リトル・シスター(6)
○マイ・デア・リトル・シスター
交通事故はなんの前触れもなく、透き通るように晴れた青空の太陽が降り
注ぐご機嫌に明るくて見通しのよい道路で起こった。中川氏を乗せたBM
Wは化学薬品を積載したタンクローリーの後方からの直撃を受けてコンク
リートの道路フェンスとタンクローリーに挟まれたまま五百メートル引き
ずられて大破した。タンク内の化学薬品が爆発する危険があるため、その
あと一時間余り救急隊員は現場に近づくことができなかった。タンクロー
リーの運転手はBMWのクッションのおかげで、さして重症を負うことな
く救出されたが、BMWの運転手はエンジンといっしょにフェンスに擦ら
れてミンチになり、後部座席にいた中川は下半身は押しつぶされて、上半
身は切断され路上に投げ出された。いずれにしても即死で助からなかった。
中川の遺体は葬儀屋によって丁寧に損壊した体を修復されて、ひつじ牧場
の以前私が笠原メイを迎えに行った家に帰っていた。そこは親代わりの中
川がメイを、五月を、育てた家なのだった。
ルフィミアのベンツのリムジンは、ひつじ牧場の一般用とは別の入り口か
らどんどん入っていき、五月の育った家の前で停まった。黒い喪服に身を
固めた牧童たちが、神妙に入り口の辺りに立って迎えている。中川の遺体
は家の一階にある仏間に安置されていた。
仏間といっても襖を全て開け放って、廊下まであわせると三十畳敷以上の
広さがある。その広い場所にぽつんと布団を敷いて遺体が横たわっていた。
地球の裏側のアルゼンチンに仕事で出かけている五月の父母はあと三日は
戻ることができない。葬儀の準備は、牧場の事務頭の遠藤という人が手際
よく指示をだして進められている。
ルフィミアは中川の仏前で手を合わせると、すぐもどると言い残して戻っ
ていった。牧童や使用人たちは遠慮して席を外した、そして、五月と私だ
けがそこに残された。
「私の兄貴みたいな人だったの…」
修復されてはいるが痛々しい裂傷が残る中川の額に、五月は手のひら被せ
ると、そこに体温がまだあるのではないかと、もう一度確かめるように、
目を瞑り手の先に神経を集中した。
血の気がなくなって、死化粧によってようやくそれが人間の肌の色である
と判る程度に白くなった中川は、蝋で作ったにせもののような気がした。
後ろから、本物の中川が現れて五月と私の首根っこを捕まえると、こんど
こそはおまえら逃がさないぞ、と顔を上気させていきり立つようなことが
今にも起こりそうに思えた。
しかし、家の周りで葬儀の準備のために走り回る人のざわめきが聞こえて、
開け放たれた日本間を煌々と照らしている蛍光灯のトランスが低い唸りを
上げている、空気は滞り死臭を紛らわすために焚かれている線香の煙はまっ
すぐに天井に昇ったきりで溜まっている。
五月は泣くことはなかった、なにも言わなかった、本当に悲しいときに人
は泣いたり騒いだりはしない。
「ねぇ、あのとき結婚してればよかったかな…
どうせ嫌なら離婚だって、なんだってできるんだし」
誰に向かって言っているか判らないが、適当な言葉を見つけることなど、
私にはできなかった。誰も思い通り自分の人生を生きることなどできない
のだ、そして、だれか他の人のように生きることもまたできないのだから、
手探りだろうが自分の生き方は自分で見つけるしかない。
中川正吾は妹であり、娘である五月にだれか他の人のように生きることを
望み、よい兄貴なり父親の代わりを務めようとした、五月は自分の生き方
を手探りしている内に、只ひとり自分の親代わりになってくれていた赤の
他人の兄貴を喪った、それだけの話だ、よくあることだ。
誰も悪くなかった、誰も責められるべきではなかった、ただそこに何の救
いもないことだけが当人たちを当惑させるのだ。
「私って嫌な女よね…」
「それは違う、
笠原メイの輝きはぼくにとって生きる喜びを与えてくれたし、
中川さんだって、そうだったにちがいないよ。
ただ、中川さんはその輝きを大切にし過ぎたんだろうな、
その輝きをはなつ炎が消えないように、シェードで囲って、風も雨の妨げ
にならない家の奥深くに仕舞い込んでしまおうとしたんだろう。
結果的はそれは別の方向の事態を齎してしまったけれど、
それを誰も責めることはできないことだ。
笠原メイは懸命に自分の生き方を探って、もがいてみせた、それは誰か他
の人と同じように生きようとして失敗するよりはずっと正しい行為だ。
そして、中川さんが死んだのは中川さんの行為の責任ではなく、同時に、
笠原メイの行為の責任でもない、誰も責められるべきではない」
五月はそっと私に寄りそうと私の肩に頭を凭れさせてじっとしていた。
十一時を回ったころにルフィミアが戻ってきた。事務長の遠藤さんは五月
の疲労を心配して寝るように勧め、この二階の自分の部屋で寝るのが怖かっ
たら来客用の離れに寝場所を用意するといった。五月はここで寝るといい、
ルフィミアは一緒に寝てあげるといって、五月を一緒に二階に連れて行っ
た、五月は落ち着いたら連絡すると私に言い残して言葉少なげに家の奥に
消えていった。
私は事務長の遠藤さんに挨拶をして帰った。車で送ってくれると言われた
が、なんだかひとりで考えながら歩いて帰りたかったので断った。朝まで
ひとりで歩いていたかった。
牧場の中を冬枯れした牧草地を渡る風に吹かれながら、そういえば自分の
家はここから随分と遠いんだなあと思ってはいたが、それよりも、私はあ
の天真爛漫に明るい笠原メイにはもう二度と会えないような気がして、そ
の寂しさをどうやって紛らわしたらよいかを考えるのが精一杯だった。
※これはフィクションで、実在の人物・団体とは
全然関係ありません。
○リトル・シスター解題
薄暗い電気のきれた研究室で忘れ去られた人たちがぶつぶつ文
句を言っている。
本郷くん
「お○んこ~!」
死紙博士
「どうした本郷くん、乱心したか」
本郷くん
「あんまり禁欲的で、
思わず口走ってしまいました。
なんなんですか、
私は耐えられません、実家へ帰らせていただきます」
死紙博士
「いや、だからね…」
本郷くん
「いいじゃないですか、
ここまでひとを主人公にして勝手にやっているのですから、
『ほくなんはしかしイ○ポだった』とか
『ほくなんにはマ○の趣味があった』と書いたって同じじゃないですか」
死紙博士
「たしかにここまでいいいようにされて
文句もいってこないところをみると
ほんとに○ゾかもしれないが、そうもいかん
とにかく彼は実在の人物なのだし、JAROも文句をいうかもしれん」
本郷くん
「ところで、まだ続きを書く気でいるんですかね。
前回で完結しているとおもったら、
だらだらとまた書き出しよってからに、
どうせ書くなら
今度こそは現代の性の風俗を赤裸々に活写して欲しいものです」
死紙博士
「そんな売れない雑誌の編集者みたいなことを…」
本郷くん
「お○んこ~!」
--
のりたま@やっと眠れる、おやすみなさい