4/4(土)、うららかな春の陽気に誘われて、つくば近辺の鉄道に乗車してき
ました。ルートは、つくばセンター-(関鉄バス)-ひたち野うしく駅-(常磐
線)-取手-(常総線)-下館-(真岡鉄道)-茂木-(真岡鉄道)-下館-(水戸線)
-友部-(常磐線)-土浦-(関鉄バス)-つくばセンターでした。
ひたち野うしく駅については、他の方の記事にもあったので説明する必要もな
いと思いますが、私は駅には入った瞬間思わず「おお!」と声を出してしまいま
した。あの広々とした雰囲気は、日頃使っている荒川沖駅と比べると格段にかっ
こよく見えました。まあ、できてから1ヶ月も経っていない、ということもある
けれど。まだ駅自体の工事も完了していないみたいだし、駅周辺も開発途上とい
うことで、これからどのように町が形成・発展していくのか、その変化をときど
き見に行こうと思います。
常総線を使ったのは2回目(最初は7、8年前)ですが、相変わらずのんびりと
していますね。ローカル線の雰囲気を十二分に漂わせる感じは、何ともいえぬ心
地よさがあります(毎日使っている人にとっては遅くて不便なものかもしれませ
んが)。
真岡鉄道は、土日にC12が牽引する列車が運行されています。私自身は、当日
このことを全く知らずに下館まで行ったのですが、ホームで待っていると元気良
くC12が入って来て、あわてて持っていた「撮りっきりコニカ」を出して写真を
撮りました。真岡までの列車はDD13(だったかな?)で牽引し、C12は最後尾に
付けられたまま走りました。茂木の方へは、この列車(16:09発)で真岡まで行
ってレールバスに乗り換えとなりました。なおこの辺のことは嶋田@京大 kuamp
さんがfj.rec.railにて詳細に述べられていますね(Message-ID:
<EJMEp...@kuamp.kyoto-u.ac.jp>)。
線路周囲にはカメラを持ったSLファンがまだ若干残っており、その人達のため
にかどうかわかりませんが、C12はときどき汽笛を鳴らしておりました。客車列
車に乗ったのは久しぶりですし、SLの汽笛も聞けて、無計画にぶらりとやってき
たにしては、何となく得をした気分になりました。
さて、以下が単純な興味に基づく質問です。
茂木駅に着き、ターンテーブルの写真を撮ろうと思って駅舎の2階の展望台に
上がってみると、行き止まりの線路の向こうに何か怪しいものが感じられます。
「ん?」と思って駅からてくてく歩いていくと築堤とコンクリートの橋台があり
ました。どちらも未使用のもののようで、それほど朽ち果てているとは見えませ
んでした。家に帰ってから、「あれはいったい何だったのだろう、おそらく未成
線と思われるが」と思い、いくつか手持ちの本を見てみると、宮脇俊三氏の「鉄
道廃線跡を歩くIII」の茨城交通茨城線の説明のところに、「茂木から長倉へ鉄
道を延長する計画があった」という一文が見つかりました。この具体的な計画は
いつ頃あって、何を主たる目的としていたものなのでしょうか(林業?鉱業?観
光?)。「鉄道廃線跡を歩くIII」にはいつ頃のことかはっきりとは記されてい
ませんが、文脈からすると、大正~昭和初期(戦争直前)までのことのようで
す。でも築堤や橋台の様子を見ると、そんな古い時代ということはないと思える
けれど。それともまだ計画は生きていて、水郡線や、あるいは(まさかとは思う
が)烏山線とつなごうとしているのでしょうか?手持ちの資料で見てみたのです
が、「旅」1997年7月号付録の未成線リストには載っていないし、川島令三氏の
「幻の鉄路を追う」にもありません。もしかしたら、
Message-ID: <6d5iks$a...@utogw.gssm.otsuka.tsukuba.ac.jp>
> 宮脇俊三、「時刻表おくのほそ道」、新潮文庫み61、450円
> 「全線開業版・線路のない時刻表」買わねば! 久野
あたりだと、載っているのでしょうか?
また、上記の未成線跡は、どのあたりまで追いかけられるのでしょうか?先日
は時間がなく、ほんの少ししか歩けなかったので確認できなかったのですが、も
しかなりの距離にわたって何か残っているようならば、ハイキングを兼ねてもう
一度訪ねてみようと思っています。
以上、ご存じの方がいらっしゃれば、お教え下さい。長文、失礼しました。
--
***************************
佐脇 貴幸 (Sawaki, Takayuki) <saw...@gsj.go.jp>
***************************
>> 宮脇俊三、「時刻表おくのほそ道」、新潮文庫み61、450円
>> 「全線開業版・線路のない時刻表」買わねば! 久野
>あたりだと、載っているのでしょうか?
両方とも載っていませんでした。
kunimatsu
(kuni...@amy.hi-ho.ne.jp)
Sawaki, Takayuki wrote in message <352A14...@gsj.go.jp>...
> 常総線を使ったのは2回目(最初は7、8年前)ですが、相変わらずのんびり
と
>していますね。ローカル線の雰囲気を十二分に漂わせる感じは、何ともいえぬ
心
>地よさがあります(毎日使っている人にとっては遅くて不便なものかもしれま
せ
>んが)。
関東鉄道ですか。
かつては車両のバラエティが実に豊かでしたが、
今ではずいぶんと新車が入ったようですね。
先日、初めて下館まで乗り通した時、
下館行にもかかわらず水海道で単行ワンマンに乗換え(車両交換)
というのには驚きました。
ガラリ一変ローカルですね。
取手駅に突っ込んだ時の鮮烈な記憶が今も蘇る………。
>佐脇@つくばです。雑感と質問です。
(中略)
>す。でも築堤や橋台の様子を見ると、そんな古い時代ということはないと思える
>けれど。それともまだ計画は生きていて、水郡線や、あるいは(まさかとは思う
>が)烏山線とつなごうとしているのでしょうか?手持ちの資料で見てみたのです
>が、「旅」1997年7月号付録の未成線リストには載っていないし、川島令三氏の
>「幻の鉄路を追う」にもありません。
計画はもうありませんが,茂木から先は烏山に至る路線が予定されてい
たと思います。もう10年以上前のことですが,「栃木県鉄道史話」と
いう本が出版されていて,佐脇さんの興味に応えられるような話が載っ
ていたと思います。この本は栃木県立博物館長だった人が書いていたと
いう記憶があります。
****************************************************
農林水産省 林野庁 森林総合研究所
................................ 篠宮 佳樹 .....
Yoshiki Shinomiya / sino...@ffpri.affrc.go.jp
****************************************************
>
> 計画はもうありませんが,茂木から先は烏山に至る路線が予定されてい
> たと思います。もう10年以上前のことですが,「栃木県鉄道史話」と
> いう本が出版されていて,佐脇さんの興味に応えられるような話が載っ
> ていたと思います。この本は栃木県立博物館長だった人が書いていたと
> いう記憶があります。
佐脇@つくばです。
篠宮さん、貴重な情報どうもありがとうございます。本の方を早速探してみま
す。
そうでしたか、烏山線ですか。できていたら、「栃木環状線」になっていたわ
けですね。あのあたりの交通事情は全く知らないのですが、茂木-烏山間の交通
量がそんなに多い(多かった)のですかね?
では。
> 篠宮さん、貴重な情報どうもありがとうございます。本の方を早速探してみま
>す。
> そうでしたか、烏山線ですか。できていたら、「栃木環状線」になっていたわ
>けですね。あのあたりの交通事情は全く知らないのですが、茂木-烏山間の交通
>量がそんなに多い(多かった)のですかね?
茂木-烏山間の交通量がそんなに多かったはずがないですよね。
その「栃木県鉄道史話」によると,真岡まで線路を開設したとき,
その後,どっちに延長しようか悩んだそうです。で,宇都宮につ
なごうという計画もあったようです。宇都宮へ行くには,鬼怒川
を渡らなければなりませんし,当時の経済事情から茂木に向かい,
烏山に向かうことになったのだと思います。現在,真岡-宇都宮
の人,車の往来はかなりあります。もし,宇都宮へ鉄路を牽いて
いれば,第三セクタ-にならずに済んだかもしれませんね。
Shinomiya Yoshiki wrote:
>
> 篠宮@森総研です。
こんにちは。
> 茂木-烏山間の交通量がそんなに多かったはずがないですよね。
一応、国鉄時代には烏山と茂木を結ぶ国鉄バス路線が
ありました。私がこの両線の乗りつぶしをやったときは
このバスのおかげで効率よくやれました。しかし、今で
は茂木から宇都宮への路線しか無くなってしまったよう
です。やはり、それほどの輸送需要が無い、ってことで
しょうか。
>> 茂木-烏山間の交通量がそんなに多かったはずがないですよね。
>
> 一応、国鉄時代には烏山と茂木を結ぶ国鉄バス路線が
> ありました。私がこの両線の乗りつぶしをやったときは
> このバスのおかげで効率よくやれました。しかし、今で
> は茂木から宇都宮への路線しか無くなってしまったよう
> です。やはり、それほどの輸送需要が無い、ってことで
> しょうか。
烏山-茂木を結んでいた国鉄バス路線というのは,輸送量の多さの
ために存在したのではなくて,いずれここには鉄道を通しますから,
それまでバスで我慢して下さいねえ,という国鉄の計画路線を代行
するために存在したのではないでしょうか?
烏山も茂木もそんな大きくない町ですから,両町を行き来する人数
は少ないですよね。現在では両町とも宇都宮との行き来のほうが重
要になっています。宇都宮に直結していたため,烏山線は第三セク
タ-化を免れました。それに対して真岡線は三セクになってますよ
ね。で,真岡-宇都宮は東野バスがかなりの頻度で運行しています。
Shinomiya Yoshiki wrote:
> こんばんわ。篠宮@森総研です。
こんにちは。
> 烏山-茂木を結んでいた国鉄バス路線というのは,輸送量の多さの
> ために存在したのではなくて,いずれここには鉄道を通しますから,
> それまでバスで我慢して下さいねえ,という国鉄の計画路線を代行
> するために存在したのではないでしょうか?
もちろん、そうです。そのつもりで元記事に「一応」と書いて
おいたのですが、いささか書き方がマズかったようです。
大体、国鉄バスというのは「自動車線」、つまり「国鉄の路線
だけど(暫定的に)鉄道車両ではなくて自動車で運行している」
というタテマエでしたから、こういう不採算路線が多かったです
ね。
# 富良野線の美瑛と白金温泉を結んでいた「白銀本線」なんて
# 「本線」でありながら民営化とともに廃止され、地元が肩代
# わりせざるを得なかったようです。
> 烏山も茂木もそんな大きくない町ですから,両町を行き来する人数
> は少ないですよね。現在では両町とも宇都宮との行き来のほうが重
> 要になっています。宇都宮に直結していたため,烏山線は第三セク
> タ-化を免れました。
後、烏山線は比較的短いので、赤字の度合いも少なかったの
でしょう。
こんばんわ。篠宮@森総研です。
>> 烏山-茂木を結んでいた国鉄バス路線というのは,輸送量の多さの
>> ために存在したのではなくて,いずれここには鉄道を通しますから,
>> それまでバスで我慢して下さいねえ,という国鉄の計画路線を代行
>> するために存在したのではないでしょうか?
>
> もちろん、そうです。そのつもりで元記事に「一応」と書いて
> おいたのですが、いささか書き方がマズかったようです。
これはすいません。釈迦に説法でした。
> 大体、国鉄バスというのは「自動車線」、つまり「国鉄の路線
> だけど(暫定的に)鉄道車両ではなくて自動車で運行している」
> というタテマエでしたから、こういう不採算路線が多かったです
> ね。
自動車路線としては現在の地元茨城では,古河-土浦間にJRバスが
走っています。まちがいなく,全線乗りとおす人はいないでしょう。
この辺りは田舎で道もそれなりにいいので,よく廃止にならないなあ
と思って,JRバスを眺めています。
> 後、烏山線は比較的短いので、赤字の度合いも少なかったの
> でしょう。
そうですね。何が幸いするか分かりません。
サブジェクト変えました。また、fj.rec.busを加えました。フォロー
の内容によって、適宜、NGを選択して下さい。
Shinomiya Yoshiki wrote:
>
> こんばんわ。篠宮@森総研です。
こんにちは。
> > もちろん、そうです。そのつもりで元記事に「一応」と書いて
> > おいたのですが、いささか書き方がマズかったようです。
>
> これはすいません。釈迦に説法でした。
いへ、そんな。
ところで、チャチャになってしまいますが、
> 自動車路線としては現在の地元茨城では,古河-土浦間にJRバスが
> 走っています。まちがいなく,全線乗りとおす人はいないでしょう。
「まちがいなく」というのは少し言い過ぎではないでしょうか。タマ
に「乗り通す」ことを目的として乗るバスファンがいるかも知れません。
私自身は三条京阪発近江今津駅行(京阪バス)とか京都駅発大和八木
駅行(奈良交通)とか梅田発近鉄奈良行(近鉄バス)とかいったマイナ
ーな長距離バスに全線乗ってみたい、と思っていましたが、ついつい二
の足を踏んでいるうちに路線自体が廃止になってしまいました。
残っている身近なところでは、1年のうち、5月の3,4,5日の3日間
しか運行されないらしい三条京阪発(近江鉄道)日野駅行の近江バスに
乗ってみたい、という気はありますが、、、
話は飛びますが、「全線乗り通す人はまずいないだろう」ということ
では特急【白鳥】も怪しいものだと思います。まあ、学生の休みシーズ
ンなら北海道へ行くのに、とも考えられますが、でも今なら学生でもス
カイメイトや早割買って行く方が多いでしょうね。私が学生の頃は急行
〔きたぐに〕(当時は大阪-青森間運転)が常識で、【白鳥】に乗ろう
ものなら「ゼイタクだ!」と白い目で見られたものですが。
後、酔狂で米原発熱海行という、「JR東海区間完全各駅停車」列車
に18きっぷで全区間乗り通したことがありますが、意外にも同じことを
する客が多かったのには驚きました。もっとも、これらの客は酔狂では
なく、快速や新快速に乗ったところで豊橋や浜松に先着してもそこから
先は普通になってしまい、結局熱海に着くのは同じ、ということになる
ので、それなら乗り換えせずにすむ方を、という選択をしたのだと思い
ます。
In article <35341B...@kuamp.kyoto-u.ac.jp>,
shi...@kuamp.kyoto-u.ac.jp wrote:
> 嶋田@京大です。
こんにちは。Followup-To: fj.rec.bus だけにします。
> Shinomiya Yoshiki wrote:
> >
> > 自動車路線としては現在の地元茨城では,古河-土浦間にJRバスが
> > 走っています。まちがいなく,全線乗りとおす人はいないでしょう。
>
> 「まちがいなく」というのは少し言い過ぎではないでしょうか。タマ
> に「乗り通す」ことを目的として乗るバスファンがいるかも知れません。
先日、佐野(両毛線)に行ったとき、帰りに使おうかと思ったの
ですが、古河発土浦行きは 1 日 1 本しかなかったので、あきらめ
ました。
---------------------------------------
横 尾 岳 彦 (yok...@nibh.go.jp)
工業技術院 生命工学工業技術研究所
---------------------------------------
In article <35341B...@kuamp.kyoto-u.ac.jp>,
shi...@kuamp.kyoto-u.ac.jp wrote:
> ところで、チャチャになってしまいますが、
>
> > 自動車路線としては現在の地元茨城では,古河-土浦間にJRバスが
> > 走っています。まちがいなく,全線乗りとおす人はいないでしょう。
>
> 「まちがいなく」というのは少し言い過ぎではないでしょうか。タマ
> に「乗り通す」ことを目的として乗るバスファンがいるかも知れません
。
軽度のバスファンだと自覚していますが
一週間ほど前に土浦から古河まで乗り通してしまいました。
ふらっと土浦まで行ってバス乗り場に行ってみたら
古河行きというのが目に入って思わず乗ってしまったんです。
片側1車線の道を坦々と走るのかと想像していたんですが
民家の軒先のせっまーい道ばかりを狙って走っているような感じでした。
2時間かかるということを乗ってから知って
下妻で降りようかと思いましたが面倒になって古河まで乗り通してしまいました。
当然のごとく全線乗り通したのは私一人でした。
入れ替わりながらも10人ほどは乗ってましたが・・・
--
長岐健志(Nagaki Takeshi)@西国分寺.東京
mailto:ze9t...@asahi-net.or.jp
入れ替わりながらも、10人くらいはずっと乗っている。。。
土浦・古河間の運賃は通しでしめて、2000円前後で
しょうか???
On 04/15/98(23:16) ze9t...@asahi-net.or.jp (Nagaki Takeshi) wrote
in <ze9t-ngk-150...@ppp145046.asahi-net.or.jp> (nntp://etlinn/kanto.rec.rail/468):
|ながき@西国分寺と申します。
|> > 自動車路線としては現在の地元茨城では,古河-土浦間にJRバスが
|> > 走っています。まちがいなく,全線乗りとおす人はいないでしょう。
|
|一週間ほど前に土浦から古河まで乗り通してしまいました。
|ふらっと土浦まで行ってバス乗り場に行ってみたら
|古河行きというのが目に入って思わず乗ってしまったんです。
|片側1車線の道を坦々と走るのかと想像していたんですが
|民家の軒先のせっまーい道ばかりを狙って走っているような感じでした。
|2時間かかるということを乗ってから知って
|下妻で降りようかと思いましたが面倒になって古河まで乗り通してしまいました。
|
|当然のごとく全線乗り通したのは私一人でした。
|入れ替わりながらも10人ほどは乗ってましたが・・・
|
|--
|長岐健志(Nagaki Takeshi)@西国分寺.東京
|mailto:ze9t...@asahi-net.or.jp
--
■□ 針谷喜久雄@強相関物性理論.電子基礎部.電子技術総合研究所 □■
□■ <hari...@etl.go.jp> URL:http://www.etl.go.jp/~harigaya/ ■□
In article <6gl4fa$j...@newsgw.cc.affrc.go.jp>,
sino...@ffpri.affrc.go.jp says...
>> そうでしたか、烏山線ですか。
>茂木-烏山間の交通量がそんなに多かったはずがないですよね。
>その「栃木県鉄道史話」によると,真岡まで線路を開設したとき,
>その後,どっちに延長しようか悩んだそうです。で,宇都宮につ
>なごうという計画もあったようです。宇都宮へ行くには,鬼怒川
>を渡らなければなりませんし,当時の経済事情から茂木に向かい,
>烏山に向かうことになったのだと思います。
茂木の先の未完成線は烏山へ向かっているのではなく,阿野
沢(茨城県桂村)をめざして工事がされたようです(「茨城県鉄
道発達史」(中川浩一著)による)。この先水郡線玉川村までが
鉄道敷設法の予定線となっていましたが,茨城交通茨城線(←
茨城鉄道)が常磐線赤塚から阿野沢を通って御前山(*)まで通
じていましたから,とりあえずこれと結ぶつもりであったので
はないかと思われます。20万分の1地形図でも,未完成線の末
端は那珂川の下流側(烏山とは逆方向)を向いています。
なお,これとは別に茂木から烏山を通って黒磯まで行く予定
線もありましたが,こちらは全く工事がされなかったようです。
(*)行政区画上の御前山村まで入ってはおらず,終点の御前山
駅は桂村にあったようです。それに,地図を見ていて気付いた
のですがそもそも「御前山」という山も御前山村ではなく桂村
にあります。なお,5万分の1地形図(茨城線廃止後)には,御
前山駅があったとおぼしき場所に「駅前」という地名が記され
ています。
--
つくば・物質研(NIMC, Tsukuba)
卜部 啓(Urabe, Kei)
(ur...@ccmail.nimc.go.jp)
In article <3532D8...@kuamp.kyoto-u.ac.jp>,
shi...@kuamp.kyoto-u.ac.jp says...
>> 烏山も茂木もそんな大きくない町ですから,両町を行き来する人数
>> は少ないですよね。現在では両町とも宇都宮との行き来のほうが重
>> 要になっています。宇都宮に直結していたため,烏山線は第三セク
>> タ-化を免れました。
>
> 後、烏山線は比較的短いので、赤字の度合いも少なかったの
> でしょう。
JRからの切り離し(バス化又は第三セクター化)は,赤字の
度合いではなく輸送密度(+ラッシュ時の集中度や並行道路状況
など)を基準に決められたのではありませんでしたか?
URABE, Kei wrote:
>
> 卜部@つくばです。
こんにちは。
> 茂木の先の未完成線は烏山へ向かっているのではなく,阿野
> 沢(茨城県桂村)をめざして工事がされたようです(「茨城県鉄
> 道発達史」(中川浩一著)による)。
としますと、かつて烏山と茂木を結んでいた国鉄バス
は、鉄道線の代行、ではなくて、単に近くにある盲腸線
の終点同士を結びつけるためだけだったのでしょうか。
Nagaki Takeshi wrote:
>
> ながき@西国分寺と申します。
こんにちは。
> 片側1車線の道を坦々と走るのかと想像していたんですが
> 民家の軒先のせっまーい道ばかりを狙って走っているような感じでした。
昔からある長距離路線バスって、集落を結んで走っていたのが
多いですから、たいていこういうことになりますね。真新しいバ
イパスがあるのにその手前で普通乗用車との離合も困難なような
旧道に入ったりして。
地ネタなので首を突っ込ませてもらいますよ。
記事<6h3ug6$gbd$1...@rpnntp.aist.go.jp>で、卜部 啓(ur...@ccmail.nimc.go.
jp)氏曰く...
>In article <6gl4fa$j...@newsgw.cc.affrc.go.jp>,
>sino...@ffpri.affrc.go.jp says...
>>> そうでしたか、烏山線ですか。
>>茂木-烏山間の交通量がそんなに多かったはずがないですよね。
>>その「栃木県鉄道史話」によると,真岡まで線路を開設したとき,
>>その後,どっちに延長しようか悩んだそうです。で,宇都宮につ
>>なごうという計画もあったようです。宇都宮へ行くには,鬼怒川
>>を渡らなければなりませんし,当時の経済事情から茂木に向かい,
>>烏山に向かうことになったのだと思います。
で、今では真岡~宇都宮間の方が結構需要があったりする。^^;)
そう言えば国鉄になってからも「宇岡線」の構想が浮かび上がっては消えたりして
いましたし、最近では成田空港~龍ヶ崎~つくば~下館~真岡~宇都宮間の新線構想
が常磐新線開通をにらんで出てきましたね。
#もっとも東京を経由しないで国際的観光地の日光・鬼怒川へ行けるし、学園都市
#から東北・日本海方面へのアクセスも改善されるから出来れば良いなぁと思ふ
> 茂木の先の未完成線は烏山へ向かっているのではなく,阿野沢(茨城県桂村)を
>めざして工事がされたようです(「茨城県鉄道発達史」(中川浩一著)による)。
>この先水郡線玉川村までが鉄道敷設法の予定線となっていましたが,茨城交通
>茨城線(←茨城鉄道)が常磐線赤塚から阿野沢を通って御前山(*)まで通じて
>いましたから,とりあえずこれと結ぶつもりであったのではないかと思われます。
>20万分の1地形図でも,未完成線の末端は那珂川の下流側(烏山とは逆方向)
>を向いています。
この茨城鉄道も御前山から茂木経由で宇都宮を目指していたんだけれど、資金難
で御前山止まりになってしまったと言う経緯があるんですよね。結局国鉄バスが
水都線として開通したんだけれど、それも数年前に中央部が廃止され、結局分断
されました。もしどっちも阿野沢で接続していたら小湊鉄道&いすみ鉄道(旧・
国鉄木原線)よろしく未成線同士で接続する格好になった訳ですなぁ。
#もし水戸~宇都宮間が全通していたら有力なローカル私鉄としての地位を固めたと
#思うなぁ
---
杉山真大%水戸っぽって外との繋がりを嫌っているのかなぁ
%% http://www.bekkoame.or.jp/~mtcedar/
fj.rec.bus を追加しますよ。
記事<353583...@kuamp.kyoto-u.ac.jp>で、嶋田@京大(shimada@kuamp.
kyoto-u.ac.jp)氏曰く...
>URABE, Kei wrote:
>> 卜部@つくばです。
>> 茂木の先の未完成線は烏山へ向かっているのではなく,阿野
>> 沢(茨城県桂村)をめざして工事がされたようです(「茨城県鉄
>> 道発達史」(中川浩一著)による)。
> としますと、かつて烏山と茂木を結んでいた国鉄バス
> は、鉄道線の代行、ではなくて、単に近くにある盲腸線
> の終点同士を結びつけるためだけだったのでしょうか。
別の記事でも書いたのですが、それは国鉄バスの水都線のことでしょう。
水戸~御前山~茂木~宇都宮間は茨城鉄道が元々私鉄として敷設を計画した
のですが、水都線として鉄道敷設法で計画線として定められていたのです。
で、鉄道線として敷設するには採算が合わないと判断されたらしく?国鉄
バスとしてまず水戸~宇都宮間に水都線が開通したのです。茨城交通茨城線
健在の頃は茨城線と御前山駅で接続していた便もあり、鉄道線の代行の役割
を果たしていました。もっとも国鉄バスでも採算が合わなかったみたいで?
現在では廃止されましたが。
#現在の水戸駅~双葉台・宇都宮駅~清原工業団地間のJRバスはその名残
---
杉山真大%急行バスとしてでも残せなかったのかなぁ?
%% http://www.bekkoame.or.jp/~mtcedar/
記事<rDIMV.h...@etl.go.jp>で、針谷喜久雄(hari...@etl.go.jp)氏曰く...
>On 04/15/98(23:16) ze9t...@asahi-net.or.jp (Nagaki Takeshi) wrote
>in <ze9t-ngk-150...@ppp145046.asahi-net.or.jp>
(nntp://etlinn/kanto.rec.rail/468):
> |ながき@西国分寺と申します。
> |一週間ほど前に土浦から古河まで乗り通してしまいました。
> |ふらっと土浦まで行ってバス乗り場に行ってみたら古河行きというのが目に
> |入って思わず乗ってしまったんです。片側1車線の道を坦々と走るのかと想像
> |していたんですが民家の軒先のせっまーい道ばかりを狙って走っているような
> |感じでした。
>はりがやです。実家は古河ですが、このJRバス路線は、通しでも乗ったことは
>ないです。道路地図をみますと、センターラインがないような道を延々走るよう
>ですが、実際そうでしたか。。。
自分も車で国鉄バスの走っている通りを行ったことがあるのですが、大曽根辺り
の通りなんて、それこそどっかの商店街の街角を縫って走っている感じがしますね。
もっともそれなりに利用客はいるんでしょうが・・・・・
>入れ替わりながらも、10人くらいはずっと乗っている。。。
>土浦・古河間の運賃は通しでしめて、2000円前後でしょうか???
> |> > 自動車路線としては現在の地元茨城では,古河-土浦間にJRバスが
> |> > 走っています。まちがいなく,全線乗りとおす人はいないでしょう。
> |2時間かかるということを乗ってから知って
> |下妻で降りようかと思いましたが面倒になって古河まで乗り通してしまいました。
> |当然のごとく全線乗り通したのは私一人でした。
> |入れ替わりながらも10人ほどは乗ってましたが・・・
この路線は途中の下妻上町で乗務員交代で少し長く停車するみたいですね。
もっとも、筑波学園都市の地位が向上して相対的に土浦の地位が低下した現状では
下妻からでも土浦へ乗ると言う客は少なくなっているんじゃないでしょうかね?折角
学園都市の中心部を避けて通っているんだから、土浦発のは全て筑波大学中央か
テクノパーク大穂止まりにして下妻行のはつくばセンター発にしたら実際の需要と
合致すると思います。
---
杉山真大% http://www.bekkoame.or.jp/~mtcedar/
In article <353583...@kuamp.kyoto-u.ac.jp>,
shi...@kuamp.kyoto-u.ac.jp says...
>> 茂木の先の未完成線は烏山へ向かっているのではなく,阿野
>> 沢(茨城県桂村)をめざして工事がされたようです(「茨城県鉄
>> 道発達史」(中川浩一著)による)。
>
> としますと、かつて烏山と茂木を結んでいた国鉄バス
> は、鉄道線の代行、ではなくて、単に近くにある盲腸線
> の終点同士を結びつけるためだけだったのでしょうか。
いえ,先刻の記事にも書きましたように茂木から烏山を通って
黒磯までの予定線は存在したようですので,一応これの代行と言
えるのではないでしょうか。
| もっとも、筑波学園都市の地位が向上して相対的に土浦の地位が低下した現状では
|下妻からでも土浦へ乗ると言う客は少なくなっているんじゃないでしょうかね?折角
|学園都市の中心部を避けて通っているんだから、土浦発のは全て筑波大学中央か
|テクノパーク大穂止まりにして下妻行のはつくばセンター発にしたら実際の需要と
|合致すると思います。
机上の空論ばっかやってないで,もっと現実的提案を期待しています.
はり~ちゃん
>> 片側1車線の道を坦々と走るのかと想像していたんですが
>> 民家の軒先のせっまーい道ばかりを狙って走っているような感じでした。
>
> 昔からある長距離路線バスって、集落を結んで走っていたのが
> 多いですから、たいていこういうことになりますね。真新しいバ
> イパスがあるのにその手前で普通乗用車との離合も困難なような
> 旧道に入ったりして。
御意。御意。
土浦~古河間は国道125号線が下妻市経由で両市を結んでいるのですが,同
区間のバスは国道125号を外れて,センタ-ラインのない道にまで入ってき
ます。(一般論として)バイパス沿いに民家は少ないですが,旧道沿いには,
古くから人が住んでますから,乗客が見込めます。現在の古河~土浦のバス
は家の前まで運んでくれること,それと村役場(など)と集落とを結んでく
れる辺りがその優位性になっているように思います。多分,125号線をずっと
走るようになったら,乗る人が減りそうですね。
|こんばんわ,篠宮@森総研です。
こんばんは。
# といっても、今は午前2時過ぎ。。。^^;;;
|> 昔からある長距離路線バスって、集落を結んで走っていたのが
|> 多いですから、たいていこういうことになりますね。真新しいバ
|> イパスがあるのにその手前で普通乗用車との離合も困難なような
|> 旧道に入ったりして。
|
| 御意。御意。
| 土浦~古河間は国道125号線が下妻市経由で両市を結んでいるのですが,同
| 区間のバスは国道125号を外れて,センタ-ラインのない道にまで入ってき
| ます。
そうですね。
| 多分,125号線をずっと
| 走るようになったら,乗る人が減りそうですね。
国道125号線に沿って走るバスは、
土浦・下妻間は、関東鉄道
下妻・諸川間は、関東鉄道と茨城急行バス
諸川・古河間は、茨城急行バス
が、運行しております。
# 茨城急行バスは、東武鉄道の関連会社です。
もともとは、東武バスの運行路線だったのですが、
だいぶ前に、東武は撤退してしまいました。
土浦・古河間のJRバスが、廃止になったら、昔か
らの集落住民は、困ってしまうでしょうね。集落と、
125号線は、けっこう離れている場所がいろいろ
あることは、道路地図を見ますと、わかりますです。
篠宮さんの記事(Message-ID:<6gfpk3$2...@newsgw.cc.affrc.go.jp>)に対する
フォロー記事を私が投稿した後で、別の方からメイルで情報を頂きました。メイ
ルを下さった方は以前にこの未成線を探索されたとのことで、それによります
と、
「3年前に訪れたときには、予定駅1駅や予定駅跡らしきものもまだ残ってい
た。また切り通し3カ所、大規模な盛り土2カ所、トンネル1カ所を確認した。
聴き込み調査をしたところ、御前山の方でも一部着工したらしいが、そちらは戦
後まもなく畑になってしまったので、跡は殆んど残っていない、といわれた。」
とのことでした。「篠宮さんの話とは食い違っているなー」と悩んでいました
が、先日、「トワイライトゾーンMANUAL6」に「長倉線跡を行く」という記事が
あるのを発見しました(調べたつもりだったのに何で見落としたのか...。反省
してます)。これはまさに茂木-長倉間の未成線の探訪レポートなんですが、こ
れには1937年に茂木から長倉を経て東野(現茨城県玉川村)までの約21kmの工事
が始まり、途中の下野中川まで工事がほぼ終了したところで戦争の開始により全
工事が中断したこと、戦後復活運動があったものの、結局は1984年以降跡地の売
却等が始まり、幻の路線となってしまったこと、など、写真入りで6ページにわ
たって述べられています。なお駅の予定地跡としては、茂木側から順に小井戸、
後郷、下野中川の3カ所が残っているとのことです。
記事<rDVPY.h...@etl.go.jp>で、針谷喜久雄(hari...@etl.go.jp)氏曰く...
すいません??ちゃんと記事読んでるんですか???
#いきなりツッコミここから本題
下妻方面ならどうしても筑波学園都市の方へ向かうのが自然の理だと思うんですが?
しかも土浦~下妻間のうち、つくば市を通っている部分が大部分を占めている以上、
学園都市中心部への需要は潜在的にせよ存在すると思います。さらに、ラッシュ時での
学園都市中心部での渋滞を避ける目的で県道土浦・大穂線(JRバスが通っている通り)
を利用する自家用車も結構あります。十分現実的だと思いますけど。
---
杉山真大%頭っから机上の空論として片付けないで
%% http://www.bekkoame.or.jp/~mtcedar/
国鉄バス廃止後も水都線ルートは茨城交通のバス路線で残っていました
が、現在は、茨城県側では長倉宿まで、栃木県側は茂木町内の路線です。
茂木から茨城県に行くバスは、茨交の子会社が茂木駅から七会村経由で
常北町石塚まで運行する1路線のみです。
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masa@伊勢市 です。
Mailto:mas...@tcp-ip.or.jp
> 私自身は三条京阪発近江今津駅行(京阪バス)とか京都駅発大和八木
> 駅行(奈良交通)とか梅田発近鉄奈良行(近鉄バス)とかいったマイナ
> ーな長距離バスに全線乗ってみたい、と思っていましたが、ついつい二
> の足を踏んでいるうちに路線自体が廃止になってしまいました。
> 残っている身近なところでは、1年のうち、5月の3,4,5日の3日間
> しか運行されないらしい三条京阪発(近江鉄道)日野駅行の近江バスに
> 乗ってみたい、という気はありますが、、、
今はなくなってると思いますが、休日のみ1日1往復の京都駅八条口~水口の滋
賀交通バスに京都駅八条口から乗ろうとすると、最初運転手に「趣味で乗るにし
ても草津駅まで電車で行ってそこから乗ってください」「普段はお客さん乗って
ないのに今日だけ乗られたら勘が狂う」と言われてどうしようかと困ったのです
が、結局乗せていただき、途中の草津駅ではジュースの差し入れまでいただきま
した。
> 話は飛びますが、「全線乗り通す人はまずいないだろう」ということ
> では特急【白鳥】も怪しいものだと思います。まあ、学生の休みシーズ
> ンなら北海道へ行くのに、とも考えられますが、でも今なら学生でもス
> カイメイトや早割買って行く方が多いでしょうね。私が学生の頃は急行
> 〔きたぐに〕(当時は大阪-青森間運転)が常識で、【白鳥】に乗ろう
> ものなら「ゼイタクだ!」と白い目で見られたものですが。
> 後、酔狂で米原発熱海行という、「JR東海区間完全各駅停車」列車
> に18きっぷで全区間乗り通したことがありますが、意外にも同じことを
> する客が多かったのには驚きました。もっとも、これらの客は酔狂では
> なく、快速や新快速に乗ったところで豊橋や浜松に先着してもそこから
> 先は普通になってしまい、結局熱海に着くのは同じ、ということになる
> ので、それなら乗り換えせずにすむ方を、という選択をしたのだと思い
> ます。
私の高校の修学旅行(昭和56年)の行き先は北海道でしたが、京都から青森まで
白鳥に乗り通しました。しかも坂町(新潟県)で線路冠水のため9時間立ち往生
というおまけ付きで。
京都市伏見区 鳥居 健
>今はなくなってると思いますが、休日のみ1日1往復の京都駅八条口~水口
>の滋賀交通バスに京都駅八条口から乗ろうとすると、
ちょっと話題がそれますが・・・。
浜大津~水口間で滋賀交通バス路線が現存していますが、通過するはず
の国道1号線沿いのバス停に時刻表はありません。不思議です。
>「普段はお客さん乗ってないのに今日だけ乗られたら勘が狂う」と言われてどうし
>ようかと困ったのです
おいおい、これは、タクシーの乗車拒否同様の運転手の完全な職務放棄では
ないかいな。
M Hayashi wrote in message <6ji6i1$p...@martini.tcp-net.ad.jp>...
>>今はなくなってると思いますが、休日のみ1日1往復の京都駅八条口~水口
>>の滋賀交通バスに京都駅八条口から乗ろうとすると、
> ちょっと話題がそれますが・・・。
> 浜大津~水口間で滋賀交通バス路線が現存していますが、通過するはず
>の国道1号線沿いのバス停に時刻表はありません。不思議です。
大津旧市街地では、浜大津、大津駅を除き一時間一本程度有った頃の
儘でどの停留所も放置されております。
路線図にも「名神高速經由」、「湖岸・近江大橋經由ノンストップ」
等、その時代の物がその儘残されています。
まあ、これも休日のみ一日一往復(※)ですので・・・。
これに関しては、何処も停留所が他社と共通の為、乗客はそれなりに
乗っている事が多いです。あくまで「それなりに」ですが。
(※:この便の他に、大津駅にて午前九時三十分頃、草津駅行を目撃。
短縮の上、時刻変更されただけかも知れませんが。)
昨年辺りまでは元記事の路線の四条堀川や国道山科、緑ヶ丘と云った
京都市内の停留所も残っていたのですが、撤去されてしまいました。
現在は帝産バスの停留所が同様の状態になっております。
石山駅の「京都三條大橋」の欄は空になっていますが、途中の国道の
停留所やその「京都三條大橋東北詰」は完全に放置されています。
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奥村 定征
shi...@mbox.kyoto-inet.or.jp
hat...@pop07.odn.ne.jp
> 一応、国鉄時代には烏山と茂木を結ぶ国鉄バス路線が
> ありました。私がこの両線の乗りつぶしをやったときは
> このバスのおかげで効率よくやれました。しかし、今で
> は茂木から宇都宮への路線しか無くなってしまったよう
> です。
烏山-茂木間のJRバスは、その後直通がなくなって全便
途中の須藤乗換になったあと、南側が茂木町営バスに転換
されました。転換後もしばらくは乗換によって烏山-茂木間の
バス交通は保証されていたようですが、現状は不明です。
#因みに私の初乗車は須藤乗換のころでした。
In article <41E6331B...@yahoo.co.jp>, "Sawaki, Takayuki"
<fi_s...@yahoo.co.jp> wrote:
> > Sawaki, Takayuki wrote:
> > > 常総線での快速列車の運行がようやく検討されているそうです。電化は
> > > なかなか難しいでしょうけど。
> > > #下館から東京に通勤する人が出るのかな?
(中略)
> #どうせなら「いそかぜ」の車体を買い取って、通勤特急「常総」とでもしてTX
と差別化を
> #図るとか?もっとも車体のガタが……
長らくつんどくになっていた「茨城の民営鉄道史」(中川浩一著、筑波書林、19
81)をようやく真面目に読んでいるところですが、常総線の記述の中で、昭和32年
7月から特急「しもだて」というのが走っていたことを初めて知りました。随分昔
に、そんな優等列車が走っていたんですね。
で、検索してみたら、それについて言及しているページがいくつか見つかりまし
たが、それらにもあるとおり、東北線の電化(昭和34年)と取手を糸口とする通勤
客(水海道辺りまでか)対応を優先したために、「しもだて」は数年で運行は取り
やめられたんですね。
ということで、常総線の快速列車は、実は約40年ぶりの優等列車の復活だったん
ですね。
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\\ … 佐脇貴幸
\☆ /\/\ ・ ・ fx_s...@yahoo.co.jp
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