Google グループは Usenet の新規の投稿と購読のサポートを終了しました。過去のコンテンツは引き続き閲覧できます。
表示しない

ロング・グットバイ(2)

閲覧: 2 回
最初の未読メッセージにスキップ

Norimasa Nabeta

未読、
2003/09/30 8:50:482003/09/30
To:

ロング・グットバイ(2)

○ひつじ牧場

実家の用事があって、おじの家を訪問した。玄関先で済むよう
な用事だったので、さっさと片付けて退散しようとしていたら、
おじが奥から出てきた。

「ずいぶん顔を見せなかったじゃないか。
 あんまり仕事に没頭するのも関心せんぞ、
 どうだ、晩酌に付き合え。」

「いえ、今日は車できてますし、
 これから約束がありますから…」

「なに、おんなかっ」おじはパァッとうれしそうに聞いてきた。
「えっ、あまあ、女性もいますね…」と、私は言葉を濁すと、
和服姿でもうすっかりデキあがっているおじは、懐に両腕を突っ
込み肩を落とした。奥からは、つけっぱなしのテレビから野球
中継の歓声が聞こえてくる。

「どうしておまえは、こうも女に縁がないのだろうなぁ
 おれはおまえのあにきが不憫でならんよ」

ここでおじがいっている『おまえのあにき』というのは、おじ
の兄、つまり、私の父のことを言っているのだが、酔っ払って
いなくても、おじはこの調子なのだ。自分の兄のことを『おれ
のオヤジ』とか言ったりもする。
傍で聞いていたおばは、話があらぬ方に行かないかが、気が気
でないらしく、頻りに私に対して目配せをする。

「この間、おれが探してきた縁談も、
 なにも進めないうちに、むこうから断ってきたしなぁ
 なにがいかんのだろうか、おれはわからんよ」

なんだ、野望はすでに潰えていたんじゃないか、取り越し苦労
だったなと思ったが、一方でがっかりもした。そこで何気なく
「こないだの縁談って?」ととぼけて聞いた。

「ほらっ、そこの下駄箱の上に見合い写真が載ってるだろう、
 すいぶん無茶な伝手を使い
 苦労して取ってきた縁談だったのに、
 おまえに連絡を取る前に、向こうから突然、
 都合が悪くなったので、無かったことにして欲しいと
 言われて、立ち消えにちまったんだ。」

「あなた、なにもそんなことまで言わなくても…」とおばが口
を挟んだ。下駄箱の上のおばが拵えたススキにホウズキを添え
た生け花のとなりに、見合い写真が置いてある。
開けると、育ちの良さそうなショートヘアにメガネをかけて、
薄萌黄色の着物で、金地の帯、年のころは二十歳そこそこくら
いにしかみえない女の子がすましてこちらを見ている。なんか、
へんな写真だ。

「『ひつじ牧場』という会社をしっているだろう、
 郊外に行くと、よく看板が立っている。
 あそこの娘なんだ」

「年はあなたとお似合いぐらいなのよ、若く見えるけど」と、
おばが付け加えた。


○まちあわせの約束

私はなぜか口について離れなくなってしまったユーモレスクを
口ずさみながら、職場からの帰宅途中に寄り道でもしようかと
道路地図を机いっぱいに広げていた。
携帯電話が鳴った。知らない番号だ、しかも、携帯電話の番号
ではなかった。

「もしもし?」

「私は『笠原メイ』よ、いま電話してても大丈夫?」

なにもやましいことはないのだが、あわてて電話を持ち替えて、
机の下に潜り込んだ。なんでそんな行動にでたのか分からない。
地震のときに、おどろいてやかんの蓋みたいなとんでもないも
のを持って逃げるようなものだろう。私はそのとき、すこぶる
うろたえていた。

「もしもし?丁度よかった、話したいことがあったんだ。」

「そう、来週の土曜日空いてる?」ないない、あったって無い
ことにする。「土曜日の何時?」「えーっとね、土曜日の十一
時半きっぱりに全日空ホテルの正面玄関車寄せのところに来て」
「えっ、車で乗り付けちゃって大丈夫?」「OKよ、約束した
わよ、忘れないでね。」ガチャと電話が切れた。どうも公衆電
話か喫茶店の電話からかけているような音で、後ろでピアノが
なっていた。とりあえず、私はその電話番号を登録しておいた。

彼女は狂言劇がもういらなくなったことが分かったら、もう付
き合ってくれないだろうか。確かに2人の間には共通の話題と
いえば、それしかないのだから、例え、彼女がそれでもいいと
いってくれても、そのあとで何を話したらいいのだろう。もう
すこし、狂言劇のシナリオで引っ張ってみようか。このあいだ
もらった『笠原メイの身上書』は暗記するくらいに読んだけど、
あれがフィクションでないという証拠はどこにもない。フィク
ションであるという証拠もどこにもない。つまり、私は彼女に
ついてあまりにも、何も知らな過ぎるのだ。普通だったら、女
の子はもっと自分のことを喋るものだぞ(ゲームではそうだ、
現実だって、そうなんじゃないのか?)

気が付くと、職場の後輩たちが不思議そうに、机の下で携帯電
話を齧っている私を覗いている。

「あの、地震かなんか、ありましたっけ?」ひとりがおずおず
と尋ねた。


○ゲッタウェイ

その日は抜けるような空きの青空が広がっていた。ガソリンは
マンタンにしてあるし、郊外の洒落たレストランを1ダース以
上リストアップしてある。どっちに向かって走っても、第1候
補から第10候補、おまけに補欠まで用意した。
音楽の選曲は見当もつかないから、ムードミュージックから、
ソウル、ジャズ、ロック、クラッシック、Jポップに演歌まで
揃えた。トランクには秋の渓流でお茶することができる準備か
ら、吹雪に巻き込まれてもビバークできる準備まで積み込んで
ある。カードも持った、財布も持った、下着は全部新調した。
メンズ・ノンノンを片手にデパートに行って、靴から時計に至
るまで全部買った。ボーナスの蓄えがごっそり減った。床屋、
いや、メンズ・サロンとかいうところも行った。これだけ準備
したら、別人のように変わっているか、七五三のように滑稽に
なっているかのどちらかであろう、どっちでもよかった。

全日空ホテルに着いたのは10時を回った頃だった。正面玄関
は結婚式かなにかがあるのか、盛装したおばさんたちや、黒服
の男達が次々と到着するホテルのマイクロバスから流れ出ては、
ホテルの中に吸い込まれていた。車寄せでに横付けしようとす
ると、タクシーがクラクションを鳴らして追い立てた。ドア・
ボーイが客らしからぬ服装で、RV車に乗っている私を面倒そ
うに眺めている。
まだ、余裕があると思ったので、一度街中を一巡してから、約
束の時間10分前くらいに戻ってくればいいだろうと思って、
ハンドルをぐるりと回した。カーステレオにはロック集を突っ
込んだ。デゥービー・ブラザーズのロングトレインランニンの
イントロが流れ出した。正面玄関から幹線道路への入り口の方
へ視線を移したときに、視界の隅のほうで、人波が泡立つよう
なざわめきを感じた。
そのときはそれを気にも止めずに、私は左折のウインカーを出
して、幹線道路の車の切れ目に神経を集中していた。

だいぬけに、助手席のドアがガバッと開いたかと思うと、真っ
白いものが吹雪が吹き込むかのようになだれ込んできた。

「はやく、車をだしてっ」誰かが耳元でどなった。私は驚いて
アクセルを踏み込んで、幹線道路の車の流れに車体を躍らせた。
後続車が慌ててブレーキングしてクラクションを鳴らした。
ステアリングが流れるのを必死で抑えて、道路中央の高速帯に
入ると、ギアをトップに入れてアクセルを踏み込んだ。

よくみると、真っ白いものは、ウェディング・ドレス姿の彼女
だった。ご丁寧にブーケまで持っている。バックミラーには、
全日空ホテルの辺りに、黒山の人だかりができている。なにが
あったのか見当もつかない。

「ひとつ聞いてもいいかな?」

彼女は先ほどの威勢はどこかにやってしまって、しおれるよう
に俯いてしまっている。いつのまにやら、ちゃんとシートベル
トまでしている。

「あの、いまぼくがなにをやらかしてしまったのか
 説明してくれないかな」

「………」

「じゃあ、これから何処に向かったらいい?」

「どこでもいいの、
 わたしをさらって逃げて、
 郊外に抜けて、どこか遠いところまで
 わたしを連れて、逃げて欲しいの」

運転する左手にしがみ付かれて、哀願されて、私は困った。
私を見つめるその目を見ると、どこか別のところで見たことが
あるような気がした。そうだ、あの見合い写真の女だ。
私はなにがなんだかわからなくなって、道央道に上るとアクセ
ルを踏みつづけた。

どこまでも、どこまでも続く道が青空に続いているように見え
た秋の日だった。ステレオからは搾り出すようなハーモニカの
ソロが流れていた。

※これはフィクションで、実在の人物・団体とは
 全然関係ありません。

--
のりたま@それから後のことは誰も知らない

新着メール 0 件