局面ペディアのページですが、「そこに至る手順を一切含んでいないフラットなものである」ということをヘルプか利用規約かわかりませんが、そのあたりに記しておくべきです。私たちは対局や観戦を常としており、無意識に手順や指し手はメタデータとして備わっているものだと捉えています。認識違いを起こしても不思議ではありません。特に最頻出到達手と混同しやすいのではっきりとわかりやすく記しておくべきだと考えます。
「アマでは多い」という記述があったのですが、どの程度の一般性が認められているのか疑問に思いました。「アマチュアではノーマル四間飛車が多い」ならば多くのプロが発言していますし、棋書にも書いてあるので問題ないと思われるのですが、http://kyokumen.jp/positions/694781/discussionsこの局面でこの指し方が多い、というのはどこにも記述がありません(あったらごめんなさい。)極端に言いますと「アマでは多い」というのが単純に認められると「私の周りではこういった指し方が多い」といった意味で「アマでは多い」という言葉を使われてしまうのではないかと私は危惧しました。どこから一般性が認められるのかをきちんと線引くべきだと提言します。ある戦法名が一般的呼称であるのかをきちんと証明する、証明するのであれば線引きを決めていく必要があると考えています。たとえば、トマホーク戦法というものがあり、私は一般的な呼称であると認識しています。しかしながらプロの対局で一局も現れていない、連盟発行の棋書に一切記載されていない等の理由から一般的呼称でないとする向きも当然あるからです。
棋書の引用に関してもどこまで許されているのかわかりません。手順に関しては著作権があろうはずがないので、著作者に対して不義理であるとの指摘はありますが、文章の丸写しをしなければ法的には問題ないかと考えています。モバイル中継文の引用に関しては、現在許可が下りるかを私が日本将棋連盟に問い合せています。
また、論文と棋書を引用する際大きく異なるのは、棋書が先行研究に基づいて高いレベルで記述されたものばかりではないということです。読み手のレベルに合わせ、戦法の狙いや手筋をわかりやすく説明することで、読み手の棋力向上を期待しているものが少なくありません。将棋クラスタ風に言えば「振り飛車必勝!by鈴木大介」とされたら困ります。どの棋書を引用するのかを議論して、指定する仕組みが必要かと考えます。
将棋指しの傾向として強い者のいう意見が正しいとされる傾向があります。棋力が高いほど局面に対する認識力が高くなり、より質の高い記述を公平な視点で記述できる傾向にあるのは間違いないかと思います。しかしながら、日本将棋連盟の体質を見れば明らかですが、それに付随された無関係の主張も通りやすくなる傾向があります。
最後に、私たちは常に「勝ち負け」を認めなければいけない稀有な存在であり、負けることを非常に嫌う傾向があることから、それが局面ペディア内でも波及してしまうことを懸念しています。ディスカッションで行われるべきは「勝ち負け」を決めることではなく、「高い公平性を有した記述をどうやって実現するかを皆で考える」ことです。他者を尊重し、それでいて馴れ合いになりきらず、互いに協力していくことが必要だと考えています。
まずwataruさんの編集に感じた疑問点は以下の3点です。
①候補手△5二金右の解説が「6一の金を上げる。」というのは単なる棋譜の読み方(補足)であって、手の解説になっていない点。
②候補手の解説・結論・見解に至るのに時間がかかる点。
③棋書データ(情報源)が書かれていない点。
①について、棋譜の読み方は解説ではないと思います。また、仮に候補手について別段解説することがなく(今回はあると思いますが)、むしろ解説することで読みにくくなってしまう場合は解説を省略しても良いと思うのですがいかがでしょうか?
②について、今回の編集法では、その手の意味を理解しようとした場合、その手の解説(見解・結論)に至るまで、何度もページを進めていく必要があり、非常に手間がかかってしまうように感じます。
候補手とその結果図に対してプロの見解が出ている場合は、各局面ごとにその候補手の解説にある程度の分量の記述をする、もしくはポータルページへの誘導リンクを付ける等した方が良いと思うのですがいかがでしょうか?
③について、現在局面ペディアでは情報のソースに配慮した編集が心がけられています。
ダイレクト向かい飛車の定跡において、この定跡は常識なのだとは思うのですが、「ここは▲7五金打の一手である。」といった強い断定を書く場合は、参考棋書のデータを書き残しておいた方が良いと思います。
以前のディスカッションで、「棋書の情報は断りなく使用しても良い」という意見もありましたが、情報源を特定するという意味でも、なるべく参考にした棋書のデータは書き残しておいた方が良いと思うのですがいかがでしょうか?
そもそも初版投稿ということである程度の情報の不足は仕方ないことなのでしょうか?
主観的ですし、全て自分がした編集にも返ってきそうな内容ばかりですが、皆さんのご意見をお聞きかせ頂ければ幸いです。
①候補手△5二金右の解説が「6一の金を上げる。」というのは単なる棋譜の読み方(補足)であって、手の解説になっていない点。
②候補手の解説・結論・見解に至るのに時間がかかる点。
③棋書データ(情報源)が書かれていない点。
①候補手△5二金右の解説が「6一の金を上げる。」というのは単なる棋譜の読み方(補足)であって、手の解説になっていない点。
②候補手の解説・結論・見解に至るのに時間がかかる点。
③棋書データ(情報源)が書かれていない点。
②候補手の解説・結論・見解に至るのに時間がかかる点。局面検索をして辿り着いた人に情報や道筋を与えることがサイトの目的なので、出来るだけ多くの局面に何らかの記述がされること自体は良いことだと思っています。分岐点と分岐点の間の通過点にすぎない局面の場合、記載量が少なくなってしまうこともある程度仕方ないと思っています。ただし、できるだけ、ある程度道案内が出来るだけのことまで書かれている方が良いですね。そのためには解説を書いていくのに望ましい局面の順番があると思います。イメージでいうと、まずは分散して大都市をつくり、国の姿が見えたところで、その中間に小さい町を作り、さらにその間に村を作っていくような順番が良いと思います。そうすると、短い記述しかできない局面であっても、周辺の大都市の記述を見ながら、どれぐらいまで書いておけば道案内になるかな、ということが判断しやすくなると思います。このようなプロセスの最終段階として、取る一手の局面に何かちょこっと書いてあるという状況が生まれたのであれば、それはまあ構わないかなと思っています。ですが、大都市が出来る前から、一手ずつ順番に村だけ繋げて作られると、向かうべき全体像が見えなくなるので、他の方々が不安になりますよね。
75金打ちの一手、に対して具体的に何か疑問が生じた時に、ディスカッション欄で出典を求めるか、あるいは反証があるなら出典とともにそれを編集で書き換えてしまえば良いと思います。(もちろん出典は出来るだけ付けた方がいいことは間違いありません。ただ全てにおいて付けるのは大変ですので、あまり強い義務にまでしない方が良いと思います。)