小沢一郎疎開、放射能から逃げた手紙に不審な点 岩手県 達増拓也知事の文書(portirlandさんのブログ)
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GP 690 2012/6/14 22:36:59
投稿者: ジャック・どんどん
portirland
社会問題追及に、99%の、市民の集合知を。
小沢一郎 週刊文春 妻の手紙
2012/06/13
小沢一郎疎開、放射能から逃げた手紙に不審な点 岩手県 達増拓也知事の文書(portirlandさんのブログ)
http://portirland.blogspot.jp/2012/06/blog-post_5083.html
小沢一郎、疎開、放射能から逃げたという手紙に不審な点があったので紹介。
岩手県 達増拓也知事の文書を見れば、東京で調整していたことが分かります。
追記 週刊文春記事、全文の文字お越し
▲小沢一郎 週刊文春 松田賢弥記者 妻からの「離縁状」6月21日号 文字起こし(1)
手紙
週刊文集
▲小沢一郎夫人 放射能から逃避・愛人・隠し子を手紙で指摘 週刊文春
(中略)
ところが3月11日、大震災の後、小沢の行動を見て岩手、国の為になるどころか害になることがはっきりわかりました」
「国民の生命を守る筈の国会議員が国民を見捨てて放射能怖さに逃げるというのです。 何十年もお世話になっている地元を見捨てて逃げるというのです」
(中略)
2011年3月28日に被災地入り
震災後初めて訪問
2011年03月28日
民主党の小沢一郎元代表は28日、岩手県庁で達増拓也知事と会談し、東日本大震災の被災地は「(国が)莫大な予算を投じないと復興できない」と述べ、支援に向けて政府に働き掛けていく考えを示した。震災後、小沢氏が岩手県入りしたのは初めて。
3月中には、被災地入りしてますね。
それでも、遅いと言う方もいるでしょうが、岩手県知事の文書を紹介。
岩手県知事、達増拓也氏の報告
福島・宮城に比較して、岩手県は復興に当たっての手際がよかったです。
小沢さんと財務省が調整していた可能性を、2011年3月28日の会談で感じたと指摘しています。
復興に当たっては、東京で、省庁間の調整をされていた可能性が、濃厚でしょう。
東京は、地域によっては岩手よりも放射線量が高いです。つまり、放射能から逃げたと言う報道は極めて怪しく、「いつ・どこへ」行ったのか週刊文集は公開すべきです。
仮に、東京にいなかったとして、遠隔地から電話だけで財務省の人達と、復興に関する予算などの調整などできるのでしょうか?
官僚が情報を握って逃げてたとの話もありますね。
▲福島原発事故後、官僚の間で旅行ブームが起きたり、給油マップが出回っていた(メモ)
東日本大震災津波・岩手からの報告日本一新の会 達増拓也(岩手県知事)
2011年4月22日 23:2
(中略)
また、私は津波の被害を受けなかった内陸の市町村長さん達に集まってもらって沿岸支援への協力をお願いし、さらに、県内の諸団体に被災地支援をお願いする文書を作って協力を依頼しました。目的を達成するために、より多くの団体、企業、個人の支援を取り付けていく、というのも選挙の手法に似ています。選挙において有権者の力を結集して為すべきことを実現する手法は、災害においてあらゆる力を結集して被災者を救う手法と共通するのです。
ちなみに、団体対策に強い自民党本部は今回の災害でも動きがよく、経団連と被災県を直接結ぶホットラインは、経団連の機関紙で喧伝されていますが、自民党災害対策本部が仲介してくれたものです。
がれき処理で財務省が前例のない財政措置を認めたのには、小沢一郎さんのはからいがあったと思います。小沢一郎さんが岩手入りした時、私との会談では「県は補正予算でいくら確保したか」とか「国の本予算には○兆円の予備費があるから、まずそれを使えばよい」とか、財政的な話が中心になりました。財務省筋から、かなり情報を得ており、また財務省に対してかなり影響を及ぼしているな、という印象を受けました。がれき処理以外でも、財務省が前例のない財政措置を認めた分野がいくつかあります。
私は、平安時代の中央政府による東北平定の歴史を踏まえ「東祥三さんは宮城駐在の征夷大将軍、平野達男さんは岩手駐在の鎮守府将軍。今回は地方勢力と力を合わせて東北の平安のために働いていますが、小沢先生こそ2人の将軍の上にいる大将軍だと思っていますからね」と言いました。小沢一郎さんは、「はっはっは」と笑うだけでしたが、本人も大将軍的な立場を自覚していろいろ手を打っているのだな、と私は感じました。
それから、仙台空港を在沖縄米軍が片付けたのは、新進党から自由党のころに小沢側近と呼ばれていた元衆議院議員の米津等史さんの働きかけによるものだったようです。米津さんは普天間問題の関係で在沖縄米軍と一緒に仕事をしており、大震災津波後、仙台空港が放置されているのをテレビで見て、在沖縄米軍に片付けられないかと持ちかけたところ、じゃあやろう、ということになった由。ここでも小沢一郎の弟子が奔走していました。
大震災津波そのものによる被害への対策については、「小沢力」がかなり有効に働いていると思います。しかし、今のままでは、「小沢力」が全く生かされないのが、原発対策です。本人も、そこが一番もどかしいと感じているのではないでしょうか。