> In article <3f118...@news.premium-news.net>,
> J_Saita3 premium <J_Sa...@hotmail.com> wrote:
>
> > 神を人間が神の上から、あるいは神と並んで知ることはできない。人間の認識能力を
> > 超える神という存在。
>
> 素朴な疑問なのですが、人間の認識能力を超えている存在を「存在」
> として認識できるのでしょうか?
そんな場合は“存在する”とは言わず、“超在する”という。(『広辞苑』第九版より)
> そんな場合は“存在する”とは言わず、“超在する”という。(『広辞苑』第九版より)
「存在」でも「超在」でもいいのですが、認識出来ないという時点
で存在/超在しているのかどうか自体解りませんよね?
「超在している」とするなら、一体どうやって確認したのだろう?
と言う疑問があるのです。実際に存在(超在)しているのかもしれ
ないけど、人間にそれを認識する術は無い訳だし。
あのう、もしや、薬局にお勤めなのでしょうか?
J_Saita3 premium wrote:
勤めてるんじゃなくて、「経営」すとるのだが、何か?
Masaya Oda wrote:
超在しておられる御方を、認識するなんてことは人間の分際にはできっこない。
ただ、ひたすらに「信ずる」のみ。
古人曰く:-「信ずる者は救われる」。
"□■□■□" <m4...@eastmail.invalid> wrote in message
news:3f1a0c2a.7349%m4...@eastmail.invalid...
>
> 「信ずるものは掬われる」が正しいぞよ。ヽ(^。^)ノ
「信じるものはだまされる」と聞いていますが。。。
# だいたい、認識できないものをどうやって信じるのかと小一時間