その通りですね。無条件降伏という屈辱につながる戦争を始めた体
制の責任者の行動には、全く正当化の余地はないのです。ですから、
靖国神社はそういう体制の責任者を合祀すべきではなかっ
たわけですし、天皇もまたそういう合祀には反対してい
ました。
――
アンケート
http://futrades.s12.xrea.com/mq/multiq.cgi
投機&投資
http://www.futures.hmcbest.com/
重要なメールを送信される場合は、次のスパムフィルター
通過コードを本文に含めてください。
ihc2o1mlAkpX4vUzDAjbhqh9
恐怖感だけでは、全く開戦を正当化できませんね。
軍縮会議での海軍力についての取極めは、別に日本にとって不利な
ものではありませんでした。何しろ、イタリアやフランスの倍近い
わけですからね。ましてや、パリ講和会議において、日本は太平洋
の島々について例外的な特権――民族自決の原則からの除外と日本
支配の継続――を認められていたわけですから、恐怖感を抱く理由
もなかったのですよ、本来。日本を突き動かしたのは飽くなき野心
だったのです。
フランスはヨーロッパ大陸に占めるその地理的
な特殊性から、海軍力が比較的弱くても立場を有
利に保つ事が出来ました。それにイタリアに関し
ては米・英・日本の様な純粋な海洋国家とは言え
ず、比較対象としては如何かなと思います。
米英列強は日本の艦船保有を認めつつも、その
後、海軍本来の目的である自由貿易の保障を阻害
する数多くの政治的手段を行使する事で、結果的
に日本の大陸利権からの撤退・もしくは開戦の択
一的選択を強いました。
仰る「野心」と言うのは、あくまでもその後の
限られた選択肢の一つだったに過ぎません。日本
は列強、特に米国の中国市場進出への目の上の瘤
であったに過ぎないのです。