この変わり身は一体....
これからは「dai魔jin閣下」と思うことにします(^-^;)
-え-
タイタニックとloungeの違いは、命までも取られるわけじゃないとい
うことに尽きる...と書くと、また「無機質な野郎だ」と顰蹙なんで
すが...実際、命懸けってわけでも無いわけで....でも、シミジミ思
うとやっぱりしみじみ来ちゃいますケド。
次の場を見付けてそこで楽しもう!と画策する方が健全な精神と言え
ましょう。お涙頂戴の我輩の文は、むしろ人間失格だったかもしれま
せん(^-^;)。
ついでですから、雑談の方を先に。
「ガンクロ」の語源が日本語として誤っているとはその通りです。間
違っているのが判っているので、「?」付きで披露したようなわけで
す。我輩だって初めて聞いたときには、「バカにしとるな、こいつ
ら~」と感じましたし(^-^;)。思い起こせばガキンチョの喧嘩の時と
いうのは、意味不明な恫喝音を発生して、これが大なるをもって有効
な威嚇とするという原則がありました。チンピラヤクザなど、長じて
なおこの手法を使う連中も居ますが、闘犬の犬ほどの発達を遂げれば
こうした無意味な行動は無くなるのでしょう。しかし人間のガキとい
うのはそこまで行かないようです。「ガンガンにクロい」の類も、そ
うしたレベルのことと考えても強ち間違いではありますまい?。ま、
それが問題なのだといわれれば、確かに問題であります。ではどう
やって....
文学、映画に混じって、アニメ、コミックも教材とのことですが、そ
れならテライユキも可ということになりませんか?。と、未解決につ
き、蒸し返しちゃいます(^-^;)。アニメにもアングラだとえげつない
のが結構ありますよ。別にそれはそれでも良かろうと思っているので
すが...ただ、安易なバイオレンスは悪影響が大きいと思います。し
かし、それだからといって規制の対象というのは早計ですよね。
むしろ、それがチープで詰まらないと感じられる感性を自己の中に養
うにはどうしたら良いか?という発想から、いくら多チャンネル化し
てもテレビから「もののあはれ」も無いわなぁ、というのなら判るの
ですが。あいや、閣下のことだから実態を述べておられるのかも....
多チャンネルを売り物にした衛星テレビの売り込みが凄いのですが、
あれってはっきり言って(通常放送されないスポーツの仕合などは別
として)詰まらないっすよね?。番組が面白くない。だから、多チャ
ンネル化したら詰まらないのが誰にでも明白になって良かった、とい
うことでしょうか?。それなら納得なんですけどね。
> > #で、言っちゃったよ。「静かにせい!」
> ここのところはさすがに「在るべからず」とは云いがたい事象なん
> ですかね。
その通りです。ズバリ、言行不一致とはかくなりの一文でした。
> 以前なら保護者がその醜態に赤面したものです。集団教育は個々の
> 占めるウエイトが大なりを如実に示しているのでしょうが、素直に
> 面白くなかっただけで、それを正直に意志表示をしている。つまら
> ない話しはいっそのことやめればいい、という「在らざるべき論」
> に挙手しておきます。
御意。実際、ご挨拶拝聴仕ったものの、町長とか町会議員の先生方の
御話は、穿った言い方をするなら人の集まるところには出かけて行く
のが彼らの商売ということで、それを子供に拝聴させることが是か?
といわれると、我輩の叱責は間違いだったとも言えます。しかし、内
容はともかく、ともかくも誰かが喋っているときは聞いておれ、最後
まで聞いた上での意見はオッケイだ、しかし聞かずに勝手はダメだ、
とも思うのですよ。テレビでの討論番組など見ていても、発言を遮る
シーンがあまりにも多いのが気味が悪いと感じるので、せめて箱の外
では...と思うのですが、如何でしょうか。
-----------------
> 何か鎮魂歌に値する名曲はないのかね~。
それぞれ、思い出のある曲を選んだらよいのだと思います。我輩は、
とりあえずYesの「Tales From Topographic Oceans」と「Close To
The Edge」、それに「QueenII」なんか買ってきました♪。
#LPの紙ジャケットを復刻したっていうので。確かに手触りまで
#同じにしたのは秀逸ですが、ラックに納まらない(^-^;)。
#それに、ジャケット内面の歌詞が、LPのでも十分細かかったの
#を縮小してるからさらに見え難い。老眼だろーか(^-^;)
#音は流石に良いです。
あと聞いておきたいのが、「ガマの油売りの向上」とかNHK-FMの
「Cross Over Eleven」のテーマは外せないですね。聞きそびれた鼻
ちゃんのMDを聞いてみたいとか、あれ以来棚に眠っている「Live in
Tamanegy Hole」というのももう一度引っ張り出さねばなるまいと
思っています♪
> ところで『「買ってはいけないは買ってはいけない」は買ってはい
> けない』は出ないのかいな~
なんだ、閣下も集めてたんですか(^-^;)?。あの元の「買ってはいけ
ない」ですが、初版とその後の間には随分と違いがあるんだそうで
す。だから持つなら初版ですよ♪。といっても、価値が上がる心配は
全くありませんけど、新しい笑いを開拓しようとした(そして失敗し
た)という面では意味があったかもしれませんね♪。で、それはそれ
としまして、「あるべき論は在らざるべきで在る」は、ここらあたり
がネタ元だとバレてたということですな。恐れ入りいました(^-^;)
えびっぷり
あたしゃね、これでも天文学博士になる夢を持っていたんだから・・・
天文学博士というのがいいでしょ~が。小学校の卒業文集にちゃんとそ
う書いてあるんだから。高学年になってバイトの許可がおりると新聞配達
して天体望遠鏡も買ったよ。6センチの屈折で6,000円もしたんだ。
6000円といえば、支那そば80杯食える金額だ。
中学で鏡のキット買って反射望遠鏡を作る予定だったけど、研磨が難し
くて挫折。あれはほんに難しいわ。望遠鏡といえば、クラスにもう一人宇宙
の好きな奴O君がいてね、接眼レンズ貸してくれっていうんだよ。
そして貸したのはいい。中々返してくれないので、請求すると彼何といった
と思う?「便所に落とした」だって・・・
こんな言葉に喪失感を持つ年齢だったのかな~。唖然の一言。な~ん
にもいえなかった。「バカいってんじゃないよお前、便所に接眼レンズ持っ
て入るアホが何処の世界にいるって?」とか言えなかったのね。弁償とい
う言葉すら知らなかったという記憶もある。Oとは何年も会ってないが逢っ
てそのこと言ったらなんていうか面白そうだ。
もう一人。許せないMがいる。毎日角砂糖1個持っていってたワシが(給
食の脱脂粉乳に入れる)ミルクを飲めないお前に親切に教えてやったの
に先生にチクっただろ。おい、M。お前はその事をわざわざ学級日誌に書
くどういう必要があったというんだ。あの時の絶交はまだ続いてんだからナ。
さて、テライさんが教材?その主旨とあらばUNKOだって立派な教材でし
ょ。逃避でいうのならスポ-ツも音楽も宗教もそうだから、それは人間の
エロスで肯定できる。ただ、人間(異性)からの逃避であってはならない。
同じ逃避でも、ホモ同士の婚姻は認知の方向にあるから特異(?)な形態
であっても、一応社会参加は可能でしょう。まさか人形と婚姻もしくは社会
生活が可能とは思いませぬ。「逮捕されてよかった」(槙原)の言葉に苦悩
の代償をみる。
多チャンネル化(地上、衛星両波)に限定せずとも四角い箱は、ビデオと
いうメディアを持っている。選択種はかなりのものがあるでしょう。受像機を
設置したかた銭払えというのはあまりに傲慢ですね。。「テレビでビデオしか
見ないよ」といって十分通用する時世だと思いますけど。国営に理解を示さ
ないならば。BS1、2だってスクランブルにすれば共聴世帯との不公平感も
一掃できるでしょう。勝一の本を読むまでもない。彼は今でも(週刊金曜日)
やってるんだろね。
校長先生の話しを何百と聞いて育ったけど、記憶にある言葉がないのは
何故だろね。元福留、今福沢の御両名のように「みんな元気か~~~!」
とやってもいかんとは思わないが。まず町内の運動会あたりからボツボツ。
「静かにせ~~い!」が決して悪いとは思わない。その場の処置として。
後手に回った対策も必要だから。あなたはエライと思ってます。(ドント茶化
し)恒例の映画の話しですが、「櫻の園」といってもチエ-ホフではなく、女
子高のお話しです。全編にショパンの前奏曲(判りやすくいうと太田〇散の
曲)のモチ-フが種々変奏されて女子高の研究をしたい方には御薦めの
映画ですが、その出戻りの若い教師が、PTA会長の話しを「あんなつまら
ない話しなど聞いていられない」といって校庭に出て生徒の喝采を受ける
シ-ンがよぎりました。これってワシの習性です。もしご覧になるかもしれ
ないから、という前提で申し上げておくと、この映画の特筆すべきところは、
全く演出、演技を感じさせない自然さに驚かされます。何故女子高を選ん
だの?という回想がまた男としてチョトビックリされられた。
鎮魂歌にYes、Queenですか。ワシ、ロ-リング・スト-ンズの歌で「ライ
ク・ア・ロ-リング・スト-ン」でも聞きまひょ。ま、歌というのは比喩で、話
題ということだったんですが、「不倫は、是か非か」で、そちらが是、私が
非を持つとか、「将棋などやる奴はアホ」とか、「月光仮面は覆面をしてい
るので卑怯者である」など面白かったかも・・・
世代を超えた議論が共に生に対する執着であるなら、これとて人を人た
らしめるものなり。過去を知り、現在を知ってなお、未来を案じること即ち
人闊達にありけり。己に自信を持ち、対象を知り、対象と同化すれば教育
の失敗などあるはずもなし。人は人、記号(数値)にあらず、物ならず。
御頼み申す。
レス不用。
ただ んばれ
-------
接眼レンズと角砂糖は御気の毒でした。しかし、純真といいますか、
随分あっさりしたお子様だったのですね。無敵の悪ガキだった我輩と
は大違いですな。
と、思い出があれこれあふれ出て参りました。雨の日は玩具を持って
登校してもよい→玩具は一つに限る→高価なものはダメ→壊れ易いも
のもダメ→結局すべてダメ、と変遷したこと.....牛乳(我輩は小学
校一年生時に脱脂粉乳でしたが、それが最終ということでした)への
添加剤の持ち込み不可。但しときたま配給されるミルメークについて
は可。要するに、誰かが羨ましがるなど、集団生活を否定する要素を
全て取り締まろうということと、玩具の破損といえども「校内の事
故」を忌避したのでしょうね。ま、そうなるだろうなぁくらいは御見
通しでして、ちゃんと次の手を打つわけです♪
ってなわけで我輩及びその悪友で練りに練って共同開発(というほど
のもんじゃないけどサ(^-^;))したゲームを幾つかご紹介いたしま
しょう♪
ちなみに、「悪友」というのは特定の人間を指しません。たまたま我
輩が原型を思い付いたときに、一番暗そうで孤独そうな野郎を誘えば
ばっちり付いてくるという「原則」がありましたので、そのたびごと
に違うヤツが共同開発者でした。
じゃんけんで勝った時、グーは1、ちょきは3、パーは5として、そ
の歩数分だけ前進し、その後またじゃんけん。こうして早くゴールラ
インを突破した者が勝ち。ファールの時はスタートに戻る。「一歩」
は助走不可以外はどのようなフォームで飛んでも可、滑る分は歩数に
数えない。但しコケたらファール、手を付くのもダメという、単純か
つエキサイティングなゲーム。クラスのほぼ全員がやりだす流行を見
せるも、上履きや靴が異常に磨耗するとPTAから苦情が来て禁止。
牛乳ビンの蓋を伏せただけのコマを机の両角から弾き合い、相手のコ
マを弾き落とせば貰えるという遊び(ベーゴマ・酒蓋・おハジキ・メ
ンコは禁止でしたから、身近なもので代用しただけのものです)も大
流行の後、蓋のトレードに悪事を働くやつが出て禁止。トレードだ悪
事だったって、給食に毎日ついてくる牛乳の蓋が対象なんだから、た
いしたこと無かったろうと思うんですけどねぇ。
学校の廊下のタイル模様が60cm×90cmくらいの市松になっていたこと
から、二人が自分の色を決めて、相手の色にはみ出したら負け、殴打
禁止で押す、掴む、引く、交わすなどで相手を自分の色のタイルには
み出させれば勝ちという、大変スポーティでリズムも頭脳もバランス
感覚も必要な楽しいゲームも禁止(理由不明。恐らく、無理して怪我
をしたやつが居たのでしょう)。おっと、こいつは中学時だったかも
しれない(^-^;)。
これらは氷山の一角でして、学年問わずの遊びも含めてまだまだ沢山
在るのですが、よくよく禁止ゲームの発案が得意なガキでした
(^-^;)。そして、例え禁止を食らってもどんどん開発するのでちっと
も困らなかったわけです。だからと言って目の敵にされることも無
かったのは、教諭達のご厚情というべきなのでしょうか....
卒業間際、担任のO先生がクラス全員を屋上に集めて、何をやり始め
るのかと思いきや、危険だということで全国的に禁止だったクラッ
カーボール(紐の両端にプラスチックの球がついており、この紐の中
央をつまんで勢いをつけてリズムに乗せて、玉を上下でカチカチとぶ
つからせるという極めて単純な遊び。皆が出来るようになった時点で
誰もやらなくなるという、喧しいだけの下らない玩具。強度不足で破
裂して失明の怖れ在りということで禁止)をポケットから取り出し、
出来るやつはやって見ろという。ここで名乗り出て罰則を食らったの
ではタマランと皆が引いていると、「他意はない。たくさんあるから
皆でやろう」、と持ちかけてきました。恐る恐る出たがりがやりだす
と、皆やり始めて喧しいことこの上ない。我輩は実はこの玩具を持っ
ていなかったので出来ないのでしなかった。すると先生が、「なぜ君
はやらないのか?」と問う。「既成のものは詰まらない上に、先生、
それは禁止玩具です」と指摘しますと、大変苦渋に満ちた顔で、「そ
んなことは判っている。禁止だからやらないのか」と。「禁止でも
やってもいいのですか?」と問うと、「そういう意味ではない」と答
えられました。先生が何を仰りたかったのか、未だに判りません
(^-^;)。ま、学校が立ち入り禁止にまでして誇っていた(!?)鉱物
資料を集めた地学のミニチュアモデルである「岩石園」を順番に開放
→常時開放の稟議を出したところ、職員会議に諮って通してくれたO
先生でしたから、我輩達に科して来た数々の禁止を卒業前に詫びた
かったのかもしれません(^-^;)。そうだとしたら無用なご配慮でした
が、妙に印象に残っています。ちなみに「岩石園」は我輩達の卒後、
またもや立ち入り禁止になったそうな....
我輩としては、いくら規則でガンジガラメであってもそれなりに(あ
るいは、だからこそ)楽しい学校生活をエンジョイしたわけですが、
基本は、自分だけ楽しくてもダメということだと承知しておりまし
た。長じたにも関わらず未だに角砂糖をチクられたなど恨み言を言う
ような暗い男であっても(だったらなおさら)、もしも我輩の同窓生
であれば、一手捻り出して授けておったところだと残念でなりませ
ん。とはいえ、脱脂粉乳は本当に不味かったそうですね。我輩は平気
で飲んでいましたからあまり記憶に残っておりませんけれど。
---------
ときに、月光仮面について考察を回答しておきましょう。
覆面とはいえ、極めてユニークであり、「どこの誰かは知らない」こ
とにしているものの、「どこの誰もが知っている」、つまり責任者と
して特定可能なので、なんら卑怯者の謗りを受けるものではありませ
ん。単純な変装故、真似をするやつが現れたらあれこれ権利侵害を述
べたてることが可能なほどです。一律強制の体制に反対する学生運動
で、一律に特定不能に顔を隠して暴れるような矛盾した者共と一緒に
してはいけません。
----------
「校長先生の御話」ですが、我輩にはいくつか印象に残っているもの
があります。が、その話しはまたそのうちに。
じゃぁまたね♪
えびっぷり
こんな相談を21歳の女子大生から受けたことがある。残念ながらワシ
のセリフではない。解決にあたって異なる性格の他者に「ワシならこうす
る」といっても仕方がない。特に恋の悩みについては同性としての男の心
理を女性に提示するのが関の山。
このケ-ス双方とも失恋直後意気投合、交際を始めたらしい。まだ2ヶ月
足らずであるが互いの借家を行き来する間らしい。上記はそんな折突然
男から告げられた言葉だが、こんなセリフを云わしめるとは女も相当馬
鹿にされたものである。また当分というのも期間の限定ナシという曖昧さ。
私はその彼女に・・・
「こんな男はさっさと袖にした方がイイ。失恋後の短期間君を利用しただ
けで、ま、お互いそうなんだろうけど、前の彼女とヨリを戻すためのアピ-
ルもしくは作戦だった可能性もある。“俺はすぐに彼女できるんだ”とね」
などなど、男として感じたまま当然のごとく彼氏をこっぴどくこきおろした
のは云うまでもない。ところが、サイテ-男と彼を罵るワシに彼女はだん
だん激高、「そこまで悪くいわなくてもいいじゃない」。結局彼女は相手を
信じて待つを選択したのである。相談とは名ばかり、自身の求めていた
答えを他者から待ってに他ならない。強く好感を持っている相手を他人か
ら貶されたことへの反感が男に対する母性愛を増幅、あんなセリフもまか
り通る。「好きなものは好き」。いやはや女とは不思議な生き物だ。
会話の際など、相手に自分の要求に応じた突込みを期待してみても、
常々叶うものではない。まして含みのある云い回しなど発しおいて、行間
を読むなど中々熟達は難しい。阿吽の息など、侍社会にそれら羨望を見
るけれど、言語氾濫社会から過去の寡黙な時代への逆行はないと考え
るのが妥当かも。
接眼レンズのO、学級日誌のM、ワシの少年期における喪失感の一例
だが、それらは事の大小に関わらず人間形成に大きく寄与するものだ。
Oは誰の目にも嘘は歴然としている。しかしMの行為、彼は嘘をついてい
る訳ではない。Mの意図は何か。友を売る行為とは?当時私はクラスの
長、規律の模範を強いられる立場。Mはそれを断罪した?
後の問い糺しで解ったこと。彼はワシに妬みを持っていたという。醜くも
浅はかな妬み。春奈ちゃん殺しに至った心理と何処か似通うそれ。彼と
は袂を分かつ事となったが、今となっては笑い話。しかし当時の学級日
誌の重みや厳格集団教育という背景からMの狙いは成功し、“砂糖を持
って来ていた不埒者”の代名詞はあっという間に校内を駆け巡る。親に
も出頭が来るそんな時代だ。たかが砂糖である。いずれにしろ「お前は
友ではない」。口に出してハッキリ云えるケ-スである。
Oのケ-スは難しい。相手の嘘を立証する手立てがない。相手は過失
だと云う。過失を責めても仕方がない。「ごめん」と言われれば跡形もなく
終わってしまうのが子供の世界。「しかたないか~」Oを許す。がその後
Oの方がワシから離れていった。校内で顔を合わすたび見せる彼の何と
いうか文字や言葉でも表現し得ぬ顔や態度、それは以後ずっと続いた。
「お前は友ではない」。それを云える状況ではなかったゆえのしこりを生
んだケ-スである。
拒絶は天然の麻酔薬だろう。それは生命維持の基本レベルの維持に
際し便利なものでもある。拒絶はまた怒りと相互の関係にあり、それはま
た人間の内面領域における治癒作用としての役割を担うものでもある。
人間社会では誰も悲嘆を経験する。小動物、友人、肉親、また仕事であ
れそれら対象喪失による悲嘆の感情は人間の普遍的経験といっていい。
そして人はみな悲嘆の体験から派生する喪失感、失敗における苦悩、ま
た自己の限界、短所、至らぬ点など受容し、そのことによってより高次の
意思へと変貌する。核家族化の問題、不正常な人的交流から悲嘆経験
の希薄さをカバ-させる為のペット飼育などいわれて久しいが、多発する
社会病理にその効果を見ないのは嘆かわしいばかりである。数値が低い
なる自己受容などする必要など全くないのだ。
“失敗の多さが自慢”は、あらためていうまでもないが喪失の受容によ
る悲嘆の完了であり、決別だ。「何も存在しないのだ」また、〈互いが無視
しあう自由〉など虚無思考を懐に隠匿する新世代の人間は“ダジャレ”な
る言葉すら存在しなかった旧人の簡素で藹藹とした人間関係に比べて
より巧妙な自己防御能力が必要だろう。それらは誠に同情すべきことで
もある。ワダベンなど旧人を代表するダジャレmanも、シャレ⇒ダジャレ⇒
オジンギャグ⇒「さぶ~」⇒「凍る」、と揶揄の時代に至っては抑止もやむ
を得ないのかめっきり口を閉ざすオッサンは確実に増加している。
未来を憂える一見ペシミストのようなワシだが、実際は楽天主義、快楽
主義者である。旧時代に少し触れておくとダジャレもそうだが、当時は“校
内暴力”なる言葉もない。事象もない。最もそういった人間はとっくに感化
院に入れられていたので至って平和だったのだ。
小学校での遊びを披露してもらったが、遊びの種類というよりあなたの
時代との決定的な違い、それは学校は遊ぶところではないという観念が
あったこと。厳格規律教育が学校の土台、教師から受ける恒常的無慈悲
な体罰が問題になることも、されることもない。校則なる意識はない。とあ
らば反抗も不要。とにかく校内では誰も大人しい猫だ。だから「禁止」の概
念すらない。要は校門を出ればの話である。一歩外に出れば子供は皆天
下人。各々の世界に散って行く。すぐさまチャンバラ用の棒切れを探す者、
メンコ、ビ-玉の闘争世界も待ち受けている。ストレスなど無縁。多分想
像は出来ないだろう。人はその時代を生きる、を強く感じさせられた。
勧善懲悪が風靡された時代、学級日誌が正義の聖典の役割を果たして
いたのは事実である。それは現代の“帰りの会”に見る罵り合いとは違う。
そんな隙間を縫って人間は、いや子供は「義」について思索していくのだ
ろう。義理人情がわかる最終世代はどこか?という時代考証はまた興味
深い。
ここでワシは遂にあなたの悲嘆、喪失体験に触れる事はなかった。
今はそのことが心残りである。深謀という程ではないにしろ、遠回しなエ
-ルも空しく不発、むしろ逆に作用する事となってしまったのかも知れぬ。
人間成功は大事、強靭な精神も素晴らしい。しかしそのような鉄人から
むしろ脆弱な面を覗いてみたいと思うのも道理である。それが希少である
なら、それゆえになおさら意味がある。
たれぱんだ
Ebi-Puri <ur...@jungle.or.jp> wrote in message
news:#NjnVFAO$GA.247@cpmsnnews03...
> ここでワシは遂にあなたの悲嘆、喪失体験に触れる事はなかっ
> た。今はそのことが心残りである。深謀という程ではないにしろ、
> 遠回しなエ-ルも空しく不発、むしろ逆に作用する事となってし
> まったのかも知れぬ。
> 人間成功は大事、強靭な精神も素晴らしい。しかしそのような鉄人
> からむしろ脆弱な面を覗いてみたいと思うのも道理である。それが
> 希少であるなら、それゆえになおさら意味がある。
まず槐より始めよ、ということでのご開陳でしたか。それは気付かず
に申し訳無い。
以下は言い訳です。
「鉄人」たらんとすれば、それだけの喪失体験は当然持たねばなりま
せん。「暗いヤツを捕まえて誘えば付いて来る」を敢えて述べた理由
も察してください。自身のそうした面を知り、克服した体験が無けれ
ば、暗さを異常に怖れるあまりに近寄らないとか、あろうことかイジ
メに走るとか、そういう方向へ行くのでしょう。暗さを友とする勇気
は、他者のそれへではなく、まずは自身のそれに対するものでなくて
はならないものかもしれません。
友と思った者に売られるなど日常茶飯事。大学まで行ってすら、そう
した体験をしましたよ(^-^;)。なにせ我輩のみならず、懇意にして頂
いていた助手の先生まで道連れになりそうだったのですから、あれは
参った(^-^;)。でも、その後我輩を売った彼の追い詰められた心境を
理解し、同情することもできて赦すことができました。この赦しは、
彼へのものではありません。彼をそうした行為に駆り立てる切っ掛け
を作った自分へのそれです。期待してはいけない人に期待して甘えて
しまった自身への赦しでした。
結局、大概はこの伝で消化吸収してきてしまったので、恨みを買った
ままということはおおいに在りうるものの、自分が恨みに思う人とい
うのは居ません。と、書くと詰まらない話でしたね(^-^;)。だからこ
そ、
> > ま、今回のは常にも増して、諦めて頂くくらいが丁度良い程度の
> > ヨタ記事ですから。
と前置したわけです。
女性の非合理的に見える我侭な「強さ」も、あるいはこうした赦し故
なのか、はたまたパンドラの箱のように、数多の暗い想念の奥底に希
望を見出したい、という、保身的な希望があるからなのか
#C言語風に書くと、
#boolean *******Pandra_Box(Hope);
#って感じかな?こんだけスタックを貯めるとまともに動く確率は極
#めて少ないって意味で....それ以前に文法エラーか(^-^;)
これを強さと見るか、傲慢と見るか、変人と見るか、優しさと見るか
は、人それぞれでしょう。そして、こんなことには男女の別などあり
ますまい?
ときに、学校は遊ぶ場所ですよ。塾に学業を委託するを政府が公言し
た訳ですから、今後ますますその傾向は強まるでしょうが、我輩の幼
少時にして既に実態はそうでした。少なくとも、我輩にとってはね。
勉学のために通っていた人々には大変気の毒だったと思うので、自身
をして悪ガキと述懐しているようなわけです(^-^;)。それでも四年生
までは塾に行かなかったんですから...と、ここで、「そうか!それ
は凄い」という方も是、「え!小学校から塾!?」という方も是。
「地域」差による「常識」の違いでこのあたりの評価は分かれるで
しょうね。
かつて悪ガキと呼ばれた悪行の数々が、今やちっとも悪くないんだそ
うな。それならそれでも良いと思います。(ことに我輩としては
(^-^;))。意味も判らず、応用も利かず、設問をゲームと捕らえて受
験技術のみ追求した挙句明くる日には全て忘れるの伝を続けるだけの
場なら、課程を大幅に端折ることで実の在る授業が得られるなら可。
ただこの前提が全く約束されたものでないことには注意が必要と感じ
ます。放課後の校庭を使用してはならないなどというようでは、ただ
手を抜きたいだけ、関わるのが怖くなっただけ、というのが真相だと
睨んでいます。
仕方ない。そう思いますよ。「教諭に一体なにが出来るのか?」と問
うなら「そういう挑戦ならいつでも受ける!」と頑張る人もまだまだ
残って居るようです。しかし、「教諭は何をしては行けないのか?」
という問いばかりが突き付けられる日々では、意欲もへったくれも無
いでしょう。といって諦める気はありません。そうしてしまった背景
も前景も考えねばならぬときだと思います。
いや、遅すぎた。春奈ちゃん殺害事件について、あれを単なる弱さと
か異常などと括ってしまうのは絶対ダメだと思います。「常識」とい
うものの恐ろしさについてこそ考えるべきだと思うのです。殺害にま
で至るに足る激烈な痛みが、あそこでは常に存在する。それがあの
「町」の常識なのです。隔離せよというなら文京区を含めた教育産業
全体を隔離すればよい...って訳には行かないでしょ。あの心情が理
解できないのでは今後の教育を語る資格は無いと見ています。如何
?。と、問えば、当事者たちの答えは簡単に想像できます....
「落ちこぼれた方は皆そう仰います」
「世の中を理解できない方々は、そのままで良いのです」
「学歴なぞは在って当たり前。在る方が仰るならまだしも」
「あら、在る方にしても、喉元過ぎればとか」
「い~え~、昔は簡単でしたのよ。今はそうは参りませんからね」
「自分は勉強せずに受かってきたなど、格好のお宜しいことね」
「そうそう、そうしてノウハウを秘密にしてらっしゃるのよ」
「まぁ経験の無い方は感情を表に出してしまわれますからね」
「慎みとか習わなかったのかしら」
「そんな塾はだめですね」
ちょっと想像してみたんですが、笑いを取るために書いたわけじゃな
いっすよ。お判りと思いますが。極めて真面目で、極めて常識的な声
だと思いますよ。あの「一般的な社会」での。これらの声、隔離すれ
ば解決しますか?。そして、自分の家族だけはそれに交わらずに済ま
せるぞと断言しつづける勇気がありますか?「ウノを守るシンちゃ
ん」の心境かもねぇ(^-^;)。さぁ!「社会」を敵に回しましょう!闘
争だ!..なんて流行らないので、生命とか幸福とかいったことについ
て、皆で考えるというのはどうでしょう。きっと皆、満面の笑顔で賛
成するでしょう。腹の中で、「アナタ一生懸命自己保存のために考え
なさい。ウチはその間に勉強させますから♪。で、落ちたら宜しく
...したか無いわ!。底辺の方だけそんな机上の空論を述べて居れば
いいのよ!」と。
#怒ってください!出来れば、ですが...
#さらに出来れば、彼らを赦す道を共に探してください。
##うちの子のために....私のために....貴方のために...
********
さて、「拒絶が天然の麻酔薬」とは面白い例えですね。麻酔なのだか
ら、当座しばらくは痛みを忘れていられても、そのことで根本の解決
にはならないばかりか、病状は複雑化・悪化してぶり返すこと必至で
しょう(^-^;)。それが判っていてなお生理現象として天然に存在する
とは....ううむ。言い得て妙とはこのこと!。上手い!。流石です
な。
*******
と、こんな記事なら少しは楽しんで頂けますでしょうか(^-^;)
えびっぷり
チャメ(ちゃめちゃめしてた?)、ゼロタン(0点が多い)、オケツ(放屁男)
ネチャ(ねちゃねちゃした奴)、ビリ(泣き虫)、ボロ(ボロ着用者)
これら一見「ひど~~い」と思えるものでも全然抵抗なく、陰湿でもなく、つ
まりそう言う時代だったのよ。苗字で呼ぶなんざ~あり得んこった。
_______________
「私、小学校三年生になるまで一人も友達がいなかったんだから・・・」
長女が中学生のころ食卓でよく耳にした言葉だ。
それもそうだろう。5歳から盤の前に座って父と対局していたくらいだ。
当時天才少女とうたわれた林葉直子にワシが影響されたのは見え見え。
幼くして警察官の父に厳格な道徳教育及び専門(将棋)教育を施された彼
女は、お人形さん遊びなど通俗的な女子の情操を育むことなく成長した。
天才と周囲から持て囃された結末が社会的地位にある人間の抹殺という
悪女性を世間に披露したが、哀れなのは天才の基礎を築き上げた父親と
いう見方が出来るのだ。
熱心な信奉者であった私は彼女の動向をシビアに観察していたのだけれ
ど、天才と折り紙をつけ自ら師匠と申し出たプロの高段者を酔眼であったと
いうのは間違いである。娘の伸び悩みを師匠と決め付け自分の信念に固執
するあまり、一切を他人の責任と押し付けた哀れな父の性癖はものの見事
に娘の人格の要となったのである。
人間は過去に置いてきたものを弄るもののようだ。林葉が一時期熱中して
綴った膨大な少女小説の数々は彼女が少女期に置き忘れたきたお人形遊
びに他ならない。他人を利用し、保身の為なら肉親までも踵を返す性悪さは、
社会からの抹殺もやむを得まい。先日久々に画面に登場した彼女はこき下
ろされる番組の趣旨も知らずか、いきなりデビ夫人の先制パンチ、
「今日はどうしてこうくだらない人ばかり出てくるのかしら嫌になるワ」
その言葉に一瞬目を引きつらせた林葉、司会者に耳打ちするようなしぐさ
をするものの誰にも聞こえるような声で、「何言ってもいいです?」、「え?い
いですよ、何でも」、と司会者。
「何言ってんの、オバサン」
と、つっけんどな言葉におもわずテレビを観ていて唖然!としてしまった。
発せられたはさすがのデビおばさんも一瞬言葉を失ったほど。
社会的地位にあるそれなりの人物を一瞬のうちに突き落としてしまう魔性
とはいえ、男に罪の一端がないとはいえぬ。しかし、同性から是ほど不支持
にあっては男女の問題を超えた人間としてのモラルという世評だろう。
邪悪な人間の真髄は、「平気で嘘をつく人々」に著されているまでもなく、他
人を失墜させることである。それがまた快感であり自己の存在の認知となる。
小三に進級するまで友人がいなかった長女に講じた手立てはとは、公園
に連れていって見知らぬ子に「一緒にあそぼう」と声をかけさせることだった。
休日にはあちこちの公園に連れていったものだ。原因は単なる人見知り、
羞恥心が異常に強いというだけだ。事前に諭す言葉は、
「あなたが遊んでて、知らない子が“あそぼう”といってきたら変だと思う?い
やだと思う?遊びたくないかい?あなたが思わないように人も思わないよ」
小学校の初めての参観日で目にした長女の授業態度。参観後の教諭の
見解。「申し分のないお子さんです。大変躾が行き届いてるので楽です」
ワシの目に映った長女の悲惨な姿は、身じろぎ一つしないで行儀よく授業
をしているそれはまるで死んだ人間そのもの。
『馬鹿いっちゃいかんよ、先生。あの子はそうしたくてしるんじゃない。そう
しかできない哀れな子なんだ』心でそう告げると早速治癒にかかった。
事件はその後にも発生した。その教諭から電話を受ける。他人のものを盗
んだと血相変えて飛び込んできた。で何を盗んだ?石です。いろんな石を持
って来る事になってたんですが、A君の石が紛失し、Nちゃん(長女)の机の
中にあったんです。で、本人は何といってるんです?本人は口を閉ざして何
も云ってくれません。で、先生は何と思ってるんです?たぶん、A君の持って
いる石が可愛くて欲しかったんでしょう。わかりましたここへ本人を呼びまし
ょう。
本人を呼んでいきなりワシは、「Nちゃん、あなたはA君にイジワルされてる
んだね」、「ウン」。これで解決。教諭は出来のいい子に目をかけない。放っ
て置きがちになるのが集団の論理。底上げにやっきになるものだ。躾をキチ
ンとされてる子は淋しい思いを強いられる。いろいろな思いのなかで教師と
の信頼関係も樹立しないのは当然である。つまり家庭でちゃんと躾をした子
は学校で損をするのだ。
この教諭、帰り際「私がA君のお宅にも伺って解決しますから」、馬鹿いっち
ゃいかんよ無能教師に何ができる。早速、A君の家に電話を入れる。事件の
経過を話し詫びも入れる。意見も言う。「男の子なんだから女の子なんかイジ
メないよう言っておいてください」
A君の母親「Nちゃんのことはよく家で話してました。なんでも出来て凄い子だ
と・・・、私もつい年とって出来た子だけについ甘やかせてるんです。すみま
せんでした」
これを機に学校には【一切期待もしない変わりに責任も取らせない】という
気構えに至った。あってよかった事象だと感謝している。また初めて目にした
あの担任のつまらない授業を見るのも屈辱だったし。またこの教諭は子供の
日記や作文に皮肉まがいのコメントを付ける陰湿さを増長していった。
三年生になって見違えるほど明るく快活になった。気に入った担任に巡り
合ったのだ。食卓ではその教諭の話題で占められていたし、友人もどさっと
出来た。この年の夏、ピアノで大きな賞をとってからまた人気も加速したのだ
ろう。学校で一度だけ逢って話したことがある。洋画好きの一見funkyな教師
臭さを感じないこの教諭は素直にワシの申し入れを聞いてくれた。
子供の作文、日記の類に目に余る赤ペン。つまり習った漢字は書けと、そ
れまでは。ワシの見解は違う。作文、日記は書き取りのテストではない。イメ
-ジの世界だ。その一点を重視すべきであり、あれもこれもはイカン。そんな
欲を出すことが作文嫌いにさせる一因でもあるのだ。よってうちの子に漢字
強要の赤ペンは無用である。
「ピアノが出来ることを鼻にかけるような所が見うけられたらすぐ連絡してくれ」
このことも要点であり、親が気にかけておくべき大事なことだ。
この頃志村ケンを知らない有名人だった長女、時期も時期とテレビ放送を
受信できるように結線した。我が家の四角い箱はそれまでビデオのみ視聴
できるようにしておいた。CMをカットした映画、アニメは15分世代と言われる
昨今の集中力の持続にテレビが起因しているのは問題である。
「ピ-タ-パン」、「ピノキオ」、「ダンボ」などは大人が観ても感銘を受ける。
親が選んであたえることが出来る。ビデオしか観れないテレビならビデオを
観る。親も子供になって一緒に観る。これを教育愛と言わず何と言おう。
ワシがもし今から0才児の教育に携わることとなったらなによりまず、テレビ
を受信できなくするだろう。勿論、保護者も見ないで我慢するのだが、あんな
もの慣れれば大丈夫。その事で親子のコミュニケ-ションの時間が増えるの
だ。
Ebiさんもこれから種々の思索をして、子育てにロマンを感じて欲しい。
対象に同化が教育なら、子供を自分に同化させることも一計だ。「逆もまた
真なり」と。自信を持って。
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在るべき地で在るべき事在るべくして起こった。同地区の仮面の麗人共は
この国の誰より今真剣にnewsに心を奪われている。以後のことはまた時々に
て考える。在るべき地で在るべき事在るべくして発生した。
火の在るところにすら煙を立たせぬこと、肝に命じられ邁進致せ。
これにて たれぱんだ
ゼロ戦...の間違いでした(^-^;)
でも、文意は間違ってなかったかも....
-え-
テレビが詰まらない番組が殆どであることについて、個人的には同感
100%です。そして、それを見せぬように細工まで施して娘さんの教育
に当られたこと、尊敬に値します。
とはいえ、我輩自身は、「ゼロ銭隼人」も「忍者部隊月光」も「ウル
トラQ」も「サンダーバード」も「シービュー号」も...数え上げたら
切りが無いのですが、どれも大変良い思い出です。幼稚園のころ、裏
番組だった「スティングレイ」を見たくても見れず、友人が上手に潜
水艦の絵を描くのに驚愕したのが我輩が絵を描き始めた動機でしたか
ら、ああした経験がなければ恐らくは高校時代に美術部長などするこ
とも無かったでしょう。
あるいは娘にテレビを見させずに育てれば、またそれはそれで多くの
思い出を得ることもできるのでしょう。どちらが良いか?というのは
娘にしか判断できぬことかな?と。我輩は、そう思います。
学校の先生、それも低学年の時の担任というのはなかなかやれない仕
事でしょうね。我輩が当った先生は、あまりよい先生ではありません
でした。出来の悪い生徒を標的にして吊し上げるようなことをする人
でしたから。疑問に感じた我輩は精神病院出身だと自身を触れ回り、
キチガイのフリをしてみたりなど、精一杯反抗を試みたのですが、下
手な演技の通用するはずもなく....ちと嫌な思い出でした(^-^;)。
しかし、それもまた我輩にとっては貴重な経験でした。恐らくは閣下
のご経験と似た所があるでしょう。ただ、得た結論は少し違うようで
すが。それは、もしかしたら「学校は遊ぶ場所」と決めて掛かって暮
らしていたのと、そうでないかの違いかもしれません、が、そうでな
いかもしれません。二つの人生を歩むことは出来ないのですから、ど
うとも判断のしようがありません。
大半俗悪であってもテレビはその時代を映す鏡です。この時代に生ま
れ、この時代をどう感じ、どのように生きるかはその子次第でありま
しょう。もちろん1/24秒毎に移ろいゆく画面に対して親がどういう反
応をするのか、子供はきっちり見ているし、それに多大な影響も受け
るでしょうけれど、だからといって自分の反応を創ることはせぬよう
にしたいと愚考するのです。
経験は極めて浅いのですが、確かに子育てはロマンだと思います。創
る、創らないに関わらず。そして、如何に創ろうとも、受け手はまた
別の感慨を持ってロマンだったと述懐するかもしれません。それは、
次の時代にならねば判らぬことでしょう。我輩自身がそうであるよう
に....
もちろん、時には創らねばならぬこともあるかもしれません。しか
し、嘘になるようにはしたくないなぁと、そんなことを考えていま
す。
えびっぷり
お二方とも、何故、簡単明瞭平易明解にものが言えん(書けん)のかな、
と誠に不思議な思いに駆られる次第。
お二方とも、もっと、語数を少なめに、しかも意とするところを簡潔、明快、
明瞭に表現する法を研究されてはどうか。
大体において、Ebiの文章は単に長すぎるというばかりでなく、
言わんとするところを端的、明快、明瞭に言う術知らずである。
サラリーマンにならなかったこと幸運と思うべし。
冗長・婉曲なる文言を連ねる文章はEbiの好むところではあるかもしれぬが、
万人好むところではないところ知るべし。
一方、ばれたんだ(?)なる仁書くもの、深淵なること、行間の読み等重んずるところ
行き過ぎて、ただ、ただ、不解なることおびただし。 何故にもっと、簡明に表記できぬのか
頭の構造疑うばかりなり。
因みに、お二方とも、外語に関しそれ相応の知もおありのようなので、
問い掛けるが、御自分のここに書かれた日本語を英訳、または
他の外国語に翻訳することを考えられてみられては如何?
新発見あるやもしれぬ。
お二方、これまでに書いたこと、3行に纏めるには如何に書けばよろしきや、
暇あればお考えになっては如何か? もしくは、一言に凝縮せんとすれば
それはどういう言葉が適当、であるかなど、、。
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こささ:kosa...@email.msn.com
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Ebi-Puri <ur...@jungle.or.jp> wrote in message news:#WTp9s9O$GA.261@cpmsnnews03...
例えばこささ翁の御仕事の一つでもあった水のプラント。純水では飲
めないので、あれこれ味付けをするのだということでしたね。
「H2Oだから、これは水だ」
だけでは通らないものもあるということを、精神ならぬ肉体がご存知
とは面白い話でした。しかも、我輩、あのあと妻に言い聞かせておっ
たことをご記憶でしょうか?
「ほれ、酸性が良いのアルカリ性が良いの、不純物除去の機械を買え
のとシモジモが言っても、大量に作るお上の現場ではこういうことに
なっておるのだ、判ったか」
と。
透明度の低いところにしか住めぬ想いもあります。どうかご容赦の程
を。
えびっぷり
当事者のおひとりから返信が付いた後で敢えて申し上げる。
本気で言っているのですか?
饒舌なくらいのメッセージ、あるいは、言葉遣いにひねりがあるメッセージであっ
たとしても、僕は、そういう表現に苦心したメッセージのほうが、独りよがりの
寡黙や、相手の見えないこういうメディアでの思わせぶりな短かすぎて
不可解なコメントよりも、まだつきあい甲斐があると思う。
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Catch22
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