているのは、あく
ぞ
で医師による実践、もしくは医師の指示の下における実践ではないか、と思います。

医療者以外にとって、看護学もしくは看護実践が、あらゆる意味において医学もしくは医師の支配下にあると思われるのも当然でしょう。そしてまさに現実
ぎ
日本の医療システムは、ほぼそのように運用されてきました。看護師の実践が、ある程度独立しているように見えるのは、あくまで人間関係を背景とした業
界
内の不文律によるものが中心です。

なぜ実際に「看護」が中心にないにも関わらず、「看護」の名目を掲げるのかは、あくまで推測ですが、恐らく、「看護」もしくは「看病」という言葉、中
で
も「看」の文字が、仏教経典において重要であったからではないでしょうか。少なくとも「医」より「看」「看病」の方が、ビハーラの文脈において使いや
す
かったのではないでしょうか。そして仏教者においては、「医師」が「看護」もしくは「看病」を実践する、という日本語の文章にも違和感がなかったか
ら、
ということではないでしょうか。

このようにして、いわゆる「ビハーラ活動の提唱と展開」が始まったのだとすれば、今私たちが直面している議論の成り行きは腑に落ちます。ビハーラ活動
ぎ
展開が進むにつれ、現在日本のデファクトスタンダードである西洋由来の看護学、そして看護実践と向き合い、摩擦を生じる機会が増えるからです。

問題は、経典における言葉の使い方ではなく、当時の言葉と現代医療における言葉との意味上の齟齬にあり(同じ言葉に別の意味が込められている)、それ
き
気付かず当時の用語に現代の意味をあてはめようとすれば混乱する、ということではないかと思います。

ところで、「医」は身体や精神の病を治癒に向かわせる作業が中心であり、それが無理ならばせめて疼痛緩和を…という流れがありますから、病はあくまで
当
事者にとって客観的事象であり、敵とみなして排除を目指すことができます。このため、患者自身が「がんばらない」で専門職だけが「がんばる」(→専門
厜
に全ておまかせ)というお話は意味を持ち得ます。

一方、「看護」は当事者自身の自立を目指す作業が中心であり、それが不可能な段階においてその欠如を部分的に補う…という流れがありますから、病が客
茳
的事象であったとしても、それによるセルフケア不足は患者自身でしかありません。このため、患者自身が「がんばらない」で専門職だけが「がんばる」と
い
うお話(→専門家に全ておまかせ)は意味をなさないのです。

=== === ===

以上のお話に対して、「いや、全然違います、本当は……です」という結論を内心では期待しております。いずれにせよ、過去の資料を検索しなおす機会が
必
要になってきました。。。あまり余裕がありませんが、できる範囲で「がんばっ」てみようと思います。

最後に、「他人と競争して勝て」というメッセージを否定するために「がんばらない」と言うのは分からなくもありませんが、「自己ベストを塗り替えろ」
と
いうメッセージを込めての「がんばれ」まで否定してしまう危険を冒してはいけないのではないでしょうか。つまり、「がんばらない」を場合分けなしで用
い
ることには警戒が必要ではないか、ということです。

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From: 随念院 <shingyo....@gmail.com>
日付: 2009年10月16日14:26
To: 中津ビハーラの会 <nakatu...@googlegroups.com>

wo3さん、どうもおかしくて、昨夜書いたはずの返事が載っていませんし、さっき昨夜のを思い出しながら書いていたら、亦消えてしまいました。今度は
ç°Ą
単に要点だけを書きます。現場を知らずに理想論だけを述べているということがわかってきました。申し訳ないことです。
☆ ブッダは大医王でしたが、病気の比丘の下の世話までして、看護したという事例が多くあります。医療と看護を区別していなくて、むしろ医療は看護主
体
に考えていたのではないでしょうか。
☆もちろん、2500年前のインドと現代の医療現場とではまったく異なると思います。
☆ がんばれと言うのはワーカーに要請されることであって、それを患者さんに強要すべきでないと言うことです。しかし、患者さんは自立・セルフケアの
志
向をもっています。ワーカーはそれを支援すると言うことではないでしょうか。>
☆ 上記に書いたとおりです。
昨夜ずいぶん書いたつもりなんですが、どこかに飛んでしまって、残念です。会でお話している中で思い出すかもしれません。

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From: wo3 <shinb...@gmail.com>
日付: 2009年10月16日23:07
To: 中津ビハーラの会 <nakatu...@googlegroups.com>

随念院先生、書きかけの文章が消える、という、げんなりするような出来事は、パソコンを使う人には通過儀礼のようなものですね。私は次の23日には中
ć´Ľ
に伺うことができませんが、図らずもこの場をお借りしての、ネット上での議論から、質量とも相当のひらめきやヒントを頂いていおります。毎度本当にあ
り
がとうございます。
そうしますと、やはり「医」という文字に現代の「看護」を含めていた可能性が高い、ということになりますね。この点から派生する議論はしばらく置くと
し
て、そのほかに、ブッダが「病気の比丘の下の世話までして、看護した」というお話については、あれこれと思うところがあります。

例えば、その看護とは24時間体制であったのかどうか。具体的には、他の人たちと組織を組んで対応していたのかどうか。組織を組んでいたのであれば、
お
ういう看護体制であったのか。また、当時はナースコールはなかったが、それに相当する仕組みはあったのかどうか。比丘が患者で看護師がブッダという関
係
なら、そう簡単にコールできなかった可能性もあります。20分間隔でコールを鳴らして看護師を心から疲れさせる類の患者は、当時の様子からは想像でき
ぞ
せん。

一口に看護と言っても、パートタイムと24時間体制とでは、その緊張感は全然違います。1回か2回オムツを替えた程度であれば、実務的には「陛下のお
手
植え」にも似た象徴的な意味しか評価できません。また、当時の看護は結果責任を問われたかどうか。恐らく、問われなかったと思います。それにしても、
芎
ずる所、看護というものは、24時間体制でなければ責任を負いきれないものですから、看護と称する以上、その体制は当時でも組織的であったとは思いま
す。

このように考えますと、当時と現代とでは、看護という一つの言葉で、全然違う内容を指している可能性もあると思います。同じと考える立場に立てば、
「表
面上の違いで捉えるのではなくて、象徴としての看護である。看護の心である…」みたいな議論が出てくるのかもしれません。しかし、上記のような違いを
一
つ一つ考えてみれば、例えば24時間体制の有無一つをとっても、根本的な違いとしか言いようがないのではないかと、私には思われます。それ以前に、看
č­ˇ
師が本物のブッダで、患者がその弟子だったのなら、その患者の気持ちはどこか穏やかではなかったかもしれません。少なくとも、あまりゴネて迷惑をかけ
ら
れない、といった適度な遠慮のような気持ちがあったとしても不思議ではないでしょう。そういう関係の看護は、現代の私たちにとっては、あまり参考にで
き
ないと思います。また、当時の責任の取り方がどういったものか、私には想像もつきませんが、もしも私の今の仕事に責任の概念がなかったり、24時間組
織
体制の束縛や役所の監査、手技手順の決まりごとや事務仕事などがなかったら、かなり楽であろうことは想像に難くありません。

机上の空論を超えて、ビハーラという具体的な活動に向けた議論を行うに当たり、例えば看護に関して、看護のまさに看護らしいと一般に思われている部分
だ
けを捉えて議論すると、堂々巡りが終わらないような感じになるのだろうと思います。これはどの職業に関してもそうだろうと思います。外部にあまり見せ
な
い部分は、この情報化社会において一部は発掘・開示されつつあるとはいえ、いまだにその核心部分は隠されている場合も多くあります。同じことが、きっ
と
僧侶にも言えるのであろうと思います。かつて京都の議論において、藤腹先生は、どれだけ自分の業界の影に踏み込み得たのか、ちょっと興味が沸いてきま
し
た。

> ☆もちろん、2500年前のインドと現代の医療現場とではまったく異なると思います。

「まったく異なる」けれども、背景に通じるものがある、と仮定できる場合に議論が成り立つのではないでしょうか。そして、その「通じるもの」が何であ
る
と思うか(真偽はともかく)提案できる人だけに、その議論を行う資格があるのではないでしょうか。今の議論の場合は、まったく異なるにもかかわらず、
同
じものと素朴に考えられてきた部分があるのかもしれない、という趣旨が背景にあります。当時あるいは現代の医療のいずれかを全否定する目的ではなく、
严
者の違いを、より根本的に把握したい、それによって我々なりのビハーラの実践につながるのではないか、という目的意識です。
「要請」と「強要」の違いは、概念的には理解できますが、医療の実践において予め線引きできないと思います。というのも、医療においては結果責任が問
わ
れるからです。実践当時において医療者と患者の共通理解が「要請」であっても、結果が悪かった時、後から振り返って「あれは強要だった」という患者側
か
らの主張を受ける可能性があります。しかも民事だけでなく、刑事の可能性もあります。そういった事例がマスコミに報道されたことは何度もあります。訴
え
る側には、賠償金の獲得というインセンティブがあるので、医療者側における懸念は消えません。

ここで一つ、架空の具体例をあげてみたいと思います。随念院先生は、保護司のお仕事をなさっておられるとお聞きしたことがありますので、それを利用さ
せ
ていただきます。仮に「業務上過失更生失敗罪」という罪があったとしたら、どうでしょうか。かつて保護観察を受けていた人が再び犯罪者となった時、そ
ぎ
責任の一端を、過去に関わった保護司が負う必要がある、ということです。そうすると、保護司の方々は、今後はあまり良かれと思って色々なことを言えな
く
なるのではないでしょうか。保護司のなり手もぐんと減るのではないでしょうか。

私は法曹関係のことは詳しく知りませんが、非常に有名な具体例として、地方裁判所の判決が高等裁判所で真反対の結果になったとしても、地方裁判所の判
事
は罪を負いません。弁護士が裁判に負けても賠償責任を負うという話を聞きません。これらのことから、法曹関係者は結果責任を負わないのが基本だと思い
ぞ
す。医療も法曹のように結果責任を負わない世界であれば、良かれと思って患者に「要請」できると思います。しかし結果責任の可能性を考慮すると、不特
定
の未来において「強要」と受け取られる可能性があるならば「要請」もできないのだと思います。このように、「要請」と「強要」の区別は実践的でないた
め
に、医療においては使えない議論ではないかと思います。

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From: 随念院 <shingyo....@gmail.com>
日付: 2009年10月17日11:39
To: 中津ビハーラの会 <nakatu...@googlegroups.com>

wo3さん、
ブッダの時代の看護体制、時間については経典にははっきり書かれておらず、わかりません。この事例は、病気で寝たきりになり、他の比丘がほうっていた
ぎ
で、排泄物まみれになっていたのをブッダが看護してきれいにした、ということだけです。ブッダの行為に感服して、その後は他の比丘が看護をするように
なったということです。
☆ と言うことだと思います。次のコメントの仏教医学の本もそのようですね。
☆ 到底資料にそれを窺うことはできません
☆ 経とビハーラの会では、藤腹先生を始め、他の看護関係者も、看護婦経験をかつてしながら、そのときは、看護学校や短期大学の教員をしていましたの
で、wo3さんのような切実な問いかけはなかったように思います。おっしゃるとおり、資料の記述と現代の現場を直結しないように、その背景を考慮して
č­°
論すべきだと思います。
☆ おっしゃるとおりで、上記のような捉え方をしたら、背景に通じる思想がきっとあるはずです。
☆ 「要請」が誤解を与えるとすれば、「当然もつべき心得の確認」とでもいいましょうか。
☆ 「業務上過失致死罪」を犯した犯罪前歴者の保護観察を担当していた保護司は、その対象者が再犯を犯した場合、その保護観察の失敗について、反省
し、
悩むことはありますが、責任は問われません。むしろ、その失敗をばねにして、次の処遇をしっかりしようとさらに研鑽します。もう45年保護司をしてき
ぞ
したが、その繰り返しでした。その積み重ねによって次第に失敗ケースが少なくなってきているように思います。保護司会では絶えず研修を繰り返し、仕事
き
意味を見出し、やる気を出すように努めています。
☆ そういう意味では「要請」という表現は適当でないと思います。

----------
From: mori syuuei <seig...@circus.ocn.ne.jp>
日付: 2009年10月19日17:40
To: nakatu...@googlegroups.com

wo3 様
お二人の話に割り込むようで申しわけありません。

私の考えを述べさせてください。ブッダがしていたことは、看護ではなく、介護では
ないでしょうか?
それと、釈尊当時にナースコールが有るか無いかということよりも、パートタイムと
24時間体制ということよりも、当時の責任の取り方云々ということよりも、呼ばれた
ら、患者・入居者が苦しんでいると思って、さっと走っていき、介護する。パートで
あろうと24時間勤務であろうと、自分に与えられた時間の中でその人の世話をさせて
いただく。それが看護・介護の原点だと思います。
ビハーラとは現代と釈尊当時とを比較することではなくて、ナースコールも何も無
かった時代に求められていた看護・介護の心が現代にどのように生かしていくかだと
思います。昔の人は今の我々みたいに、ナースコールが鳴れば、それも瀕回に同じ患
者から何度も鳴れば、高ぶる心を抑えながら顔だけはにこやかに居室に行くことは無
かっただろうと思います。それが何故なのか? 昔の人に逢って聞いたわけではあり
ませんが、現代のように介護者の煩悩が表に出た状態で介護することは無かったであ
ろうと思います。
ビハーラの議論というものは、看護する心・介護する者の心を科学することである以
上に、介護される者の恥ずかしさ、苦しみを自分の身に置き換えて自分の痛みとして
内に深めていくことではないかと思います。仏教とはそのために在るのではないのか
なと思います。
ご教示お願いします。
> 随念院先生、書きかけの文章が消える、という、げんなりするような出来事は、パ
ソコンを使う人には通過儀礼のようなものですね。私は次の23日には中津
> に伺うことができませんが、図らずもこの場をお借りしての、ネット上での議論か

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From: wo3 <shinb...@gmail.com>
日付: 2009年10月19日23:25
To: 中津ビハーラの会 <nakatu...@googlegroups.com>

mori syuuei様

ご意見ありがとうございます。

ご意見を読ませていただいて一生懸命考えましたが、大変恐縮ながら、私はmori syuuei様のご意見へのお答えを思いつきませんでした。その理
由
は、mori syuuei様の文章構成が、私には以下のように読めて仕方がなかったからです。

1.まず対象者の意見を全否定する
2.次にご自分のお考えをご披露される
3.改めて他者に意見を求める

申し訳ありませんが、この構成には「根拠」に相当する部分が欠けている(ように私には思われた)ため、どう議論すればよいか、全然思いつきませんでし
た。

お考えを述べられることは議論の端緒として重要ですが、そこに、なぜそのお考えに至るのかに関する「根拠」として、ご自分の具体的な経験例とか、論理
的
証明に準ずる経緯とか、第三者の理論による典拠とか、“議論相手もこれを読めば納得すると期待できる”仕掛けをご用意いただきたいと思います。より具
体
的に申し上げれば、ご用意いただくだけでは足りず、第三者が気付きやすい配置も必要です。他者の主張に対する否定を含む議論においては、この仕掛けへ
ぎ
配慮が特に重要になると私は考えます。

「根拠」抜き・ご主張のみ(と私には読める)では、申し訳ありませんが私には反応不可能です。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

----------
From: mori syuuei <seig...@circus.ocn.ne.jp>
日付: 2009年10月20日5:57
To: nakatu...@googlegroups.com

wo3 様
確かにその通りです。議論に加わるには思いつきや、根拠の無い感想ではなく、事例
なり統計結果なり、その基となる論理的根拠が無ければならないということは、私も
病院勤務でしっかり叩き込まれていたつもりでしたが、少し配慮が足りませんでし
た。
しかし分かっていただきたいことは、自分は決して人の主張や意見を否定しているの
ではないということです。いつでもどこでも誰にでも出来る否定や非難をしているの
ではなく、何を話しているのか分からないような、難解な方向に行こうとしている議
論に水をさすということではありませんが、もう少し分かりやすいような方向に戻っ
てきてほしいがためのたんなる傍聴者の意見だと思っていただければ幸いです。
議論を拝聴していますと、様々な知識を吸収させていただくことが出来ますし、新鮮
な感動も有るのですが、質問を受け入れることもしていただくと、これから仏教福
祉、特に介護論を学んでいこうとする我々福祉者には実に分かりやすいものになるよ
うに思います。
医療や社会福祉相談援助技術より、看護・介護にこそビハーラの学びが有ると私は感
じています。この論理的根拠は自分でもこれから構築していきますが、ぜひwo3さん
のお考えを聞かせていただければと思います。

随念院

unread,
Oct 20, 2009, 9:37:20 PM10/20/09
to 中津ビハーラの会
carryさん(いつかわったのかな?)、復活、有難うございます。以前も10月15~16日の私のコメントが消えたのは事実で、やはりこのファイルが
不安定だったのかもしれませんね。確かにありがたいことに我々のGmailにやり取りが残っていますので、復活は可能ですが、その手間が大変です。どう
も本当にご苦労様でした。時間がかかったでしょう。
wo3さん、moriさん、また続けましょう。ほかの方もどうぞ。
今回、初めから読み直してみたら、ずいぶん話題が変遷していますね。wo3さん、申し訳ありませんが、できましたら、議論の要点を整理していただけませ
んか。

随念院

unread,
Oct 22, 2009, 9:20:22 AM10/22/09
to 中津ビハーラの会
moriさん、看護と介護の定義が私にはまだはっきりしていませんが、釈尊当時はその両面が不可分にあったのではないかと思います。それを現代の看護・
介護現場に当てはめるのはなかなか難しいかもしれません。
要は、ブッダを始めとする比丘サンガは専門家集団であり、その中で研修につとめていたと思います。教団内でもワーカー・クライエント関係はあったでしょ
う。でも、釈尊が「比丘らよ」と呼びかけたときは、専門家たることを期待してのことであると思います。その場合、在家者はクライエントです。そこのとこ
ろをはっきりした上で、wo3さんの事例を聞きながら、釈尊当時の仏教と、現代の諸問題を議論することは可能ではないでしょうか。
それと、この際との始めにありましたように、仏教の伝承過程を考慮して、たとえば鎌倉時代の親鸞の思想などからも学んでいかなければならないと思いま
す。


mori syuuei

unread,
Oct 23, 2009, 3:56:43 AM10/23/09
to nakatu...@googlegroups.com
クライエントが在家者であったかどうかはやはり大事な視点だと思います。ワーカー
・クライエントの関係において、出家者とか在家者というよりも、どのような願いを
持った集団であったのかを問うていくべきかとも思います。その願いによって、出家
者も在家者もクライエントになると思います。この場合、ワーカーは存在する必要が
無くなります。全てが、生きる疑問の前ではクライエントになります。
私はソーシャルワーカーですが、ワーカーであるという認識はあまりないし、持たな
いようにしています。それは一緒に迷うことはあっても、その人を生死の外に出すこ
とは出来ないことを身にしみて感じているからです。それが出来るのは釈尊のみで
す。そしてそれを教えてくれるのが親鸞という人なのかなと今頃感じています。
けっきょくワーカーは釈尊のみになるのではないかなというのが、私の素朴な疑問で
す。
もう一つの疑問は、専門家とは何なのかということです。完璧に近い処置が出来る人
のことをいうのでしょうが、それがはたしてサンガの中に必要であったのかなと、医
療機関の中には必要であっても、教団の中には必要だったのかなと、疑問を感じてい
ます。
釈尊が出家者に求めたものが何であったのか、たんに在家者を教化する立場にいるこ
とだったのか、それとも在家者の悩みを苦しみを形のある「ニーズ」にまで浮き上が
らせ、「主訴」として掘り下げていくことだったのかなと感じています。

随念院先生、wo3さん、どうかご教示をお願いします。



----- Original Message -----
From: "随念院" <shingyo....@gmail.com>
To: "中津ビハーラの会" <nakatu...@googlegroups.com>
Sent: Thursday, October 22, 2009 10:20 PM
Subject: Re: 「ビハーラ・維摩経」の復習:2(再)


>
> moriさん、看護と介護の定義が私にはまだはっきりしていませんが、釈尊当時はそ
の両面が不可分にあったのではないかと思います。それを現代の看護・
> 介護現場に当てはめるのはなかなか難しいかもしれません。
> 要は、ブッダを始めとする比丘サンガは専門家集団であり、その中で研修につとめ

随念院

unread,
Oct 23, 2009, 10:56:49 PM10/23/09
to 中津ビハーラの会
mori syuueiさん、どうもコメント有難うございます。大変大事な問題提起で、詳細な議論が必要ですが、ちょっと取り込んでいますので、要点の
み申します。
原始教団においては、出家と在家ははっきり区別されており、出家者には厳しい戒律が課せられ、修行と瞑想に専念しましたから、ソーシャルワークを含めた
専門職であると思います。ただ、釈尊の最晩年にはmoriさんおおっしゃるような考えの萌芽がみられるとおもいます。専門職がワーカーとしての認識のな
い、クライエント重視の考え方は大乗仏教になってからであると思います。その究極が親鸞聖人の思想ではないでしょうか。
原始教団当時は、釈尊が出家者に求めたものは、自らの修行(研修)、修行者同士の善知識としての関係の構築、在家者に対する対処の仕方などだったと思い
ます。
この問題の考察に当たっては、原始教団、大乗仏教(聖道門)、親鸞の思想(浄土門)という段階を考慮する必要があるように思います。

wo3

unread,
Oct 24, 2009, 1:57:28 AM10/24/09
to 中津ビハーラの会
moriさま、ご質問に質問返しになるような塩梅で、非常に恐縮ですが、ご趣旨の前提にあると思われるある考え方に、私は以前から疑問を感じておりま
す。

この疑問は、随念院先生との議論においても感じておりました。もしかしたら、極めて宗教的な次元のお話なのでしょうか。仏教者の間で常識、ということか
もしれません。

良い機会と思い、お尋ねさせていただきます。

それは、「クライエントが在家者であったかどうかはやはり大事な視点だと思います」についてです。moriさまはその直後に、「ワーカー・クライエント
の関係において、出家者とか在家者というよりも、どのような願いを持った集団であったのかを問うていくべきかとも思います。」とも述べておられますが、
どちらを取るべきでしょうか。(ここで「集団」という言葉の意味も私には難しいのですが、本筋ではないので割愛させていただきます。)

ここでは「クライエント」=在家、そして専門職=出家、という区別が議論の前提となっているようです。私は、この区別に対して、どうも腑に落ちません。
今のところ、特に必要な区別と思われません。なぞらえて考える必要を感じません。「出家者は出家者」であり、「専門職は専門職」でよいのではないか、と
思います。「出家者が専門職(の一部)」であるというならまだ分かるとしても、「専門職が出家者(の一部)」というのは、よく分かりません。

私自身は、専門職であるが出家者ではない、と思います。つまり、私は在家の専門職です。これはまずいことでしょうか。今もしも「クライエントは在家者
だ」と言われたら、「私も在家者ですが?」と素朴に思うでしょう。そこで、上記の区別が「大事な視点」である根拠をお尋ねしたいのです。

随念院

unread,
Oct 24, 2009, 5:17:43 AM10/24/09
to 中津ビハーラの会
wo3さん、すみません、詳しくはwo3さんの纏めに対するコメントで書く予定ですがひとことだけ。moriさんはどうかわかりませんが、私の言う「出
家」とは、釈尊の時代を現代に対応させて理解してみようということで、形態ではなく、あくまで、医師であろうが、看護師であろうが、ケースワーカーであ
ろうが、その専門職という意味で使っています。ですから、wo3さんも、私にいわせれば、看護師という専門職ですから、「出家者」なんです。
moriさんからは別の回答があるかもしれませんが。

mori syuuei

unread,
Oct 24, 2009, 6:25:08 AM10/24/09
to nakatu...@googlegroups.com
wo3様
私なりの意見を述べさせていただきます。最初に、「クライエントが在家者であった
かどうかはやはり大事な視点だと思います」というのは問題の立ち上がりとして云っ
ております。それまでの、ビハーラの概念が無かった時代に、クライエントという言
葉は無かったのではないかと思いますし、しかしその概念で仏教を考えていくときに
釈尊の教えが以外に身近に感じ、それまで難解でわけの分からないままであった者に
とって、福祉の概念で仏教を考え、仏教の思考で福祉を論じたときに初めて釈尊の言
わんとすることが身近に感じられた(理解できたということではありません)ので
す。しかしいよいよ分からなくなってきたのが、「在家者とは何か?」ということで
す。この意見は福祉者として述べています。

そして、「ワーカー・クライエント の関係において、出家者とか在家者というより
も、どのような願いを持った集団であったのかを問うていくべきかとも思います」と
いうのはどちらかというと、現場の僧侶として述べているつもりです。意見を述べ合
うならば、その論点をどこに置くかということは極めて大事でしょうし、それがズレ
れば、ただ難しいことを語っているだけの話になってしまいます。早い話、推理をし
合うよりも、どのような願いであったかを念じていきましょうというのが、この部分
の答えです。


クライエントが在家者であったかどうかは、それを考えることで見えてくるいろいろ
なものが得られるということにあります。私もwo3さんのおっしゃるとおり、「ク
ライエント=在家、そして専門職=出家、という区別が議論の前提となっているよう
です。私は、この区別に対して、どうも腑に落ちません。今のところ、特に必要な区
別と思われません。なぞらえて考える必要を感じません。「出家者は出家者」であ
り、「専門職は専門職」でよいのではないか、と 思います」という意見とまったく
同じです。しかし随念院先生がいわれる「私の言う「出家」とは、釈尊の時代を現代
に対応させて理解してみようということで、形態ではなく、あくまで、医師であろう
が、看護師であろうが、ケースワーカーであろうが、その専門職という意味で使って
います。ですから、wo3さんも、私にいわせれば、看護師という専門職ですから、
「出家者」なんです。」といわれるように、「釈尊の時代を現代に対応させて理解し
てみようということで」と教えてくださいますように、これはあくまでも方便として
の考えだと考えています。

私の拙い意見を述べますと、在家→クライエント、出家→専門職 というのが一般論
になっていると感じています。しかし私はそうではなくて、専門職→出家=クライエ
ント→在家というのではないかなと、書いている自分でも分からないようなことを考
えています。

結論として、出家者が専門職というならば、在家者とは何なのか? それをクライエ
ントという概念で当てはめて考えたほうが良いのではないかと思います。出家者がど
うであるかということよりも、在家者とは何であるのか? という視点が大事である
というのは、それを見捨てずにはおかない仏様の心をビハーラで考えていければと
願ってのことです。

わけの分からないことを書いてしまいました。
随念院先生、wo3さん、どうかご教示をお願いします。






----- Original Message -----
From: "wo3" <shinb...@gmail.com>
To: "中津ビハーラの会" <nakatu...@googlegroups.com>
Sent: Saturday, October 24, 2009 2:57 PM
Subject: Re: 「ビハーラ・維摩経」の復習:2(再)


>
> moriさま、ご質問に質問返しになるような塩梅で、非常に恐縮ですが、ご趣旨の前

wo3

unread,
Oct 24, 2009, 6:37:55 AM10/24/09
to 中津ビハーラの会
mori様、随念院先生、ご教示ありがとうございます。

出家者について、私はちょっと勘違いをしていた気がしてきました。申し訳ありません。

日本語のウイキペディアでは、「仏教では、出家者は在家者を教え導き、在家者は出家者を経済的に資助する者とされ、出家の精神的優位が説かれたが、紀元
前1世紀頃に始まった大乗仏教においては、菩薩(ぼさつ)による衆生済度(しゅじょうさいど)の観点から、在家の意義も積極的に認めた。」とありま
す。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%87%BA%E5%AE%B6

宗教活動における出家者の機能については、これを読んだだけではよく分かりませんが、イメージとしては、肉親とは今生の別れを済ませ、いつ死んでも構わ
ないと覚悟した人を想像しておりました。

随念院

unread,
Oct 24, 2009, 8:09:01 AM10/24/09
to 中津ビハーラの会
wo3さん、moriさん、やっと議論の接点が見つかってきたようです。
まだmoriさんとは少し違うようですが、wo3さんが、ウェキペディアで「出家」の定義を出されましたので、補足します。
インドにおける「出家」のサンスクリットは、「プラヴラッジュヤー」と言います。この言葉には、家を出て、隠遁生活するという直接の意味はありません。
この言葉は「プラ=前向きに、積極的に」「ヴラッジュ=前進する」「ヤー=こと」というふうに分解でき、原意は、積極的に実践すること」と言う意味で
す。それがインドでは、温かいところですから、世俗生活を捨てて、森に住み、修行によって真理を追究するという形態をとるようになりました。現在でもヒ
ンドゥー教では、世俗生活をした後、家を出て、修行し、宗教的真理を追究する人を「サドゥー」といい、ガンジス河のガートなど宗教的聖地で多く見ること
ができます。その修行を完成した人が「グル」と言われ、世間の人々の尊敬を集めます。インドではこういう形態を取りますが、私は、出家の原意から考え
て、たとえば日本では、必ずしも出家と言う形態はとらずとも、「命を駆けて積極的に学問・職務に専念する人」を出家と理解してもいいと考えています。し
たがって、専門職を出家と言っているのです。専門職は、普段は(たとえば夜)家庭生活をしていても、学問・職務をするとき(昼)には、命をかけてそのつ
とめを積極的に実践していると思います(看護師には夜昼に限定できませんが)。釈尊が「比丘らよ」と呼びかけるときには、そういうことを期待しているの
だと、私は経典を読んでいます。
これはあくまで原意であって、原始教団における出家と、大乗仏教の菩薩、それから在家者との関係については改めて論じなければなりませんので、次の機会
にしてください。

wo3

unread,
Oct 25, 2009, 8:06:07 AM10/25/09
to 中津ビハーラの会
こんにちは。

「仏教の伝承過程を考慮して、たとえば鎌倉時代の親鸞の思想などからも学んでいかなければならないと思います。」

随念院先生、実は今、「鎌倉仏教」(佐藤弘夫、レグルス文庫218、1994年)という本を偶然見つけたので購入し、仕事着のポケットに入れて、仕事の
合間に少しづつ読んでいます。
この本だけの情報でもありませんが、鎌倉仏教に対する私の全体的な印象をとても簡略に簡単に述べれば、社会がどんどん世俗化し、国家による寺院への庇護
も廃れる中、これに対応するために、宗教自身も必然的に世俗化していった経緯の現れ、といったところです。

それにしても、どうして法然でなく、親鸞なのでしょう。

随念院

unread,
Oct 25, 2009, 8:36:45 AM10/25/09
to 中津ビハーラの会
wo3さん、鎌倉仏教の特色はそういうことだと思います。法然でももちろんいいのですが、少なくとも歴史的には始めて正式に結婚をした僧侶(彼は非僧非
俗と自覚していましたが)として、在家仏教としての鎌倉仏教を特色付ける人物だと思います。

wo3

unread,
Oct 25, 2009, 9:35:11 AM10/25/09
to 中津ビハーラの会
随念院先生、なるほど、いわゆる「肉食妻帯」のお話ですね。これは世俗化に関して最高に象徴的なお話だと思いますが、私はこのお話に対して後の人々が行
う(ように私が感じる)議論に疑問を感じます。

それは「親鸞が結婚したから自分もOKだ」という理屈に聞こえるので、それはあまりにも短絡的ではないか、と思うからです。百歩譲って「結婚」がOKだ
としても、自分の子供を後継ぎにすることは別次元のはずです。親鸞は自分の子供に後を継がせたのでしょうか。親鸞が食べた肉も食べなかった肉もあったで
しょうが、食べなかった肉はどうなるのでしょう。

一か所を突破したから全部いけると思っている印象を受けます。そういった理屈ならほとんど全員賛成とはならず、賛否が分かれるでしょう。親鸞が実際にし
たことも、しなかったことも、何でもやっていい、やり放題だ、やり放題でこそ成仏するのだ、という考え方に聞こえるのですが、違うのでしょうか。親鸞自
身のお話よりも、私はそこを知りたいです。それは(もしあるなら)親鸞自身というよりも、後の人が作った理屈ではないかと感じます。

随念院

unread,
Oct 25, 2009, 8:33:36 PM10/25/09
to 中津ビハーラの会
wo3さん、
> それは「親鸞が結婚したから自分もOKだ」という理屈に聞こえるので、それはあまりにも短絡的ではないか、と思うからです。百歩譲って「結婚」がOKだ
> としても、自分の子供を後継ぎにすることは別次元のはずです。親鸞は自分の子供に後を継がせたのでしょうか。親鸞が食べた肉も食べなかった肉もあったで
> しょうが、食べなかった肉はどうなるのでしょう。
☆ 決して短絡的ではありません。親鸞は結婚についてものすごく悩んだすえ、法然の勧めで結婚したいきさつが資料に残されています。親鸞は子どもを跡継
ぎにする意図はなかったと思いますが、結果的に信者たちが親鸞の血筋のあるものを跡継ぎにして、血脈相承として今日に至っています。このあたりの事情に
ついては私は詳しくありません。肉食については、親鸞は在家の立場になりきった方ですから、魚をとったり狩をしたりしてしか生活できない人がいる。人間
は生活する以上罪を犯さざるを得ない、それに対する懺悔の気持ちをもって肉食をしています。
>
> 一か所を突破したから全部いけると思っている印象を受けます。そういった理屈ならほとんど全員賛成とはならず、賛否が分かれるでしょう。親鸞が実際にし
> たことも、しなかったことも、何でもやっていい、やり放題だ、やり放題でこそ成仏するのだ、という考え方に聞こえるのですが、違うのでしょうか。親鸞自
> 身のお話よりも、私はそこを知りたいです。それは(もしあるなら)親鸞自身というよりも、後の人が作った理屈ではないかと感じます。
☆ 親鸞の肉食妻帯により、歴史を見るとおっしゃるとおりのことがおきました。やり放題を推進しようとした長男善鸞を勘当(義絶)しました。いくら罪を
犯しても救われるのだとか、法座が乱交パーティーになるようなことがありました。それに対して親鸞は「薬あればとて毒を好むべからず」ときつく戒めまし
た。
教団が大きくなるにつれて、いろんな問題が出てきました。750年の歴史があるのですからその例は無数です。政治、経済、人情いろいろです。戦国時代に
は、教団を護るため、あるいは支配者の圧政に抗するため、一揆なども起こしました。現在でも東本願寺教団は大きな難問題をかかえています。
しかし、そのことを問題にしていると、本質が見えにくくなってしまいます。ですから私はできるだけ、仏教では原始仏教、初期大乗仏教、日本の場合は、親
鸞の『教行信證』や『歎異抄』にかえる問題追求をしています。もちろん、現代を見据えるために、歴史学者の研究を学ぶことは忘れてはいません。

mori syuuei

unread,
Oct 25, 2009, 9:01:15 PM10/25/09
to nakatu...@googlegroups.com
wo3様
また割り込ませてください。私もあなたの意見に同感です。今の日本仏教界はいつの
間にか「肉食妻帯」が当たり前のようになっています。本当は浄土真宗以外の僧侶は
結婚してはいけないんだと、明治政府が「僧侶も結婚しても良い」と云ったから、結
婚しているのだと、現在編集している講義録の中で、国立大学哲学科の元教授で、浄
土真宗の僧侶の方が、昨年宇佐市内の寺院で話された内容にありました。その先生は
そのへんのところを数年前に出版した書籍の中で辛辣に意見されているようですが、
どこからも何も言ってこないとも言われてました。
やはり我々僧侶の中にも、「親鸞がしていいと云うからいいのだ」という考えは根強
く有るように思います。特に肉を食べるということについては、有ります。しかし私
は「肉食」ということについての親鸞の見解を知りません。私の不勉強でしょうが、
随念院先生に、そのへんのことを教えていただければと思います。肉食禁止は仏教全
体の教義であって、親鸞はそのことを破ったのでしょうか?
それと自分の子どもを後継者にすることは確かに別次元の別問題です。親鸞は弥陀の
本願の教えを捻じ曲げて人々に伝えた自分の子どもを義絶(縁を切った)したと以
前、学びました。釈尊もラーフラを教団の後継者にしなかったようですね。
お寺というのは、いつの間にか住職の子どもが後継者になるものだと周りも親も本人
も思っているようです。しかし本人はそのお寺がその地域の中で果たしてきた役割と
いうものを自らの成長とともに一番身近で見ています。よそから初めて来られた方
が、それまでのことを知らずに正論を振りかざすということをよく見かけます。本人
が生まれてきた地域で、親や周囲の願いを受けて、自分が生まれてきた問いを持ち、
釈尊の教えの中に生きるということにもつながるのではないかなと思います。

やはり私は「肉食妻帯」というテーマをきっかけに親鸞の教えを正しく聴いてみたい
という思いが膨らんできます。そして法然でなく、なぜ親鸞かということも自分なり
に解決しなければならない問題です。
お二人に教えていただきたいと思います。


----- Original Message -----
From: "wo3" <shinb...@gmail.com>
To: "中津ビハーラの会" <nakatu...@googlegroups.com>
Sent: Sunday, October 25, 2009 10:35 PM
Subject: Re: 「ビハーラ・維摩経」の復習:2(再)


>

mori syuuei

unread,
Oct 25, 2009, 9:41:25 PM10/25/09
to nakatu...@googlegroups.com
随念院先生
先生のコメントを読まずに、先ほど自分の意見を載せてしまいました。
肉食のことは理解できました。人間の罪業に対しての懺悔と受け取れば良かったんで
すね。


----- Original Message -----
From: "随念院" <shingyo....@gmail.com>
To: "中津ビハーラの会" <nakatu...@googlegroups.com>
Sent: Monday, October 26, 2009 9:33 AM
Subject: Re: 「ビハーラ・維摩経」の復習:2(再)


>
> wo3さん、
> > それは「親鸞が結婚したから自分もOKだ」という理屈に聞こえるので、それは

wo3

unread,
Oct 26, 2009, 7:51:17 AM10/26/09
to 中津ビハーラの会
随念院先生、mori様、こんにちは。

今日は仕事の合間にもずっと「肉食妻帯」について振り返って考えておりました。今日一日の考えではありますが、自分なりの結論を述べさせていただきたい
と思います。

ビハーラにおいては、宗派の別を超えることが前提です。一方、「肉食妻帯」の議論は、どうも宗派的な議論になる心配を感じます。今は浄土宗のお坊さんだ
けが「肉食妻帯」というわけではない様子なので、宗派的な議論にならないという考えもあり得ます。しかし私は、結局そうなる可能性を心配します。という
のは、「肉食妻帯」の第一号としての親鸞が、あまりにも大きく取り上げられすぎていて、その後に続く人々の考えは上ってこないからです。そうすると、ど
うしても親鸞を批判する話が多くなって、ふと気付いた時に、気まずい感じになる可能性を感じます。

ですから、「肉食妻帯」の議論は、ビハーラではよした方が良いのではないか、と思うようになりました。

mori syuuei

unread,
Oct 26, 2009, 8:33:07 AM10/26/09
to nakatu...@googlegroups.com
wo3様
いわれてみれば、確かにそのとおりです。肉食妻帯はビハーラから少し外れているよ
うな気がします。ビハーラでは宗派を超えることから始まるのであって、肉食妻帯と
いうテーマは浄土真宗だけが積極的に取り上げるもので、超宗派では、その宗派が取
り上げる緩和ケア論を所依とする経典を取り上げるべきでしょうか。
随念院先生、いかがでしょうか?


----- Original Message -----
From: "wo3" <shinb...@gmail.com>
To: "中津ビハーラの会" <nakatu...@googlegroups.com>
Sent: Monday, October 26, 2009 8:51 PM
Subject: Re: 「ビハーラ・維摩経」の復習:2(再)


>

随念院

unread,
Oct 26, 2009, 8:38:01 AM10/26/09
to 中津ビハーラの会
wo3さん、そうですね。出家・在家の話からこの議論になりました。私は、出家・在家の表面的な形態にとらわれず、その原点、精神から論じようと言う立
場をとってきました。できるだけ宗派に偏る議論にはならないようにしましょう。

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