昨晩、NHKスペシャルの「学級崩壊」見ました。
学校の現状と教師の苦悩はよく分かった。
先生の「静かに!」・・・・
が、まったく通用しない子供達がどんどん増えて
いることはよくわかった。
ああ、これじゃあ「黙って清掃しろ」なんて言ってら
れるレベルじゃないな・・・・
しかし、おかしな子供達を多く排出するような家庭
環境については、ぜんぜん触れられていなかった。
一番肝心な部分が欠落してる。
いま、家庭の躾はどうなっているんだ?
カメラが、家庭の中までは入れないことは、分かる。
でも、先生も、レポーターも、一言も家庭の問題に
触れないのは、なぜなんだろう?
一応、体罰は禁止されてるから、教師は殴れない
けれども、あれ見てたら、殴ってでも言うこと聞か
せるべきだ、と思った。
でも、なぐって静かにさせれば、たぶん、何人かは
不登校になるだろうな・・・
などと思いながら見てました。
NHKスペシャル「学級崩壊」を見た方、感想を聞か
せてください。
僕は、あの子達の親と同世代です。家庭のしつけなんてしてないで
しょう。しつけの仕方を誰も教えてくれなかったもの。
子供の教育ではなく、「仕方」を教えられていないと何もできない
親をどのように教育するかという問題でしょう。
> カメラが、家庭の中までは入れないことは、分かる。
> でも、先生も、レポーターも、一言も家庭の問題に
> 触れないのは、なぜなんだろう?
きっと、NHKの内部で家庭問題を扱う部署は別にあって、
そこに配慮をしたんじゃないかなぁ。でも、非常に不自然でしたね。
> NHKスペシャル「学級崩壊」を見た方、感想を聞か
> せてください。
1.子供への義務教育をやめる。
2.国家制度による自治体実施の無料教育は残す。
3.よって、希望する親は無料で教育を受けられる。
4.希望する親は毎日学校に通ってよい。
5.教師は子供に教育をするのではなく、
親に、子供の教育方法を教育する。
過激でしょうか。
ほかの人が「静かに!」というと、どうなるかの
コントロールが抜けていたのでは?
#トイレに行っている間に見過ごしたかなぁ。
1,2ヶ月前に放映されたクローズアップ現代という
番組でも、学級崩壊についてレポートしてましたヨ。
#こどももひとをみるんですねぇ。
SINCERELY, ‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾
KABATA, Hiroyuki in Group Mol. Genetics,
Lab. Micromachine Eng., Kyoto Univ.
You can reach me at kab...@mech.kyoto-u.ac.jp.
‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾ PERIOD ‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾
いずれにしても教師の力量が問われるわけですね。やはり。
KABATA, Hiroyuki wrote in message ...
>In article <6mejrg$62v$1...@spa.infovalley.ad.jp>,
>"OGIN" <og...@valley.ne.jp> wrote:
>> 先生の「静かに!」・・・・
>> が、まったく通用しない子供達がどんどん増えて
>> いることはよくわかった。
>
> ほかの人が「静かに!」というと、どうなるかの
>コントロールが抜けていたのでは?
>
>#トイレに行っている間に見過ごしたかなぁ。
>
> 1,2ヶ月前に放映されたクローズアップ現代という
>番組でも、学級崩壊についてレポートしてましたヨ。
>
>#こどももひとをみるんですねぇ。
加畑さん、言いたいことをもっと明確に表現してもらえないかな。
加畑さんは、あの番組を見て、教師はもっと積極的に子供を指
導して(命令して)子供達の行動に積極的に介入すべきだ、と
思ったのですか?
もし、そうすれば、あんな学級崩壊は起こらない、と思ったわけ
でしょうか?
私自身は、放映された教師たちを見て、「子供の心に耳を傾け
よう!」という指針に金縛りされていて「強制すべき時にも強制
できない教師たち」を感じたし、実にもどかしい感じがしたことは
確かです。
もし、あなたが、あの番組を見て、学校や教師のやり方に疑問
を感じたのであれば、ぜひ、率直な感想なり意見を聞きたいで
すね。
願わくば、その時にはもっと、わかりやすい表現でお願いします。
ほかの人---「静かに!」と注意したひと以外の教諭、たとえば
一般例として、よそのクラスの担任、保健室の先生、
校長先生など、あるいは、
「静かに!」と注意したひと+クラスの子供(たち)
とのペア。
コントロール---対照実験。
ほかの人が「静かに!」と注意した場合に、その注意が「まったく
通用しない」のか、あるいは通用したのかというコントロールが結論
を得るに十分取られていたのか否か、という主旨です。
> 加畑さんは、あの番組を見て、教師はもっと積極的に子供を指
> 導して(命令して)子供達の行動に積極的に介入すべきだ、と
> 思ったのですか?
いえ。
わたしは、コントロール(比較対照)なくして、
1)先生の「静かに!」が子供たちにまったく通用しない
2)通用しない子供たちが増えている
3)それがおかしな子供達である(+おかしなの定義)
と、どのようにして「よくわかったのか」が、不明だと思ったの
です。
その論拠が明確に表現されていればよかったのですが。
#わたしが、番組内で明確な表現をもちいて説明されていた
シーンを、長いトイレに行っている間に見落とした可能性は
大。
In article <6mejrg$62v$1...@spa.infovalley.ad.jp>,
"OGIN" <og...@valley.ne.jp> wrote:
>一番肝心な部分が欠落してる。
のは、コントロール(比較対照)ではなかったか(続く)
>NHKスペシャル「学級崩壊」を見た方、感想を聞か
>せてください。
(続き)というのが、感想です。
欠落しているのは、「静かに!」がまったく通用しない
のかどうかの決定それ自体では?
>
>NHKスペシャル「学級崩壊」を見た方、感想を聞か
>せてください。
>
家庭、学校の甘やかしが最大の原因だと思います。
Kazuhiro Iida wrote:
私の個人的意見では、家庭の責任も大きいと思うけど、どちらかというと、
幼稚園の責任(表現きついな)が問われるべきのような。
家庭では、人とのかかわり方なんか、教えても限界あるでしょう。
今の幼稚園って、何も教えないもの。それが流行らしい。
1回、見に行ったことあるんです。
あっちでウサギを見てて、こっちで絵を描いてて、あっちで、こっちで、
私は休み時間なんだと思いました。そしたら、授業中でした。
自分がやりたきゃやるし、やりたくないことはやらない。
それだけ教わってくるんじゃないかな。
だから、自分の「自由」を脅かすものは許さない。
たとえ先生でも。それがずっと、9年間続くんですね。
--
+---------------------------------------+
+ Mac & HP200LX & Bike +
+ Kazuhiro Iida 飯田和宏 +
+ +
+ k...@macintosh.co.jp +
+ nd4k...@asahi-net.or.jp +
+---------------------------------------
> 私の個人的意見では、家庭の責任も大きいと思うけど、どちらかというと、
> 幼稚園の責任(表現きついな)が問われるべきのような。
> 家庭では、人とのかかわり方なんか、教えても限界あるでしょう。
> 今の幼稚園って、何も教えないもの。それが流行らしい。
でも、その幼稚園を選択したのは親ですよね。すると、その「需要」
の方を問題にすべきで、つまり、今、親をやっている人達は幼稚園に
何を期待しているのかということだと思うのですが。もちろん裏を返せば
自分達は親としてどうしたいと思っているのかということですね。
幼稚園に通うことによって、どのようなメリットがあるとみなさん考えて
おられるのでしょうか?
というか、幼稚園とは何なのでしょうかね?
# 実は私は幼稚園にも保育園にも通わせてもらえなかったので、
# これらは全く未知の世界なのです。ですので後者は純然たる
# 私の好奇心からの質問ですが。
> 1回、見に行ったことあるんです。
> あっちでウサギを見てて、こっちで絵を描いてて、あっちで、こっちで、
> 私は休み時間なんだと思いました。そしたら、授業中でした。
> 自分がやりたきゃやるし、やりたくないことはやらない。
> それだけ教わってくるんじゃないかな。
質問ですが、ある特定の一時限(?)と言うのではなく、幼稚園にいる時間
全部がそういう状態なのでしょうか? だとしたら大金払う価値はないなあ。
うちの外で遊ばせとけばすむ話だもの。
------------------------------
土井 考爾 DOI, Koji
------------------------------
家庭の躾は内的に言えば二つです。
1、「おかあさんこれなーに」という知的好奇心を育てること
できなければ、殺さないこと
2、子供の愛を育てること、自分、おかあさん、お父さん、兄弟、
家庭、友達、学校、社会、国、人類というふうに育っていく愛を
見つめて、育むこと、できなければ、殺さないことです。
OGIN wrote in message <6mejrg$62v$1...@spa.infovalley.ad.jp>...
>OGINです。
>
>昨晩、NHKスペシャルの「学級崩壊」見ました。
>学校の現状と教師の苦悩はよく分かった。
どうやら、あの教師たちは
「子供にも人権がある」だの「暴力では何も解決しない」
だのといったタワゴトを本気で信じてるらしいです。
見ているこっちが情けなくて、泣けてくるわ。
そんな信仰が、あんなサル山のサル以下の
ガキを拡大再生産していることに気づかないんだろうか。
そんな連中が何人よってたかって「教育」しようと、
一匹のケモノを一人前の人間に仕立てることなんて
できるはずがない。
ああいう教師百万人より、一本のムチや一匹のシェパード犬の方が
よっぽど役に立つ。
>
>カメラが、家庭の中までは入れないことは、分かる。
>でも、先生も、レポーターも、一言も家庭の問題に
>触れないのは、なぜなんだろう?
それ以外にも気になった点として、
・学級は崩壊したら、最後までそのままなのか。
・学級崩壊が終息した例はあるのか。
・そんな例があるとしたら、どのような経過で終息したのか。
という疑問がわきました。
それらの問題に触れることによって、結果的に、体罰を肯定してしまうことを、
番組製作者が恐れての処置ではないか、と邪推しております。
早く言えば「家庭における体罰だけが、問題を解決したのではないか」
ということです。
どなたか、ああいった問題が上手く解決された実例をご存知の方は
おられるでしょうか。
番組にあったように、親子で遊ぶだけで学級が正常化される、
とは思えないのですよ。
#あの描写は番組製作者のビジュアルな詐術だよな。
>
>NHKスペシャル「学級崩壊」を見た方、感想を聞か
>せてください。
#ああやって甘やかされた子供たちが、ある日いきなり金属バットで
#殴り殺されたりすることを考えると、
#一番の被害者は子供たちなのかな、と思いました。
#それぐらいなら、一年に一度、児童から一人を選んで、校庭で、みんなの前で
#殴り殺す儀式でもやった方が、よっぽど人道的じゃないだろうか。
#「いじめ」ってのは、それを自発的にやっているだけ、だったりして。
#おっと、「学級崩壊」ってのは「いじめ」の標的が教師になった例なのかもね。
古川「眠い」二一でした。
*読書案内*
オースン・スコット・カードの小説「辺境の人々」に、徹底的に、なめられた
教師が登場しています。あまり参考にはならないでしょうが・・・
KABATA, Hiroyuki wrote in message ...
>In article <6mfufo$lov$1...@spa.infovalley.ad.jp>,
> わたしは、コントロール(比較対照)なくして、
>1)先生の「静かに!」が子供たちにまったく通用しない
>2)通用しない子供たちが増えている
>3)それがおかしな子供達である(+おかしなの定義)
>と、どのようにして「よくわかったのか」が、不明だと思ったの
>です。
> その論拠が明確に表現されていればよかったのですが。
それは、私が、あの番組を見て、全体を通して感じた印象です。
個々の事象を細かく検討した結果導き出した結論ではありません。
私の意見は私という主体の経験に依存していて、まったく主観
的なものです。わたしの意見の持つ重さは、それ以上でもそれ
以下でもありませんので・・・・。
ですから、私の意見にそんなにこだわる必要はないと思います。
In article <kabata-2006...@bunny218.mech.kyoto-u.ac.jp>,
kab...@mech.kyoto-u.ac.jp says...
(略)
>ほかの人が「静かに!」と注意した場合に、その注意が「まったく
>通用しない」のか、あるいは通用したのかというコントロールが結論
>を得るに十分取られていたのか否か、という主旨です。
番組の中ではそこまでは触れられていなかったと思います。
ただ「生徒の指導のうまくない教員」というのは昔からいました。
その時はそうした教員の力量をいかに高めるかが主要な問題でし
たし、場合によっては学級担任を差し替えるというような対応も
可能だったと思います。
それが敢えて「学級崩壊」というような言葉が使われるようにな
ったのは、ここ数年、誰が指導してもうまく行かないという状況
になってきたからだと思います。
たぶんあの番組はそうした今の状況を前提に制作されたのだと思
います。
(略)
--
小川 正城 e-mail:og...@mine.ne.jp
すなおに番組の趣旨に従うとしたら、
最後のアナウンスでいっていたけど、
「原因不明」につき、追求不可能ってことかな。
むしろ、原因がありすぎて何を取材していいのかわからない状態
と思います。
およそ、NHKスペシャルたるもの問題定義 → 解の指針が
常だったけど、最近、問題定義だけのも多いね。
(廃棄パソコンのこととか)
もっとも解の指針が見つかるぐらいだったら、どうしてそんなに
問題が深刻になってくるんだと思えてくることが多々あるけど。
解の指針がさらなる問題を投げかけてくること多々有りですね。
(ダイオキシン問題とか)
それで、
> 5.教師は子供に教育をするのではなく、
> 親に、子供の教育方法を教育する。
まずは、情報公開からですね。
NHKはそれを率先してやったんだと思います。
問題の定義と、それに対する先生方の取り組みを紹介しました。
じゃ次に 我々父兄がやるべき事はなんでしょうね?
学校と地域の連帯の強化かな?
by 中村耕太朗 (「朗」の字注意)
すいません。独身なので問題定義しかできませんでした。
小野謙二 wrote in message <6mg8kg$c0f$1...@nn-tk001.ocn.ad.jp>...
>
>>
>>NHKスペシャル「学級崩壊」を見た方、感想を聞か
>>せてください。
>>
>家庭、学校の甘やかしが最大の原因だと思います。
>
おなじく 他の一連のNHKの番組によると
切れる少年たちから聞こえてきたのは、
「将来への漠然とした不安」
だったと思います。
「やりたいことがない」
とも。
小学校の「学級崩壊」との関連を無視できないのでは?
あと、NHKクローズアップ現代でのレポートによると、
学級崩壊が生じる原因は、一部の教諭により無意識の
うちに経常的に行なわれている
1)バイアスのかかったの学童への応対
2)評価の2値化(見かけがまじめ=いい、見かけが不まじめ=悪い)
3)1,2を担当教諭が是正できないでいること
への、学童のあきらめ・見放しでしたネ。
なるほど。
もし、「学級崩壊」していないクラスがあるなら、それとの比較
によってこそ、説得力のある、崩壊した原因+学級の建て直し策が
見いだせそうですネ。
#ところで「生徒の指導のうまくない教員」の割合と、経年増減率
のデータって公開されているのでしょうか。。。そもそもどうやって
評価してらっしゃるのだろう???(独り言)
> たぶんあの番組はそうした今の状況を前提に制作されたのだと思
> います。
なるほど^2。フォロー戴きありがとうございました。
KABATA, Hiroyuki wrote:
> In article <TATSUMI.98...@qed.kake.info.waseda.ac.jp>,
> tat...@kake.info.waseda.ac.jp (TATSUMI Takeo) wrote:
> > 3.よって、希望する親は無料で教育を受けられる。
> > 4.希望する親は毎日学校に通ってよい。
> > 5.教師は子供に教育をするのではなく、
> > 親に、子供の教育方法を教育する。
>
> いずれにしても教師の力量が問われるわけですね。やはり。
>
> SINCERELY, ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
> KABATA, Hiroyuki in Group Mol. Genetics,
> Lab. Micromachine Eng., Kyoto Univ.
> You can reach me at kab...@mech.kyoto-u.ac.jp.
> ~~~~~~~~~~~~~~~~ PERIOD ~~~~~~~~~~~~~~~~~
あなたは一度、教師をやってみるといい。
世の中の人みんなが、教師をやってみると言い。
> どうやら、あの教師たちは
> 「子供にも人権がある」だの「暴力では何も解決しない」
> だのといったタワゴトを本気で信じてるらしいです。
> 見ているこっちが情けなくて、泣けてくるわ。
> そんな信仰が、あんなサル山のサル以下の
> ガキを拡大再生産していることに気づかないんだろうか。
殴ったって蹴ったって黙らないやつは黙らないよ(笑)それに、
40人対1人なんだから、暴力で決着つけるのは無理ってものさ。
暴力で解決するんなら、子供だって暴力で解決して排除したって
いいじゃん。勝てないよお、40人もいたら。
ガキをしつけて、「気に入らないからって、自分勝手に暴れたり、
暴力に訴えたりしちゃだめだ」って教え込むのに、目の前で、
その反対を実演しろって言うのか。面白いなあ。
もう少し考えてから投稿したらどうですか?
そして、あなたは、教師という役割を演じたことがあるんですか?
--
しどり ともき
Logic & Philosophy of Sience
tshi...@waragai-lab.hss.titech.ac.jp
ryota wrote:
> あなたは一度、教師をやってみるといい。
> 世の中の人みんなが、教師をやってみると言い。
逆のほうが現実的ではないだろうか。
>
>
>どうやら、あの教師たちは
>「子供にも人権がある」だの「暴力では何も解決しない」
>だのといったタワゴトを本気で信じてるらしいです。
>見ているこっちが情けなくて、泣けてくるわ。
>そんな信仰が、あんなサル山のサル以下の
>ガキを拡大再生産していることに気づかないんだろうか。
>
昔は、サル山教育は、兄弟も多かったし、近所の子供どうしよく遊んだりして、
人間になるための、基礎ができていました。今は、少子化ですので、
小学校で、サル山の教育をしているのだと思えば、あまり深刻になることはないので
は。
問題は、暴力はいけないとか、・・・・・・はいけないとかで、自由なサル山を体験
させないことです。
また、親、教師の権威を認めさせる教育も必要だと思います。
権威というと、猛烈に反発する人がいると思います。
そんな、難しいことでなく、「躾けやルールを絶対守らせる」と言うことです。
教師も一労働者だの、人間として、生徒も教師も平等だのの議論は、大学生にしま
しょう。
「静かにしましょう」では、聞いてくれません。これは、教師の指導力でなく、生徒
の問題です。
自分は、クラスの一員だという概念がないのです。従って、自分に関係ないとみるよ
うです。
聞いてもらうには、「OOさん静かにしなさい,XXさん静かにしなさい、・・・・
・さん静かにしなさい」
と言う必要があります。
サル山教育を何処でするか、真剣に考える時期だと思います。
保育園(幼稚園と違い、人手がすくないので、ほったらかし)にやった子供は
切れにくいとの説があります。この仮説は検証の価値があると思いますが。
やはりしつけのし方というのは、自分で考えるべきでしょう。
しつけというのは、これをしなさいというものではなくて、その時その時によっ
て違ってくる。
また、時代によっても違うでしょう。
子どもに応じた、また、その時その時に応じたしつけが必要でしょう。
子どものを育てる責任は、今のところ、第1に親にあります。
しつけの仕方を教えてもらえなかったから、わからないというのは、親の責任逃
れではないでしょうか。責任を持って、子どもを育ててもらいたいです。
すいませんえらそうなことばかり言いました。私も8月に父親になります。
自分でも責任を持って育てられるかどうか不安です。
学級崩壊を防ぐために、どのような「教師」を
一度やってみたら、およろしいでしょうか?
ご提言を。
*japan.guchiでお待ちしてます。きりつれいさようなら。
SINCERELY, ‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾
KABATA, Hiroyuki in Group Mol. Genetics,
Lab. Micromachine Eng., Kyoto Univ.
You can reach me at kab...@mech.kyoto-u.ac.jp.
‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾ PERIOD ‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾
SHIDORI Tomoki wrote in message ...
>
>殴ったって蹴ったって黙らないやつは黙らないよ(笑)それに、
>40人対1人なんだから、暴力で決着つけるのは無理ってものさ。
>暴力で解決するんなら、子供だって暴力で解決して排除したって
>いいじゃん。勝てないよお、40人もいたら。
「たった40人」だってことを思い知らせてやるべきではないですかねぇ。
教師はその背後にある社会秩序、イデオロギーの代表です。
それを考えれば、子供ってのは少数派でしょうが。
そして、学校は、イデオロギーを子供に叩き込む装置でしかない。
で、学校がその役割さえ果たせないようなら、
イデオロギーが深刻な矛盾に直面しているってことを
意味してるんじゃないですかね。
>
>ガキをしつけて、「気に入らないからって、自分勝手に暴れたり、
>暴力に訴えたりしちゃだめだ」って教え込むのに、目の前で、
>その反対を実演しろって言うのか。面白いなあ。
私は暴力を絶対否定する気はありませんがね。
暴力に秩序と規律を与えるべきだ、と主張しております。
あなたが暴力を否定されるのは結構ですが、それは、
無秩序な暴力を秩序の暴力で制圧した後でしか
有効ではありえませんよ。
>
>もう少し考えてから投稿したらどうですか?
どんな反論が出るか、ぐらいは考えています。
しどりさんの投稿は私の予想範囲内でした。
次に期待しております。
>
>そして、あなたは、教師という役割を演じたことがあるんですか?
「先輩」になったこともありますし、
アルバイトで、子供の「群れ」と関わったこともあります。
テントの張り方や飯の炊き方、といった直後に役に立つ「教育」
だったんで、秩序を乱す子供は、いつも少数派でした。
秩序を乱す少数派が存在する、ってことは、ある意味、社会が
健康であるということの証明ですが、それが
多数派になると・・・
///
古川 二一でした。
小野謙二 wrote in message <6mih0e$7k0$1...@nn-tk001.ocn.ad.jp>...
>昔は、サル山教育は、兄弟も多かったし、近所の子供どうしよく遊んだりして、
>人間になるための、基礎ができていました。今は、少子化ですので、
>小学校で、サル山の教育をしているのだと思えば、あまり深刻になることはないの
で
>は。
せめて、違う学年の子と交流する機会があれば、
少しは本物のサル山に近づけるのではないか、と思うのですが。
///
古川 二一でした。
TATSUMI Takeo wrote in message ...
>OGIN <og...@valley.ne.jp> writes:
>
> 1.子供への義務教育をやめる。
> 2.国家制度による自治体実施の無料教育は残す。
> 3.よって、希望する親は無料で教育を受けられる。
> 4.希望する親は毎日学校に通ってよい。
> 5.教師は子供に教育をするのではなく、
> 親に、子供の教育方法を教育する。
>
>過激でしょうか。
過激ですが、政治的な問題なのでは・・・
くらげ
--
いわさきだい
その場の人数がすべてですからねえ、ああいう子供は。
> そして、学校は、イデオロギーを子供に叩き込む装置でしかない。
> で、学校がその役割さえ果たせないようなら、
> イデオロギーが深刻な矛盾に直面しているってことを
> 意味してるんじゃないですかね。
イリイチみたいなことを言われても困っちゃうんですが。
> 私は暴力を絶対否定する気はありませんがね。
> 暴力に秩序と規律を与えるべきだ、と主張しております。
> あなたが暴力を否定されるのは結構ですが、それは、
> 無秩序な暴力を秩序の暴力で制圧した後でしか
> 有効ではありえませんよ。
秩序の暴力、面白い言葉ですね(笑)。
#それだけ古川さんが正直という考え方もあるな。
僕は暴力と、それを止める力としての「武」を明確に区別して
もらいたいと思います。言葉の問題ですが、そういうのに
暴力という言葉を使われると困ります。
#暴力は、「理」を伴わない力なのではないですか?
殴り方も知らずに、生徒の鼓膜を破っちゃうような教師に、
腕力を使用する資格はないです。今のガキどもがへんであ
るのと同様に、教師もへんになっていることをお忘れなく。
>
> 「先輩」になったこともありますし、
> アルバイトで、子供の「群れ」と関わったこともあります。
> テントの張り方や飯の炊き方、といった直後に役に立つ「教育」
> だったんで、秩序を乱す子供は、いつも少数派でした。
暴力で押さえ付けたんですか?使わなかったでしょう?
役に立つ教育だったから、おとなしくしてくれたと思ってるん
ですか?どうしておとなしくあなたのいうことを聞いたのか、
考えてみるとよろしいでしょう。
教えるほうが、教わる側を「屈服させる」「支配する」のは必要ですが、
そのために常に腕力が必要なわけではないですね。
なんとなく思ったのですが、古川さんは、
「支配する」=「暴力で支配する」
と思ってるんじゃないですか?僕はそのような考えを持っていません。
さて、僕の妻は教師をしているんですが、「学級崩壊」における
生徒の落ち着きのなさは、彼女に言わせると、ホラーのように
怖かったそうです。子供に、畏れる心がないように感じられる
んですね。生徒は、うるさいのはうるさいのですが、ああいう
異質なうるささではないですね。
腕力で何とかなるようにはとても思えません。腕力をふるわれ
た意味がわからないかもしれないですね。
#殴られてもきょとんとしてるんだろうなあ。
OGIN wrote in message <6mejrg$62v$1...@spa.infovalley.ad.jp>...
>
>一応、体罰は禁止されてるから、教師は殴れない
>けれども、あれ見てたら、殴ってでも言うこと聞か
>せるべきだ、と思った。
>でも、なぐって静かにさせれば、たぶん、何人かは
>不登校になるだろうな・・・
>などと思いながら見てました。
>
>NHKスペシャル「学級崩壊」を見た方、感想を聞か
>せてください。
学校で子供相手に殴るわけにはいかないでしょうが、キレますね。あの動物園状
態は。
くらげ
SHIDORI Tomoki wrote in message ...
>
>秩序の暴力、面白い言葉ですね(笑)。
>
>#それだけ古川さんが正直という考え方もあるな。
もっと誉めてください(笑)いくらでも正直になりますよ。
>
>僕は暴力と、それを止める力としての「武」を明確に区別して
>もらいたいと思います。言葉の問題ですが、そういうのに
>暴力という言葉を使われると困ります。
私はそれらを全く同じ物だと思っています。
都合の良い暴力と、都合の悪い暴力があるだけで・・・
まぁ、どうしても、とおっしゃるのなら、「暴力」を
「力」に訂正してもいいですよ。
>
>#暴力は、「理」を伴わない力なのではないですか?
>
自分勝手な「理」をてんでばらばらに主張している状態が
問題になっているのではないですかね。
「弱肉強食」以外、「理」なんて恣意的なものですよ。
自分には「理」がある、自分は「武」である、などと思い込み、
疑おうともしない「力」こそが、最悪の暴力なのでは
ないですか。
キャッチ22じゃありませんが、自分が「理」であると
主張する「武」は、たいてい「理」でも「武」でもない。
良い実例がいるじゃありませんか。
>殴り方も知らずに、生徒の鼓膜を破っちゃうような教師に、
>腕力を使用する資格はないです。今のガキどもがへんであ
>るのと同様に、教師もへんになっていることをお忘れなく。
>
全く、嘆かわしい限りです。眼鏡をかけている子には、ちゃんと
「眼鏡をとれ」と言ってから、しかるのちに殴りましょう。
>
>暴力で押さえ付けたんですか?使わなかったでしょう?
暴力を使うまでもありませんでしたからね。
とんでもないバカな子供が一人いまして。そいつが私が「やるな」
と言っておいたことをやって、私の目の前で下水に吸い込まれそうになった
ことがありました。
あの時は血の気の引く音が聞こえましたよ。今思い出してもゾッとする。
その子は私をからかうつもりだったんで、私がなめられていたんでしょうね。
もう一度あんなことがあれば、その時は迷わず暴力で押さえつけます。
>
>役に立つ教育だったから、おとなしくしてくれたと思ってるん
>ですか?どうしておとなしくあなたのいうことを聞いたのか、
>考えてみるとよろしいでしょう。
そう言わずに、御教授願えませんか。
いかにして秩序は創設され維持されるのか、について、しどりさんの
ご意見をうかがいたい。
>
>教えるほうが、教わる側を「屈服させる」「支配する」のは必要ですが、
>そのために常に腕力が必要なわけではないですね。
そのとおりです。「力」は適切なタイミングで、適切な量だけ
使えば、最小で済むものです。
それも「理」ですかね。
>
>なんとなく思ったのですが、古川さんは、
>
>「支配する」=「暴力で支配する」
>
>と思ってるんじゃないですか?僕はそのような考えを持っていません。
おおむね、そのとおりです。ただし、私は「暴力」に価値判断を加えません。
「秩序」も「法」も「権力」も暴力の呼び名が変わったものだと
見なしております。
そこらへんがお互いの食い違いの原因なのでしょう。
>
>腕力で何とかなるようにはとても思えません。腕力をふるわれ
>た意味がわからないかもしれないですね。
最初はみんなそうですよ。犬の訓練と同じようなものです。
子供は明確なご褒美と明確な懲罰とで、
世界を意味付けていくんです。
>
>#殴られてもきょとんとしてるんだろうなあ。
>
いきなり「理」だの「武」だのを吹き込んだ方が、
よっぽどきょとんとするでしょう。
いや、無視して遊びほうけるでしょうね。
#それにしても、あのシリーズは、見事に、二回とも「遊び」で締めてくれました
ね。
#あれで解決を暗示しているつもりなんだろうか。予想したとおりだったんで、
#見ていて暗澹とした気持ちになりました。
///
古川 二一でした。
そうでしたかぁ?
でもあのクローズアップ現代ご覧になってらしたんですネ、
よかった。
わたしの「感想」は、学級崩壊に関する解析って簡単でない
と思っていましたが。「感想」が異なりますね。
#教育学研究者や、懸命に問題に取り組んでおられる
大多数の教師の方々は、解析を先になさるのでは?
簡単であろうとなかろうと。だから尊敬しているのですが。。。
ところで、対象実験ってのを放映した/今後する予定ある
んですか?あるいは研究報告がなされているのですか?
わたし見逃してましたが。
>この場合のバイアスとは、どういう意味ですか?
>「バイアスのかかった」状態は、具体的にはどういう状態でしょうか?
一部の教師による自覚症状のない、一部の生徒への
えこひいき+ほかの一部の生徒への理解の不足、それ
による学童の反発。結果として学級の崩壊を誘起する
状態、と解釈しました。
>「評価の2値化」って、何ですか?
一部の教師による生徒の評価のうち、その教師の主観
によってのみ分類されるグループが2つしか存在しない
こと。それらは教師の価値観に合致するかしないかの2
つ。価値観をどの程度満足するかの決定値の幅は狭い。
また、それ以外のグループ分けに気づかないこと、
と解釈しました。
>評価の2値化を是正すると、「見かけがまじめ=いい、見かけが
>不まじめ=悪い」という評価はどのように変化するのでしょうか?
昔のボキャブラ天国ご覧になってました(笑)。
あのバカパクとかいう座標ご存知?
クローズアップ現代では、生徒の評価に適するような
座標を設けてましたよね。座標軸のラベルは失念し
ましたが、おぼえてらっしゃいます?
多方向の評価のベクトルが生じてましたよね。一方、
評価の2値化を無意識に行なっている一部の教師のベク
トルは2つ。
> ところで、この学級崩壊の解決の実績についてレポートは
> 出てますか?そこらへんのデータもあればぜひ。
あれ、ご覧になってないのですか?錯誤してました。
たしか、真摯に学級崩壊に取り組む教師の方々が、
1)複数の先生とのグループディスカッションをとおして
2)(失念しましたが)ある教育研究者とのカウンセリン
グによって、
自己の学童への評価方法にどのような問題点があったか、
今後どう学童と接していくかを見いだすというアプローチ
でした。実績(?)有りというコメントだったようでしたが、
記憶に自信ありません。
#ききめにばらつきがあるのでは?
オリジナルの番組をご覧になったほうが、直接的(誤解
が生じにくいという意味)では?
#氏は冷静に受け止めてらっしゃると思いますが、念のため、茶々
入れではありませんので。
もし、氏が学級崩壊を解決する努力を実際になさっておられる方で
したら、対照の対象になり得るのでは。
> 学級崩壊が起きる原因が分析され、それを未然に防ぐ方法や、
> 今、混乱してる学級を立て直すために有効と思われる手段が
> あるのならぜひ詳しく説明してほしいと思います。
sorry omitted
> でも、もう大丈夫。対象実験で、原因解明は進んでるらしい。
対象実験で原因解明が進んでいて、もう大丈夫なんですネ!
それは初耳。じゃ、あとは結果待ちですね。
japan.guchiにて楽しみにしてます。
#スレッドのどこかで私見を述べませんでしたか?
もし原因が分析される前に、感想によってのみ、こどもが
なぐられたとしたら、学級崩壊に「一生懸命取り組んでらっしゃ
る」大多数の先生や研究者の方々の足を引っ張りかねません。
わたしそれだけはゴメンです。
IWASAKI Dai wrote in message <6mjrqn$fhv$1...@venus.tristan.sakai.osaka.jp>...
「交流がない」というのは語弊がありましたね。ちょっと古い話なんですが、
バイト先にはありましたから。
ただし、それも、本人や本人の親が望まない限り、避けようと思えば
避けられる程度のものでした。
ですから、それが最も必要なんじゃないの、と思われる子供には
「交流」はほとんど皆無になっているのではないでしょうか。
年上なだけ、体がでかいだけ、で自分を偉いと思っている奴と
つきあわなきゃならないのは子供にとって、かなり、うっとうしいことですから。
で、社会にありがちな、半ば強制的な交流がない、という意味で
交流という言葉を使いました。
社会に出れば、頭数が多いだけ、で自分の意見を正しいと思っている
連中や、金さえ払えば何をしてもいいと思ってる連中
ともつきあわなければならない・・・
私は、それも仕方のないことだ、と諦めてます。うっとうしいけど。
小野さんがどんな意味で「サル山」という言葉を使ったのかわからないので、
自分なりの考えを補足すれば、
その手のサル山は、人間は平等だ、という楽観的幻想を打ち砕いて
くれる、という効能があります。
平等じゃないからこそ、力を尽くして平等にしなきゃならないのにね。
そんな過程を順繰りに踏んでいって初めて、平等の貴重さがわかる、
というものですし、その中から、
平等ってのは、所詮は「平等」なんかじゃない、どんな平等と言えども・・・
という洞察を得られるでしょうね。
///
古川 二一でした。
>> いま、家庭の躾はどうなっているんだ?
>>
>> NHKスペシャル「学級崩壊」を見た方、感想を聞か
>> せてください。
はじめまして。
私は現在、現役の女子大1年生です。
「学級崩壊」見ました。私は、将来もしかしたら子どもに携わる仕事に
つくかもしれないので、非常に興味をそそられました。
私自身19歳ですから、このような言い方はおかしいかもしれませんが、
いわゆる ”今時の子供”ってすごいですね。
私が小学生の頃は、先生の言う事を聞かない子なんて逆に同輩に好かれなかった
ものですが・・・・。
もしかしたら、いずれは幼稚園でもあんな状態になったりするのでしょうか?
末恐ろしいですね・・・・・・( (ミ゜p゜ミ);)
でも、あの番組に出てきた子どもたちって
本当は寂しいだけなんじゃないでしょうか?
親に甘えられない分先生に甘えてるんじゃないでしょうか?
だって、親たちの非協力的なこと!
きっと自分達もそうやって育ってしまったんでしょうね。
カメラを向けられないわけです。
そういっておいて私もああいう親になってしまうのかな・・・・・。
て
In article <kabata-2106...@bunny218.mech.kyoto-u.ac.jp>,
kab...@mech.kyoto-u.ac.jp says...
(略)
>> それが敢えて「学級崩壊」というような言葉が使われるようにな
>> ったのは、ここ数年、誰が指導してもうまく行かないという状況
>> になってきたからだと思います。
>
> なるほど。
> もし、「学級崩壊」していないクラスがあるなら、それとの比較
>によってこそ、説得力のある、崩壊した原因+学級の建て直し策が
>見いだせそうですネ。
10クラスあれば10通りの雰囲気が生まれますから、なかなか難
しいですけれど、荒れは同時にすべてのクラスで起こる訳ではない
ですから、荒れてきたクラスの原因の分析は学校として当然します
ね。それをもとに「対策」が立てられるわけですから。
あのテレビ番組には出て来なかったけれど、きっとあのモデルの学
校でもなんらかの形で似たような事をやってると思いますよ。50
分という時間の制約とインパクトのある番組にしようという意図だ
と思いますが、そういう地味な取り組みのところは分かりにくいで
すね。
でもこうやって議論を呼び起こしたことを考えるとテレビというも
のの影響力は無視できないですね。
> もっと誉めてください(笑)いくらでも正直になりますよ。
はいはい(^^)
>
> 私はそれらを全く同じ物だと思っています。
> 都合の良い暴力と、都合の悪い暴力があるだけで・・・
> まぁ、どうしても、とおっしゃるのなら、「暴力」を
> 「力」に訂正してもいいですよ。
この点が、僕とあなたの不一致の元なのですね。
>
> 自分勝手な「理」をてんでばらばらに主張している状態が
> 問題になっているのではないですかね。
社会と切り離された「理」、つまり合理性というものに何か意味が
あるとは思えないのですが。てんでんばらばらに主張することが出
来ないものだと考えます。
> 「弱肉強食」以外、「理」なんて恣意的なものですよ。
それもかなり恣意的ですよ(笑)
> 自分には「理」がある、自分は「武」である、などと思い込み、
> 疑おうともしない「力」こそが、最悪の暴力なのでは
> ないですか。
それはそうですね。自分一人、もしくは自分が属している
コミュニティーだけに、「理」が宿っていると錯視したときに、
力は暴力になるのは当然のことでしょう。
> いかにして秩序は創設され維持されるのか、について、しどりさんの
> ご意見をうかがいたい。
まあ、ようは、「この人のいうことを聞かなきゃだめだ」という気に
させればいいんですね。威厳でも、人間力でも、何でもいいんじゃな
いですか。
武道の場合は、一回試合でメタメタにやつけちゃうのだそうです。
そこで、師弟の関係が成立します。
#あ、古川さん向けの例だよ(^^;。
ただ、注意しなければならないのは、最初にやらないということです。
ある程度技なりを覚えて、天狗になったころ合いを見計らってやっ
ちゃうのです。はじめにやっても、何がすごいんだか全くわからないので、
効果が薄いんでしょうね。
#まあ、最初っから飛ばしちゃう乱暴なところもあるみたいですけどね。
> そのとおりです。「力」は適切なタイミングで、適切な量だけ
> 使えば、最小で済むものです。
> それも「理」ですかね。
それも「理」でしょう。
> いきなり「理」だの「武」だのを吹き込んだ方が、
> よっぽどきょとんとするでしょう。
> いや、無視して遊びほうけるでしょうね。
ぼくは、生徒を静かにさせるのに、腕力を使ったことは一度もありません。
まあ、身長180センチの目付きの悪い態度のでかい男に、歯向かおうと
いう中学生はそうはいないでしょうが(苦笑)
#これも一種の腕力か(^^;
でも、繰り返すようですが、番組で取り上げた例は、かなり異様でしたよ。
あなたや私の常識的な理屈が、通用するのかとか、悩んじゃいますが。
> ものですが・・・・。
わたしのときは、先生の言う事を聞かない子とそれをおおらかに
許容してくれる先生こそが一番人気でしたが:)。
時代は巡る?(うそうそ、笑)
そして先生の言う事を聞かない子をしかりつける親と、その親を
まあまあと落ち着かせる先生がいました。
#いまでもそうかもしれませんが。勝手な思い出です。
> でも、あの番組に出てきた子どもたちって
> 本当は寂しいだけなんじゃないでしょうか?
> 親に甘えられない分先生に甘えてるんじゃないでしょうか?
なるほど。
あと、最近「注意力欠如・多動性症候群」
(Attention Deficient Hyperactive Syndrome)という「病気」が
一部の親、医者、教育研究者、教師に認知されてきましたね。
あの番組に出てきた子どもたちのなかの5.5%は、その未解明の病気
に苦しんでいる子供たちだったのかも知れません(私見・証拠無し)。
#だとしたら、病人を殴りかねない状況に陥ることには反対です。
注)情報はNHKクローズアップ現代とブロードキャスター
からの引用です。スペルミスや語訳がありましたら深く
お詫び申し上げます。(甘えご容赦)
> だって、親たちの非協力的なこと!
まぁ、主観(思い込み)はいろいろあろうかと思いますが。
それが命取りになる場合があるのかと。。。
#主観によらず、ワーキンググループを作り客観的に、複数の
要因を考え、分析・解決できる教育関係者になられますよう、
こころより応援しております。
思ったとおり、大量の投稿がありましたね。
2話ともみてから、とおもい、こちらを覗いていませんでした。
どこにフォローをつけようか迷ったのですが、とりあえずてっぺんに。
OGIN wrote:
> しかし、おかしな子供達を多く排出するような家庭
> 環境については、ぜんぜん触れられていなかった。
>
ですね。それも1話、2話 ともに不自然なほどに
> 一番肝心な部分が欠落してる。
> いま、家庭の躾はどうなっているんだ?
>
ってことを、視聴者に印象付けるための手段か、とも感じましたが。
> カメラが、家庭の中までは入れないことは、分かる。
> でも、先生も、レポーターも、一言も家庭の問題に
> 触れないのは、なぜなんだろう?
>
> 一応、体罰は禁止されてるから、教師は殴れない
> けれども、あれ見てたら、殴ってでも言うこと聞か
> せるべきだ、と思った。
> でも、なぐって静かにさせれば、たぶん、何人かは
> 不登校になるだろうな・・・
> などと思いながら見てました。
>
> NHKスペシャル「学級崩壊」を見た方、感想を聞か
> せてください。
なんかOGINさん、NHKのヒトみたいになってますね。
それはさておき、
あらゆる問題を、「学校が悪い」と学校だけが責められる状況に変化を生じさせ
ることができるのなら、あの番組は意味があるとおもいます。
制作者の意図がはっきりとはわからない(もしかしたら、学校が頑張れば解決で
きる。との意図だったかもしれません)のですが、学校だけが頑張って解決でき
る問題でなくなっていることを理解する必要を感じます。
第1話をみて、あの状況で手を上げない先生に感服します。
いくら自分が大人で、相手が年端も行かない子供だとしても、普通の精神状況を
持った人間なら手を上げますよ。
# 少なくともわが子なら、はり倒すわな。
体罰を容認するわけではありませんが、手を上げてしまう気持ちは理解できま
す。やっぱり家庭の躾なのでしょうか。ああなってしまうのは。
第2話にかんしては、いわゆる「問題生徒」は寂しいのではないか?と思ってし
まいました。誰もかまってくれない、学校に居場所が無い、そのうち、クラスか
ら浮いた存在になってしまう。ちょっと、他人と違った格好をしてみる、すると
「叱られる」と言う形でかまってもらえる。まるで、小学生の男の子が好きな女
の子をいじめるみたいに。 でも、クラスからは浮いたまま。
本人は決して意図的にやっているわけではないので、図星を突かれると悔しい
(自分が幼稚なことをしているのがうすうす、わかっている)ものだから強がっ
て反抗してみせる。
ほんとは、こういう些細な変化って親が見てあげるべきなんでしょうね。今回の
NHKスペシャルでは家庭については一切触れられていないので、判断のしようが
無いのですが、家でも小さい頃からあまり相手にされずに育ってきたのかな、と
かんじました。
金属バットで荒れた子供を殺してしまった事件がありましたが、殺された男の子
は人一倍、寂しがり屋だったようです。
ほんとは、もっと、もっと、かまってほしかったのに(それがわがままなのかも
しれませんが)なかなか思うようにならない。
きっと、彼はもっと早い時期に傷害かなにかできちんとした更正施設に入った
ら、親御さんも、なにより彼の命も救われたのではないかと悔やまれます。
あの、お父さんの事は決して責められません。おそらく自分ならもっと早い時期
に刺し殺していたでしょうし、あのお父さんは自分の責任を感じ過ぎるぐらい感
じていたでしょう。
子供もそれぞれで、甘やかすとダメになる子、逆に甘やかし過ぎなぐらいかまっ
てあげないとダメな子。それぞれです。
教師が、個々に対応するにも限度があるでしょう。甘やかさないとダメな子は家
で甘えさせないと、きっと、学校で問題を起こすでしょう。
私は、学校に個々の対応を求めるのは酷だと思います。
問題のある子にかかりきりになっては、他の子にも影響します。
--
*~● *~● *~● *~● *~●
吉岡 諭 yosh...@kh.rim.or.jp
神戸市須磨区 在住
*~● *~● *~● *~● *~●
YOSHIOKA Satoshi
Suma ward, Kobe city,
Hyogo pref., JAPAN
KABATA, Hiroyuki wrote:
> In article <358CBA29...@e-net.or.jp>,
> ryota <ry...@e-net.or.jp> wrote:
> > あなたは一度、教師をやってみるといい。
> > 世の中の人みんなが、教師をやってみると言い。
>
> 学級崩壊を防ぐために、どのような「教師」を
> 一度やってみたら、およろしいでしょうか?
>
> ご提言を。
>
どのような、とはどういう意味かわからないので、具体的に言ってもらいたい。
> どのような、とはどういう意味かわからないので、具体的に言ってもらいたい。
宿題ね! 分かったらfj.news.usageまで。そのときは
スレッドのタイトル換えてネ。
*japan.guchi読めないのですか?
ではしばらく旅に出ますので。
日本脱出を半ば冗談、半ば真面目に考えてしまう。
ガキの躾以前に、この問題児を産み落とした親の躾が欠かせない。
少年院に親を教育する施設を併設する必要が有るのではなかろうか。家庭の
問題に国家権力が介入するのは、決して望むところでは無いが、非常事態と
あらば致し方有るまい。
--
怒夢巣
> この糞ガキどもが社会人に成った時の日本社会は一体どうなるのかと思うと
> 末恐ろしい。鎧兜を身につけないと路上もおちおち歩けなくなるのではなか
> ろうか。
変わらないと思いますよ。教室でさわぐガキも、さわいだら損なところでは
さわがない。私語がうるさいとかいう大学生も、就職説明会では
私語しない。
> 日本脱出を半ば冗談、半ば真面目に考えてしまう。
外国はもっと・・
> ガキの躾以前に、この問題児を産み落とした親の躾が欠かせない。
> 少年院に親を教育する施設を併設する必要が有るのではなかろうか。家庭の
> 問題に国家権力が介入するのは、決して望むところでは無いが、非常事態と
> あらば致し方有るまい。
これはできるし、やってるところもあるんですが、かなり費用がかかるんですよね。
犯罪者のためにそこまで金を掛けるのを世論が支持するかどうか。
また家族をふくめて、本人たちが変わろうというつもりもないのに、強制しても
あんまり効果ないし。
B
B
Furukawa wrote in message <6mk292$dl6$1...@news.mitene.or.jp>...
>古川 二一です。
>
>キャッチ22じゃありませんが、自分が「理」であると
>主張する「武」は、たいてい「理」でも「武」でもない。
>良い実例がいるじゃありませんか。
「オレのことか?」と思った人、あなたはダイジョーブです。
>>なんとなく思ったのですが、古川さんは、
>>
>>「支配する」=「暴力で支配する」
>>
>>と思ってるんじゃないですか?僕はそのような考えを持っていません。
>
>
>おおむね、そのとおりです。ただし、私は「暴力」に価値判断を加えません。
>「秩序」も「法」も「権力」も暴力の呼び名が変わったものだと
>見なしております。
>そこらへんがお互いの食い違いの原因なのでしょう。
とりあえず、補足です。
人間を暴力から守ってくれる暴力が「権力」であると言えるでしょう。
これは、ヤクザから共産党まで、権力を振るおうとする者が持つ、共通の
「理」です。イデオロギーと言い換えてもいい。
これは教師も親も同じですよ。
彼らが子供たちに教育を施すのは、より大きな危険から子供を守るため
でしょう。
そう信じるからこそ、他人にものを教えると言う、傲慢な行為を正当化
できるのでしょう?
われわれ大人は「権力」が、より悪質な暴力から自身を守ってくれると
信じるがゆえに、権力に従っています。でも子供にはそれは理解できない
でしょう。子供には、それこそ「その場だけがすべて」なんですから。
だからこそ、子供に、より悪質な暴力が存在することを体罰によって
具体的に示し、「教育」という・・・より良質な「暴力」を受け入れ
させるしかないんです。
以上、私の体罰肯定論でした。
感想、反論お待ちしております。
///
古川 ニ一でした。
やはり私の投稿のペースは1日か2日に1件くらいがじっくり
考えられてちょうどよいペースかな。じゃないと、自分の感情
が整理できないまま、反応してしまうね。
さて、相変わらず、加畑さんの表現は分かり難いですね。
せっかく多くの人に読んでもらうんですから、多くの人に伝わ
りやすい表現をすることをおすすめします。
ということで、今回は私が通訳を・・・・(^^;
KABATA, Hiroyuki wrote in message ...
>In article <6mhv0f$4pm$2...@benjamin.mmtr.or.jp>,
> あと、NHKクローズアップ現代でのレポートによると、
>学級崩壊が生じる原因は、一部の教諭により無意識の
>うちに経常的に行なわれている
>1)バイアスのかかったの学童への応対
>2)評価の2値化(見かけがまじめ=いい、見かけが不まじめ=悪い)
>3)1,2を担当教諭が是正できないでいること
>
>への、学童のあきらめ・見放しでしたネ。
あなたの説明を受け、難解な言葉を私なりに通訳しました。
間違ってたら指摘してください。
学級崩壊が生ずる原因は、その教師に
1・「えこひいき」があること
2・「子供への気持ちの理解」が不足してること
3・生徒を一つの基準だけで、認めるグループ(白)と認め
ないグループ(黒)にはっきりと色分けしてしまうこと。
これら3つのことがある程度の期間持続すると、学童の不満
が鬱積され、学級崩壊が誘発される、ということですね。
だから、学級崩壊は、教師の問題として教師のスキルアッ
プで処すべきだってことでしょうか?
最初の文面を読むとバイアスだの2値化だの、すごい理論
かな、と思ったのですが、通訳してみると、案外当たり前の
ことを言ってるんですね。
ここ数年の間に、学級崩壊のような現象は増加してるようです
が、じゃあ、その原因としては、教師の資質の問題がある、とした
時に、そんなに昔に比べて、教師の質の低下があり、えこひい
きや、子供の気持ちを理解できない教師や視野狭窄の価値観
の教師が増加したのか、という疑問が出ます。
私は、そうは思えないのです。今も昔も、いつの時代にもダメ教
師は必ず居るし、良い教師も必ずいるわけです。
その比率が、ここ数年で激しく変ってるとは思えないのです。
結局、子供達の質の変化によって、学級崩壊現象が起きてい
る、と私は思います。だから、家庭に問題があるだろう、と考
えます。
子育てをどうしたらいいか、いま、若い親たちが、一番悩んで
るところでしょう。
> オリジナルの番組をご覧になったほうが、直接的(誤解
>が生じにくいという意味)では?
そのようですね。
>#氏は冷静に受け止めてらっしゃると思いますが、念のため、茶々
>入れではありませんので。
あなたの文章には、不快を誘発するものが埋め込まれている
と感じています。ですから、「コノヤロウ!」と思っております。
なお、私のは、ごちゃごちゃ入れです。たんなる茶々だけ入れ
ではありませんので。念のために。
> japan.guchiにて楽しみにしてます。
故意に不快を誘発させるための語句であると認識しております。
>#スレッドのどこかで私見を述べませんでしたか?
不可解な質問です。
私は、いままで、ず~っと私見を述べてきました。
そして、これからもたぶんそうです。
> もし原因が分析される前に、感想によってのみ、こどもが
>なぐられたとしたら、学級崩壊に「一生懸命取り組んでらっしゃ
>る」大多数の先生や研究者の方々の足を引っ張りかねません。
>わたしそれだけはゴメンです。
いかなる場合でも、子供を殴るような教育には反対だ、
というふうに受け取りました。
私も、基本的には、その意見に賛成です。
ただ、私は、緊急避難時までも、それに縛られる必要は
ない、とも思います。
いずれにせよ、子供を持つ親として、学級崩壊の現場の
映像は衝撃的でした。
それと、学校は、なんでもかんでも、やたらと引きうけてる
けど、教師にカウンセラーの仕事?まで引き受けさせて、
そんなに時間も能力もあるのかい?って思っちゃうね。
domus wrote in message
<01bd9ead$81d08860$Loca...@FMVTp20.highway.or.jp>...
>この糞ガキどもが社会人に成った時の日本社会は一体どうなるのかと思うと
>末恐ろしい。鎧兜を身につけないと路上もおちおち歩けなくなるのではなか
>ろうか。
最近の子供はアテネの女神の如く、
「人権」や「少年法」や「きれる」なんかで完全武装して
生まれてきますからねぇ。
最強の矛と最強の盾を独占しているようなもんです。
これじゃ社会に適応することがバカバカしく見えても
仕方がありませんね。
より子供であればあるほど優遇されるんですから。
「学級崩壊」の原因もこれなのかもね。
>少年院に親を教育する施設を併設する必要が有るのではなかろうか。家庭の
>問題に国家権力が介入するのは、決して望むところでは無いが、非常事態と
>あらば致し方有るまい。
>
「非常事態」にまで至ってはいないと思うのですが、ほとんど
同感です。子供がコドモだからという理由で責任を免除されるのなら、
親なり保護者なりが責任を取るべきでしょう。
ソフトな連座制が必要なのかも知れませんね。
私としては権力だの制度だのは、なるべく少ない方がいいんですが、
そこまでやらない限り、親は子供の成長に対して責任がある、ってことが
わからないのでしょうね。
そうすると今度は、わざわざ親になるのはバカバカしい、という事態に
なるんでしょうな。
おっと、もうなってるか・・・
では、避妊や中絶を禁止するか・・・
いや、いっそのこと人間は国営の工場が一手に製造して、
社会の需要に応える、というのはどうかな・・・
なんぎな話だこと。
今ならまだ「平手打ち」で間に合うのにねぇ。
///
古川 ニ一でした。
そうですね。さらに親や他校の先生方とのディスカッション
をおこなうと、もっと比較検討すべき課題が増えるでしょう。
それを実行に移して冷静に取り組んでおられる方々には、頭が
下がります。
>荒れは同時にすべてのクラスで起こる訳ではない
> ですから、荒れてきたクラスの原因の分析は学校として当然します
> ね。それをもとに「対策」が立てられるわけですから。
同意見です。荒れてきたクラスの原因の分析は、学校
内部だけではなく、地域、研究機関も参加して、行なわれ
てまきてものね。
> でもこうやって議論を呼び起こしたことを考えるとテレビというも
> のの影響力は無視できないですね。
ですね。ではしばらく旅に出ますので;-)
ご意見ありがとうございました。
#fj.rec.tvに投稿されていたほうが、より盛り上がったかも(笑)。
教師ってすべて単一性質を持つクローンなんですか?
いろいろなスキル、価値観をもつ教師の人々を一まとめにして、
一般化して記述するところがおかしいのでは? スレッド中
一貫してますね。
スキルアップは結構だと思いますよ。どのようなタイプの
スキルかは氏はおっしゃてませんけど。
> 最初の文面を読むとバイアスだの2値化だの、すごい理論
> かな、と思ったのですが、通訳してみると、案外当たり前の
> ことを言ってるんですね。
え~、理論じゃなかったですよ。うそいっちゃいけません。
TVが、視聴者に向けて当たり前の言葉によって語った
解説と解釈です。
#ところで「通訳」ってまだ廃れてなかったんですか?
昔々、ほかの方がた同士の記事のなかによくみましたが(笑)。
>そんなに昔に比べて、教師の質の低下があり、えこひい
> きや、子供の気持ちを理解できない教師や視野狭窄の価値観
> の教師が増加したのか、という疑問が出ます。
> 私は、そうは思えないのです。今も昔も、いつの時代にもダメ教
> 師は必ず居るし、良い教師も必ずいるわけです。
はい。ご指摘の可能性
> その比率が、ここ数年で激しく変ってる
を否定する客観的証拠をわたしなりに求めてます。
#ようやくろじかるになってこられましたね。
> 結局、子供達の質の変化によって、学級崩壊現象が起きてい
> る、と私は思います。
はい。視野狭窄の価値観を有した一部の教師の割合が
増加していないと決定した段階で、わたしは、問題の原
因を探る対象をこどもに移しますネ。
#また、こどもたちっていっぱんかしてますねぇ。
>だから、家庭に問題があるだろう、と考えます。
なんでしこうがいきなりとぶの?うるうる。
> 子育てをどうしたらいいか、いま、若い親たちが、一番悩んで
> るところでしょう。
悩んでるだけではないのでは? 洋の東西、過去現在問わず。
>ですから、「コノヤロウ!」と思っております。
sorry omitted
> 故意に不快を誘発させるための語句であると認識しております。
主観の自由度、思い込みの深さ、そして精神の度量いかんで
しょうね、個人個人の(笑)。
#やはりjapan.guchiか、あるいはfj.news.usageがおよろしい
かと。
> いかなる場合でも、子供を殴るような教育には反対だ、
> というふうに受け取りました。
sorry omitted
> そんなに時間も能力もあるのかい?って思っちゃうね。
受け取るのは自由ですヨ。投稿者の読解力に分布があると
思っちゃっいますから。
じゃあネっ。
In article <6mih0e$7k0$1...@nn-tk001.ocn.ad.jp>,
"小野謙二" <on...@olive.ocn.ne.jp> wrote:
> サル山教育を何処でするか、真剣に考える時期だと思います。
> 保育園(幼稚園と違い、人手がすくないので、ほったらかし)にやった子供は
> 切れにくいとの説があります。この仮説は検証の価値があると思いますが。
なんか保育園に対する誤解があるようなので、ひとことだけ.....
場所にもよりますが、先生(保育者)一人に対する子
どもの数は、保育園の方が少ない場合がほとんどです。
むしろ幼稚園では多人数の子どもを一人の先生が見な
ければならないために、規律や集団行動が必要になる
ように思いました。保育園のようなシステムの方が
先生(保育者)はたくさん必要です。
今の学校についても似たようなことが言えると思いま
すが、もし「個性を尊重する教育」を本当に実践する
つもりなら、40人学級ではかなりきついと思います。
特にTVのように集団になじまない子がいる場合には.....
TVで放送されていた学級にしても、生徒が20人だっ
たらクラスの様子はかなり違っていたと思います。
#ここらへんは詳しい方のご意見をお聞きしたいのですが、
#同じ税金使うなら校舎建て替えるより先生増やした方が
#いいと思うのですが.....
保育園でのメリットは、子どもが自由に動き回れるこ
とと(けんかもできる限り見守るだけにしてます..との
ことでした)、子どもどうしの中で能力に応じた役割分
担が自然に決まること、各家庭でのしつけや生活習慣に
ついて問題があれば、保育者が指摘できるというとこ
ろもあるとおもいます。(昔なら近所のおばちゃんが
やっていたことですが....)
#なんか一言ではすまなくなってしまった.....(^^;;
> あらゆる問題を、「学校が悪い」と学校だけが責められる状況に変化を生じさせ
> ることができるのなら、あの番組は意味があるとおもいます。
> 制作者の意図がはっきりとはわからない(もしかしたら、学校が頑張れば解決で
> きる。との意図だったかもしれません)のですが、学校だけが頑張って解決でき
> る問題でなくなっていることを理解する必要を感じます。
そうですよね、あのクラスの状況を見るかぎり、
ただ単に先生の力量不足とは思えない、どこか他にこうなってしまう
原因があるのだと思えてきます。
今のこの社会の状況を見ても、子供の事は学校任せ、塾任せっていう
風潮が強いように思えます。
子供と親が向き合っている時間は一般家庭で果たしてどれくらいあるのでしょうか?
自分の子供をちゃんと分かっている親は果たしてどのくらいいるんでしょうか?
その通りだとおもいます。
さっきも書いたように子供はいつまでたっても、たとえ外面は取り繕ってても
甘えん坊です。
親に分かって貰えると嬉しいし、褒められるといい気分になる。
つまり内面が満たされてくるんです。
私は荒れる子供はどこか満たされていない所があるんだと思っています。
今、子供たちのほとんどは学校から帰ると塾という第二の学校が待っています。
彼らが帰るのは夜遅くなってから、しかもこの状況は、小学校低学年にまで
及んでいます。
彼らに余裕というものはほとんどなく、自分というものは成績の良さ悪さに
よって大部分測られてしまいます。
親でさえ成績にばかり固執して、等身大の子供が見えてない事がほとんどです。
じゃあ、彼らはいったいどこで認めて貰えるのでしょうか?
こんな状況で、彼らは自分の存在意義を成績以外に持てるでしょうか?
子供たちは小さいながらもこの社会における学力の重要さにうすうす気づいている
のではないでしょうか?
親でさえ成績.成績とわめき立てるこの状況で気づかない方がおかしいですよね?
そして甘えん坊な彼らはそれでも親の希望に応えたい。褒められたい。
だからこそ授業で自分がまわりから取り残されていると感じたら焦り、自己嫌悪に
陥り、それを押さえ切れずに暴れてしまうのではないでしょうか?
>
> 私は、学校に個々の対応を求めるのは酷だと思います。
> 問題のある子にかかりきりになっては、他の子にも影響します。
>
ここでひとつ重要なポイントがあると私は思います。
日本の教育システムです。
一クラスの人数が多すぎます。
これじゃあ仮に荒れてない子ばかりでも、生徒を把握するのに問題があるでしょう?
先生の負担が大きすぎて、いじめとか見てみない振りは省くとして、気づかなくても
しょうがないでしょう。
問題をいろいろ抱えた子にもフォローしにくいだろうし。
他の先進国ではもう既に少人数制が進んでいます。
クラスの一人一人に密着して、きめ細かな指導をする、大事な事ですよね?
こうすることで生徒間の信頼も増し、先生との連係も深まり、
荒れた子も多少はましになると思うけどなあ。
ご意見待ってます。
ふうちゃんでした。
--
****************************************************************
細谷 恵美 大阪大学人間科学部一回生
大阪大学交響楽団コントラバスパート
ボランティアサークル フロンティア
大阪大学E.S.S. 所属(^^)
e-mail adress; hs81...@ex.ecip.osaka-u.ac.jp
***************************************************************
In article <6mpuui$3...@newsserver.ex.ecip.osaka-u.ac.jp>,
hs81...@ex.ecip.osaka-u.ac.jp says...
>そうですよね、あのクラスの状況を見るかぎり、
>ただ単に先生の力量不足とは思えない、どこか他にこうなってしまう
>原因があるのだと思えてきます。
>今のこの社会の状況を見ても、子供の事は学校任せ、塾任せっていう
>風潮が強いように思えます。
>子供と親が向き合っている時間は一般家庭で果たしてどれくらいあるのでしょうか?
仰ることはそのとおりだと思います。でも一般的に学校だけ責めても解決し
ないように、一般的に親を責めても解決はしないんじゃないでしょうか。
子どもと親が向き合う時間は確かに大切です。でもどの家庭でもその時間を
ちゃんととりたくてもとれないのではないでしょうか。
子どもを育てながら働いている方、例えば看護婦さんの勤務などを見れば、
夜勤が必ず定期的に入り、子どもとの時間を充分持つことは大変です。それ
が改善されるどころか次第に夜勤強化の方向に向かっています。もちろん子
どもとの触れ合いは時間の長さだけではないと思います。でも時間も大切な
条件です。そのことは多くの親は分かっていると思います。
>自分の子供をちゃんと分かっている親は果たしてどのくらいいるんでしょうか?
厳しいご質問ですね。
自分の子どもをちゃんと分かっていると言える親はどのくらいいるかと質問を
変えるともっと難しい質問になりますね。
(略)
>その通りだとおもいます。
>さっきも書いたように子供はいつまでたっても、たとえ外面は取り繕ってても
>甘えん坊です。
>親に分かって貰えると嬉しいし、褒められるといい気分になる。
>つまり内面が満たされてくるんです。
>私は荒れる子供はどこか満たされていない所があるんだと思っています。
私が勝手に引用文を略してしまいましたが、細谷さんが引用されていた元記
事には「金属バット事件」が書かれていました。私の省略によって細谷さん
の投稿の趣旨が損なわれているかもしれません。お読み戴いている皆さんに
はその点をお断りしておかなければなりません。
ところであの公判の報道記事を読むと加害者になった父親は、一般的に言え
ば大変愛情に溢れる人ですね。
「どこか満たされてない」という点については同意見ですが、それが何で、
どのようにすれば満たされるのかは難しい問題です。あの公判の過程でも結
局充分に明らかにはなっていないと思います。
そういう意味で今日「子どもをちゃんと分かっているか」という質問は大変
厳しい、難しい質問だと思います。もちろん分かろうとする努力は大切だし、
決して放棄するわけにはいかないのですが、世の中の多くの親たちはそのこ
とに大変苦労しているのではないでしょうか。
>今、子供たちのほとんどは学校から帰ると塾という第二の学校が待っています。
>彼らが帰るのは夜遅くなってから、しかもこの状況は、小学校低学年にまで
>及んでいます。
>彼らに余裕というものはほとんどなく、自分というものは成績の良さ悪さに
>よって大部分測られてしまいます。
ご指摘の事実はその通りだと思います。
>親でさえ成績にばかり固執して、等身大の子供が見えてない事がほとんどです。
>じゃあ、彼らはいったいどこで認めて貰えるのでしょうか?
>こんな状況で、彼らは自分の存在意義を成績以外に持てるでしょうか?
この部分にも異論はありません。
>子供たちは小さいながらもこの社会における学力の重要さにうすうす気づいている
>のではないでしょうか?
>親でさえ成績.成績とわめき立てるこの状況で気づかない方がおかしいですよね?
>そして甘えん坊な彼らはそれでも親の希望に応えたい。褒められたい。
>だからこそ授業で自分がまわりから取り残されていると感じたら焦り、自己嫌悪に
>陥り、それを押さえ切れずに暴れてしまうのではないでしょうか?
細谷さんの仮説と概ね同意見ですが、「学力の重要さ」という点についてだけ、
異論があります。この社会は本当に学力を大切にしているのでしょうか。子ども
たちが感じているのは「学力そのもの」というよりも「結果としての成績」が社
会では重視されているということではないかと思います。それが自分たちの学ぶ
ものの存在感を彼らの中で希薄にしているような気がしています。
多くの子どもたちが授業についていけていない、取り残されていると感じている
という点については私もそう思います。
>ここでひとつ重要なポイントがあると私は思います。
>日本の教育システムです。
>一クラスの人数が多すぎます。
>これじゃあ仮に荒れてない子ばかりでも、生徒を把握するのに問題があるでしょう?
>先生の負担が大きすぎて、いじめとか見てみない振りは省くとして、気づかなくても
>しょうがないでしょう。
>問題をいろいろ抱えた子にもフォローしにくいだろうし。
>他の先進国ではもう既に少人数制が進んでいます。
>クラスの一人一人に密着して、きめ細かな指導をする、大事な事ですよね?
>こうすることで生徒間の信頼も増し、先生との連係も深まり、
>荒れた子も多少はましになると思うけどなあ。
クラス規模を小さくするだけで全て解決するわけではないでしょうけれど、解決
に向けた改善策のうちの大きな部分でしょうね。私も同意見です。恐らく同じ意
見の方は結構多いでしょう。でも我が国では現実にはクラス定員の削減は進まな
いですね。そういう点では私も焦燥感を持っています。
>ご意見待ってます。
全体として揚げ足を取られたようにに感じられたかもしれません。そういう意図
ではないのですが、もしご不快に思われたとしたら、私の表現の拙さが原因です。
ご容赦下さい。
>ふうちゃんでした。
そうお呼びすべきだったのですね。こちらもご勘弁下さい。
-----
小川 正城 e-mail:og...@mine.ne.jp
>In article <358CBA29...@e-net.or.jp>,
>ryota <ry...@e-net.or.jp> wrote:
>> あなたは一度、教師をやってみるといい。
>> 世の中の人みんなが、教師をやってみると言い。
>
> 学級崩壊を防ぐために、どのような「教師」を
>一度やってみたら、およろしいでしょうか?
>
> ご提言を。
>
>*japan.guchiでお待ちしてます。きりつれいさようなら。
>
>SINCERELY, ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
>KABATA, Hiroyuki in Group Mol. Genetics,
>Lab. Micromachine Eng., Kyoto Univ.
>You can reach me at kab...@mech.kyoto-u.ac.jp.
>~~~~~~~~~~~~~~~~ PERIOD ~~~~~~~~~~~~~~~~~
教員っていつも悩んでるんだよ,いつも我慢してるんだよ
いつも批判されるんだよ,いつも悔しい思いをしてるんだよ
人間なんだよ,神じゃないんだよ,聖人でもないんだよ
ただの人間なんだよ,だから限度があるんだよ,だから
ちょっとした子どもの笑顔に救われるんだよ,
だけどちょっとした子どもの変化に打ちのめされることも
あるんだよ,だからまた悩むんだよ,だから簡単に
>どのような「教師」を一度やってみたら、およろしいでしょうか?
なんていう永遠の課題には答えられないんだよ,
それを見つけるためにみんな頑張ってるんだからね。
それを知らずに批判するだけの人を見ると,
それを知っている同業の人はつい反論したくなるんだよ。
最後の一文のようなきつい皮肉には,堪えられないんだよ。
みんなお互い認め合って尊重し合って社会は回ってるんじゃないかな。
----------------------
犬飼哲也
inu...@mx3.tiki.ne.jp
----------------------
よしおか@こうべりむ です。
T.Inukai wrote:
>
> 教員っていつも悩んでるんだよ,いつも我慢してるんだよ
> いつも批判されるんだよ,いつも悔しい思いをしてるんだよ
> 人間なんだよ,神じゃないんだよ,聖人でもないんだよ
> ただの人間なんだよ,だから限度があるんだよ,だから
> ちょっとした子どもの笑顔に救われるんだよ,
> だけどちょっとした子どもの変化に打ちのめされることも
> あるんだよ,だからまた悩むんだよ,だから簡単に
>
> >どのような「教師」を一度やってみたら、およろしいでしょうか?
>
> なんていう永遠の課題には答えられないんだよ,
> それを見つけるためにみんな頑張ってるんだからね。
しかし、残念なことに、教育という重要な仕事を行っているという意識の薄い教
員がいることも確かなのです。
教員に対して辛い意見を述べる人は頑張っていない教員を見ているのかも知れま
せん。あなたのように頑張っている人もいれば、ぐうたら教師がいることも確か
です。また、頑張っているのに認められない人もいることでしょう。
> それを知らずに批判するだけの人を見ると,
> それを知っている同業の人はつい反論したくなるんだよ。
おっしゃる気持ちはわかります。
わたしは、教師でも親でもありませんし、えらそうな口を叩ける歳でもありませ
んが、ここに投稿するときは、教師も人間で限界がある、親ができることはもっ
といっぱいある、というスタンスで投稿しています。
でも、世の中の人の多くは未だ、学校に多くを期待し、自らの責任を放棄しよう
としています。
> 最後の一文のようなきつい皮肉には,堪えられないんだよ。
> みんなお互い認め合って尊重し合って社会は回ってるんじゃないかな。
犬飼さんのように感じておられる教員の方々がおられるのなら、無責任な親や思
いやりの無い人の再生産にならないように、子供や同僚を教育してください。辛
く、難しいかも知れませんがあなた「も」頑張ってください。教員で無くとも批
判だけをしているような人を見て「いい」と思う人は少ないはずです。
(でも、世間と同様に、他人の批判だけをする、教員がいることも確かです。あ
なたの周りにはいませんか?)
将来、あなた方の後輩になる人、あるいはあなた方自身が、同じ苦しみを受ける
ことが無いように。世の中が思いやりで溢れるように。
ごめんなさい、ちょっと長いです。
引用は最低限に押さえたつもりです。
Masaki Ogawa wrote:
>
> In article <6mpuui$3...@newsserver.ex.ecip.osaka-u.ac.jp>,
> hs81...@ex.ecip.osaka-u.ac.jp says...
>
> >今のこの社会の状況を見ても、子供の事は学校任せ、塾任せっていう
> >風潮が強いように思えます。
> >子供と親が向き合っている時間は一般家庭で果たしてどれくらいあるのでしょうか?
>
> 仰ることはそのとおりだと思います。でも一般的に学校だけ責めても解決し
> ないように、一般的に親を責めても解決はしないんじゃないでしょうか。
ほんとに、むずかしいですよね。ただ、「昔に比べて今は~がだめだ。昔はこん
な事はなかったのに。」という視点で見ると「親」か「地域」かなとおもいま
す。昔にくらべると、えこひいき(「依怙贔屓」って字でいいのかな?変換した
らそう出た)をするような教師は少ないように思います。また、すぐに体罰を与
えるような教師も少ないと思います。人に言わせると「最近の教師は『甘い』」
と言われるかも知れませんけど。
> 子どもと親が向き合う時間は確かに大切です。でもどの家庭でもその時間を
> ちゃんととりたくてもとれないのではないでしょうか。
ですね。小川さんのおっしゃる通り、社会の要請としては子供と過ごす時間が少
なくなるような方向に向かってますね。実際、これからの経済を考えると、女性
も労働市場に出て、年金制度を維持してもらわないと困るのは目に見えてます
し。(なんか、economyやpoliticsっぽくなってしまうな)
>
> 私が勝手に引用文を略してしまいましたが、細谷さんが引用されていた元記
> 事には「金属バット事件」が書かれていました。私の省略によって細谷さん
> の投稿の趣旨が損なわれているかもしれません。お読み戴いている皆さんに
> はその点をお断りしておかなければなりません。
御配慮有り難うございます。
>
> ところであの公判の報道記事を読むと加害者になった父親は、一般的に言え
> ば大変愛情に溢れる人ですね。
> 「どこか満たされてない」という点については同意見ですが、それが何で、
> どのようにすれば満たされるのかは難しい問題です。あの公判の過程でも結
> 局充分に明らかにはなっていないと思います。
> そういう意味で今日「子どもをちゃんと分かっているか」という質問は大変
> 厳しい、難しい質問だと思います。もちろん分かろうとする努力は大切だし、
> 決して放棄するわけにはいかないのですが、世の中の多くの親たちはそのこ
> とに大変苦労しているのではないでしょうか。
そうですよね。判決のあった日の新聞を見て涙が出ました。
私は、殺された子が更正施設に行った方が結果的にはベストではないにしろベタ
ーだったのでは、と書きましたが、それも正しい選択とは言いにくいあたりに子
育てや教育の難しさを感じます。
このグループを覗いている人はスタンスの違いはあれど、子育てや、教育に興味
や関心がある(と、思う)のでいいのですが、世の中には、「金属バットでわが
子を殴り殺してしまった事件」といっても、ただのゴシップと同様に、「ああ、
エリートの父親が自分の息子殺しちゃった事件でしょ。エリートって言ってもバ
カだね。」程度の認識しかないか、ひどいところになると、「その事件何?」と
いう人だっているようです。
しかも殺された子と同じような歳の子供がいるのに。
別スレッド(「いじめられる素質」というサブジェクトで続いています)でいじ
めに絡む犯罪に対する認識が甘いとの意見がありますが全くその通りだと思いま
す。
自分に関係ないと思っているのか、「うちの子に限って…」と思っているのか。
よくニュースや新聞を見ていないのか、そのような報道機関を全く信用していな
いのかはわかりませんが、もう少し世の中のことに関心を持ってもらいたいもの
です。
それゆえ、少年審判の過程や処分決定の要旨を公表してもらうと、参考になる事
がいっぱいあると思います。うちの近所(神戸市須磨区)で起きた一件では処分
決定の要旨が発表されるという「異例」の措置が行われたのは司法側が国民にい
ろいろ参考にしてほしい(同様の事件の再発防止に役立つ)事があったからなの
ではないかと思います。
その手の話題を家族で話すだけでも違うと思うのですけど、どうも世の家庭はそ
ういう話題は出ないようです。
> >今、子供たちのほとんどは学校から帰ると塾という第二の学校が待っています。
> >彼らに余裕というものはほとんどなく、自分というものは成績の良さ悪さに
> >よって大部分測られてしまいます。
>
> ご指摘の事実はその通りだと思います。
本当にそうでしょうか? 私はそうは思いません。いや、事実であったとしても
そう思いたくありません。
もし、大部分の親や教師が「成績第一主義」なら、残念ながら「教育をより良い
ものにしよう」なんていうのは茶番です。
みんな、学校の成績さえよければ、なんて言っていたら、ナイフをふりまわす子
供や、人の言う事を聞かないこどもが増えたって、成績さえ良ければ誰も文句は
言わないはずです。また、文句を言うのはごく少数のはずです。
でも、そうじゃないですよね。少なくとも教育現場にいる教師については、その
はずですし、もし「成績第一主義」の教師がいるとする(いや、ごく少数であれ
いるに違いない)なら、教育現場の自浄を促さなければならないでしょう。
> 細谷さんの仮説と概ね同意見ですが、「学力の重要さ」という点についてだけ、
> 異論があります。この社会は本当に学力を大切にしているのでしょうか。子ども
> たちが感じているのは「学力そのもの」というよりも「結果としての成績」が社
> 会では重視されているということではないかと思います。それが自分たちの学ぶ
> ものの存在感を彼らの中で希薄にしているような気がしています。
それは、究極的には学歴偏重と言われる社会構造でしょうか。
だとするなら、徐々にではあれ、改善される方向にあるように思うのですが。
最近、親にしても、「『いい大学』経由、『いい会社に就職』で幸せ人生」とい
うものに疑問を持つ人が多いのでは。
私は、確かに、世に一流と呼ばれる大学を卒業すれば確かに、人生の選択の幅が
広がるでしょう。しかし、いい大学を出たところで本当に幸せな人生が約束され
るかと言えば、大して変わりないようにおもいます。
わたしは、地震と言う一つの大きな危機を経験したから思うのかも知れません
が、中学もきちんと教育を受けられなかった人がすばらしい人間だったり、一流
大学を出ても大した事のない人間だったりします。「職業に貴賤なし」という言
葉も身に染みて感じました。
# 唯一、賤しい職業だと思ったのは興味本位でカメラを持ち歩き、文句しか
# 言わない報道関係者ぐらいか。すべての報道関係が賤しいと言うわけでは
# ありませんが、被災した人々の多くは行政に感謝こそすれ、文句をいうこと
# はほとんどありません。
でも、やはり学歴の高い人のほうができた人だった事が多いです。
学歴と躾はイコールではありませんが、親の教育に対する姿勢のようなものはあ
るかもしれません。重ねていいますが、学歴と躾はイコールではありません。教
育の善し悪しと学歴の高低もリンクしません。
> クラス規模を小さくするだけで全て解決するわけではないでしょうけれど、解決
> に向けた改善策のうちの大きな部分でしょうね。私も同意見です。恐らく同じ意
> 見の方は結構多いでしょう。でも我が国では現実にはクラス定員の削減は進まな
> いですね。そういう点では私も焦燥感を持っています。
いろいろ難しい面もあります。生徒数が激減しているのに教育予算が減らないっ
ていうのはまずいですよね。また、質の高い教師が増えるのなら問題ないのです
が、簡単に教師になれるようになると、全体的に教師の質が低くなりがちです。
そうなると、今度こそ本当に「学校が悪い」といわれかねません。
と、いうことでこれから増えても大丈夫なところから予算をひねり出し、かつ学
校の必要性を増す方策が必要です。
以前このグループでいった事があるのですが、クラス定員の削減ではなく、空き
教室の有効利用策として、地域のお年寄りのたまり場を作るのはどうかと思うの
です。もちろん「福祉財源」から予算はひねり出すのです。
# それにはタテ割り行政の是正からか?
教師や親だけで学校や生徒を面倒見ようとするのが大変なのであって、教師以外
の大人の目があることで違ってくると思います。
よくいわれる、核家族化の弊害などもとり払えると思うのです。
学級崩壊は地域の崩壊が子供の世界まで波及しただけなのかも知れません。
--
●~*●~*●~*●~*●~*●~*●~*
吉岡 諭
YOSHIOKA Satoshi
yosh...@kh.rim.or.jp
●~*●~*●~*●~*●~*●~*●~*
KABATA, Hiroyuki wrote in message ...
>In article <6mp7ih$qth$1...@spa.infovalley.ad.jp>,
>じゃあネっ。
結局あなたは、何を言いたかったのだろうか?
あなたは、人の意見について、つまらん揚げ足取りとあてこすり
をして、不快を誘発しただけで、自分の意見をほとんど何も言わ
なかった。
大切なことは、自分をさらけ出すことです。
ロジックなどという鎧兜で自分を防御するのをやめて、素の自分を
表現することです。
様々な自分をさらけ出すことで、不完全な自分を知り、不完全な
自分を認め、不完全な自分を大切にすることができる・・・・・
もしも興味がございましたら、以下のURLにいって統計を
ご参考になさってみてください。
http://hosha.law.kyoto-u.ac.jp/Shokai/Topic/tp-cp.htm
> そうなると、今度こそ本当に「学校が悪い」といわれかねません。
はい。そういう事態は避けたいですネ。
教師も家庭の構成員であり、同時に家庭の中に教師がいる
場合があるわけですから。
総人口(または世帯数)に占める教員の比率から考えても、
家庭-学校間同士の一方的な責任転嫁は、実は自分に返ってく
る矛盾を含んでいると思います。
#子供たちの教育を考えるうえで、思い込みの虜+責任転換の
達人にはなりたくないものです。
> 以前このグループでいった事があるのですが、クラス定員の削減ではなく、空き
> 教室の有効利用策として、地域のお年寄りのたまり場を作るのはどうかと思うの
> です。
はい。よしおかさんのご提案を拝見した覚えがあります。
わたし賛成でした。
すでに予備的実験をおこなっておられる学校がありました
よね。年配の方々との交流が、子供たちにとってのよき精神
安定剤として機能することを、某TVで知りました。
>もちろん「福祉財源」から予算はひねり出すのです。
なんとか政治家の方々をおだてて捻出する算段をしま
しょう(笑)。
> 学級崩壊は地域の崩壊が子供の世界まで波及しただけなのか
>も知れません。
なるほど。地域の崩壊とADHSの関連もわたしなりに考えて
みますね。
ではまた。ふうてんの身ですので;-)。
SINCERELY, ‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾
KABATA, Hiroyuki in Group Mol. Genetics,
Lab. Micromachine Eng., Kyoto Univ.
You can reach me at kab...@mech.kyoto-u.ac.jp.
‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾ PERIOD ‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾
KABATA, Hiroyuki wrote in message ...
>In article <35926E...@kh.rim.or.jp>,
> もしも興味がございましたら、以下のURLにいって統計を
>ご参考になさってみてください。
>http://hosha.law.kyoto-u.ac.jp/Shokai/Topic/tp-cp.htm
>
拝見しました。
私が生徒だったころ、生徒が先生に殴られても親が教育委員
会へ届け出るということはあまりなかったように思います。
まあ、30年以上も前の話です。
聞くところによれば、いまは、すぐ届ける親が多いようです。
そういう親の変化が反映された上での統計データについては
はご存知ありませんか?
また、なぜ、教師の暴力行為の教育委員会への届け出件数
が増加したのか、という分析について、ご存知ならば、ぜひ、
教えてください。
なお、もし、教育現場でこの頻度で、体罰実数が増加したと
なれば、かなり問題が含まれています。
教師の質の急激な低下を意味します。
それは、とりもなおさず、日本人全体の質の低下も起きている
可能性がとても大きいわけです。
いま、日本人の質の低下が急激に起きているか?
それとも、教師だけが特別に質的低下を起こしているのか?
いったいどんな原因が・・・・?
家庭内の暴力行為も増加してるのか・・・・?
離婚が増えてるのは、そんな原因もからんでるのか・・・・・?
国民全体の質的低下が、学校内だけなのか、そこらへんの
データがあればせひ。
加畑さんはこの問題をどのように思っているのですか?
学校の特殊性ゆえに、教師のみに急激な質の低下が起き
ていると考えますか、それとも日本全体の質的低下だと考
えますか、それとも、データ上に反映されてない別の要因
が隠れていると考えますか?
それともまだ確証が掴めないからデータ収集してる段階で
すか?
ぜひ、あなたの私見でかまいませんから、披露してください。
sorry omitted はカンベンしてほしいな。
私は、日本全体の低下だと思うね。ただし急激というよりも
徐々にね。日本中で、若い層の人間関係がヘタになってるね。
例えば、加畑さんみたいに、故意に、相手を怒らせるような
言葉を並べて喜んでる人が多くなったような気がするけど。
気のせいかな?
>#子供たちの教育を考えるうえで、思い込みの虜+責任転換の
>達人にはなりたくないものです。
そうならないために、ぜひ有意義な意見を交換しましょう。
吉岡さんの記事の大筋には全く同感です。
ですからその部分はばっさり削らせていただきました。少し私とは見解が
違うなと感じた部分のみ残させて貰いました。見解の異なる部分で議論す
ることこそこうした場で必要だと思っています。ご了承下さい。
In article <35926E...@kh.rim.or.jp>, yosh...@kh.rim.or.jp says..
>そうですよね。判決のあった日の新聞を見て涙が出ました。
声が出ないですね。父親にも殺された子どもにも、どこかで救いの手が差
し伸べられていればと思いながら、それがどんな手であったかと聞かれて
も答えようがないですから。ちなみにあの事件は私の勤め先と同じ区でお
こりました。
>その手の話題を家族で話すだけでも違うと思うのですけど、どうも世の家庭はそ
>ういう話題は出ないようです。
何となくしんどい話題は避けて通ってしまうようなところがあるのかもし
れません。最近短編集が出たアメリカの女性作家フラナリー・オコナーの
言葉で言えば「希望を持たない人は何かを長くみつめつづけることはしな
い」そうですから、私たちももっと希望を持つ必要があるのかもしれませ
ん。
>もし、大部分の親や教師が「成績第一主義」なら、残念ながら「教育をより良い
>ものにしよう」なんていうのは茶番です。
>みんな、学校の成績さえよければ、なんて言っていたら、ナイフをふりまわす子
>供や、人の言う事を聞かないこどもが増えたって、成績さえ良ければ誰も文句は
>言わないはずです。また、文句を言うのはごく少数のはずです。
ここは私の投稿に至らないところがあったと思います。教員や親が本当に
「成績第一主義」だとは私も思っていません。むしろ本当は子どもをのび
のび育てたいと思っていると思います。でもそう思いつつ「成績」をつい
口に出さざるをえない環境があるのだと思います。
>それは、究極的には学歴偏重と言われる社会構造でしょうか。
そうとも言えます。今学んでいることが自分の人生を豊かにすることに
つながると感じられず、学校や授業の意義を感じられないまま、でも成
績だけは「評価」対象になるからおろそかに出来ないという思いを抱き
ながら学校で時間を過ごしているのではないでしょうか。
>だとするなら、徐々にではあれ、改善される方向にあるように思うのですが。
>最近、親にしても、「『いい大学』経由、『いい会社に就職』で幸せ人生」とい
>うものに疑問を持つ人が多いのでは。
そう思います。でも一方では競争社会を再現強化しなければという社会
的圧力も強まっているのではないでしょうか。
>私は、確かに、世に一流と呼ばれる大学を卒業すれば確かに、人生の選択の幅が
>広がるでしょう。しかし、いい大学を出たところで本当に幸せな人生が約束され
>るかと言えば、大して変わりないようにおもいます。
そうですね。でも不景気をきっかけに常に選別の不安に苛まれるように
なってきているように感じます。そうした不安が子どもの社会に色濃く
投影しているのではないでしょうか。
>わたしは、地震と言う一つの大きな危機を経験したから思うのかも知れません
>が、中学もきちんと教育を受けられなかった人がすばらしい人間だったり、一流
>大学を出ても大した事のない人間だったりします。「職業に貴賤なし」という言
>葉も身に染みて感じました。
これは経験に裏打ちされた言葉ですね。
>でも、やはり学歴の高い人のほうができた人だった事が多いです。
>学歴と躾はイコールではありませんが、親の教育に対する姿勢のようなものはあ
>るかもしれません。重ねていいますが、学歴と躾はイコールではありません。教
>育の善し悪しと学歴の高低もリンクしません。
仰りたいことはなんとなく分かります。でももう少し整理して言って戴い
た方が誤解も招かないのではないでしょうか。
>いろいろ難しい面もあります。生徒数が激減しているのに教育予算が減らないっ
>ていうのはまずいですよね。また、質の高い教師が増えるのなら問題ないのです
>が、簡単に教師になれるようになると、全体的に教師の質が低くなりがちです。
>そうなると、今度こそ本当に「学校が悪い」といわれかねません。
私は生徒が減っている今こそ教育条件を改善するチャンスだと思っていま
す。また仮に30人学級にしたところで、「簡単に教師になれる」ような
事態がくるとは思いません。むしろ採用数の極端な減少から引き起こされ
ている教員の高齢化や教員志望者の減少に歯止めがかかるのではないかと
思っています。
ただし人が人を選ぶのですから、採用時に絶対間違いないということはあ
りえません(こうした問題を2年位前ここで議論したことがあります。憶
えて下さってる方もおられるでしょうか。)。でも教員も(他の職業と同
様に)仕事をしていく中で成長していくものだと思います。ですから一人
一人の教員とともに教員の集団としての力量や教員を包む社会の質が問わ
れると思います。
>以前このグループでいった事があるのですが、クラス定員の削減ではなく、空き
>教室の有効利用策として、地域のお年寄りのたまり場を作るのはどうかと思うの
>です。もちろん「福祉財源」から予算はひねり出すのです。
クラス定員の削減はそれでも必要だと思います。一方で福祉予算もまもる
べきではないでしょうか。教育と福祉という人間の一番切実な部分の予算
を奪いあうというのでは寂しすぎると思います。財源は他から探すべきで
はないでしょうか。
なお学校を地域に開かれたものにしようというご意見自体には依存はあり
ません。
>学級崩壊は地域の崩壊が子供の世界まで波及しただけなのかも知れません。
そうですね。学校は社会の縮図ですから。学校を立て直すのは同時に地域
を立て直すのと平行してやらねばならないでしょうね。残念ながら教員が
そういう視点を充分にもっていないのかもしれません。私自身も改めて自
戒したいと思います。
Kazuhiro Iida wrote:
需要という面でみると、そう言う、「何も教えない」幼稚園は、
やっと最近、シェアを失いつつあるらしいです。親だって、それじゃあ、と
思い始めてるみたいです。
>
> > 1回、見に行ったことあるんです。
> > あっちでウサギを見てて、こっちで絵を描いてて、あっちで、こっちで、
> > 私は休み時間なんだと思いました。そしたら、授業中でした。
> > 自分がやりたきゃやるし、やりたくないことはやらない。
> > それだけ教わってくるんじゃないかな。
>
> 質問ですが、ある特定の一時限(?)と言うのではなく、幼稚園にいる時間
> 全部がそういう状態なのでしょうか? だとしたら大金払う価値はないなあ。
> うちの外で遊ばせとけばすむ話だもの。
>
Kazuhiro Iida wrote:
そこまでは私にはわかりませんが、見に行った時には、そういうのが今の
トレンドなのだ、みたいな説明を受けましたので、そうなのでしょう。
最近は、そういうのは減ってきているとも聞きますが。
--
+---------------------------------------+
+ Mac & HP200LX & Bike +
+ Kazuhiro Iida 飯田和宏 +
+ +
+ k...@macintosh.co.jp +
+ nd4k...@asahi-net.or.jp +
+---------------------------------------
--
いわさきだい
SHIDORI Tomoki wrote in message ...
>
>>
>> 自分勝手な「理」をてんでばらばらに主張している状態が
>> 問題になっているのではないですかね。
>
>社会と切り離された「理」、つまり合理性というものに何か意味が
>あるとは思えないのですが。てんでんばらばらに主張することが出
>来ないものだと考えます。
既に社会化された人間なら、そう言えるでしょう。
社会の「理」が第二の天性と言えるまでに内面化されているのですから。
そうなっていないからこそ子供なんです。何しろ、
彼らは社会に組み込まれ、組織化される、という経験に乏しいのですから。
>
>> 「弱肉強食」以外、「理」なんて恣意的なものですよ。
>
>それもかなり恣意的ですよ(笑)
強い者は弱者に恣意を押し付けることができる、ってことです。
恣意的なのは当然ですね。
「理」なんてものは最強の恣意にすぎない、「武」なんてものは最強の
暴力にすぎない、というのが私の考えです。
>
>> 自分には「理」がある、自分は「武」である、などと思い込み、
>> 疑おうともしない「力」こそが、最悪の暴力なのでは
>> ないですか。
>
>それはそうですね。自分一人、もしくは自分が属している
>コミュニティーだけに、「理」が宿っていると錯視したときに、
>力は暴力になるのは当然のことでしょう。
>
そういう意味では、「教育」ってのは暴力以外の何物でもないのでは。
子供という一人のヨソモノを、ある特定のコミュニティーに引きずり込もうと
しているのですから。
ついでですから(笑)もう少し妥協して、自分の「理」が錯覚
かもしれない、って具合にご自分を疑ってくれませんか。
教育や「武」を洗脳・暴力と区別している「理」があやふやなものかもしれない、
または、他にも「理」があるかも知れない、と疑って欲しいんです。
せっかく、社会と切り離された「理」に意味はない、とお認めなのですから。
社会と切り離されただけで成立しなくなる「理」なんて、「理」じゃないですよ。
少なくとも、これから社会に参入しようとする子供たちにとっては。
「理」なんて、もともと、その程度の物だ、と認めていただけるのなら、
代わりに、馬鹿なガキには犬をけしかけろ!という主張は引っ込めてもいい。
引き合いませんか?
まあ、自分の「理・武」は絶対だ、と思い込んでいる人に犬は使ってもらいたく
ないですから、どっちにしろ、犬を使え、という主張は引っ込めます。
>
>ぼくは、生徒を静かにさせるのに、腕力を使ったことは一度もありません。
それは、あなたと生徒とが既に同じ「理」を共有していたから、ではないですか?
例えば「自分が従うのは神と聖書の理だけ」という人間を静かにさせるのには、
私やあなたの「理」なんて役に立たないのではないでしょうか。
>でも、繰り返すようですが、番組で取り上げた例は、かなり異様でしたよ。
>あなたや私の常識的な理屈が、通用するのかとか、悩んじゃいますが。
私の理屈が常識的かどうかはともかく、ずいぶん弱気ですね(笑)
常識的な理屈が、つまり「理」が、通用しないのなら実力行使しか・・・あわわ。
私の提案しているのは、秩序だった、抑制された、最小の暴力なんで、
体罰が法で禁じられているうちは安易に使わないようにお願いいたしたい。
教師がキレちゃいけません。しどりさんには言うまでもないことですが。
///
古川 ニ一でした。
他の先進国と比較して日本の学校の一クラスの人数が多い事は承知しており
ます。クラスの人数が多ければ担任の目が行き届かなくなりやすい事に異論
はありません。しかしクラスの人数が多い事が、昨今の学級崩壊現象を生み
出す一要素だとしても、根本原因だとは思えません。この問題の根本は親の
無責任にあるからです。
一クラスの人数は戦後一貫して減少してきている筈です。若しクラスの人数
の多さが学級崩壊の根本原因であるとすれば、今以上に過去にこの種の現象
が現れなければなりません。私が小学校に通っていた当時は、一クラスの人
数は50人近くでした。それでも教師と生徒との意志疎通は或る程度あったと
思いますし、この様に破廉恥な学級崩壊現象などどのクラスにも有りません
でした。
教師の負担を大きくしているのは、一重に基本的躾を施さないで子供を学校
に入学させ、学校に全てを委ねる親の放任体質です。若しこの種の問題児に
より教師の負担が重くなり過ぎるというならば、公費で教師の数を増やすの
では無く、この問題児の親を学校に強制登校させて問題児の監督にあたらせ
るべきなのです。
憲法で義務教育は無償とすると謳っておりますが、私的な問題を公的な資金
で対応するほどこの国の財政は豊かではありません。緊縮財政が求められて
いる昨今、教育だけを聖域視して、学級崩壊問題の本質を見極めることなく
、一クラスの人数を減らす為に教師の数を増員するという短絡的対症療法に
は同調しかねます。
--
怒夢巣
IWASAKI Dai wrote in message <6n0lr4$dth$1...@venus.tristan.sakai.osaka.jp>...
いろいろな人がいると思います。
昔の恨みつらみを大切にしたい人はそういう生き方をするの
かもしれません。
ただ、私自身は、昔の恨みつらみを大切にする生き方には
興味がありません。
願わくば、「過去の恨み」に自分を縛りつけることなく、
もっと自由な自分になって「これから」に目を向けて欲しい。
たぶん、そのほうが、幸せになれると思います。
犬飼さんこちらに来られたんですね。
T.Inukai wrote in message <6mr4mo$ntc$1...@nntp.tiki.ne.jp>...
>それを知らずに批判するだけの人を見ると,
>それを知っている同業の人はつい反論したくなるんだよ。
私は*多少は*知ってるけど批判もするし反論もする。
批判しない事もあるし、反論しない事もある。
このNGに良く投稿される方は「先生頑張れ!」って方が多いんじゃないかな?
馬鹿教祖も一応教育を改善しようと思ってるみたいだから。
#実際に行なわれたら嫌だけど。
お互い励ましあい、自己批判をして頑張っていきましょうネ。
>みんなお互い認め合って尊重し合って社会は回ってるんじゃないかな。
いまはそうじゃないんだろうね。皮肉にとって逆ギレする人もいるし。
ここにはそんな人いないと思いますが。
――――――――――――――――――――
武島 "t-shot" 正太郎
mailto: t_s...@d1.dion.ne.jp
tas...@mail.interq.or.jp(予備アカウント)
Web site(いまジ) おすすめフリーソフト紹介
http://www-user.interq.or.jp/%7Etashot/
Furukawa wrote in message <6n2k9k$f56$1...@news.mitene.or.jp>...
>
>ついでですから(笑)もう少し妥協して、自分の「理」が錯覚
>かもしれない、って具合にご自分を疑ってくれませんか。
>教育や「武」を洗脳・暴力と区別している「理」があやふやなものかもしれない、
>または、他にも「理」があるかも知れない、と疑って欲しいんです。
>せっかく、社会と切り離された「理」に意味はない、とお認めなのですから。
>
>社会と切り離されただけで成立しなくなる「理」なんて、「理」じゃないですよ。
>少なくとも、これから社会に参入しようとする子供たちにとっては。
>
>「理」なんて、もともと、その程度の物だ、と認めていただけるのなら、
>代わりに、馬鹿なガキには犬をけしかけろ!という主張は引っ込めてもいい。
>引き合いませんか?
>まあ、自分の「理・武」は絶対だ、と思い込んでいる人に犬は使ってもらいたく
>ないですから、どっちにしろ、犬を使え、という主張は引っ込めます。
>
ここで、「自分の理があやふやな物だ、と心得ている人間なら暴力を使っても
いいのかよ?」という疑問が出ると思います。
たしかに、矛盾しているんですよ。
「理」ですらないものを暴力で押し付けるなんて、ねぇ。
でも、いいんです。
これは極めてエゴイスティックな希望なんですが、
自分は「理」ではないかもしれない、と常に自分を疑いつづける「理」こそが
最強の「恣意」であって欲しい。
ただそれだけのことなんです。
そろそろ、おためごかしはやめたらどうでしょう。
我々が次の世代を教育するのは、結局のところ、子供たちのためなんかじゃ
ありません。自分たちのためなんです。
自分たちの「理・武」の援軍にするために、子供たちを新兵として訓練
しているんです。
それすら満足にできない「理・武」は滅ぼされるしかないんです。
ところが私は、今現在の「理・武」に滅びて欲しくないんですよ。
奇跡的なまでに寛容で、自信なさげな「理・武」に、ね。
子供たちのため・・・じゃなくて自分のために、ですよ。
我々は何のために教育するのか。
我々は子供たちにどんな人間になることを望むのか。
今こそ、それを、地に足をつけて、等身大の視線で、
再確認すべき時なのではないのでしょうか。
///
古川 ニ一でした。
hiro wrote in message <6no4m2$e78$4...@news.kyoto-inet.or.jp>...
>hiroyukiです
>何をおっしゃっているのかよくわかりません。
>めんどうでなければ、もう少し分かりやすくしてください。
>
どこから分からないのか、どのような疑問があるのか、
具体的に引用して指摘した上で、反論を述べては頂けないでしょうか。
めんどうでなければ、でいいんですがね。
演説は趣味じゃないもんで。
それと、まともな議論をお望みなら、フォローは一度に一つか二つに
しぼってくれると、こちらとしても有り難いです。
///
古川 ニ一でした。
hiro wrote in message <6no4m4$e78$6...@news.kyoto-inet.or.jp>...
>hiroyukiです
>・・・ 略・・・
>>今ならまだ「平手打ち」で間に合うのにねぇ。
>
>
>あなたを「平手打ち」しても間に合いますか・・・・・・・・・?
>
平手打ちの前に理由を教えてくれませんかね。
こちらは理屈の通じない子供じゃないつもりなんで。
「わからないから」なんていう理由なら、
平手打ちの必要なガキはあなただ、ってことになりますよ。
///
古川 ニ一
hiro wrote in message <6no4m3$e78$5...@news.kyoto-inet.or.jp>...
>hiroyukiです
>
>>とりあえず、補足です。
>>人間を暴力から守ってくれる暴力が「権力」であると言えるでしょう。
>>これは、ヤクザから共産党まで、権力を振るおうとする者が持つ、共通の
>>「理」です。イデオロギーと言い換えてもいい。
>>これは教師も親も同じですよ。
>>彼らが子供たちに教育を施すのは、より大きな危険から子供を守るため
>>でしょう。
>>そう信じるからこそ、他人にものを教えると言う、傲慢な行為を正当化
>>できるのでしょう?
>
>
>何をおっしゃっているんですか。詳しく教えてください。
教育が、特に義務教育や家庭教育が
統治や社会秩序維持の一部門でしかない、ということは
理解できますか?
>
>>われわれ大人は「権力」が、より悪質な暴力から自身を守ってくれると
>>信じるがゆえに、権力に従っています。でも子供にはそれは理解できない
>>でしょう。子供には、それこそ「その場だけがすべて」なんですから。
>
>
>権力が一人一人の個人を守ってくれるから権力に従っておられんですか。
そうですよ。
これは歴史上に登場したいかなる権力にも例外なくあてはまることでしょう。
奴隷所有者は奴隷が命令に従う限り、その奴隷の生存を保障しなければ
ならない。そうでなくては奴隷を働かせることはできんでしょう?違いますか?
他のヤクザから縄張りを守ることができないヤクザはショバ代を取りたてる
ことができない。あたりまえでしょう?
ある宗教を信じ、戒律に従えば死後の永遠の平安を約束される・・・
そのような約束をできない宗教が権力を振るうことができますか?
権力は、どんな権力であれ、従う人間を何かから守っている
という点では同じような物です。
まぁ、保護する、ということを口実にして権力を振るっている
とも言い換え可能ですが・・・
それにしたって、実際に保護する能力があるからこそ権力
というものが発生するんです。
ちょっと古臭いタトエを出しましょうか。
権力に従うということは、契約を交わしていることと同じです。
服従し、搾取され抑圧されるかわりに安全や秩序、その他良い物を享受する、
という契約です。
その契約を忘れた権力が革命で倒されるのでしょうし、民衆に、より有利な契約を
提示できる人間が権力者になれるのでしょう。
うれしいことに、我々の従っているモロモロの権力は奴隷所有者や
ヤクザや宗教よりも強くて優しいわけですよ。
比較的、ですが。
しかし、それが子供に理解できるでしょうか。
「その場だけがすべて」と思っている子供に、ですよ。
そんな子供にとっては教師の権力は、ただ単なる抑圧にしか見えないでしょう。
抑圧と引き換えに享受できるものが見えないんです。
なにしろ「その場だけがすべて」ですから。
#家庭教師のアルバイトをしていた時に「こんなことが何の役に立つんですか?」
#と、中学生に真顔で質問されたことがあります。
#「その場だけがすべて」じゃないということが身にしみて理解できるのは
#受験を経験した後なんでしょうね。
とにかく、そんな子供は契約の主体になるには、あまりにも未熟すぎる、
ということです。
>私は大人だと思っているんですが、理解できません。私は実は子どもなんでしょう
>か。
もしかして、あなたには権力が、ただ単なる抑圧と搾取にしか見えないんですか?
もしそうなら、もしそうなら、あなたは立派な子供です。自分の手が汚れて
いない、と思い込んでいるだけのカマトトですな。
>それから、「その場だけがすべて」で何か問題があるんですか。
別に。
「その場だけがすべて」な人間は、それなりに行動し、それなりに扱われる
まで、ですから。
周囲の人間のための、やっぱり「その場だけがすべて」じゃない、という
良い教訓になるでしょうね。
>
>>だからこそ、子供に、より悪質な暴力が存在することを体罰によって
>>具体的に示し、「教育」という・・・より良質な「暴力」を受け入れ
>>させるしかないんです。
>
>何をおっしゃっているのか、私にはさっぱり分かりません。
>
「おとなしく言うことを聞いておいた方が、お前の身のためだぞ」
という恫喝をちょっとばかり洗練された言い回しで言い換えてみただけです。
大抵の教師は、子供を脅迫しますよね。
「このままでは困るのは君なんだぞ」とか、ね。
しかしそんな洗練された脅迫は「その場だけがすべて」な子供には
通用しないでしょうね。
ですから、具体的な実力行使が必要とされるわけです。
こんなことは小学校に上がる前に家庭で済ませておくべき事、なんですけどね。
ずいぶんおせっかいだな、と感じられるでしょうけど、暴力を使うのは
その子供本人のためだけではないのですよ。
ヤクザや宗教家みたいなオタメゴカシは御免です。
その子供に、ちゃんとルールを守り、社会秩序の意義を理解できる人間に
なってもらわなくては、迷惑をこうむるのは我々なんですから。
///
古川 ニ一でした。
(略しました)
>そんな、やからに子どもを殴って欲しくありません。それは何の心も無い暴力だか
>ら。
>
おおむね同感です。
正直に言うと(笑)この社会がこのままの状態で、学校に体罰を導入
するのには反対です。
偽善やオタメゴカシを排し、避けられない汚辱や暴力を自分の責任において
引き受ける覚悟をした上でなければ、
体罰は、モロモロのゴタゴタを手っ取り早く排除するお手軽な手段、に堕する
危険がアリアリですからね。
///
古川 ニ一
>昔は、地域ぐるみで子育てしていた。
>近所の悪がきが悪さしていると怒鳴りながら追いかけてくる爺が居た。
>そして、捕まえて親に突き出し、親も子どもの非を認め誤った物でした。
>それは、一つに信頼感が地域にあったからです。
>言い聞かして解らない子どもは殴ればいい。
先日のことです。マンションの入り口にあるインターホンを使って、いたずらをして
いる小学校4年生ぐらいの男の子を見つけました。私は大声で叱りつけました。そこ
で、その男の子は、突然、土下座をし、「許してください。ごめんなさい。もう二度
としませんから」というのです。「君の親に会って話をするから、私を君の家まで連れ
て行きなさい」と言っても、顔も上げずに土下座したままで、先ほどの言葉を繰り返
すのです。こんなことを何度も繰り返しているうちに、周りに人が集まってきまし
た。何だかこちらが男の子をいじめているような雰囲気になってしまい、「二度とす
るなよ」っと言って帰してやりました。
子どもが土下座をして謝ることに、私は唖然としました。本当に悪いと思ってすぐに
こんな謝り方をするでしょうか。叱られたら謝っておけばよい、というように私は感
じました。
言い聞かして分かる分からないの以前の問題もあるようです。
>しかし、今の学校の先生の様な連中には殴って欲しくない。殴ってしつけるのは親
が
>します。
今の学校の先生のような連中とは、どんな連中なんでしょうか。
もしよかったら教えていただけませんか。
>サヨク的な思想にねじまがった公務員教師がどうやろうが躾には見えない。良い先
生
>もいらしゃるんだけどなぁ・・・・・・・・・・・
サヨク的な思想にねじまがった公務員教師というのも、どんな教師なのか教えてくだ
さい。
>私の娘の(小1)担任の先生は何度かお会いして、まあ、世間の常識を持っている
先
>生であるようです。娘が言う事きかん時は殴ってくれと言ってあります。
私にも娘(小2)がいますが、どんな状況であろうとも、娘を殴ってもらっては困りま
す。そんなことがもしあれば、私は黙ってはいませんよ。
>私の様に何度も娘の担任の先生に会える機会の無い親は(あう気もないか)不安で
>しょ。良く知りもし無い他人に殴られるは通り魔的で嫌な物です。大昔学校の先生
と
>いえば世間が一通りの信頼を置いて居た頃は先生のする事に間違いなかろうで黙認
し
>ていたが、日教組の集会に平日子どもをほっぽいて出て行くような連中が信頼でき
る
>訳無いでしょ。
>そんな、やからに子どもを殴って欲しくありません。それは何の心も無い暴力だか
>ら。
ちょっと理解できないので質問させていただきます。
担任の先生は信頼できるが、そのほか大多数の先生は信頼できない、さらには日教組
の集会に出て行くような連中はまったく信頼できない、ということなんでしょうか。
もしそうだとすれば、もう少し詳しく理由を教えていただけませんか。
小学校の先生は忙しそうで、なかなかお会いする機会はないですね。
もっともこちらも昼間は働いているので、時間を取ることはなかなかできませんが。
体力的に大人より劣る子どもに対して「平手打ち」で指導する。と読めたので、そうい
うのは卑怯なんじゃないっと思って、そういうのに指導するのはやっぱり「平手打ち」
しかないのかなっと思っただけです。
でも、私は暴力はふるいませんよ。書かれていることを読んで、その理論でいくと
「平手打ち」になるのだろうと思ったまでです。
子どもを殴るだけでよくなりますか。
やっぱりよくわかりません。
統治というのは、主権者が国(市民)を支配することだと思うんですが、日本では今は
市民が主権者となっているので、統治している人はいるのか、いるとしたらいったい
誰であるのかよく分からないんです。それと、社会秩序維持の一部門として義務教育
や家庭教育があると読めるんですが、私にはそうとは思えないんです。義務教育は社
会秩序維持のためにあるんでしょうか。もしそうだとすれば、現在ある義務教育制度
はずいぶんと長い時間がたっていますが、社会秩序は悪くなっているように思いま
す。やはり義務教育の中身に問題があるのでしょうか。
私の子どもには、義務教育である程度の知識をつけてほしいということと、集団で何
かに取り組むという体験をしてほしいと思っているだけなんですが、それでは何かお
かしいのでしょうか。
>>権力が一人一人の個人を守ってくれるから権力に従っておられんですか。
>そうですよ。
>うれしいことに、我々の従っているモロモロの権力は奴隷所有者や
>ヤクザや宗教よりも強くて優しいわけですよ。
>比較的、ですが。
奴隷所有者の話やヤクザの話はよくわかりました。
でも、それらから守ってくれているのは、今の権力なんですか。
その権力は誰が持っているのですか。
誰でも持つことはできるんですか。
権力ということがよくわからないのです。
>しかし、それが子供に理解できるでしょうか。
>「その場だけがすべて」と思っている子供に、ですよ。
>そんな子供にとっては教師の権力は、ただ単なる抑圧にしか見えないでしょう。
>抑圧と引き換えに享受できるものが見えないんです。
>なにしろ「その場だけがすべて」ですから。
私にもまだ理解できないんですが、子どもに理解できないと何か問題があるのです
か。抑圧と引き換えに享受できるものは何ですか。
>#家庭教師のアルバイトをしていた時に「こんなことが何の役に立つんですか?」
>#と、中学生に真顔で質問されたことがあります。
こういったことを考える人は多いようです。私もそう考えた時期があります。
>#「その場だけがすべて」じゃないということが身にしみて理解できるのは
>#受験を経験した後なんでしょうね。
勉強について、「その場だけがすべて」じゃないを実感したのは、大学生のときでし
た。もっといろいろと勉強しておくべきだったと。でも、受験で感じたことはないで
す。
>とにかく、そんな子供は契約の主体になるには、あまりにも未熟すぎる、
>ということです。
この契約ということも、具体的に何の事だかわかりません。
>>私は大人だと思っているんですが、理解できません。私は実は子どもなんでしょう
>>か。
>もしかして、あなたには権力が、ただ単なる抑圧と搾取にしか見えないんですか?
>もしそうなら、もしそうなら、あなたは立派な子供です。自分の手が汚れて
>いない、と思い込んでいるだけのカマトトですな。
先ほども書きましたが、権力が何をさして言われているのか分からないのです。何を
さしているのか分からないので、抑圧と搾取というものをここで見るまで考えてもい
ませんでした。自分の手が汚れていないというのもどう言うことなんでしょうか。過
去を振り返ると、悪いこともしてきましたが、どんなことなんでしょうか。
>>>だからこそ、子供に、より悪質な暴力が存在することを体罰によって
>>>具体的に示し、「教育」という・・・より良質な「暴力」を受け入れ
>>>させるしかないんです。
>>
>>何をおっしゃっているのか、私にはさっぱり分かりません。
>
>「おとなしく言うことを聞いておいた方が、お前の身のためだぞ」
>という恫喝をちょっとばかり洗練された言い回しで言い換えてみただけです。
>
>大抵の教師は、子供を脅迫しますよね。
>「このままでは困るのは君なんだぞ」とか、ね。
>しかしそんな洗練された脅迫は「その場だけがすべて」な子供には
>通用しないでしょうね。
>ですから、具体的な実力行使が必要とされるわけです。
「このままでは困るのは君なんだぞ」の後に具体的にいえば分かる子どももいると思う
んですが、それにわからなくとも、丁寧に説明することも必要なときはあるんじゃな
いでしょうか。私の経験では、何年もしてから、あっあの時先生の言われたことはこ
ういったことだったのか、と気づいたことがよくありました。
>こんなことは小学校に上がる前に家庭で済ませておくべき事、なんですけどね。
>
>ずいぶんおせっかいだな、と感じられるでしょうけど、暴力を使うのは
>その子供本人のためだけではないのですよ。
>ヤクザや宗教家みたいなオタメゴカシは御免です。
>その子供に、ちゃんとルールを守り、社会秩序の意義を理解できる人間に
>なってもらわなくては、迷惑をこうむるのは我々なんですから。
暴力を使わなければ、ルールを守り、社会秩序の意義を理解できる人間に、子どもは
育ちませんか。そんなことはないでしょう。私の回りには、暴力を使われなくても、
そういった人間になっている人はたくさんおられます。
暴力を受ければ、憎しみは生まれませんか。もし、憎しみが生まれることも大事なこ
とであるならば、その理由もお聞きしたいのですが。
-----------------------
hiroyuki
-----------------------
これまで、家庭での躾や学校での教育に関する記事の中
において、子どもの親や先生、すなわち
「おとなを殴ってはどうか」
という提案がなされたことはなかったのでしょうか?
また実際に大人をどついてみた効果の報告がなさ
れたことはあったのでしょうか?
申し訳ありませんが、メールでも結構ですので
どなたかお教えいただけませんでしょうか。
#わたし1年半ほどfj.educationの記事を読んで
いない期間がありまして、すいませんがよろしく
お願いします。
SINCERELY, ‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾
KABATA, Hiroyuki, in Group Mol. Genetics,
hiro wrote in message <6ntg6a$re7$1...@news.kyoto-inet.or.jp>...
>
>体力的に大人より劣る子どもに対して「平手打ち」で指導する。と読めたので、そ
うい
>うのは卑怯なんじゃないっと思って、そういうのに指導するのはやっぱり「平手打
ち」
>しかないのかなっと思っただけです。
卑怯で、卑劣で、非人道的な行為でしょうね。はっきり言って。
しかし、奇麗ごとだけじゃ済まない局面もある、ってことが分かりませんかね。
おっと、それと、もし私が何か不法行為を犯した時は、あなたが「平手打ち」
するには及びませんよ。警察が法に基づいて、暴力的に処理してくれる
でしょうね。
逮捕にあたって、警察は、私に一対一の決闘を挑む、といった正々堂々
とした方法はとらんでしょう。
>
>でも、私は暴力はふるいませんよ。書かれていることを読んで、その理論でいくと
>「平手打ち」になるのだろうと思ったまでです。
あなたが自ら暴力を使わなくて済むのは、他の誰かが代行しているからです。
>子どもを殴るだけでよくなりますか。
どのように「よく」なるのでしょうかね。
よい軍国少年ですか? よい共産主義少年ですか? よいオウム少年ですか?
よいヒトラーユーゲントですかね?
「よい・悪い」なんて状況によって変わる物ですよ。
その程度のあやふやで恣意的な善悪の価値判断基準を
子供に、疑う機会も与えずに、絶対的に「よい」ものとして
おしつけることの方が悪質な暴力であると言えませんかね。
あなたが、暴力を使わずに済む、と思っているのは、つまり、
ご自分が疑いようのない真理を体現してる、という思い上がりか、
さもなければ、あなたに代わって暴力を行っている人々を
無視している、ということでしょう。どっちにしろ傲慢
以外の何物でもありませんよ。
そんな幻想が最悪の暴力を生むんです。
それに、私は「殴ることが良いことだ」などと言ったことはありませんよ。
大人を刑務所に入れるよりも、子供のうちに教師が体罰を与える方が、
教師の体罰より親の平手打ちの方が、
より暴力の量が少なくて済む、ということを言っているだけです。
同時に出した別の投稿と、ほとんど同じ内容になってしまいましたので、
この記事にはフォローは無用です。>Hiroyukiさん
///
古川 ニ一
hiro wrote in message <6nte87$pmt$1...@news.kyoto-inet.or.jp>...
>やっぱりよくわかりません。
>統治というのは、主権者が国(市民)を支配することだと思うんですが、日本では今
は
>市民が主権者となっているので、統治している人はいるのか、いるとしたらいった
い
民主制の世の中ですから、「我々」が個人個人を統治しているんですよ。
時には暴力的に、ね。
#「市民」は意味が曖昧ですので「国民」という言葉を使われてはいかがですか。
>誰であるのかよく分からないんです。それと、社会秩序維持の一部門として義務教
育
>や家庭教育があると読めるんですが、私にはそうとは思えないんです。義務教育は
社
>会秩序維持のためにあるんでしょうか。もしそうだとすれば、現在ある義務教育制
度
>はずいぶんと長い時間がたっていますが、社会秩序は悪くなっているように思いま
>す。やはり義務教育の中身に問題があるのでしょうか。
もちろん、それだけではありません。
我々の社会秩序を裏から支えるイデオロギーの歪みが教育の在り方にも
影響を与えている、と見るべきでしょう。
>私の子どもには、義務教育である程度の知識をつけてほしいということと、集団で
何
>かに取り組むという体験をしてほしいと思っているだけなんですが、それでは何か
お
>かしいのでしょうか。
おかしくないでしょう。
社会秩序を維持するためには個人個人に最低限の教養と協調性とを
押し付けることが絶対に必要なんじゃないですかね。
あなたがお子さんを学校にやるのも、そんな教養と協調性を身につけさせる
ためなのではないですか。
そして、その方がお子さんの身のためになると信じるからこそ、
お子さんを学校に行かせているんじゃないですか。
>
>奴隷所有者の話やヤクザの話はよくわかりました。
>でも、それらから守ってくれているのは、今の権力なんですか。
そうです。
警察がなくなれば、明日からでもヤクザやカルトが権力を持ち
人身売買など非道が行われるでしょうね。
そして、暴力が暴力を生み、憎しみが更なる憎しみを生む悪夢的
状況になるでしょうね。
>その権力は誰が持っているのですか。
「我々」が我々の代表に権力を委託しているんです。
その権力が「隣人」の暴力から個人個人を守っているんですよ。
これも「契約」の一つです。
>誰でも持つことはできるんですか。
あなたが私にとって有益な政策を提示して立候補していただければ、
私はあなたに票を入れるでしょうし、
あなたが多数派を占めることができれば、あなたは権力を得ることが
できますよ。
>権力ということがよくわからないのです。
おっと、そういう方には立候補は奨められませんね。
>
>>しかし、それが子供に理解できるでしょうか。
>>「その場だけがすべて」と思っている子供に、ですよ。
>>そんな子供にとっては教師の権力は、ただ単なる抑圧にしか見えないでしょう。
>>抑圧と引き換えに享受できるものが見えないんです。
>>なにしろ「その場だけがすべて」ですから。
>
>
>私にもまだ理解できないんですが、子どもに理解できないと何か問題があるのです
>か。抑圧と引き換えに享受できるものは何ですか。
>
教養や協調性、学歴など、社会をわたっていく上で有利になるもの、です。
また、隣人同士が同じ教養や常識を共有している、ということは社会を
運営していく上で極めて便利なことでしょう。
子供ですから、それが理解できないのも無理はない、ですから、
その場だけでも大人しくさせるために暴力的な恫喝も必要となるのでは。
>勉強について、「その場だけがすべて」じゃないを実感したのは、大学生のときで
し
>た。もっといろいろと勉強しておくべきだったと。でも、受験で感じたことはない
で
>す。
そうですか・・・うらやましい人生ですな。
私は受験を通じて、社会が人間を金銭や偏差値やその他モロモロの価値観で
値段を付けられ、切り売りされる「人肉市場」である、ということを身にしみて
知りました。 人間社会は差別の体系にほかならず、
そしてそれは泣いても叫んでも避けようのないことである、ということも
勉強しました。
>
>>とにかく、そんな子供は契約の主体になるには、あまりにも未熟すぎる、
>>ということです。
>
>この契約ということも、具体的に何の事だかわかりません。
>
あなたは何のために法やルールに従っているのですか。
従うことによって利益が享受できることをアテにしているからではありませんか。
それは、契約を結んでいる、という事を意味していませんか。
そうならば、将来の利害損得が理解できない「その場だけがすべて」な
子供や犯罪者に暴力的に対抗することに同意していただけるものと思います。
そうでないのなら、
罰が恐いから、という理由で法やルールに従っているのだとしているのなら、
社会秩序や法や権力が、暴力以外の何物でもない、という私の説に
同意していただけるんじゃありませんか。
>
>先ほども書きましたが、権力が何をさして言われているのか分からないのです。何
を
>さしているのか分からないので、抑圧と搾取というものをここで見るまで考えても
い
>ませんでした。自分の手が汚れていないというのもどう言うことなんでしょうか。
過
>去を振り返ると、悪いこともしてきましたが、どんなことなんでしょうか。
法律に縛られ、税金を取られるということを「抑圧と搾取」と表現いたしました。
民主制の世の中ですから、権力に対して、あなたも重大な責任を持っている
んですよ。
あなたは法律と税金で抑圧と搾取をされていますが、あなたも民主制の中で
利益を受け、安寧を守られている以上、
紛れもなく、抑圧と搾取をする側でもあるんです。
つまり、あなたも共犯者だ、ということですよ。
>
>「このままでは困るのは君なんだぞ」の後に具体的にいえば分かる子どももいると
思う
>んですが、それにわからなくとも、丁寧に説明することも必要なときはあるんじゃ
な
口で言って分かる子供まで殴れ、とは言ってませんよ。
「その場だけがすべて」だから口で言っても分からないんじゃないんですか。
>いでしょうか。私の経験では、何年もしてから、あっあの時先生の言われたことは
こ
>ういったことだったのか、と気づいたことがよくありました。
「何年もしてから」じゃ遅すぎるんじゃないですかね。モノによっては。
何人も人を殺してから、死刑台で「こういうことだったのか」と気づく人もいます
よ。
しかも、けっこうたくさん。
>
>暴力を使わなければ、ルールを守り、社会秩序の意義を理解できる人間に、子ども
は
>育ちませんか。そんなことはないでしょう。私の回りには、暴力を使われなくて
も、
>そういった人間になっている人はたくさんおられます。
そして、現行の社会秩序やルールを絶対に疑わない人間になられた、
というわけですか。
私は、ルール、社会秩序、法は暴力そのものだ、と主張しているのですが・・・
どこかの宗教の教祖が言ってたような気がしますが、
「殺人じゃない、ポア(ポワ?)だ」ってね。
私はこのスレッドで、そういう偽善を批判しているんですよ。
>暴力を受ければ、憎しみは生まれませんか。もし、憎しみが生まれることも大事な
こ
>とであるならば、その理由もお聞きしたいのですが。
暴力は憎しみを生み出す。当然のことです。殴っておいて、感謝しろ、愛してくれ、
とは言うつもりはありませんよ。
我々の権力は、
暴力が憎しみを生み、憎しみがまた暴力を呼ぶ、
といった限りない暴力の応酬合戦を
制止できるような圧倒的な暴力でなければならないんです。
///
古川 ニ一
>
>ちょっと理解できないので質問させていただきます。
>担任の先生は信頼できるが、そのほか大多数の先生は信頼できない、
いえいえ、良い先生もいれば悪い先生もいると言う事ですよ。
良い悪いの基準は私の抽象的な基準です、何もあなたを説得する気はありませんの
で。また、あなたが何と書こうと私を説得できないでしょ。
さらには日教組
>の集会に出て行くような連中はまったく信頼できない、ということなんでしょう
か。
>もしそうだとすれば、もう少し詳しく理由を教えていただけませんか。
>
私は、日0共0党(選挙期間中の配慮)が絶対に信頼できないからです。
>小学校の先生は忙しそうで、なかなかお会いする機会はないですね。
>もっともこちらも昼間は働いているので、時間を取ることはなかなかできません
が。
>
>
私は、仕事でちょくちょく小中学校に行きますので。
良い悪い、と言うより常識的な社会人かどうかと言う方が解りやすいでしょうか。
敗戦後、食料がなく、闇物資に手をつけた。というようなことがあったそうですが、
こういうことなら分かります。
でも今回のことは分かりません。
>おっと、それと、もし私が何か不法行為を犯した時は、あなたが「平手打ち」
>するには及びませんよ。警察が法に基づいて、暴力的に処理してくれる
>でしょうね。
>逮捕にあたって、警察は、私に一対一の決闘を挑む、といった正々堂々
>とした方法はとらんでしょう。
「法に基づいて暴力的に処理する」ってどういうことなのか理解できません。
「法に基づかなく暴力的に」というのなら分かります。
警察が誰かに一対一の決闘を挑む、というのが正々堂々とは思えません。
確実に法を犯しています。正々堂々ではありません。
>>子どもを殴るだけでよくなりますか。
>
>どのように「よく」なるのでしょうかね。
>よい軍国少年ですか? よい共産主義少年ですか? よいオウム少年ですか?
>よいヒトラーユーゲントですかね?
あなたが「よく」なるっていっているのではないかと判断したのですが、解釈が間違っ
ていましたか、間違っていたとしたら、謝ります。申し訳ありませんでした。
>「よい・悪い」なんて状況によって変わる物ですよ。
>その程度のあやふやで恣意的な善悪の価値判断基準を
>子供に、疑う機会も与えずに、絶対的に「よい」ものとして
>おしつけることの方が悪質な暴力であると言えませんかね。
押し付けはいけません。
>あなたが、暴力を使わずに済む、と思っているのは、つまり、
>ご自分が疑いようのない真理を体現してる、という思い上がりか、
>さもなければ、あなたに代わって暴力を行っている人々を
>無視している、ということでしょう。どっちにしろ傲慢
>以外の何物でもありませんよ。
>そんな幻想が最悪の暴力を生むんです。
真理ってあるんですか。私は真理を追究するってことはやってもいいと思っています
が、これが真理ですといわれるのは困ります。
私に代わって暴力を振るっている人は誰なんでしょうか。知らないから無視すること
もできません。
ですからあなたの理論でいくと傲慢ではありません。別に傲慢といわれてもかまいま
せんが。自分が、自分はこんな人間だといくら思っていても、それを評価するのは他
者ですから。
ひょっとして、レッテルを貼るのがお好きなのですか。
>それに、私は「殴ることが良いことだ」などと言ったことはありませんよ。
>大人を刑務所に入れるよりも、子供のうちに教師が体罰を与える方が、
>教師の体罰より親の平手打ちの方が、
>より暴力の量が少なくて済む、ということを言っているだけです。
私もあなたが「殴ることが良いことだ」と言っていると言ってはいません。
子どもが理由もつけられず、そして知らされずに平手打ちされることで、大きくなっ
たとき、他者に暴力を振るう人間になるのではないでしょうか。
他人と話をしていて、他人に理解してもらえないとき、暴力に訴えるのではないで
しょうか。それを子どものときされていたのですから。
暴力の拡大再生産です。
-------------------------
hiroyuki
-------------------------
社会秩序を裏から支えているのがイデオロギーであるという論理を始めてお聞きしま
した。
イデオロギーとは、社会のそれぞれの立場を反映したものだとか、思想とか考え方と
いうようなものではないでしょうか。だからイデオロギーの歪みといわれてもますま
す分からなくなるだけです。イデオロギーに歪みってないでしょう。イデオロギーが
教育の在り方に影響
を与える、というのならまだ分かります。
>>私の子どもには、義務教育である程度の知識をつけてほしいということと、集団で
>何
>>かに取り組むという体験をしてほしいと思っているだけなんですが、それでは何か
>お
>>かしいのでしょうか。
>
>おかしくないでしょう。
>社会秩序を維持するためには個人個人に最低限の教養と協調性とを
>押し付けることが絶対に必要なんじゃないですかね。
>あなたがお子さんを学校にやるのも、そんな教養と協調性を身につけさせる
>ためなのではないですか。
>そして、その方がお子さんの身のためになると信じるからこそ、
>お子さんを学校に行かせているんじゃないですか。
押し付けはだめです。社会秩序を維持するためとは考えていません。結果は同じにな
るかもしれませんが。
>>奴隷所有者の話やヤクザの話はよくわかりました。
>>でも、それらから守ってくれているのは、今の権力なんですか。
>
>そうです。
>警察がなくなれば、明日からでもヤクザやカルトが権力を持ち
>人身売買など非道が行われるでしょうね。
>そして、暴力が暴力を生み、憎しみが更なる憎しみを生む悪夢的
>状況になるでしょうね。
5年前のことです。私が車で走っているとき、直進しているにも関わらず、無理やり
右折して私の車にぶつかってくる車がありました。その運転手がヤクザでした。警察
は事故の検分をして立ち去りました。相手の車は無保険でした。私の入っている保険
会社の人が来ました。相手に脅されて帰ってしまいました。私一人残されて法外な金
額を要求されました。何とか一旦家に帰ることができました。警察に連絡しました。
こんなことではなかなか動いてくれないようでした。もし何か直接的な被害にあえ
ば、すぐに対応してくれるようお願いし、担当の方のお名前を教えていただきまし
た。事故の相手から電話がありました。警察の担当の方の名前をだしました。あまり
効き目はなかったようです。そして一部始終を録音しました。それはすごい脅迫と罵
詈雑言でした。そのテープを持って弁護士のところへ行きました。そして裁判を起こ
しました。2年かかりましたが、私が勝ちました。
このとき私は、日本は警察国家ではなく法治国家だと改めて実感しました。
>>その権力は誰が持っているのですか。
>
>「我々」が我々の代表に権力を委託しているんです。
>その権力が「隣人」の暴力から個人個人を守っているんですよ。
>これも「契約」の一つです。
>
>>誰でも持つことはできるんですか。
>
>
>あなたが私にとって有益な政策を提示して立候補していただければ、
>私はあなたに票を入れるでしょうし、
>あなたが多数派を占めることができれば、あなたは権力を得ることが
>できますよ。
>
>>権力ということがよくわからないのです。
>
>おっと、そういう方には立候補は奨められませんね。
あなたがいわれる権力の意味がわからなかったのです。
国会議員などのことだったのですね。
彼らに私たちの持っている権力を委託しているというのですね。
最近見ていると、議員は官僚にやられっぱなしのようですね。
私たちの代表だからたいしたことないんでしょうかね。
でも公務員も公僕のはずですよね。
どうなっているんでしょうかね。
>>私にもまだ理解できないんですが、子どもに理解できないと何か問題があるのです
>>か。抑圧と引き換えに享受できるものは何ですか。
>>
>
>教養や協調性、学歴など、社会をわたっていく上で有利になるもの、です。
>また、隣人同士が同じ教養や常識を共有している、ということは社会を
>運営していく上で極めて便利なことでしょう。
>子供ですから、それが理解できないのも無理はない、ですから、
>その場だけでも大人しくさせるために暴力的な恫喝も必要となるのでは。
抑圧や暴力的恫喝がなければ本当にできませんか。
どうもそこが納得できないんです。
>私は受験を通じて、社会が人間を金銭や偏差値やその他モロモロの価値観で
>値段を付けられ、切り売りされる「人肉市場」である、ということを身にしみて
>知りました。 人間社会は差別の体系にほかならず、
>そしてそれは泣いても叫んでも避けようのないことである、ということも
>勉強しました。
悲惨ですね。
人生は金や、とか、腐っても東大、とか、言ってる人を見たことがあります。
その人が、なんだか情けなかったです。
金銭や偏差値って、他者との比較ですよね。自分自身の向上って考えられないでしょ
うか。
それから、100mを10秒で走れといわれても、ほとんどの人は走れないわけです。世の
中の価値基準が100mを走る速さだけだとしたら恐ろしいですよね。そういった価値判
断をどうしていくかと考えるのも大事なんじゃないでしょうか。無理でしょうか。で
も、あなたのいわれる他者の価値基準にとらわれない人も多数ではありませんが、結
構おられますよ。
私の友達について何人か紹介します。
全国的に名のとおったある大学に通っていたのがいましたが、そのとき
ファミリーレストランでアルバイトをしていたんです。2年になったとき、料理に目
覚めた、といって大学を辞めてしまい、料理の専門学校に行きました。卒業後、イタ
リアンレストランに修行に行きました。給料は大卒の半分ぐらいでした。10年経ち、
自分の念願の店を持つことができました。開店当時は、それほどお客さんは入ってい
ませんでしたが、本人は、自分の作ったものを食べてもらうのが嬉しい、といってい
ました。今、イタリアンブームもあり、そこには予約をしないと行けない状態になっ
ています。
こんなのは私の周りにはたくさんいますよ。詳しく書くと人物が特定されるので書き
ませんが、高卒、それもぎりぎりで卒業させてもらい、ふらふらしていて、アメリカ
に遊びに行って、向こうでバイトしているときにアップルⅡにであい、アップルに惚
れ込んでしまって夢中になっているうちにアップル関係の会社のえらいさんになって
いるものもいます。本人は金儲けなんか考えずにやってきているにも関わらず、現在
では、彼の月収が私の年収以上です。
旧帝大の大学院を修了して、研究者としての道が用意されているにも関わらず、小説
家になるんだと言ってやめてしまったのもいました。売れなきゃ収入は0あるいは持
ち出しですよ。始めは相当苦しかったようですが、現在ではいろんな賞をもらい、本
も相当売れているようです。
>あなたは何のために法やルールに従っているのですか。
>従うことによって利益が享受できることをアテにしているからではありませんか。
>それは、契約を結んでいる、という事を意味していませんか。
>そうならば、将来の利害損得が理解できない「その場だけがすべて」な
>子供や犯罪者に暴力的に対抗することに同意していただけるものと思います。
>そうでないのなら、
>罰が恐いから、という理由で法やルールに従っているのだとしているのなら、
>社会秩序や法や権力が、暴力以外の何物でもない、という私の説に
>同意していただけるんじゃありませんか。
利益とか罰とかなにも考えていませんでした。
人になるべく迷惑をかけたくないと考えていただけでした。
でも、人って人に迷惑をかけなきゃ生きられないんですよね。
だから「なるべく」なんです。
>法律に縛られ、税金を取られるということを「抑圧と搾取」と表現いたしました。
>民主制の世の中ですから、権力に対して、あなたも重大な責任を持っている
>んですよ。
>あなたは法律と税金で抑圧と搾取をされていますが、あなたも民主制の中で
>利益を受け、安寧を守られている以上、
>紛れもなく、抑圧と搾取をする側でもあるんです。
>つまり、あなたも共犯者だ、ということですよ。
何で、決め付けたりレッテルを貼ったりするんですか。
あなたの頭の中で論理が完結しているだけに見えます。
>>暴力を使わなければ、ルールを守り、社会秩序の意義を理解できる人間に、子ども
>は
>>育ちませんか。そんなことはないでしょう。私の回りには、暴力を使われなくて
>も、
>>そういった人間になっている人はたくさんおられます。
>
>そして、現行の社会秩序やルールを絶対に疑わない人間になられた、
>というわけですか。
また決め付けておられる。
私をそういってもらえると、結構面白いですが。
>私は、ルール、社会秩序、法は暴力そのものだ、と主張しているのですが・・・
>どこかの宗教の教祖が言ってたような気がしますが、
>「殺人じゃない、ポア(ポワ?)だ」ってね。
>私はこのスレッドで、そういう偽善を批判しているんですよ。
そういうのって偽善なんですか。偽善じゃなくて嘘でしょう。
>>暴力を受ければ、憎しみは生まれませんか。もし、憎しみが生まれることも大事な
>こ
>>とであるならば、その理由もお聞きしたいのですが。
>暴力は憎しみを生み出す。当然のことです。殴っておいて、感謝しろ、愛してく
れ、
>とは言うつもりはありませんよ。
>我々の権力は、
>暴力が憎しみを生み、憎しみがまた暴力を呼ぶ、
>といった限りない暴力の応酬合戦を
>制止できるような圧倒的な暴力でなければならないんです。
これまでのことをよくよく考えてみると、風が吹けば桶屋が儲かる、と同じ話に思え
ます。
これだけなら笑ってすませるんですが、何せ暴力だから、痛いのはいやですからね。
--------------
hiroyuki
--------------
>子どもが理由もつけられず、そして知らされずに平手打ちされることで、大きく
なっ
>たとき、他者に暴力を振るう人間になるのではないでしょうか。
>他人と話をしていて、他人に理解してもらえないとき、暴力に訴えるのではないで
>しょうか。それを子どものときされていたのですから。
>暴力の拡大再生産です。
えぇと、子どもをしつけるとき理由もつけず、知らされず殴られるものなのでしょう
か。
殴られる痛みや殴る痛みも知る必要はあると思いますが。
その方が暴力に対する抑止力になると思います。
それを知らずにテレビの仮想世界の暴力や殺人などを見て感覚の麻痺したのが簡単に
ナイフでプスッとやるのでは?親にも殴られた事の無い子が他人に初めて殴られた痛
みに驚きナイフでプスッと行くか自殺したりするのでは。
殴る事は暴力でしょうね。たとえば喧嘩でナイフでプスッといかれるのも医者がメス
で腹を開腹するのも人の皮膚を切る事に違いないのですが
その、行為を行う目的(心情)によって違って来ますね。
親が、子どもに躾るために殴る事も一概に暴力と考えていらっしゃるのでしょうか。
hiro wrote in message <6o5cs2$fu0$2...@news.kyoto-inet.or.jp>...
>
>社会秩序を裏から支えているのがイデオロギーであるという論理を始めてお聞きし
ま
>した。
そうですか・・・
>イデオロギーとは、社会のそれぞれの立場を反映したものだとか、思想とか考え方
と
>いうようなものではないでしょうか。だからイデオロギーの歪みといわれてもます
ま
>す分からなくなるだけです。イデオロギーに歪みってないでしょう。イデオロギー
が
>教育の在り方に影響
>を与える、というのならまだ分かります。
イデオロギーというものは、何にせよ、多かれ少なかれ、歪んでいるもんなんです。
しかるに、現在の教育のイデオロギーは、イデオロギーに許される限界以上に、
次の世代を造れないまでに、歪んでしまっている。
イデオロギーよ、自分がイデオロギーである(でしかない)ことを思い出せ!
と、まあ、このようなことが言いたかったのですが・・・
>>社会秩序を維持するためには個人個人に最低限の教養と協調性とを
>>押し付けることが絶対に必要なんじゃないですかね。
>>あなたがお子さんを学校にやるのも、そんな教養と協調性を身につけさせる
>>ためなのではないですか。
>>そして、その方がお子さんの身のためになると信じるからこそ、
>>お子さんを学校に行かせているんじゃないですか。
>
>
>押し付けはだめです。社会秩序を維持するためとは考えていません。結果は同じに
な
>るかもしれませんが。
「押し付け」ることができないような社会秩序なんて、何の役に立つんでしょうか。
>このとき私は、日本は警察国家ではなく法治国家だと改めて実感しました。
ですから、その「法」の裏付けになっているのは何なんですか?
これは「法」だから、という、それだけの理由でヤクザが従ってくれる
わけがないでしょうに。
強制力、つまり暴力がなければ法治国家は成立しません。
>あなたがいわれる権力の意味がわからなかったのです。
>国会議員などのことだったのですね。
民主制においてはその通りです。
王制であれ、独裁制であれ、民衆から権力を委託されている、
という点においては同じです。
>彼らに私たちの持っている権力を委託しているというのですね。
>最近見ていると、議員は官僚にやられっぱなしのようですね。
それは我々が委託している権力の量が少ないからです。
もし、私に日本国民が全面的な独裁権を委託して
いただけるのなら、明日にでも官僚をたいらげて
ごらんにいれましょう。
>私たちの代表だからたいしたことないんでしょうかね。
>でも公務員も公僕のはずですよね。
公僕とは「公」の、つまり我々の意志の代行者だからですよ。
言うなれば、議員も公僕の一員です。
>どうなっているんでしょうかね。
「どうなっているんでしょうかね」と言うだけなのですか。
不満があるのなら、法律を変えて官僚の力を弱めることも
できるのですよ。
>
>抑圧や暴力的恫喝がなければ本当にできませんか。
>どうもそこが納得できないんです。
少なくとも「その場だけがすべて」という人間にはできませんね。
私ははじめから、それに限定して言っているんですがね。
その条件を外すと、私が、権力と暴力を崇拝するサディスト
のように見えるんで、絶対にやめてください。
>
>
>悲惨ですね。
>人生は金や、とか、腐っても東大、とか、言ってる人を見たことがあります。
>その人が、なんだか情けなかったです。
>金銭や偏差値って、他者との比較ですよね。自分自身の向上って考えられないで
>しょうか。
価値判断基準を他人と共有できない人間の方が悲惨ですよ。
#金銭や学歴を重視する人たちは、現世の価値観から「解脱」
#しようとする人たちほど危険でもありませんし・・・
#少なくとも、彼らは「独善」に陥ることはありませんからね。
>それから、100mを10秒で走れといわれても、ほとんどの人は走れないわけです。世
の
>中の価値基準が100mを走る速さだけだとしたら恐ろしいですよね。そういった価値
判
>断をどうしていくかと考えるのも大事なんじゃないでしょうか。無理でしょうか。
価値観の多様化なんてものは資本主義の産物ですよ。
金銭がありとあらゆるものの価値を相対化しているからこそ、
価値観が多様化しているかのように、錯覚できるんです。
で
>も、あなたのいわれる他者の価値基準にとらわれない人も多数ではありませんが、
結
>構おられますよ。
>私の友達について何人か紹介します。
>全国的に名のとおったある大学に通っていたのがいましたが、そのとき
>ファミリーレストランでアルバイトをしていたんです。2年になったとき、料理に目
>覚めた、といって大学を辞めてしまい、料理の専門学校に行きました。卒業後、イ
タ
>リアンレストランに修行に行きました。給料は大卒の半分ぐらいでした。10年経
ち、
>自分の念願の店を持つことができました。開店当時は、それほどお客さんは入って
い
>ませんでしたが、本人は、自分の作ったものを食べてもらうのが嬉しい、といって
い
>ました。今、イタリアンブームもあり、そこには予約をしないと行けない状態に
なっ
>ています。
アカの他人に料理が美味いかどうかを、他人の価値判断基準で判断してもらい、
アカの他人に認められ、アカの他人の人気になっている、ということは
「他者の価値判断にとらわれない」ということじゃありませんよ。
「他者の価値判断にとらわれない」料理なんて食えたもんじゃありませんて・・・
>こんなのは私の周りにはたくさんいますよ。詳しく書くと人物が特定されるので書
き
>ませんが、高卒、それもぎりぎりで卒業させてもらい、ふらふらしていて、アメリ
カ
>に遊びに行って、向こうでバイトしているときにアップルⅡにであい、アップルに
惚
>れ込んでしまって夢中になっているうちにアップル関係の会社のえらいさんになっ
て
>いるものもいます。本人は金儲けなんか考えずにやってきているにも関わらず、現
在
>では、彼の月収が私の年収以上です。
「他者の価値基準」にとらわれないコンピューターやソフト・・・
ゾっとしますね。
>旧帝大の大学院を修了して、研究者としての道が用意されているにも関わらず、小
説
>家になるんだと言ってやめてしまったのもいました。売れなきゃ収入は0あるいは持
>ち出しですよ。始めは相当苦しかったようですが、現在ではいろんな賞をもらい、
本
>も相当売れているようです。
その小説家に賞を与えたのは他人の価値判断基準ですし、
その小説が売れているのも、おびただしい「他者」がそれぞれの価値判断基準に
従って「面白い」と判断したからじゃありませんか。
これら三つの例は「他者の価値基準にとらわれない人」の好例ではありませんよ。
これについても言いたいことは沢山あるんですが、(個性教育とかね)
まあ、もともと余談ですので、これはここまで、ということにいたしましょう。
>
>利益とか罰とかなにも考えていませんでした。
>人になるべく迷惑をかけたくないと考えていただけでした。
>でも、人って人に迷惑をかけなきゃ生きられないんですよね。
>だから「なるべく」なんです。
他人の迷惑を全く考慮しない人間もいますよね。
「迷惑」の基準の違う人間もいますよね。
そんな人間に対しては「利益」で誘導し、
「罰」で脅すしかないんじゃないですかね。
>>民主制の世の中ですから、権力に対して、あなたも重大な責任を持っている
>>んですよ。
>>あなたは法律と税金で抑圧と搾取をされていますが、あなたも民主制の中で
>>利益を受け、安寧を守られている以上、
>>紛れもなく、抑圧と搾取をする側でもあるんです。
>>つまり、あなたも共犯者だ、ということですよ。
>
>
>何で、決め付けたりレッテルを貼ったりするんですか。
すると、あなたは「主権者」の一員ではないのですか?これは失礼。
>あなたの頭の中で論理が完結しているだけに見えます。
私の頭の中だけかどうかは、それこそ、「他者」が判断すれば良いことです。
私から見ればあなたの論理の方が・・・
>>そして、現行の社会秩序やルールを絶対に疑わない人間になられた、
>>というわけですか。
>
>
>また決め付けておられる。
では、レッテルや決め付けの内容を批判してください。
決め付けている、や、レッテルを貼っている、と指摘しただけでは
私を批判したことにはなりませんよ。
>>私は、ルール、社会秩序、法は暴力そのものだ、と主張しているのですが・・・
>>どこかの宗教の教祖が言ってたような気がしますが、
>>「殺人じゃない、ポア(ポワ?)だ」ってね。
>>私はこのスレッドで、そういう偽善を批判しているんですよ。
>
>
>そういうのって偽善なんですか。偽善じゃなくて嘘でしょう。
彼らにとって見れば「嘘」なんかじゃなかったんでしょうよ。
善だと信じていたからこそ殺人をやれたんじゃないですかね。
私はそこまで否定する気にはなりませんね。
彼らの力、暴力は断固として否定しますけれどね。
>>暴力は憎しみを生み出す。当然のことです。殴っておいて、感謝しろ、愛してく
>れ、
>>とは言うつもりはありませんよ。
>>我々の権力は、
>>暴力が憎しみを生み、憎しみがまた暴力を呼ぶ、
>>といった限りない暴力の応酬合戦を
>>制止できるような圧倒的な暴力でなければならないんです。
>
>
>これまでのことをよくよく考えてみると、風が吹けば桶屋が儲かる、と同じ話に思
え
>ます。
そうですか。
そのようにしか見えないのなら仕方がありませんね。
まあ、私も言いたいことは言い尽くしましたし、
これ以上、同じ所をグルグル回るのにも飽きましたので、
議論はこれまで、といたしたいと思います。
///
古川 ニ一
hiro wrote in message <6o5cs0$fu0$1...@news.kyoto-inet.or.jp>...
>>しかし、奇麗ごとだけじゃ済まない局面もある、ってことが分かりませんかね。
>
>
>敗戦後、食料がなく、闇物資に手をつけた。というようなことがあったそうです
が、
>こういうことなら分かります。
>でも今回のことは分かりません。
そりゃそうでしょう。ご自分の暴力は「暴力」ではない、とおっしゃっているのです
から。
>
>>おっと、それと、もし私が何か不法行為を犯した時は、あなたが「平手打ち」
>>するには及びませんよ。警察が法に基づいて、暴力的に処理してくれる
>>でしょうね。
>>逮捕にあたって、警察は、私に一対一の決闘を挑む、といった正々堂々
>>とした方法はとらんでしょう。
>
>
>「法に基づいて暴力的に処理する」ってどういうことなのか理解できません。
>「法に基づかなく暴力的に」というのなら分かります。
>警察が誰かに一対一の決闘を挑む、というのが正々堂々とは思えません。
>確実に法を犯しています。正々堂々ではありません。
一対一の決闘だけが正しいことを決めてくれる、という法を持った社会も
ありましたよ。
私がそんな古代じみた道徳観念を持っていたとしたら、どうなんですかね。
私にとっては現代の法秩序はとんでもない「暴力」と言えませんかね。
>>あなたが、暴力を使わずに済む、と思っているのは、つまり、
>>ご自分が疑いようのない真理を体現してる、という思い上がりか、
>>さもなければ、あなたに代わって暴力を行っている人々を
>>無視している、ということでしょう。どっちにしろ傲慢
>>以外の何物でもありませんよ。
>>そんな幻想が最悪の暴力を生むんです。
>
>
>真理ってあるんですか。私は真理を追究するってことはやってもいいと思っていま
す
>が、これが真理ですといわれるのは困ります。
「真理」なんかどこにもない、少なくとも、暴力を正当化するような「真理」なんか
どこにもない、というのが私の主張なのですが・・・
>私に代わって暴力を振るっている人は誰なんでしょうか。知らないから無視するこ
と
>もできません。
知らないから責任がない。知らないから無垢である、とおっしゃるわけですね。
分かりました。
>ですからあなたの理論でいくと傲慢ではありません。別に傲慢といわれてもかまい
ま
>せんが。自分が、自分はこんな人間だといくら思っていても、それを評価するのは
他
>者ですから。
>
>ひょっとして、レッテルを貼るのがお好きなのですか。
人は皆、レッテルを貼ったり貼られたりしているんですよ。
私やあなたに、どんなレッテルが貼られているのか、は神と他者のみぞ知る、です
ね。
>
>子どもが理由もつけられず、そして知らされずに平手打ちされることで、大きく
なっ
>たとき、他者に暴力を振るう人間になるのではないでしょうか。
理由は言いますよ。
ただし、それが「その場だけがすべて」な人間に理解できるとは
思えませんが。
>他人と話をしていて、他人に理解してもらえないとき、暴力に訴えるのではないで
>しょうか。それを子どものときされていたのですから。
暴力を停められるのは、より大きな暴力だけです。
>暴力の拡大再生産です。
暴力の拡大再生産を停めるために、社会秩序は圧倒的な暴力でなくては
ならんのでしょう。
まあ、これ以上議論してもお互い、時間の無駄でしょうね。
私やあなたのように考え方の違う人間が平和に共存していられるのも、
圧倒的な暴力による支配のオカゲなのですが・・・
///
古川 ニ一
> 「真理」なんかどこにもない、少なくとも、暴力を正当化するような「真理」な
んか
> どこにもない、というのが私の主張なのですが・・・
僕は古川さんのこういうところには好感を持ってるけど、
世の中は弱肉強食っていうのは甘い考えだと思うなあ。
#世の中はもっと理不尽ですよ。
> 暴力の拡大再生産を停めるために、社会秩序は圧倒的な暴力でなくては
> ならんのでしょう。
>
>
> まあ、これ以上議論してもお互い、時間の無駄でしょうね。
> 私やあなたのように考え方の違う人間が平和に共存していられるのも、
> 圧倒的な暴力による支配のオカゲなのですが・・・
これも僕には突っ込みが甘い考えに見受けられます。
暴力というものの定義をさらに考えてみたらどうでしょう?
#これじゃ、暴力が制御可能なもののように思える。
--
しどり ともき
Logic & Philosophy of Sience
tshi...@waragai-lab.hss.titech.ac.jp
そうですね。
あからさまな「弱肉強食」を回避するために、宗教だのイデオロギーだの、が生まれ
た
のでしょうね。
単純化し過ぎでしたか・・・
>
>> 暴力の拡大再生産を停めるために、社会秩序は圧倒的な暴力でなくては
>> ならんのでしょう。
>>
>>
>> まあ、これ以上議論してもお互い、時間の無駄でしょうね。
>> 私やあなたのように考え方の違う人間が平和に共存していられるのも、
>> 圧倒的な暴力による支配のオカゲなのですが・・・
>
>これも僕には突っ込みが甘い考えに見受けられます。
>
>暴力というものの定義をさらに考えてみたらどうでしょう?
「暴力」という、ちょっとどぎつい言葉を使って、善悪などの価値判断を排した
論考を組み立てたいもんだ、と思っていたのですが・・・
甘かったようですね。
///
古川 ニ一
なぜ説得なんてことばが出てくるのか理解できません。
どのように考えておられるのか教えていただきたいだけです。
>さらには日教組
>>の集会に出て行くような連中はまったく信頼できない、ということなんでしょう
>か。
>>もしそうだとすれば、もう少し詳しく理由を教えていただけませんか。
>
>私は、日0共0党(選挙期間中の配慮)が絶対に信頼できないからです。
日本共産党と日教組は何か関係があるのですか。
私には関係しているとは思われないのですが、どうでしょうか。
何か関係している情報があれば教えてください。
それから、日本共産党が絶対に信頼できない理由というのはあるんでしょうか。
このこともひとつよろしくお願いします。
断っておきますが、私は日本共産党とも日教組とも無関係です。
-------------------------
hiroyuki
-------------------------
私が言っているんじゃないんですよ。
そうしないといけないと言っている人がいるのです。
------------------
hiroyuki
------------------
In article <6o8tmv$mtp$1...@news.mitene.or.jp>, "Furukawa"
<gad...@mitene.or.jp> wrote:
> あからさまな「弱肉強食」を回避するために、宗教だのイデオロギーだの、が生
まれ
> た
いやあ、「強いものが勝つ」というのも一つのイデオロギーだと思
うんですよ(^^)。
> >暴力というものの定義をさらに考えてみたらどうでしょう?
>
>
> 「暴力」という、ちょっとどぎつい言葉を使って、善悪などの価値判断を排した
> 論考を組み立てたいもんだ、と思っていたのですが・・・
> 甘かったようですね。
>
いえ、そんなことはないと思うのです。
ただ、それなら、もっとニュートラルな「力」とかの言葉の方が
理解しやすい(&されやすい)と思うのですよ。
その「力」というものが、結局は「暴力」にすぎないのだという
意見は、可能な意見だと思うのですが、それはやはりかなりの説
明を要すると思うのです。僕も含め、多くの人が、通常「暴力」
と言う言葉に対して抱いているイメージからすると、すんなりと
は受け入れることは出来ないと思います。
基本的には、古川さんの意見には好感をもっています。
#僕の教育観とは相容れないかもしれないですけどね(^^)
#僕はやっぱり少しは自己を正当化したいので(^^;;;
やれやれ(脱力)
そんなふうにしか読めませんでしたか・・・
V-MAXさんには私から説明します。
///
古川 ニ一
SHIDORI Tomoki wrote in message ...
>
>いやあ、「強いものが勝つ」というのも一つのイデオロギーだと思
>うんですよ(^^)。
確かに。
「弱肉強食」や「適者生存」が帝国主義や覇権主義、人種差別主義
のイデオロギーになってしまったこともありましたから。
それが一見、科学的、現実的に見えるだけに、最悪のイデオロギー
である、と言えるのでしょう。
「弱肉強食」より「万人の万人に対する闘争」の方が適当でしたか。
>
>ただ、それなら、もっとニュートラルな「力」とかの言葉の方が
>理解しやすい(&されやすい)と思うのですよ。
まあ、しどりさんをはじめとして、幾人かの方の関心を得ることが
できましたし・・・
>
>その「力」というものが、結局は「暴力」にすぎないのだという
>意見は、可能な意見だと思うのですが、それはやはりかなりの説
>明を要すると思うのです。僕も含め、多くの人が、通常「暴力」
>と言う言葉に対して抱いているイメージからすると、すんなりと
>は受け入れることは出来ないと思います。
そこの説明を手抜きしたのは私の落ち度ですね。申し訳ない。
>
>基本的には、古川さんの意見には好感をもっています。
どうも。ありがたいです。いや、本当に。
///
古川 ニ一
V-MAX wrote in message <6o67a0$iho$1...@news.osk.3web.ne.jp>...
>
>えぇと、子どもをしつけるとき理由もつけず、知らされず殴られるものなのでしょ
う
>か。
(略しました)
>
>殴る事は暴力でしょうね。たとえば喧嘩でナイフでプスッといかれるのも医者がメ
ス
>で腹を開腹するのも人の皮膚を切る事に違いないのですが
>その、行為を行う目的(心情)によって違って来ますね。
>親が、子どもに躾るために殴る事も一概に暴力と考えていらっしゃるのでしょう
か。
>
私が説明します。
まず、私が述べたのは、口で説明して、それでも理解できないのなら、体罰を加え
よ、
ということでした。
しかし、その、口で言っても分からなかったような子供が、自分に加えられた
体罰を「愛のムチ」であると理解できるでしょうか。
できるわけがありませんよね。少なくとも、その場では。
なにしろ、口で言っても分からなかったような子供なんですから。
体罰は、大人から見れば「愛のムチ」でも、当の子供から見れば「理不尽な暴力」
以外のなにものでもないのですよ。
相対的に見れば、ですよ。
だから体罰はやめよう、という意見があります。それが主流なんでしようね。
しかし、それでは、
のんびりと相互理解をただ待っているだけでは手遅れになる場合もある。
それに、理を尽くせば平和になるとも思えませんし。
だから、体罰も必要だ、と言いたかったんですが・・・
ただ、体罰を行う時は、子供にとっては「理不尽な暴力」にしか見えない
という点を踏まえた上で行うべきであり、
子供のための「愛のムチ」、なんていうオタメゴカシは使うべきではない、
正直に行こうじゃないか、と主張いたしました。
ここには異論があるし思いますし、私もイロイロ考えさせられている途中でもありま
す。
しかし、教育が、教師たちが、
・・・権力によって子供たちを学校に呼びつけ、
権力によって子供たちを「洗脳」する、
権力の手先である教育が、教師自身が・・・
「子供たちのため」だの「子供の立場に立って」だの、
といったオタメゴカシに「逆洗脳」されてしまって、
バカなガキに手も足も出せない、という現代教育の自縄自縛状態は
間違っている。
教育は教育をする側のためのものであったことを思い出せ。
と、まあ、このようなことを言いたかったのです。
///
古川 ニ一
>まず、私が述べたのは、口で説明して、それでも理解できないのなら、体罰を加え
>よ、
>ということでした。
>しかし、その、口で言っても分からなかったような子供が、自分に加えられた
>体罰を「愛のムチ」であると理解できるでしょうか。
>できるわけがありませんよね。少なくとも、その場では。
>なにしろ、口で言っても分からなかったような子供なんですから。
>
>体罰は、大人から見れば「愛のムチ」でも、当の子供から見れば「理不尽な暴力」
>以外のなにものでもないのですよ。
>相対的に見れば、ですよ。
>
>だから体罰はやめよう、という意見があります。それが主流なんでしようね。
>しかし、それでは、
>のんびりと相互理解をただ待っているだけでは手遅れになる場合もある。
>それに、理を尽くせば平和になるとも思えませんし。
>だから、体罰も必要だ、と言いたかったんですが・・・
>
>ただ、体罰を行う時は、子供にとっては「理不尽な暴力」にしか見えない
>という点を踏まえた上で行うべきであり、
>子供のための「愛のムチ」、なんていうオタメゴカシは使うべきではない、
>正直に行こうじゃないか、と主張いたしました。
ようやく理解できました。
どうも長い間申し訳ありませんでした。
「大人が子どもに体罰をふるう」という、この大人を親の場合と教師の場合に分けて
考えたほうがよいと思います。いっしょにすると話が拡散しそうなので。
ここでは教師の場合について考えてみます。
「のんびりと相互理解をただ待っているだけでは手遅れになる場合」に、手遅れにな
らないために、教師が子どもに体罰を加えて指導する。という場合、体罰という手段
しかないのでしょうか。のんびりと相互理解をただ待っている以外には体罰しかない
のでしょうか。体罰の前に、厳しくそしてしつこく子どもに指導する。教師が家まで
いって子と親に深夜にまで渡って厳しく言う。というようなことをしてもやはりだめ
でしょうか。
実際そこまでやられている教師は少ないです。そして、手っ取り早くことをすすめる
ために安易に体罰に頼っているのかもしれません。
教師が体罰を行うとき、ずいぶんと感情的になっているように見うけられます。
おまえのために言ってやっているんだ。このやろう。ボカッ。まだ分からんのか。こ
のやろう。ボカッ。とね。
多くの場合、冷静な感情のまま、愛のムチと考えて体罰を行ってはいないと思いま
す。
「愛のムチ」ってただの言い訳です。
>しかし、教育が、教師たちが、
>・・・権力によって子供たちを学校に呼びつけ、
>権力によって子供たちを「洗脳」する、
>権力の手先である教育が、教師自身が・・・
>「子供たちのため」だの「子供の立場に立って」だの、
>といったオタメゴカシに「逆洗脳」されてしまって、
>バカなガキに手も足も出せない、という現代教育の自縄自縛状態は
>間違っている。
>教育は教育をする側のためのものであったことを思い出せ。
ここのところがちょっと過激なのではないかと思うんです。
権力とか、洗脳ということが激しすぎませんか。
なかにはそんな人もいるでしょうが、そうではない方も私は多いと思います。
それと、教育は教育をする側のためのものだった時代もありましたが、現在は違いま
す。子どもには、教育を受ける権利があるだけで、義務はないんですから。国や保護
者に、子どもが教育を受けられるようにする義務があるだけです。でも、実態はそう
はなっていないところにも問題があると思います。
教育基本法は読まれましたか。もし読んでおられなかったら、一度、読んでみてくだ
さい。
バカなガキをどうするのか(#バカとかガキとかいう言葉は、私は嫌いなんですが)。
体罰に頼っていいのか。それを教師にやらせていいのか。
ということを考えていきましょう。
hiro wrote in message <6od3kk$5e$1...@news.kyoto-inet.or.jp>...
>hroyukiです。
>
>>ただ、体罰を行う時は、子供にとっては「理不尽な暴力」にしか見えない
>>という点を踏まえた上で行うべきであり、
>>子供のための「愛のムチ」、なんていうオタメゴカシは使うべきではない、
>>正直に行こうじゃないか、と主張いたしました。
>
>ようやく理解できました。
>どうも長い間申し訳ありませんでした。
こちらこそ。
>ここでは教師の場合について考えてみます。
>「のんびりと相互理解をただ待っているだけでは手遅れになる場合」に、手遅れに
な
>らないために、教師が子どもに体罰を加えて指導する。という場合、体罰という手
段
>しかないのでしょうか。のんびりと相互理解をただ待っている以外には体罰しかな
い
>のでしょうか。体罰の前に、厳しくそしてしつこく子どもに指導する。教師が家ま
で
>いって子と親に深夜にまで渡って厳しく言う。というようなことをしてもやはりだ
め
>でしょうか。
ひぇえ~、勘弁してくれぇ~。
そこまでくると平手打ちよりも悪質な懲罰なんじゃ・・・
冗談はさて置き、
実際、教師にそこまで要求するのは酷でしょうし、それはともかくとしても、
他者と他者との相互理解には限界というものがあるのではないでしょうか。
それに、そんなことができる/そんなことをやってしまう、教師は結局のところ
「自分が絶対に正しい」という頑強な思い込みを持っている、ということでしょう。
何しろ、充分に話し合えば、相手は理解してくれる・・・、相手が自分に
従ってくれないのは理解が足りないだけ、なのだから・・・、
と思っているのですから。
そして、
解決しなかった問題があるとすれば、それは話し合いに応じなかった
相手が、全面的に、絶対的に、「悪い」「平和の敵」にされてしまうんです。
「話し合いで全てを解決する/全ては解決される」という考え方は一見、
寛容な姿勢に見えますが、異質な他者の存在を全く認めない、という
究極の不寛容、傲慢の現われなのでは、と私には思えるのです。
>教師が体罰を行うとき、ずいぶんと感情的になっているように見うけられます。
>おまえのために言ってやっているんだ。このやろう。ボカッ。まだ分からんのか。
こ
>のやろう。ボカッ。とね。
何度も書いたのですが、そのような体罰には私も反対です。
それに、個々の教師の質の差を問題にしても仕方ないでしょう。
>>教育は教育をする側のためのものであったことを思い出せ。
>
>
>ここのところがちょっと過激なのではないかと思うんです。
>権力とか、洗脳ということが激しすぎませんか。
>なかにはそんな人もいるでしょうが、そうではない方も私は多いと思います。
>それと、教育は教育をする側のためのものだった時代もありましたが、現在は違い
ま
>す。子どもには、教育を受ける権利があるだけで、義務はないんですから。国や保
護
>者に、子どもが教育を受けられるようにする義務があるだけです。でも、実態はそ
う
>はなっていないところにも問題があると思います。
#それは知りませんでした。子供は義務を拒否することはできないんですね。
#ただ、権利を放棄するだけで。
#うう、やだなあ、なんとなく。
#例えば、兵役の義務を拒否すること、と、兵役の権利を放棄すること、とは
#違いますよね。全然。
#学校に行って教育を受けることが、疑いようもなく素晴らしいことである、
#という暗黙の前提があるように思えます。少なくとも、私には。
>教育基本法は読まれましたか。もし読んでおられなかったら、一度、読んでみてく
だ
>さい。
読みました。そこには教育の「目的」が掲げられていますよね。
どのような人間をつくるのか、も。
これは教育が教育を受けさせる側のためのものである、ということを
如実に表しているのではないでしょうか。
そういう次元では教育基本法も教育勅語も同じであると言えるでしょう。
違うのはその期待している人間像の内容だけです。
教育勅語は恐ろしく率直ですよね。「忠良ノ臣民」たれ、ただそれだけです。
それも自分のため、ではなく「皇運ヲ扶翼」するためです。
それに比べて教育基本法は教育される者に何を求めるか、というと、
「教育は、人格の完成をめざし、平和的な国家及び社会の形成者として、真理と正義
を愛し、個人の価値をたつとび、勤労と責任を重んじ、自主的精神に充ちた心身とも
に健康な国民の育成を期して行われなければならない」(第一条)
精神的なあり方に言及し、手や口を出そうとする点では教育勅語と同じなんですが、
教育基本法はその上で、「自主的精神」まで要求しているのですよ。
他人の人格にアレコレ注文を付けた上で、それを「自主的精神」とせよ、
「自主的」に国家の掲げた「目標」を達成せよ、と言っている。
これって「洗脳」ですよね。
#「良い洗脳だから、いいんだ」なんて言わないでくださいよ。
私はここにも、不寛容と傲慢とを感じます。異質な他者の存在をハナから
認めないんですから。
誤解されていると思うのですが、私は「洗脳」なんて嫌いなんですよ。
#好きなやつはいないか・・・
私の反対しているのは、そのような、やさしい「洗脳」なんです。
どんな教育も絶対に「正しい」とは言えない。
逆に言えば、どんな「反抗」もそれなりに「正しい」とは言える。
だから、話し合えば、相互理解が成立し、平和になるとは、絶対に言えない。
「洗脳」による摩擦の回避は気に食わない。(ですよね?)
精神の在り方は自由であるべきだ。
だからと言って、社会秩序の悪化を放置しておくわけにもいかない。
では、どうするか?
「実力行使」しかない。「正しい」と名乗る暴力があちこちに満ちあふれ、
「絶対的な正義なんてどこにもない」という状況が脅かされ、
破壊されるのを、圧倒的な暴力によって制止するしかない。
てなことにはなりませんか?
もちろん、その時に行使される「力」は法にのっとった民主的なものでなければ
ならないのは言うまでもないことですが。
おっと、民主的だから「正しい」ということではないですよ。
#まあ、自分ながら過激な意見だと思いますし、
#こんな「異質」なことを考えているやつもいるんだな、
#とだけでも思っていただければ結構ですよ。
///
古川 ニ一
ご指摘ありがとうございます。
「金銭や偏差値など」の他者との相対的な価値観に蹂躙されたと受験を通じて自分で
勝手に思う経験から、その価値観によって社会には差別があり、それは絶対に避けよ
うのないことと判断するのは、自己が相対的な価値観にとらわれて、屈辱を受けたと
思うことからでてくることである。こういったことの裏返しで絶対的な暴力を求める
ことになる。
相対的な価値観にとらわれることと、他者の評価を受け入れることは同一ではない。
--------------------
hiroyuki
--------------------
hiro wrote in message <6osc8s$nn$1...@news.kyoto-inet.or.jp>...
>
>「金銭や偏差値など」の他者との相対的な価値観に蹂躙されたと受験を通じて自分
で
>勝手に思う経験から、その価値観によって社会には差別があり、それは絶対に避け
よ
>うのないことと判断するのは、自己が相対的な価値観にとらわれて、屈辱を受けた
と
>思うことからでてくることである。こういったことの裏返しで絶対的な暴力を求め
る
>ことになる。
あはははははははははははははははは
どうしても私を暴力と権力を崇拝するサディストに仕立て上げたいみたいだね。
これって「レッテル」じゃないのかね。
まあ、それはいいさ。
勘違いしてもらっちゃ困るのは、私は、この、相対的な世界が、大好きだ、って
事さ。ここじゃ誰も独善におちいることはできないからね。
誰にも言えないんだよ。
これは暴力じゃない。これは洗脳じゃない。これは差別じゃない。これは支配じゃな
い。
これは嘘じゃない。これはイデオロギーじゃない。
これは「レッテル」じゃない。
なんてことは、さ。
ところでさ、どうして私にとって受験が「屈辱」だった、なんて判断したのかな。
泣いたり叫んだり、「私は相対的な価値観にとらわれたりはしないんだあああ」
と言ったりしたのは私じゃなくて、私のクラスメイトだったのかも知れないのにね。
そういう経験が、その時の私にとっては妙な「快感」だったのかも知れないのにね。
>相対的な価値観にとらわれることと、他者の評価を受け入れることは同一ではな
い。
あは。
「相対的」じゃない「価値観」なんてものが、どこかにありそうな口振りじゃない
か。
「価値観」なんてものは他者と共有され比較されて初めて機能するものさ。
「絶対的」な「価値観」に囚われている人間の方がよほど悲惨だと思うがね。
じゃあね。
#自分が「文化相対主義」に付け込んでいるだけ、
#だってことが分からないんだろうか・・・
#あー、不毛だった。
///
古川“文体に節操がない”ニ一でした。
Furukawa wrote in message <6osnhi$jcb$1...@news.mitene.or.jp>...
>どうしてこれがここなのかな?
「イデオロギー」についての指摘から、気づいたことを一つ・・・
私の理屈の前提には「個人主義」というものがあるようです。
それも、個人個人が全宇宙に、善も悪もなく、たった一人で対峙する、
といった恐ろしくロマンティックなやつです。
バランス感覚を失っている、とも言えるでしょう。(自虐だよ)
ですから、そもそも「個人主義」がない家庭や学級で、
「個人主義」を欲してもいない子供たちに、
私の理屈を適用するのは無理があったのかもしれません。
#後半の議論、いや、完全な徒労を通じて知りました。
「お前の理屈の前提になっている個人主義なんてものは、
幻想、願望に過ぎん。人間が、ましてや子供が、お前の言うように
『個人』などであってたまるものか」
と指摘されれば、スゴスゴと引き下がるしかなかったでしょう。
それにしても・・・他人の言葉の文脈を完全に無視して・・・
いや、やめよう。
おもいっきり好意的に見れば、
あれは、ありきたりな人間の常識的な反応だ、ってことだな。
常識で済めば議論なんてものはいらんのだが、ね。
///
古川 ニ一
殴るのはマズイです。
他の児童の教育を受ける権利を守るため、第三者機関が授業妨害をする
児童を転学級、転校、最終的には登校禁止に出来るよう審査するシステム
が必要でしょうね。
> NHKスペシャル「学級崩壊」を見た方、感想を聞か
> せてください。
「管理教育」をメインの教育問題(局所的にはあるんですが、先生が生徒
殴ったりするのは教育の問題じゃなくて警察のお仕事)として騒いでいる
連中よりも実態の方が数億光年先進んでいると思いました。
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鈴木 淳也 PP6J...@asahi-net.or.jp
Junya Suzuki wrote in message <6qtbvl$rdo$1...@skytrain.asahi-net.or.jp>...
>OGIN <og...@valley.ne.jp> wrote in article
<6mejrg$62v$1...@spa.infovalley.ad.jp>...
>> 一応、体罰は禁止されてるから、教師は殴れない
>> けれども、あれ見てたら、殴ってでも言うこと聞か
>> せるべきだ、と思った。
>
>殴るのはマズイです。
そうですね。殴るのはまずいですね。
私も、積極的に殴ることを奨める気にはなれませんが・・・(^^;
やさしくすることは教育には必要です。
さらに叱ることも教育には必要だと思います。
やさしさと厳しさ、甘やかす時と叱る時、の使い分けと
その方法や程度は難しいですね。
教育は、子供達の状況に応じて、厳しさ or やさしさのいずれ
で対応するか、が問われることでもあるわけですね。
私も、2人子供がいる親ですが、厳しくするかやさしくするか
は、その都度けっこう迷うことなんだよね。
私にとっては、「教育とは迷うことである。」とさえ思うね。
殴るべきか殴らざるべきか、それが問題だ・・・・(^^;
>他の児童の教育を受ける権利を守るため、第三者機関が授業妨害をする
>児童を転学級、転校、最終的には登校禁止に出来るよう審査するシステム
>が必要でしょうね。
なるほど、それもいいかもしれませんね。
ただ、登校禁止措置後に、それなりの社会復帰のための
教育を考えてやることが必要と思います。
>> NHKスペシャル「学級崩壊」を見た方、感想を聞か
>> せてください。
>
>「管理教育」をメインの教育問題(局所的にはあるんですが、先生が生徒
>殴ったりするのは教育の問題じゃなくて警察のお仕事)として騒いでいる
>連中よりも実態の方が数億光年先進んでいると思いました。
分かりにくいので、ここんとこをもう少し説明してください。
「管理教育を問題とする連中」よりも「実態」の方が進ん
でいるということのようですが、「何が」進んでいるのですか?