大きな計画を立案すると、その計画持続を何故か神様が邪魔をしているようで
思えば、人生の分岐点毎 何につけても マイナス「志向」。
私にとっての やさしい神は、何をしてくれたのだろうか...
その、やさしかった神と、もう一生付き合いたくないと決心したのが およそ半年前
私は、この五十年近く 神には、もう一つ 厳しい神がある事を忘れていたいたよう
に思える。
つらつら、考えるに、長い間付き合ってきた やさしい神様とは、事 ある毎に喧嘩
をしたのは、本当は仲好しだったのではなく、何事も見解の相違ばっかりだったので
はなかったのかと...
世の中には、魂は輪廻の世界だと云う人もいる。。しかし、この身体と頭の中にある
魂は 「一期一会」しかないのである。
たった一度限りの人生...如何に魂に支配されたとしてそれが100%であったと
すれば現世で人生を修整すべく宗教は無必要ということになる。
では、次の世で良くなるという場合は..それは、何年何千年先か 「科学的実証」
どうやってするのだろうか? しかし私は、宗教は嫌いではない 例えば、大
酒飲んで事故を起こすような 「自己中」で、赤の他人に迷惑をかける..彼らは、
深く宗教に関わってもらいたいと思う。 もし反省がなければ、一秒でも早く地球
から消えて欲しいとも思う。 私は、正義が好きだと云うのではない。
「自己中」で、理不尽すぎる事が嫌なだけの事です。
話は、もとに戻して、
人生五十半ば近くになって、ふと、老いを感じ 私は、この五十年近く
何を考え..どういう人生を送ってきたのか..大きくも、そして小さくも分岐点毎
に常に、つきまとうのが 「悔いの心」が生じる事ばかり...
要するに、この五十年近く、おつむが、ピント・ボケで過ごして来たように
思えてならない。。 長かったなァ...49年...
そう、ピント・ボケの推進をしてくれる 「神様」それは、たぶん 「貧乏神」
何につけても優しいだけの神様...
もう、一年前から絶縁の神様 残りの人生 もう二度と付き合わない。
それからは、くる日も くる日も 厳しい神さまを探して居るのでありますが
なかなか私の心の中に、訪問してくれなくて、ずーと考え込んでいる日々を
過ごしている。
2003.01.24 T.nakanishi