[wwn:01692] 所蔵椅子のご紹介です 【 城所右文次 バンブーチェア (竹興社 1937年)】 (オシダレ)

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Aug 13, 2018, 11:47:16 PM8/13/18
to 木工家ネット

拝啓

みなさま


残暑お見舞い申し上げます。

この度は大変お世話になっております。

先日の椅子の里親内覧会、お疲れ様でした。
そして、過分なお心遣いにも恐縮至極です。
本当に どうもありがとうございました。

さて、あの会以降 お問い合わせの多かった椅子を
おそれいりますが、こちらからご紹介させていただきます。

何かございましたら、下記までなんなりとお申し付け下さいませ。

携帯 : 090-9343-3791
オシダレまで

それでは、
よいお盆をお過ごしください。
引き続きよろしくお願い致します。


……………………………………………………………………………………………………………






城所右文次    バンブーチェア  (竹興社 1937年)



今年もまた8月15日が近づいてまいりました。

あの惨禍を再び呼び起こさぬよう祈念する日が、
祖先や亡き家族に想いを馳せるお盆の祈りの
時季と重なっている事実には素直に驚きます。

この季節、
既に送った両親に不肖のバカ息子として謝罪し感謝しつつ、
さらに薄れつつある祖父母の戦争体験を必死に反芻します。

私自身には全く無い戦争の記憶ですが、
仕事柄、あまたの反戦非戦映画、あるいは好戦的なプロパガンダ映画等々を
浴びる様に観てきたお蔭で、かなりリアルに戦争の実相を想像できるようになりました。

それら戦争に纏わる映画を観る時、いつも想い出す一脚の椅子があります。



こちらの椅子を初めて目撃したのは、
1947年の日本映画「看護婦の日記」(小林桂樹主演 吉村廉監督)でした。

太宰治の「パンドラの匣」に基づくこの作品は、
高原のサナトリウムを舞台に其処に集う方々の悲喜交々を
清々しい筆致で描いた、終戦直後に於ける日本映画の隠れた傑作です。

そのサナトリウムのラウンジ的な公共空間に
こちらの一人掛けと二人掛けモデルが鎮座しており、
それぞれに悩み想いを抱えた人々が座して語り合う場面はとても印象的でした。

その疲れた身体を、カンチレヴァー構造特有の「揺れ」が優しく包み込みます。

「おー!あの時代にアアルトの椅子が日本に在ったんだ!!」

と、この映画を観て以来めでたく勘違いし続けていました。

さすが、サナトリウムだからアアルトか! なるほど!!
などと、当時の映画人の見識に脱帽する思いで完璧に誤解していました(笑)。

実は、この椅子が日本人の作品だと知ったのは、
恥かしながら長らく後になって椅子病に罹患、発症してからの事です。


城所右文次さんという方が東京高等工芸学校を卒業後、
三越家具設計室に就職され、この椅子をデザインされた事、

竹素材を使った新しい家具作りを標榜する「東京竹興社」の
職人さんたちと切磋琢磨の末、竹による片持ち構造を実現させた事、

渡辺力さんらの朋友に囲まれ、将来を嘱望されていた事、

そして、戦時招集に応じて沖縄戦で戦死を遂げられた史実などを知りました。


戦前のたおやかな東京湾岸、
そこで営まれる海苔採りの道具として必需品であった
孟宗竹を用いて新しい家具道具の世界を拓かんとした東京竹興社の人々。

そして、それと幸福な出逢いを果たした城所右文次さん。

アアルトへの憧れを直裁に表現したこのバンブーチェアは、
若きデザイナーの直球な想いとそれに付き合った葛西の職人さんたちの汗、
そのかけがえの無い時間の記憶を宿しています。

時を経て、坂倉準三がペリアンと通訳の柳宗理を伴い
三越洋家具展でこの椅子と邂逅を果たしたのは歴史の必然だったのかも知れません。

アアルト、城所、コルビュジエ、坂倉、
ペリアン、柳、長、そしてディクソン…

遠く国境を越え、
遙か時代を超え、
現在まで連綿と続く魂の物語

それは単なる「リ・デザイン」の概念には収まり切れない、
世界が共有しうるモノ作りの「夢」を私たちに語りかけてやみません。

今ここに、確かにある
一脚のバンブーチェア

これを遺して夭折された城所右文次さんと竹興社の方々、
そして、あの戦火をくぐり抜けて平成まで生き残ったこの一脚と
出逢えるよう導いてくださった御縁に、ただただ感謝するばかり。

孟宗竹の手作り安楽椅子

それは戦争によって断ち切られてしまった
城所右文次さんの見果てぬ夢、その憶いが色濃く刻まれた青春の花筐です。



敬白

押垂 勝久  拝
平成最期の夏に  尊崇の想いをこめて


追伸

長年に渡って永田町と闘い続けられた
翁長雄志沖縄県知事の御逝去を心よりお悼みいたします。
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