[fenv]グループの掲示板に投稿があったことを、Yahoo!グループよりお知らせいたします。
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sunamerryさま クリオネさん えみちゃん 小川野田西さん NORIさん
みなさんより2時間ほど早く退席した島の娘です。
sunamerryさんがタクシーに乗るまで案内してくださったので、京都駅で土産を
買う時間がとれてなおかつ最終よりも1本前の「のぞみ」に乗って、東京に戻れ
ました。
面白い散策コースを選定し、趣ある中華料理店を予約して下さった
sunamerryさん、お世話さまでした。
NORIさんの取り組み内容をうかがったら、決して遠くないところにおいでの方だ
とわかって、参加して最大の収獲だったかも。
出雲からおいでくださったクリオネさん、藻塩をありがとうございます。
(と書きつつ、私、テーブルに置いて眺めてたまま忘れてきましたね…)
4ヵ月前に移り住んだところの鷺浦地区と鵜戸地区の子ども達が通うのが「鵜鷺
小学校」(うさぎしょうがっこう)だとは、聞いたこっちもなんだかシアワセです。
京終(きょうばて:駅名だそうです)さんと、一般市民さんを誘ってくれた
小川野さんえみちゃん、ありがとうございました。(どちらも本業わからず)
覚悟していたほどのチンプンカンプンにはならず、ご配慮下さったものと思います。
私が知っている猫♪は1990~でなおかつFBIRD・FBT・FEMVの会議室と、1998頃ま
での捕鯨問題と[自然の権利]がらみの現実社会での動きでのことなので、参加
者のみなさんがまだ猫♪と出会ってない時期を紹介する役割となりました。
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そんなこんなでつくづく思ったのは、私にとって猫♪は、過去完了形。
つき合いが続いていた人達にとっては「惜しい人を亡くした」のかもしれないん
ですが、そこらへん、しみじみ度は違いますねえ。
絶縁状態になった後も、prwebを作って切り回すところまでは私の関心の範囲
内でしたが、prweb(のコンセプト)をインターネット上にきちんと継続・機能
する形で残すところまでは行かなかったので私の関心ある現実社会との接点がな
くなり、再び一緒に活動することもないだろうなあ、と思ったので、そこで過去
の人になった気がします。
鮎川レポート完成後の後の鮎川を見に行った際の情報は、ふと思い出して見に
行ったblogで見つけて読ませてもらいました。情報収集する立場としてはありが
たかったです。けど「補遺」の範囲内かな。
1997年に一緒に諌早に行って裁判傍聴などをしてきており、昨日聞いたらその
後も猫♪は諌早に足を運んだとのことでした。個人的な思い出旅行だったのか
な、と思いました。
捕鯨問題も[自然の権利]訴訟も、その後を気にはしていたのでしょうが、
いったん切った縁を結び直せる人ではなかったので、私(や他何人か)がそこに
いる限りは近寄らない、ということになったんでしょう。
とはいえ、21世紀になってから猫♪をあちこち運んでいたのは小川野さんであ
ることを再確認し、個人的には「なんでそこまで」という点に関心あり。そこは
また次の機会があれば、聞かせて下さい。
とはいえ、偲ぶのはこれで一区切りかな。
猫♪が死んだことで復活・誕生したご縁が、自然環境がらみのなにかに発展し
そうなところでまた、お会いするかもです。
昨夜の東京は京都の夜よりも一段気温が低く、すっきりした感じでした。
島の娘
(12/04/28 14:20), Nishimoto wrote: