戸口を叩く音がする。響子(仮名)は台所の仕事の手を休めて、
ぬれた手をエプロンのはしで拭きながら、いそいそと玄関に向
かった。
響子(仮名)
「はい、どなたでしょうか。」
戸口には複数の人がいるようで、ものものしい感じがした。
もしかして、主人の会社でなにかあったのでは、響子(仮名)
の心に悪い予感が過ぎるのであった。
玄関を開けると、堅気ではないような人達が目に入ったが、
先頭の男は極めて丁寧な物腰であった。
男
「ご主人さまはご在宅ですか。」
響子(仮名)
「はい、少々お待ちください。」
玄関から居間に抜ける廊下で、響子(仮名)は夫を呼んだ。
こどもと遊んでいた夫は、ふんとも言わずに立ち上がって
出てきた。そのまま台所に戻ろうとする響子(仮名)の背中
から、先ほどの物静かそうな男が大声をあげるのを聞いた。
男
「夢沢那智(仮名)だな、
業務上過失致詩の容疑で逮捕する。」
おどろいて、振り向くと、すでに夫は屈強な男達に両脇を固め
られて、困ったような顔をしてこちらを見ている。
この騒ぎに驚いた息子の真慈(仮名)が出てくるのを、ようやく
響子(仮名)は抱きかかえてとめた。
響子(仮名)
「あ、あなた…、」
那智(仮名)
「大丈夫だ、きっとなにかの間違いだ。
心配しなくてもいい、ちょっと出かけてくるから
しばらくの間、真慈(仮名)たのむ。」
照れたような笑みを浮かべながら、そういい残す夫の言葉には、
力がなかった。
いつのまにか家の中にあがり込んでいた刑事が「詩とメルヘン」
の束を鷲づかみにして出て行く姿を見送りながら、響子(仮名)
は呆然と玄関に揃えられた自分の靴を見つめるのだった。
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のりたま@つづく(わけないじゃん)