自分の子供が1昨年受験した場合も、随分回りからあれこれ詮索
されたり、時には嫌味(いやみ)を言われたのを私も知っていて、
「なんでそんなに他人の子供が気になるのだろう」と父親の私も思
っていた。
どうも、今回の犯人と同じ感情を持っている人(特に母親)は多いよ
うだと思うのだが、私の間違いだろうか。
まぁ、その憎みで殺人に至った処に、犯人の異常性がある訳だが、
その憎み、あるいは羨望は身近な感情であると思うと、なんだかぞ
っとする。殺人予備軍が周りにも沢山いるようで心配である。
*** CASTER
例えば、この幼稚園で合格したお母さんたちが「報告会」なるものを
やっていたらしい。
不合格になった方のことを考えると、こういうことをするのが相応しいのであろうか
?
また、合格した側に傲慢な態度や言動、勝ち誇ったような態度や言動がなかったので
あろうか?
えてして、こういうお受験幼稚園に子供を入れようとするお母さんは、
ちょっと気取っていて嫌味なやつが多い!。 いわゆる、おほほママみたいな。
不合格だった方を心から思いやっていればこういうことにはならなかったのではない
のかな?
良い幼稚園に入れたからといって、りっぱな人間に育つとはかぎらないことは、
お母さん方もわかっているはずである。
4年生大学を卒業するのも結構だが、本当に必要なことは何か考えんかい!
この前、TVで「なぜ、こういう幼稚園に入れるのか?」というインタビューに対し
て、
あるお母さんはそれはもう 崇高な理念と理屈をペラペラ、スラスラと語っていた。
お母さんはもっとバカでええんや! 昔ながらのおかあちゃんでええんや!
親の見栄でこういう犠牲者がでるのは、もうこれで最後にせなあかんのー!
DON FAN
2歳の子供を殺す理由にはならないと思う。
子供というのは結構残酷で、
大人が傷つくようなことも、平気で(悪意なく)口にするから、
そういうことで、大人が子供に殺意を抱くこともなきにしもあらず、かもしれない
が、
2歳の子に、そのようなことが言えるとはとても思えない。
しかも、彼女には自分にも全く同じ歳の子供がいて、
もし、自分の子供が、そのように『親の因果が子に報い』といった論理で
傷つけられたときに、
『それは、その子の親にも責任があるよ』
などと言われて、納得できるのだろうか?
『そんなことを考える余裕もないほど追いつめられたんじゃないの?』
という弁護もあるのかもしれないが、
親なのだから、先ず考えなければならないはずだと思う。
そして、それよりももっと考えなければならないのは、
自分が殺人を犯すことで、
自分の子供たちは、拭いきれない傷を負うのだと言うこと。
#発覚しない自信でもあったのだろうか?
なぜ、自分の子供の将来を、どうして考えられなかったのだろう・・・
自分の子がかわいければ、
なおさらあの子を殺すべきではなかったのではないのだろうか?
あの子がこの世からいなくなって、
彼女の家族に何か得るものがあったのだろうか?
失うものばかりにしか思えない。
そして、それは、想像できないほど難しかったり
思いもかけないようなことではないと思う。
ただ、死んでしまった子供の母親は、この先(おそらく)一生、
『あそこで私が立ち話などせず、すぐに帰っていれば・・・』と
悔やみ続けることになるのだろうから、
母親を苦しめる、ということにおいては望みが叶ったと言えるのかもしれない。
#そんな望みがあったのかはわからないが
そう考えると、この事件は、ただただ自分の気持ちの憂さ晴らしだとしか
私には思えない・・・
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Sherry
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