年収の18%で負担は凍結し、保障は現役世代の収入の50%と言う。
国家哲学ゼロの案だ。
ゼロと言うか、国家哲学は崩壊している。
年金保険税を払っていても年金で暮らせる国民と暮らせない国民がいる。
年金暮らしできない国民が多く出る。
中堅以下の国民は国の保障で安心して暮らすことなど不可能だ。
中堅以下の国民には負担が高い中で、『さらに過酷な貯蓄をせよ』と国は言ってい
る。
さらに努力しない限り、年金暮らしはできないわけだ。
だったら『国は努力した国民しか年金暮らしは保障しません』とハッキリ言うべき
だ。
努力しないかできない国民には国は『どうしろ』と言う?
あからさまに『露頭に迷え』と言う?
そうも言えないだろう。
『家族で助け合って暮らしてください』と言うしかないのだろう?
『富裕層には年金暮らしを保証します。』
『中堅以下には年金暮らしは保障できません。家族で助け合って暮らしてくださ
い。』
と言うのが現実の姿だ。
全く不平等制度だ。
こんな人の生死にかかわる不平等を創って許されるはずもない。
国家哲学ゼロだ。
ゼロと言うか、国家哲学は崩壊している。
近代国家の採用すべき政策じゃない。
低所得者に優しい政治が当たり前なのに、低所得者になればなるほど厳しい政治?
お話にならんとはこのこと。
これらの国民には『家族の助けで老後を暮らしなさい』といっている。
国の政策は『国民に平等な制度を創る』ものでないといけないのは当たり前だ。
ならば国は『年金生活できる層』を創るべきではない。
一部の国民だけ裕福な年金暮らしを保証してどうしようと言うのか?
全く時代錯誤の政策だ。
国民を平等に扱うなら、『すべての国民が年金暮らしできない』のなら平等だ。
『国の関与は最小限にし、あとは自助努力』と言うことにすればよいのだ。
ならば平等だ。
一部の富裕サラリーマンだけに裕福な国の保障を与えようと言う自民党に政策は間
違っている。
即刻中止せよ。
こんな不平等制度を実施時て選挙に勝てるかい。
国民をバカにするな!