fj.sci.lang.japanese を擦って Followup-To: fj.education 。
In article <koabe-2E0E83....@news01.sakura.ne.jp>
ABE Keisuke <ko...@mcc.sst.ne.jp> writes:
> > 日本語は漢字もあるし、斜めに読むのがやりやすいから、木構造の
> > 根が先頭になくてもわりと平気みたい。
> 日本で速読教育があまり重視されないのも、「漢字かな交じり文」
> の効用に負うところ大なのかしら。
> でも、そこに頼り切ってしまって、文構造を考えないというのは態度
> としてよくないと私は思う。
「木構造」というのは、ついに国語の時間では教わらなくて、大学
でコンピュータを勉強してから出てきたわけです。
高校までの「国語」の先生って、木構造ってどこかで勉強する機会
はあったんでしょうか。
英語は、木構造はやるんじゃないかと思います。アメリカにいた時、
英作文の授業に出たら、MS-Word のアウトライン・モードで、1パ
ラグラフを書く練習が課題になりました。
ただ、「木構造」は、コンピュータ業界では通じるのですが、国語
業界というか、日本語業界では別の表現があるのでしょうか。
> 阿部圭介(ABE Keisuke)
> ko...@mcc.sst.ne.jp (NetNews用)
> 関心 ・専門分野 :
> 新聞学(ジャーナリズム、メディア、コミュニケーション)
新聞の見出しって、けっこう最後の文なんですよね。
\\ 新城 靖 (しんじょう やすし) \\
\\ 筑波大学 電子・情報 \\
> ただ、「木構造」は、コンピュータ業界では通じるのですが、国語
> 業界というか、日本語業界では別の表現があるのでしょうか。
階層構造とかハイアラキーとかいうんじゃないですか。 久野
ヒエラルキーだと、一転して社会構造のお話になったりしますがね。
--
___ わしは、山吹色のかすてーらが大好きでのぅ
[[o o]] ふぉっふぉっふぉ
'J' 森下 お代官様 MaNMOS 英夫@ステラクラフト
PGP Finger = CD EA D5 A8 AD B2 FE 7D 02 74 87 52 7C B7 39 37
木構造ですが、
In article <squad47...@stellar.co.jp>
man...@stellar.co.jp (Hideo "Sir MaNMOS" Morishita) writes:
> > 階層構造とかハイアラキーとかいうんじゃないですか。 久野
> ヒエラルキーだと、一転して社会構造のお話になったりしますがね。
社会科だと「ヒエラルヒー」とドイツ語読みで習った気がするんで
すよね。ううん。国語や日本語の話にしたいのに。
そういえば、先週の日曜日、神保町でこんな本を買ったのを思い出
しました。
長谷川伸子、生成日本語学入門、大修館書店、1999年。
ISBN: 4469212334
「区構造」という言葉が出てきますね。
あと、木構造の図は、「樹形図(phase structure tree)」。
日本語の生成文法の本が出ているくらいですから、大学で日本語と
か国語の専門の人は、必修に近いくらいに扱われているのでしょうか?
もしかして、チョムスキーが冷遇されていたりするんですかね。
In article <YAS.04Ja...@kirk.is.tsukuba.ac.jp>,
y...@is.tsukuba.ac.jp (Yasushi Shinjo) wrote:
> 「木構造」というのは、ついに国語の時間では教わらなくて、大学
> でコンピュータを勉強してから出てきたわけです。
>
> 高校までの「国語」の先生って、木構造ってどこかで勉強する機会
> はあったんでしょうか。
高校までの国語の時間に、文章や文の構造を意識して評論文を読ん
だり、書いたりすること自体、あまり(まったく?)なかったような
気がします。
それと想像ですが、国語の先生はどちらかというと文学が好きな人が
多いのではないかしら?
> > 新聞学(ジャーナリズム、メディア、コミュニケーション)
>
> 新聞の見出しって、けっこう最後の文なんですよね。
? 最後の文からとりがち、ということでしょうか?
--
私は、高校の国語の時間中は、文の構造は意識しましたが、文章の
構造はあまり意識しなかったような気がします。先生が、いきなりひと
つひとつの文に解説を加える授業をする人で、それに合わせて聴いて
いたものですから。(予習や復習のときは、章全体の意味をとらえてい
たはずですが。)
中学の先生は教科書に載った文章全体のことを意識させる授業をして
いたと思います。
いずれにしても、高校までの国語の授業は「書かれていること」の解釈
が中心だったと思います。 ネットニュースでのような、一人の投稿を何
年も読み続けて、その投稿者の本当の性格が想像できるようになるよ
うなことに類したことはなかったと思います。
> それと想像ですが、国語の先生はどちらかというと文学が好きな人が
> 多いのではないかしら?
y...@is.tsukuba.ac.jp (Yasushi Shinjo) wrote in message
<YAS.04Ja...@kirk.is.tsukuba.ac.jp> 30 Jan 2004 15:51:27 GMT
>
>日本語の生成文法の本が出ているくらいですから、大学で日本語と
>か国語の専門の人は、必修に近いくらいに扱われているのでしょうか?
私の出身大学(私立)では、生成文法は英文学科の中にありました。(一応「言
語学コース」という名前がありましたが。)
国文学科には無かったと思います。
>もしかして、チョムスキーが冷遇されていたりするんですかね。
私はチョムスキー全盛の時代の人ですから…。今のことは判りません。
私の場合、「木構造」に類するものは、小学校の国語の時間に学びました。
何年生かは忘れましたが、国語の教科書に、木の絵が書いてあって、木の幹の上
に主語、下に述語、枝に修飾語が「ぶら下がって」いて、うまく修飾関係を示し
た図が書いてあったのを覚えています。
それ以来、このように図に書いて文章構造を考えるような機会は中学、高校と
まったくありませんでした。
大学の専門科目で「Transformational Grammar」というのを学び、図の描き方は
違うけれど「あ、これ、あの小学校の時の『木』だ!!」と、嬉しく思ったのが、
その後専門としてチョムスキーなどの「授業を受けるようになった」きっかけで
す。(頭の中を右から左に抜けて行っただけで『研究した』とは決して言えない
のですが… (^^;;
とても解りやすい(と私は思います)し、なぜ、中学、高校の国語の文法や英語
の時間にこうやって教えないのかな、と思ったものです。
--
Annie
mailto:ann...@104.net
話がそれて申し訳ないけど、今日TVを断片的に見ていたら、ある女性が
「大義があれば戦争していいのか」と言っていて、そこだけ聞くと、戦争反対
のように聞こえたが、もう少し聞くと「大義があれば戦争してよくて、なければ
戦争したらいけないのか」と言ってるようにも聞こえてきて、どうも後半に
重点がおかれているような気がしてきた。なんか紛らわしい言い方をするな
と思った。国語というのは、まさに曖昧な日常語で意味を伝え合う訓練だと
すると、きれいな理論だけを押し付けるわけにはいかないでしょうね。
「AならばB」の意味を教えたら、それが日常語では、時には「Aでないなら
Bでない」も意味する事があるなどという、論理学の常識に反する事もある
ということを付け加えて教えるほうがいいのでしょうね。
そういえば、木構造は木構造でも1つの文というよりは、1つのパ
ラグラフの話でした。
In article <bvfk2t$ebj$1...@caraway.media.kyoto-u.ac.jp>
Annie <ann...@104.net> writes:
> 私の出身大学(私立)では、生成文法は英文学科の中にありました。(一応「言
> 語学コース」という名前がありましたが。)
> 国文学科には無かったと思います。
英語は、そうでしたか。
> >もしかして、チョムスキーが冷遇されていたりするんですかね。
> 私はチョムスキー全盛の時代の人ですから…。今のことは判りません。
今なら技術的にどうこうという話で済むのでしょう。昔は、チョム
スキーの政治的な発言に反応しちゃう人もいたのかも。チョムスキー
は、今でも元気で大江健三郎と文通してたりします。
> 私の場合、「木構造」に類するものは、小学校の国語の時間に学びました。
> 何年生かは忘れましたが、国語の教科書に、木の絵が書いてあって、木の幹の上
> に主語、下に述語、枝に修飾語が「ぶら下がって」いて、うまく修飾関係を示し
> た図が書いてあったのを覚えています。
いい先生ですね。その小学校の先生は、大学で生成文法を勉強した
のでしょうね。
> 大学の専門科目で「Transformational Grammar」というのを学び、図の描き方は
> 違うけれど「あ、これ、あの小学校の時の『木』だ!!」と、嬉しく思ったのが、
> その後専門としてチョムスキーなどの「授業を受けるようになった」きっかけで
> す。(頭の中を右から左に抜けて行っただけで『研究した』とは決して言えない
> のですが… (^^;;
コンピュータ系では、木構造は、データ構造とアルゴリズムとか再
帰という話で出てくるのですが、それが文の構造と結び付いている
かというと、案外つながってないのかも。
> とても解りやすい(と私は思います)し、なぜ、中学、高校の国語の文法や英語
> の時間にこうやって教えないのかな、と思ったものです。
同感です。コンピュータで is-a 関係というのを勉強してから、
This is a pen って、そういう意味だったのかとわかりました。
In article <koabe-D73E2F....@news01.sakura.ne.jp>
ABE Keisuke <ko...@mcc.sst.ne.jp> writes:
> 高校までの国語の時間に、文章や文の構造を意識して評論文を読ん
> だり、書いたりすること自体、あまり(まったく?)なかったような
> 気がします。
>
> それと想像ですが、国語の先生はどちらかというと文学が好きな人が
> 多いのではないかしら?
文学でも、木構造を使ってもいいと思うんだけどね。この作家は、
こんな木の形を好むとかないんですかね。
> > 新聞の見出しって、けっこう最後の文なんですよね。
> ? 最後の文からとりがち、ということでしょうか?
はい。そんな所です。
In article <YAS.04Fe...@kirk.is.tsukuba.ac.jp>,
y...@is.tsukuba.ac.jp (Yasushi Shinjo) wrote:
> 文学でも、木構造を使ってもいいと思うんだけどね。この作家は、
> こんな木の形を好むとかないんですかね。
私は文学部ってどのような講座が開講されているのか知らないの
ですが、そのような指導は行われているのでしょうか。
私が高校時代に尊敬していた国語の先生は、大学では言語学を
学んでいたらしいですが。
> > > 新聞の見出しって、けっこう最後の文なんですよね。
> > ? 最後の文からとりがち、ということでしょうか?
>
> はい。そんな所です。
私は、勤め先で発行している機関紙の見出しをつけるとき、
なるべく前の方から見出しを取るように指導され、意識している
つもりではあるのですが、日本語の文末決定性のせいか(?)
重要なことが後ろの方にいってしまうのかも。
--
阿部圭介(ABE Keisuke)
ko...@ps.sakura.ne.jp (NetNews用)