お久し振りです。
皆さんは、「植わってる」ということばを使いますか。
お使いになる方にお訊きしたいのですが、誰かが植えたものではなく、勝手に自生している様子を
「(どこどこに)○○が植わってる」というでしょうか。
僕は神奈川県座間市出身ですが、言うと思います。
よろしくお願いします。
野島本泰
>皆さんは、「植わってる」ということばを使いますか。
僕は使います。
ところで、以前、盛岡出身の研究者の論文に「植えらさってる」という述語があったので、「植わってる」とどう違うのか聞いたところ、「他動詞『植える』は盛岡の方言にあるけれども、自動詞『植わる』はないので、『植えらさる』を作る」と説明してもらったことがありました。また、インターネット上の自発語形を集めていて、岩手県の方が書き込んだ「植えらさってる」を収集しました。自動詞「植わる」の有無は方言によって違いがある可能性があります。
>お使いになる方にお訊きしたいのですが、誰かが植えたものではなく、勝手に自生している様子を
>「(どこどこに)○○が植わってる」というでしょうか。
僕も言うような気がします。樹木のように何年もそこにあり続けるものの方が言いやすいように思います。土筆とかふきのとうは、どうでしょう。「出てる」「生えてる」かな?
佐々木冠
Kan Sasaki
ksa...@sgu.ac.jp
Sapporo Gakuin University
Bunkyo-dai 11, Ebetsu,
Hokkaido, 069-8555
Japan
お久しぶりです。
> 誰かが植えたものではなく、勝手に自生している様子を
> 「(どこどこに)○○が植わってる」というでしょうか。
「植わってる」は使いますが、僕の感覚だとこれはあくまでも「植えた状態が続いている」という感じで、人間が植えた場合にしか使えません。自生している場合は「木が生えてる」とか「木がある」というと思います。
ちなみに、「植えらさってる」は言えるとは思うのですけれど、ちょっと不自然な感じがします。その理由については、(1)「植える」が母音語幹動詞である(自発形は子音語幹動詞のほうが落ち着きがよい)、(2)「植わってる」という言い方があるので意味的にバッティングする、の2つが原因かなと考えています。
加藤昌彦
直感が人によって違うのがおもしろいですね。
次のような文が「自生」の例かなと思います。
ソテツってその辺に植わっているやつしか知らなかったと思います。
http://blogofpalms.blog15.fc2.com/blog-entry-80.html
(※上の文は、ブログの、一つ目のコメントにあります。)
野島本泰
2010年4月11日23:08 Atsuhiko KATO <atsu...@lang.osaka-u.ac.jp>:
> --
> To unsubscribe, reply using "remove me" as the subject.
>
> 皆さんは、「植わってる」ということばを使いますか。
以前、個人宛てメールには書きましたが、改めてお答えすると、「植わってる」は私の方言で日常的
には使いません。よそ行きのことばか、書きことばという感じがします。
> お使いになる方にお訊きしたいのですが、誰かが植えたものではなく、勝手に自生している様子を
> 「(どこどこに)○○が植わってる」というでしょうか。
よそ行きことばか、書きことばとして使う場合でも、そうは言い(書き)ません。
「生(は)えてる」と言い(書き)ます。
ササキソウヘイ
---------- 転送メッセージ ----------
From: Hiroyuki Suzuki <minib...@gmail.com>
日付: 2010年4月13日11:53
件名: Re: 植わってる
To: NOJIMA Motoyasu <nojima....@gmail.com>
野島さん
加古川の鈴木です。標記の件、野島さん個人宛にお返事します。
(参考になるならメーリングリストに流してください)
> 皆さんは、「植わってる」ということばを使いますか。
はい、使います。しかも、ちょっと厄介です。(方言学的にいいところを突いてきますね)
> お使いになる方にお訊きしたいのですが、誰かが植えたものではなく、勝手に自生している様子を
> 「(どこどこに)○○が植わってる」というでしょうか。
言えたり言えなかったりします。
まず、文脈なしの状況では、自生の意味ではとれません。
*山に木が植わっている。
*道端に雑草が植わっている。
しかしながら、植わっている対象が具体化されれば、そうとも限りません。
山に杉の木が植わっている。
道端にたんぽぽが植わっている。
これらの発話は、もしかすると誰かが植えたのかもしれないよ、ということを含意している可能性が
ありますが、よくわかりません。しかし許容度は高まります。
後のメールで野島さんがソテツについて言及されていましたが、あの文脈ならまちがいなく
「植わっている」で「生えている」はおかしいでしょう。そう感じるのは、おそらく「植わっている」には
何かしら人為的な行為がはたらいているからではないでしょうか。ソテツは自生していても、
人間によって生える場所が管理されていたり、剪定などをされているのでは、と思います。
以下はごく最近、うちで起きたやりとりです。
庭園を思い浮かべてください。
「このミントの苗、植わるやろか」
「ちょっと多いかな、たぶん植われへんで」
(植えてみてた後に)
「ちょうど植わったわ」
「でもこれやったらラベンダー植えれへんやん」
これを標準語で言い換えてみると
「このミントの苗、(この畝に)植えてしまえるかなあ」
「ちょっと多いかな、植えてしまえないかも」
・・・
「ちょうど植え切れたよ」
「でもこれだったらラベンダーを植えることができないよ」
「植わる」の可能に関する否定が「植われへん」と「植えれへん」に
分かれます。前者は植えることができる可能性を否定し、後者は
植えることが不可能であることを断定します。
変ですか?ご意見待ってます。
それでは、失礼します。
鈴木博之