サーバーから元記事が消えているので別スレッドで失礼します。m(_ _)m
最近、歌って踊れる未夢(ミーム)という名前のロボットが
話題になっているようです。
「人まねをするロボットは未だ夢」ということなのかもしれませんが…。
以前は、
>わたしたちは、「真似」という行為を通して心の情報の複製を作っているのでは
>ないでしょうか。たとえば、
>(1) 心の情報(脳の内部で起こる化学反応)を送るときは真似をさせる。
>(2) 心の情報を受け取る(脳の内部で起こる化学反応の複製を作る)ときは真似をする。
>ということです。
>「真似」が心の情報を伝達するときの媒体(meme)なのではないでしょうか。
と考えていたのですが少し考えなおしました。
心の情報を伝達するとき「真似」が重要な役割を果たしていることは
間違いないと思うのですが「meme」=「真似」というわけではないと
思うようになりました。
現在は、「memeとは複雑な構造をもつ心の情報を可搬な形式に
シリアライズしたもの」と考えるようになりました。
これはちょうど「gene(遺伝子)が複雑な構造をもつ生体の情報を
可搬な形式にシリアライズしたもの」であることに対応します。
人はシリアライズされた心の情報、たとえば言語で表現された情報を
受け取りそれを解析することで複雑な構造をもつ心の情報を復元・複製
しているのではないかと思われます。
真似をさせる/真似をするということは、心の情報をシリアライズする/
デシリアライズすることに相当します。
「オブジェクトを可搬な形式にシリアライズして…」と同じだと思います。
オブジェクトのシリアライズ/デシリアライズというアイディア自体が
無意識のうちに心の仕組みを反映しているような気もします。
memeがgeneに対応するものとして定義されるべきものなら
「結構いけてる」のではないかと思うのですが…。
ちょっと前進、たのし。(^_^)y
前田のクラッカーかもしれないのですが。(^_^; とりあえず自画自賛)
--
NARUMI, Hidetoshi
In article <4ccbf976$0$99246$bb4e...@newscene.com>
"NARUMI, Hidetoshi" <be...@ff.iij4u.or.jp> writes:
> 最近、歌って踊れる未夢(ミーム)という名前のロボットが
> 話題になっているようです。
> 「人まねをするロボットは未だ夢」ということなのかもしれませんが…。
未夢、けっこうすごいですね。動きだけ見ると、もう少しって感じ
がするけれど、仕組みとして、プログラミングの仕方も面白い。ロ
ボットでできる動きの範囲内で、うまく踊りにできるのは、人間の
演出が相当うまいんだろうなあと思いました。
> 現在は、「memeとは複雑な構造をもつ心の情報を可搬な形式に
> シリアライズしたもの」と考えるようになりました。
> これはちょうど「gene(遺伝子)が複雑な構造をもつ生体の情報を
> 可搬な形式にシリアライズしたもの」であることに対応します。
> 真似をさせる/真似をするということは、心の情報をシリアライズする/
> デシリアライズすることに相当します。
> 「オブジェクトを可搬な形式にシリアライズして…」と同じだと思います。
「シリアライズ」まではしなくても良いけれど、何か情報を表現し
たもの、ということならそうなんだと思います。
ただ、「シリアライズ」というと、狭い意味では、通信の用語で、
木構造でもグラフ構造でもポインタぐちゃぐちゃのデータ構造を、
ネットワークでコピーするのに適した形に一直線に並べるという意
味です。動作を真似する時に、別にデータを一直線に並べる必要は
ありません。通信で線一本しかなければ結局一直線に並べるしかな
いけれど、複合的に様々な経路で情報が伝えられるなら、並べなく
て大丈夫です。
ただ、未夢の場合、人間の動きをロボットに真似させているという
よりは、ロボットをプログラミングしている感じ強いなあと思いま
した。プログラミングも、手続き的なもの以外に、宣言的なものも
あるので、ポーズを指定する時には宣言的とも言えます。微調整は
手続き的にしていると。
プログラミングと真似の違いは、何なんだろうね。
\\ 新城 靖 (しんじょう やすし) \\
\\ 筑波大学 電子・情報 \\
(2010/11/01 18:08), Yasushi Shinjo wrote:
> 新城@筑波大学情報です。こんにちは。
>
> In article<4ccbf976$0$99246$bb4e...@newscene.com>
> "NARUMI, Hidetoshi"<be...@ff.iij4u.or.jp> writes:
>> 最近、歌って踊れる未夢(ミーム)という名前のロボットが
>> 話題になっているようです。
>> 「人まねをするロボットは未だ夢」ということなのかもしれませんが…。
>
> 未夢、けっこうすごいですね。動きだけ見ると、もう少しって感じ
> がするけれど、仕組みとして、プログラミングの仕方も面白い。
二本足で立っての振りなのでやむをえない部分があるのでしょうね。
> ロボットでできる動きの範囲内で、うまく踊りにできるのは、人間の
> 演出が相当うまいんだろうなあと思いました。
事業仕分けのシーズンだったのでかなり力が入っていたかも。(^_^;
>> 現在は、「memeとは複雑な構造をもつ心の情報を可搬な形式に
>> シリアライズしたもの」と考えるようになりました。
>> これはちょうど「gene(遺伝子)が複雑な構造をもつ生体の情報を
>> 可搬な形式にシリアライズしたもの」であることに対応します。
>
>> 真似をさせる/真似をするということは、心の情報をシリアライズする/
>> デシリアライズすることに相当します。
>> 「オブジェクトを可搬な形式にシリアライズして…」と同じだと思います。
>
> 「シリアライズ」まではしなくても良いけれど、何か情報を表現し
> たもの、ということならそうなんだと思います。
>
> ただ、「シリアライズ」というと、狭い意味では、通信の用語で、
> 木構造でもグラフ構造でもポインタぐちゃぐちゃのデータ構造を、
> ネットワークでコピーするのに適した形に一直線に並べるという意
> 味です。
使ったことはありませんが紙テープのイメージです。
DNA/RNAの模式図をみると紙テープのように感じるのです。
RNAとリボゾームの関係は紙テープとNC工作機械の関係に
似ていると思われませんか?
浅学なので直感的なことしか言えないのですが…。m(_ _)m
> 動作を真似する時に、別にデータを一直線に並べる必要は
> ありません。
情報の伝達には必ず時間軸が絡んでくるのでおのずと
データは時系列に並ぶような気がするのですが。
さらにデータを比較をするための仕組み(比較器)も
単純で汎用的なものですみそうなので事前にたくさん
用意しておくことができ都合がよさそうです。
> 通信で線一本しかなければ結局一直線に並べるしかな
> いけれど、複合的に様々な経路で情報が伝えられるなら、並べなく
> て大丈夫です。
さまざまな経路で並行して送られるパケットにも
順序性が存在していて、一列に並べなおす必要が
あるのではないでしょうか。
> ただ、未夢の場合、人間の動きをロボットに真似させているという
> よりは、ロボットをプログラミングしている感じ強いなあと思いま
> した。プログラミングも、手続き的なもの以外に、宣言的なものも
> あるので、ポーズを指定する時には宣言的とも言えます。微調整は
> 手続き的にしていると。
>
> プログラミングと真似の違いは、何なんだろうね。
この文脈での「プログラミング」とはあらかじめ組み込まれた
変更できない仕組み・データのことではないでしょうか。
(-_-; だから何度歌っても踊っても上達はしない)
そういう意味ではご指摘のとおり未夢はプログラミングされた
ロボットということになるのではないかと思います。
一方、「真似」は学習の一種で上達が期待できるものだと思います。
(-_-; もちろん上達しないこともある。多々経験)
「ならう」と「まねる」はほぼ同じ行為を意味していて
両者の違いは師弟関係の有無くらいではないでしょうか。
また、ちょっと前進したような。ありがとうございます。
--
NARUMI, Hidetoshi
In article <4cd0e3be$0$26399$bb4e...@newscene.com>
"NARUMI, Hidetoshi" <be...@ff.iij4u.or.jp> writes:
> > ただ、「シリアライズ」というと、狭い意味では、通信の用語で、
> > 木構造でもグラフ構造でもポインタぐちゃぐちゃのデータ構造を、
> > ネットワークでコピーするのに適した形に一直線に並べるという意
> > 味です。
>
> 使ったことはありませんが紙テープのイメージです。
> DNA/RNAの模式図をみると紙テープのように感じるのです。
> RNAとリボゾームの関係は紙テープとNC工作機械の関係に
> 似ていると思われませんか?
たしかに、「一種類」メディアを「1つ」だけ使って情報を蓄えた
り通信したりする時には、直線にしますね。DNA をコピーする時に
も、複数同時にコピーしてますし、紙テープも、複数同時に使って
もいいし、紙テープとフロッピと Blu-ray と同時に3種類のメディ
アを使ってもいいとすると、直線にはしないでも良いです。
> > 動作を真似する時に、別にデータを一直線に並べる必要は
> > ありません。
> 情報の伝達には必ず時間軸が絡んでくるのでおのずと
> データは時系列に並ぶような気がするのですが。
複数の通信路で同時に送るということもできるので、通信する時に
は並べる必要はありません。耳にしても目にしても左右ありますし。
触覚に至っては全身使います。
受け取った情報も、脳の中で時間順に並べたりはしてないのでしょ
う。なんとなくそういう感覚はありますが、実際には脳細胞は並列
に動作しています。今のコンピュータのプログラムは、逐次的なも
のも多いのですが、ロボットのプログラムだと普通は複数の CPU
で複数のプログラムが動いていて、かつ、それらはいちいち同期は
しないで動いている部分も多い。
> > プログラミングと真似の違いは、何なんだろうね。
> この文脈での「プログラミング」とはあらかじめ組み込まれた
> 変更できない仕組み・データのことではないでしょうか。
> 一方、「真似」は学習の一種で上達が期待できるものだと思います。
> (-_-; もちろん上達しないこともある。多々経験)
人間は教えられていないこともできますね。真似以上のことができる。
人間も練習しても上達の限界があるとい意味では、同じですね。
うちの若いものに、何か言いつけようとすると、「やったことがな
いからできません」と言ったりするんだよね。それは人間として、
特に学校では言って欲しくない。(若い仕事場の同僚も学生みたい
な事を言うのも、何とかして欲しい。)
(2010/11/05 17:35), Yasushi Shinjo wrote:
> 新城@筑波大学情報です。こんにちは。
>
> 複数の通信路で同時に送るということもできるので、通信する時に
> は並べる必要はありません。耳にしても目にしても左右ありますし。
> 触覚に至っては全身使います。
未夢の歌や振りを耳や目で同時に受け取っているということですよね。
しかし、歌や振りは不可分の関係というわけではないし、歌は詩と曲が
関連付けられたもので個別の情報としても扱うことができますよね。
カラオケとか。
歌や振りは先行する情報に別の情報が関連付けされたものだと思います。
それぞれの情報の独立性が高いから同時に処理ができるのではないかな
という気がします。
「できる、できない」ではなくて、ひとまとまりの情報を送るときには
一種類のメディアで送られるのではないかなぁ。文とか句とか語とかの
途中でメディアを替えられると受け取るとき困ると思うのですが…。
そういうわけで紙テープのようなものを仮定してもわるくないかなと。
> 受け取った情報も、脳の中で時間順に並べたりはしてないのでしょ
> う。なんとなくそういう感覚はありますが、実際には脳細胞は並列
> に動作しています。今のコンピュータのプログラムは、逐次的なも
> のも多いのですが、ロボットのプログラムだと普通は複数の CPU
> で複数のプログラムが動いていて、かつ、それらはいちいち同期は
> しないで動いている部分も多い。
情報が同一のメディアで送られてくれば並べ替えなくてもよいですね。
受け取った情報をそのまま on the fly で解析部へ送れば。
通常、並べ替えが必要になるのはメディアの切り替えがあったときや
分割されたデータから情報を復元しなければならないときだと思います。
ロボットの制御プログラムがどのようなものなのか想像もつきません。
> うちの若いものに、何か言いつけようとすると、「やったことがな
> いからできません」と言ったりするんだよね。それは人間として、
> 特に学校では言って欲しくない。(若い仕事場の同僚も学生みたい
> な事を言うのも、何とかして欲しい。)
体よく断るときの常套句ですね。(-_-)
未経験者は受け入れるためのお膳立てや支援がないと戸惑いますね。
お膳立てや支援を考えるのはマネージャーの仕事ということで
新城さんもそのような立場になられたということだと思います。
「やってみる」、「真似してみる」って大切なことだと思います。
今頃になってつくづく思い知らされました。orz
--
NARUMI, Hidetoshi
(2010/11/06 22:26), NARUMI, Hidetoshi wrote:
> 「できる、できない」ではなくて、ひとまとまりの情報を送るときには
> 一種類のメディアで送られるのではないかなぁ。文とか句とか語とかの
> 途中でメディアを替えられると受け取るとき困ると思うのですが…。
なぜ困ると思うかというと、例えば文を単語にばらして複数の経路で
送ると文としての情報が失われてしまうと思われるからです。
ばらされた単語から文を復元するためには別途復元に必要な情報を
単語に付加しておく必要があると思います。
(そして、その情報を使って単語を並べなおして文を復元する)
文字を並べて単語を作り、単語を並べて句を作り、句を並べて文を作り、
文を並べて文章を作るというのは自然界によくみられる自己相似ですね。
おもしろさを感じます。(^_^)
--
NARUMI, Hidetoshi
In article <4cd556be$0$7453$bb4e...@newscene.com>
"NARUMI, Hidetoshi" <be...@ff.iij4u.or.jp> writes:
> 「できる、できない」ではなくて、ひとまとまりの情報を送るときには
> 一種類のメディアで送られるのではないかなぁ。文とか句とか語とかの
> 途中でメディアを替えられると受け取るとき困ると思うのですが…。
>
> そういうわけで紙テープのようなものを仮定してもわるくないかなと。
「ひとまとまり」というのは、わかりました。ミームとしてはバラ
バラにされると意味をなさないのでしょう。ただ、
「ひとまとまり」と「紙テープのようなものに記録」は意味が違います。
メモリとか脳の中にポインタ入り組んだ木構造やグラフ構造があっ
たとします。これを1つのメディアで通信して別のメモリにコピー
します。通信中のメディアを見ると「紙テープのようなもの」には
なっていますが、通信後のメモリや脳の中ではそうではありません。
通信前と同じく、ポインタ入り組んだ複雑なものになっています。
In article <4cd61aaf$0$44544$bb4e...@newscene.com>
"NARUMI, Hidetoshi" <be...@ff.iij4u.or.jp> writes:
> なぜ困ると思うかというと、例えば文を単語にばらして複数の経路で
> 送ると文としての情報が失われてしまうと思われるからです。
文は木構造になりますが、それは「ひとかたまり」にはなります。
メモリ中では、ポインタだらけで「紙テープ」とは似ていません。
In article <4cd556be$0$7453$bb4e...@newscene.com>
"NARUMI, Hidetoshi" <be...@ff.iij4u.or.jp> writes:
> 未経験者は受け入れるためのお膳立てや支援がないと戸惑いますね。
> お膳立てや支援を考えるのはマネージャーの仕事ということで
> 新城さんもそのような立場になられたということだと思います。
立場というか、教員というのは、そういう仕事です。学生にとって、
学校というのは、自分が今までできなかったことができるようにな
るために、お金払って来ているわけです。それを教員が、「やって
みろ」と言った時に、「やったことありません」と言われてもね。
今日は、「やったことありません」ではなくて、「苦手」と言われ
ました。それも良くない。学生が苦手と自分で言うのも、自分で
limiter かけるようなので、言ってはいけません。
プログラミングなら、できることは必ずできる所が偉いというか、
プログラミングっぽさかな。未夢の踊りも、できるのは必ずできる。
できないのはできない。失敗すればいいかというと、そうは行かな
いというのが、昔のチューリングテストの反省です。ランダムに失
敗をプログラミングするのは、簡単です。
(2010/11/09 17:05), Yasushi Shinjo wrote:
> 新城@筑波大学情報です。こんにちは。
>
> In article<4cd556be$0$7453$bb4e...@newscene.com>
> "NARUMI, Hidetoshi"<be...@ff.iij4u.or.jp> writes:
>> 「できる、できない」ではなくて、ひとまとまりの情報を送るときには
>> 一種類のメディアで送られるのではないかなぁ。文とか句とか語とかの
>> 途中でメディアを替えられると受け取るとき困ると思うのですが…。
>>
>> そういうわけで紙テープのようなものを仮定してもわるくないかなと。
>
> 「ひとまとまり」というのは、わかりました。ミームとしてはバラ
> バラにされると意味をなさないのでしょう。ただ、
> 「ひとまとまり」と「紙テープのようなものに記録」は意味が違います。
>
> メモリとか脳の中にポインタ入り組んだ木構造やグラフ構造があっ
> たとします。これを1つのメディアで通信して別のメモリにコピー
> します。通信中のメディアを見ると「紙テープのようなもの」には
> なっていますが、通信後のメモリや脳の中ではそうではありません。
> 通信前と同じく、ポインタ入り組んだ複雑なものになっています。
デシリアライズ(parse?)されて情報が復元・複製された
ということではないかと思うのですが。
> In article<4cd61aaf$0$44544$bb4e...@newscene.com>
> "NARUMI, Hidetoshi"<be...@ff.iij4u.or.jp> writes:
>> なぜ困ると思うかというと、例えば文を単語にばらして複数の経路で
>> 送ると文としての情報が失われてしまうと思われるからです。
>
> 文は木構造になりますが、それは「ひとかたまり」にはなります。
> メモリ中では、ポインタだらけで「紙テープ」とは似ていません。
>
> In article<4cd556be$0$7453$bb4e...@newscene.com>
> "NARUMI, Hidetoshi"<be...@ff.iij4u.or.jp> writes:
>> 未経験者は受け入れるためのお膳立てや支援がないと戸惑いますね。
>> お膳立てや支援を考えるのはマネージャーの仕事ということで
>> 新城さんもそのような立場になられたということだと思います。
>
> 立場というか、教員というのは、そういう仕事です。学生にとって、
> 学校というのは、自分が今までできなかったことができるようにな
> るために、お金払って来ているわけです。それを教員が、「やって
> みろ」と言った時に、「やったことありません」と言われてもね。
>
> 今日は、「やったことありません」ではなくて、「苦手」と言われ
> ました。それも良くない。学生が苦手と自分で言うのも、自分で
> limiter かけるようなので、言ってはいけません。
「やったことがありません」も「苦手」もどちらも事実ですよね。
「失敗したくない。失敗して自分の評価を下げるようなことはしたくない」
「要領がわるくもたもたして期待にそえそうにない(→評価が下がる)」
ということを言っているのだと思います。
たぶん学力試験で失敗が少なかったからその場にいらっしゃるわけで
失敗の経験が少ない分、なおのことそう思われるのかもしれません。
学力試験以外での評価に不慣れで戸惑いもあるのではないでしょうか。
近年は、「失敗が許される状況では色々やって失敗してみる」を
モットーにしています。
失敗してみることで、「どうすると/どうなると失敗するのか」が
わかってきて、失敗しないためのコツ、つぼ、勘所のようなものが
つかめるからです。つまり、手の抜きかたがわかってくる。(^_^)y
学校では失敗しても許される環境が提供されていますよね。
しかし、学力試験の成績(失敗の寡多)で評価されてきた
学生さんとしては「失敗しないこと、成功すること」に
意識が向くのではないでしょうか。
「やってみる」ことの意義を見失ってしまっているのかも。
最初は「やってみろ」で習得/修得してほしいことを具体的に
説明するというのもひとつの方法かもしれません。
私見ですが。m(_ _)m
> プログラミングなら、できることは必ずできる所が偉いというか、
> プログラミングっぽさかな。未夢の踊りも、できるのは必ずできる。
そうですね。融通はきかないけど正確かつ迅速にこなすことができる。
--
NARUMI, Hidetoshi