13日深夜、サウジアラビアの首都リビアの外国人居住地で、アメリカのパウエ
ル国務長官の訪問にタイミングを合わせるように、自爆テロが発生、米国人を主とす
る20人が死亡、194人が負傷するという大惨事となった。
犯行声明は出されていないが、パウエル長官は「これはアルカイダの犯行手口の
特徴がある」と述べている。おそらくそうであろう。
テロの狙いについては、アメリカによるイラクの占領行政に対する不満とか中東
民主化構想への反発などが上げられているが、中東紛争解決のための「ロ-ドマッ
プ」に沿う協議が始まろうとしているし、サウジの米軍基地の撤収も決まりかけてい
る等、今はテロ誘発要因は少なくなっている状況なのである。
こう考えると、このテロは、「テロの威力を見くびるなよ、フセイン政権を制圧
したくらいで、テロがなくなる思うのは大間違いだ」ということを見せ付けることに
ねらいがあったのではなかろうか。
ブッシュ大統領は、アフガニスタン、イラクを制圧して、「こけれで世界や米国
はより安全になった」と述べたが、その言葉は誰も信じてはいなかったと思う。ダン
トツの軍事力でも制圧できないのがテロだからである。今回のリヤド自爆テロはそれ
を証明してみせたのだ。
「テロに屈してはならない」というのは大原則であるが、テロを生む温床はなく
さねばにらない。沼や水溜まりをなくさなければ、蚊の発生を止めることができない
のと同じである。
それは、虐げられていると感じている側の民衆がテロに喝采を送らないような、
そんな世界にすることしかないのである。
村上新八