蕪村の『新花摘』の挿絵周辺(その九)
蕪村の『新花摘』の呉春の挿絵五図は、下館中村風篁邸での「阿満図」のものである。
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蕪村の『新花摘』の原文は次のとおりである。
[ひたちのくに下館(注・常陸国下館)といふところに、中むら兵左右衛門(注・中村兵左右衛門)といへる有。古夜半亭(注・故夜半亭宋阿)の門人にて俳
諧をこのみ風篁とよぶ。ならびなき福者(注・資産家)にて、家居つきづきしく(注・家造りも似合わしく)方弐町(注・二町四方)ばかりにかまへ、前栽後
園には奇石異木をあつめ、泉をひき鳥をはなち、仮山(注・築山)の致景(注・景色)、自然のながめをつくせり。国の守(注・「かみ」の読み。当時の下館
城主は石川内膳正総候)もをりをり入おはして、又なき長者にて有けり。妻は阿満(注・「おみつ」の読み)というて、藤井某といえる大賈(注・豪商)の女
にて、和歌のみち・いと竹(注・「いと(糸)」=琴、「竹」=笛)のわざにもうとからず。こゝろざま(注・気だても)いうに(注・優に)やさしき女也け
り。]
上記に出てくる「風篁」は、中村風篁で、『結城市史』によると、九代目風篁で、本名は兵左右衛門左教とのことである。この中村家は、下館の大町十人士
と称される旧家の中でも代表的な名家で、代々町名主を務めるるとともに、古くから商業活動に従事し、地方文化の発展に貢献していたという。
この風篁の妻が「阿満」で、須賀川の豪商にして俳人の藤井半左右衛門晋流の娘である(この晋流については「その二」で触れた)。そして、この阿満が登
場する、この挿話を、「風篁家の怪異」(『俳句講座五』所収丸山一彦稿)として、「漂揺する夢幻味で覆い尽くした手腕は、さすがに非凡である」と好評し
ている。その全文を下記に記しておきたい。
[ここは風篁家にからまる老狐の怪が記されている。前掲の「見性寺奇譚」が、多分にユーモラスな気分を漂わせているのに対して、これはまた幻想的な妖し
い美しさにあふれている。狸はどこか飄逸な感じがあり、狐には妖しい翳がつきまとうのが常であるが、更にこの一話は人づての怪異を記したものだけに、多
分に蕪村好みの脚色も加わって、このような夢幻的雰囲気を醸し出されたのであろう。しかも家運傾く豪家を背景にして、「優にやさしき」妻女阿満の登場
は、蕪村ならずとも、幻想的気分をかき立てるに十分な好話題であった。始めに風篁家の豪壮な家構えと、その荒廃のさまを描き、「其の家のかくおとろへん
とするはじめ、いろいろのつけ多かりけり」という書き出しは、いささか因果噺めくが、続く桶の餅の奇怪な紛失事件は、その後、相次いで起こる狐怪の棟梁
への前奏として、巧みな布置である。人も寝静まった深更、老狐の群れが「ゆらゆら尾を引いて」膝元を過ぎて行くのを、放心したように見守る阿満の姿は、
現つならぬ妖しさに包まれている。翌日、恐怖に満ちた体験を、まるで人ごとのように淡々と語る彼女の姿も尋常ではない。「いついつよりもかほばうるはし
く」、しかも「つゆおそろしとも覚え」ぬ気色であったとは、さながらに白狐の精と化したかと疑わしめる。最後の幕切れまで、漂揺する夢幻味で覆い尽くし
て手腕は、さすがに非凡である。風篁家の狐の怪に関しては、この後に二話記されている。一つは晋我がこの家に宿って、深更目を覚ますと、月明らかな広縁
に狐があまた並び手、その影がありありと障子に映ったという話と、もう一つは秋本五兵衛(俳号は酔月)という撃剣者が、風篁家の奥の間に臥していると、
広縁の下で老媼の夜すがら呟く声が聞こえたという話である。以上三話の中、この一話が最も長文で、かつ出来映えもすぐれている。]