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★私の羞恥体験記 (*^o^*) ☆90
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ばなな
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Oct 25, 2013, 5:19:00 PM
10/25/13
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年齢不詳
<入院初日、裸でレントゲン撮りました>
はじめまして。あつ子といいます。現在37歳、共稼ぎの夫とふたりで
暮らしています。結婚してからは12年、いろいろ事情があって子供はいませ
ん。
ちょうど10年前、27歳だったときに胃癌で胃を切ったことがあります。
これからそのときのことを書いてみたいと思います。
ただ、それ以前にどういう症状が出て、どのような経過をたどって癌が
わかったか、などをクドクド書いていますと長くなりすぎてしまいます。その
あたりは省略させていただき、実際病院でどういう検査や処置を受けたのか、
に絞って書くことにいたします。
入院から手術まで10日ほどありました。早期だったので、たいした自覚
症状もなく、ほとんど自分が「患者」だという意識もなく過ごしていました。
周囲のきちんとしたフォローもあって、自分が癌だということに関してはそれ
ほど深刻に悩むこともありませんでした。単にノンキ者だというだけかもしれ
ませんが。
その間、いろいろな検査を受けましたが、少々意外だったのは、裸を見
られるようなことがほとんどなかったことです。病気が病気だし、多少羞ずか
しいことがあっても、そんなこと言ってる場合じゃないのだからと、ある程度
は覚悟していたのですが、初日のレントゲンで男性技師に裸を見られた以外
は、少なくとも男性の医療スタッフにはアソコやお尻はもちろん、胸を見られ
ることさえありませんでした(レントゲン以外では心電図も上半身裸でしたが
これは女性スタッフが担当しました)。担当医ですらそうです。初めて外来で
行ったときや、入院初日の病室でカンタンな診察を受けはしましたが、服をま
くってお腹を出しただけでした。毎日ある回診も、問診、あるいは検査や手術
の段取りを伝えてくれるだけで、脱がされるようなことは一度もありませんで
した。
ただ、初日のレントゲンはけっこうインパクトがありました。上半身裸
になるようにといわれたときは、ちょっと驚きました。わたしはそれまで、学
校や会社の健康診断などのレントゲンでは裸になったことなどなかったからで
す。その病院を紹介してくださった開業医の先生のところでバリウム飲んだと
きも、ちゃんと検査衣を着ていましたし。
でもその一方で、どうかするととてつもなく世間知らずの私は、大きな病
院のレントゲン室では裸になるのが当り前なのかと思ったりもしました。それ
よりも何よりも、すでに書いた通り、どんなことがあってもある程度はガマン
しなくちゃ、とも思っていたわけですから、これぐらいで驚いてどうするの、
と自分に言い聞かせ、素直にパジャマの上を脱いで裸になりました。
しかいつも健診で受けているのとは違って、このレントゲン撮影は中々念
の入ったものでした。
まず普通に胸の写真を1枚撮った後、今度は横向きにされました。両手を高
く挙げ頭上のバーにつかまります。胸はまったく隠せず、目の前にいる技師さ
んにバッチリ見られてしまいます。
それで終りかと思うと、今度はお腹の写真も撮りますとのこと。
胸用の機械の隣に置いてあるお腹用の機械の前に立たされます。お腹をフィ
ルムを入れた板に押し付け、機械の両脇についた手すりにつかまります。ちょ
うど機械を抱え込むようなかっこうです。もちろん裸のままです。
すると技師さんが、ゴムのラインが写ることがあるのでちょっと下げますよ、
とか言いながら私のパジャマのズボンをパンツもろとも、ズルッと下げてしま
いました。え、そんなに下げるの?と思いつつ、されるがままに立っているし
かありません。お尻は半分以上見えていたでしょう。そのかっこうで1枚撮っ
たら、ここでも横向きです。再びそのままバンザイをさせられます。チラっと
下を見たら前の方も黒いものが予想以上に見えてしまっていました。え、こん
なに見えちゃってるの?と思うと羞ずかしくてもう視線を下に向けることがで
きなくなりました。さっきのように胸丸出しで、今度はその上お尻とヘアも半
分以上技師さんの目にさらしての撮影でした。そのあと、同じかっこうで今度
は台の上に仰向けに寝てもう1枚撮り、ようやく終りとなりました。
ちなみに手術後は(あきれるぐらい)頻繁にレントゲン撮影がありましたので、
そのたびごとに胸やヘアの一部を技師さんに見られることになりましたが、幸
いなことにこの一番羞ずかしかった、横向きで立ってお腹の写真を撮るやり方
はこのときの一回だけでした。
<いよいよ手術です>
その後は、尿検査、(数度にわたる)血液検査、内視鏡およびバリウムを飲ん
での胃透視(それぞれ2回ずつ)、呼吸機能検査、CTスキャン、腹部エコー
等々、様々な検査がありましたが、いずれも裸にはなりませんでした。エコー
もお腹を出すだけで済みました。それ以前に新聞のルポで「患者への配慮の足
りない病院」の例として、たくさんの医学生に見られながら上半身裸でエコー
を受けさせられた女子高生の話を読んだことがあったので、エコーやります、
と言われたときは、もしかしたらこの病院も裸かな、とも思っていたので内心
ホッとしました。
手術前日には病室に麻酔科の女医さんが来て、カンタンな診察を受けましたが、
胸に聴診器を当てるときにパジャマの前を開けただけで、ブラは着けたままで
した。
この日は剃毛もありました。翌日の朝は浣腸もされました。もちろんこれは
看護婦さん(当時はまだ看護師という呼称はありませんでしたので、この呼び
方を使わせていただきます)の仕事です。女性同士だから自分の体を見られて
も何の抵抗も感じないというわけではけっしてないのですが、それは男性に見
られるときのような性的羞恥心とはちょっと違った種類の恥ずかしさです。あ
まり見っともないところは見せたくないな、みたいな。だから、ここではこれ
以上踏み込みません(私自身書いていて楽しくないのです)。
ただ、手術前の剃毛というと、すなわちアソコの毛を剃ることだと勘違いな
さっている方、(実は私もそうだったのですが)それは大きな間違いです。手
術の部位によって剃るべき範囲が決まっていて、その範囲内に陰毛があればつ
いでに剃られてしまうというだけのことです。私の場合は胃の手術ですので乳
首の下あたりから恥骨の少し上あたりまででした。ヘアはごく上の部分を剃ら
れただけです。きっと子供のころのようにツルツルにされるのだ、とばかり
思っていたので、ちょっと拍子抜けの気もしました。(剃ったら見せろ、と
言っていた夫はもっとガッカリしていました。でもそれが翌日に手術を控えた
癌患者に対する態度でしょうか?まったく・・・)
そしてとうとう手術当日となりました。そのときどんな気持ちだったか
(もちろん不安でいっぱいに決まっていますが)は、省略します。あったこと
だけをカンタンに書きます。
まずそれまでの病室から、同じ病棟内にあるリカバリールームという手術直
後もしくは当日手術を受ける(私のように)患者ばかりを集めた部屋にベット
ごと移されました。予備麻酔とかいうのを注射された後、看護婦さんの介添え
を受けながら手術衣というものに着替えました。まず上半身だけ裸になって、
術衣を頭からすっぽりかぶります。それからパジャマのズボンとパンツを脱ぎ
ました(術衣は袖なしのワンピースみたいなものですが、両肩両脇についた紐
を解くと、前後に取り外しが可能です)。頭にはビニール(たぶん)のナイト
キャップ(?)みたいなのがかぶせられます。それから看護婦さんがふたりが
かりで、よっこらしょとばかりに私の体を搬送車(車つきのタンカみたいなも
のです)に載せ、いよいよ手術室へ出発です。
手術室では搬送車を手術台のすぐ横につけ、そこで術衣の紐が解かれます。
そして体の前面を覆っている部分をそのまま体にかけた状態で、ここでもよっ
こらしょと手術台の上に移されました。術衣はそこで取られてしまいますが、
ほとんど同時に別のシーツが、サッとかけられ、体を隠してもらえました。
次は麻酔です。前日に説明を受けていましたが、まず背骨に局所麻酔の注射を
し、脊髄に小さな管を埋め込んで、そこから本格的な麻酔薬を注入するのだそ
うです。シーツをかけたまま体を横向き(左下)にされました。海老のように
体を丸められます。体の前の方は隠れたままですが、背中からお尻の方はもう
すっかりむき出しです。角度によってはお尻の穴も丸見えだったでしょう。私
としては、もう不安でまったく羞ずかしいどころではない、といえば確かにそ
うなんですが、「見られてる」「羞ずかしい」という意識もまた確かにありま
した。
ひそかに怯えていた局所麻酔の注射は幸いなことにそれほど痛くなく、もう痛
いことはしませんから、という麻酔科の先生に少しホッとしました。しばらく
背骨の下の辺で何かゴリゴリやってる感触だけがありました。そのうち、では
眠くなる薬を入れます、と言う声がして、すぐに何か冷たい液体が背骨から体
内に流れ込んで来る感触もハッキリと覚えています。と、それっきり、私の意
識はそこでコトリと途切れます。
<気がつくと全裸で手術台の上に・・・>
誰かにしきりと名前を呼ばれ目が覚めました。一瞬自分がどこにいるのか理解
できませんでした。あ、そうだ、手術したんだ、もう終ったのか・・・。ほと
んど同時に自分が手術台の上に(シーツも何もかけず)スッポンポンの丸裸で
寝かされていることにも気がつきました。え、裸?ヤダ、どうして?なんて
思っているのもつかの間、腹部に凄まじい激痛が襲って来ました。あまりの痛
さに体が硬直しました。ひょっとしてこれはまだ手術中で、起きてはいけない
ときに起きてしまったのか、と思ったほどです。やっとのことで、痛い、とか
細い声を絞り出して訴えますと、おい、痛いと言ってるよ、という男の人の声
が聞こえ、大丈夫今すぐ痛みは消えるから、とも言われました。ほんとうにそ
の後すぐ痛みは嘘のように消えました。後で知ったことですが、手術前に背骨
に埋め込んだ管から麻酔薬を注入してくれたのです。あきれるくらい劇的な効
き方でした。それから先の術衣なのか、別に用意されていた寝巻なのかは判然
としないのですが、とにかく私は再び搬送車に移されつつ裸の体に何かを着せ
られ、その上にシーツもかけて手術室の外へ運び出されました。自分では2、
3時間ってところかなと思っていましたが、6時間が過ぎていたそうです。
夫や実家の母、それに姉たちとの「感動の再会」については、この際どうで
もいいでしょう。よく頑張ったね。いえ、私は寝てただけだから・・・。ま
あ、そんなところです。
病棟のリカバリールームに戻されると、搬送車の上に乗ったままの状態で再
び何かの処置を受けました。ここでも着ているものは全て剥ぎ取られ全裸での
処置でした。どういうことをされていたのかは自分ではまったくわかりません
が。とにかく担当のお医者さん2名(主治医の50年配の先生と、その弟子と
いったふうの30そこそこの先生)、それにその日病棟で日勤だった看護婦さん
たちがほとんど全員動員されて(そのように思えた)、なにやらしきりに忙し
く動き回っていました。手術前、あれほど私を裸にしないように気遣ってくれ
た人たちが、手術が終ると人を平気で素っ裸にするのです。この落差には少々
面食らいました。あるいはそのとき私の意識はほとんどないものと見なされて
いたのかも知れません。病室でいっしょになったオバちゃんたちに聞いても、
そういう手術直後のことなんかまったく覚えていないって人がほとんどでした
から。中には翌日の昼過ぎまで寝ていたというおめでたい人もいて、再び麻酔
が切れた当日、地獄のような一夜(あの強力な麻酔は翌日になるまで使えない
と言われた)を過ごさざるを得なかった私としては羨ましい限りでした。
<手術後の回診では毎日4人のお医者さんに裸を見られ、股に注射もされました>
ともあれ一通りの処置が終ったようで、またもよっこらしょと搬送車から自
分のベットに移されます。ベットの上にはあらかじめ浴衣式の寝巻、T字帯、
腹帯(フクタイ)などが拡げた状態で置かれており、その上に裸の私を降ろす
と、寝たままの状態でそれらを身に着けさせることが出来るのです。逆に言い
ますと寝たままの状態で体の前半分をすっかり裸にできるということでもあり
ます。
実際、手術後1週間ばかりのあいだは何かというと裸にされました。まず、
一日のうち4回か5回傷口の消毒があります。寝巻の前が開かれ、まだブラをつ
けさせてもらえないので胸があらわになり、さらに腹帯とT字帯の紐も解かれ
体の前側は全てさらけ出されます。尿道にはカテーテルが挿入されたままで
す。その状態で傷口(ミゾオチから縦一文字にざっくりと切り下ろされ、オヘ
ソのすぐ上のところから、左に逆くの字を描くように切り込まれています)と
その周辺4ヶ所か5ヶ所に植えられたドレーン(まるでお腹から葱が生えてる
みたいでした!)の周囲を消毒します。それから胸とお腹に聴診器を当てられ
ます。これらは回診のとき以外は看護婦さんがやってくれるのですが、毎日午
前10時前後からの回診のときだけは、お医者さんが自分でやります。
私のいた病棟には全部で4人のお医者さんがついていて、それが前述のように
ベテランと若手がふたりづつペアになり、夫々患者を担当していました。でも
回診のときは基本的に4人がそろって(外来担当の日、手術がある日、それに
もちろん各自のお休みの日は別ですが)、日勤の看護婦さんも全部引き連れて
賑やかにやって来るのです。手術前は毎日ほとんど素通りするだけだったの
に、今は私の裸を見るのがとても楽しそうです。なにしろ他はお婆ちゃんとか
オバちゃんの患者ばかりですから!(ええ、どうせ私は自意識過剰ですよ。た
ぶん意識的に陽気に振舞って患者を元気づけようとしていただけでしょう)
それに加え最初の3日ほどは、そういう裸の状態のまま少し足を開くように
言われ、股の付け根、性器のすぐ横のところに注射までされました。まず右
側、翌日は左側、そしてその次の日はまた右側という具合に。抗生物質らしい
のですが、なぜわざわざこんなところに注射するのだろうか?と、場所が場所
だけに微妙な気持ちになりました。(カテーテルを入れていると尿路感染症に
なりやすいということなので、その関係だったのでしょうか?カテーテルを抜
いてからは注射もなくなりましたし。でも注射の場所は別にアソコでなくても
よさそうな気もしますが)
カテーテルが抜かれ自分でトイレに行くようになって(歩くこと自体は手術の
翌日から強制されていました。その方が回復が早いのだそうです。なお、点滴
だけで全然物を食べてていないためで出るのはしばらくの間オシッコだけでし
た)からも、浴衣とT字帯からは解放されず、胸もヘヤも見られ放題の日はも
う何日かつづきました。ドレーンも順次抜かれて行き(抜いた後にはカットバ
ンを貼り付けただけというのには驚きました)、術後1週間ほどたってようや
くパンツを履く許可がでました。ついでに浴衣からパジャマに変えていいかと
聞くと、チョット渋い顔でしたが、私はトイレで裾が床について汚れやすくて
困るというような理屈をつけてやっとパジャマの許可ももらいました。でも本
当は別の理由があったのです。
前述のように、手術後は頻繁にレントゲンを撮りに行かされました。とにかく
体を動かせ、というので、3日目以降は1人で、点滴のスタンドにつかまりな
がらやっとの思いでレントゲン室まで歩いて行きました。ところがレントゲン
室に行くと浴衣を脱がされてしまいます。その下はT字帯と腹帯だけです。そ
の姿は(鏡で見たわけではありませんが)我ながら何とも惨めというかブザマ
というか、耐え難い屈辱のように感じられました。とりあえずT字帯からは解
放されても、浴衣のままでは今度はパンツ1枚(腹帯は着けてますが)という
ことになります。これもイヤです。パジャマならズボンを履いていられるの
で、多少気休めになりました。
パジャマを着るようになると、今度は自分の勝手な判断でブラも着けました。
回診のとき何か言われるかな、と思いましたが、何も言われずに済みました。
それからはもうお医者さんたちに私の胸を見せることもなくなりました。とた
んに回診がお座なりになったというのは私の気のせいでしょうか?たぶん経過
が順調なので、臨戦態勢が解除されただけなのでしょう。
(とりあえずこれで終りです。あと、また機会がありましたら、「男の人に裸
を見られることについての私の気持ち」ですとか、入院中に看護婦さんから聞
いた「看護婦さんの健康診断の話」などを書いてみたいとも思っております)
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