abstractor (抽象詞)と呼ばれるものは、もともと Loglan (ログラン)にもありました。 抽象詞の発生の由来を調べるには、ログランを作った James Cooke Brown の
テキストを当たる必要があると思います。
この Available Study Materials の9番めに挙げられている3冊の本が参考になると思います。私はログランを詳しく調べていないので、抽象詞が発生した歴史的な背景については、ご質問にお答えすることができません。
現状のロジバンの abstraction (抽象化)や抽象詞の論理学的基礎については、私の理解する範囲でお答えすることができます。
ロジバンで「抽象詞」と呼ばれるものは、賓述関係を抽象化すると誤解されがちですが、文法上の役割は必ずしも抽象化と関係ありません。
文法上、抽象詞とはNU類のことで、1つの(原子)論理式を1つの述語に変換する役割があります。
# 公式ロジバンでは前置型接続の複合論理式を {NU...KEI} 構造内に入れられますが、中置型接続の複合論理式を入れることはできません。論理学的にはこの性質を欠陥と見なせますが、利便性のために支持されているようです。これについての批判は昨年公開したドキュメンタリー映画『lo vliraitru』の21分08秒あたりから33分17秒あたりで説明されています。日本語字幕もあります。
閑話休題、NU類のこの機能を利用して、単語によって異なるいろいろな意味を持たせることができます。それらの単語が必要であるかどうかは、使う人の哲学的立場によって異なると思います。
NU類の単語を論理学的観点から分類すると、以下のようになります。
- 閉じた原子論理式をとるもの: du'u, nu, jei
- 開いた原子論理式をとるもののうち、
-- 1項、または {ce'u} で指定した項だけ自由変項になるもの: ka, ni
-- 全項が自由変項になるもの: si'o, su'u
- {nu} の意味に別の意味が追加されたもの: li'i, mu'e, pu'u, za'i, zu'o
- 試験的機能語(未分類): bu'ai, ga'ei, ka'ei, kai'ei, kai'u, ni'ai, poi'i
この分類から考えると、NU類の中で、最低限必要な単語は {du'u}, {ka}, {si'o} だけです。私の考えでは、この3つは以下のような意味を持ちます。
{du'u} は論理式の意味をx1として抽出します。
{ka} は {ce'u} で指定された項の場所に入る性質をx1として抽出します。
{si'o} は 述語の意味をx1として抽出します。
{nu} は多くの素朴な実在論者にとって当然必要なものかも知れませんが、哲学的には {du'u} が表す命題とは別に事象が存在するとは考えない立場もあり得ます。この立場を貫く場合、 {nu} の方が短いので、常に {du'u} の意味で {nu} を使うという選択をすることもあります。
{jei} は {x1 jetlai lo du'u 論理式 kei x2} という {du'u} を使う形に展開できます。
{ni} は {x1 klani zo'e lo ka ce'u 論理式} と展開できます。公式には klani の x3 が {si'o} であるために {x1 klani zo'e lo si'o 開論理式} となり、論理式の中のどの項に関する量なのかを指定できないのですが、 {ka} で展開すれば量を測るべき項を {ce'u} で指定できます。理論上は、 {si'o 開論理式} の1つ以外の項を明示的に {zo'e} で埋めてしまえば {ka ce'u 論理式} と同じ意味になるはずなので、このようにして {si'o} を {ka} で置き換えることは型違反とは言えないと思います。
{su'u} については、少なくともこの単語を作った人たちには「様相」と考えられてはいないはずです。
この単語は co'e, do'e, ju'e などと同じように「不特定」の意味を持ちます。この単語は、意味をはっきり伝えたくないときや、既存の機能語で表せない意味を表したいことが出てきたときのために作られたものだと思います。
一般的な文法用語としての modality (法)の意味とかけ離れていることで悪名高いBAI類の英語名 modal は、ロジバンに modal logic (様相論理)を取り込もうとした痕跡かもしれません。結果的に、公式ロジバンの中で様相論理らしい役割を持たせようとして失敗しているのは、英語で "modal aspect" と呼ばれているCAhA類です。CAhA類はBAI類とは区別されていますが、どちらも述語や項に付くタグです。もし Kripke モデルに沿って様相をロジバンに取り込むなら、CAhA類の機能語をNA類に移動し、 {ca'a} の意味を {na ka'e na} と同じになるように定義し直す必要があります。
試験的機能語のうち、「抽象化」の意味からかけ離れているという点で興味深いのは {poi'i} です。これは原子論理式の中で {ke'a} で指定された「項の場所」を、 x1 に変える働きがあります。ロジバンの方言の一種で、「よく使う機能語を、もっと短くてめったに使わない機能語と取り替える」という立場をとるものでは、 {poi'i} を {voi} と交換して、よく使われています。