ベイトソンの記述の中に次のくだりがある。(邦訳「精神の生態学」P483)
(前略)試行錯誤から習慣へ、順化から遺伝子型レベルからの制御へと切りかえて行くことが、経済的だということである。これらはみな、制御が求心化する方向への移行である。
しかし、進化の大きな流れを考えるとき、事態は逆方向「制御の面が生命の中枢から遠のいていく方向」へ進んでいるように思える。自然選択は、長期的には、順応体よりも規制体に、規制体よりも超規制体に有利に働いている。この点からすると、制御のなされる位置を、遠心的な方向へ移すことが、進化における長期レベルでの利をもたらすといえそうである。(以下略)
この記述で私に関心を呼ぶのは法律の制定過程です。経済性と規制体の関係はどう整理されるのでしょう。