8月4日に中国のチチハル市で発生した、旧日本軍の遺棄化学兵器による損
害の補償問題について、法的側面からフォローアップします。
そのため、投稿先にfj.soc.lawを加え、フォローアップ先もそちらに設定
してあります。この問題を政治的に議論されたい方は、fj.soc.politics
に投稿していただければ幸いです。
> Shinji KONOさんの<3988886...@insigna.ie.u-ryukyu.ac.jp>から
>>僕は補償すべきだと思います。日本が出さなきゃいったい誰がだす?
In article <bijerp$opl$1...@caraway.media.kyoto-u.ac.jp>, Yoshitaka Ikeda wrote:
> 日中国交正常化の宣言の中には、
> 「中華人民共和国政府は,中日両国国民の友好のために,日本国に対する戦争賠償の請求を放棄することを宣言する。」
> (http://avatoli.ioc.u-tokyo.ac.jp/~worldjpn/documents/texts/docs/19720929.D1J.htmlより引用)
> とありますので、中華人民共和国が出すべき性質の金だと思います。
> #慰安婦だの徴用だのの給与未払いとかも、当該国家が払うべき。
このスレッドで問題になっているのは、戦争賠償ではなく、遺棄化学兵器
が引き起こした損害の補償です。
そしてこの問題に関しては、1997年に発効した化学兵器禁止条約において
日本が遺棄化学兵器の廃棄義務を引き受けており、かつ、日中両国が1999
年に調印した覚書では、
「廃棄の過程で万一事故が発生した場合には、両国政府は直ちに協議を
行い、その基礎の上に、日本側として必要な補償を与えるため、双方
が満足する措置をとる」
ことが合意されています。
# 参照:http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/china/cw/oboegaki.html
したがって、この点についての検討を十分に行うことなく、単に1972年の
日中共同宣言だけに依拠して議論を展開してしまうのは、少々危ういよう
に私には思われます。
もし仮に中国側の補償請求を法的に退けようとするのであれば、
“今回の被害発生は建設現場で偶然発見された遺棄化学兵器からの漏出
によるものであり、日本が主体となって行う「廃棄の過程」には含ま
れない”
という議論が考え得ると思いますが、日本の廃棄義務(そこには廃棄の安
全性確保も含まれています)は未発見の遺棄化学兵器にも及んでいますの
で、廃棄義務の不履行という線での補償請求をかわすのは難しいようにも
思えます。そしてさらに議論をこねくり回すと、
“廃棄義務がある以上、未発見遺棄化学兵器も廃棄を待っている状態に
あるのであり、「廃棄の過程」に含まれている”
という主張も出せなくはないのかもしれません。
# 問題は、遺棄化学兵器の安全確保義務をどの程度のものと見做すのか
# にかかっているように思います。
もう一つ、搦め手というか、別の方向から日本側が補償を回避するための
立論としては、損害発生に際して補償請求者の側に重大な過失もしくは故
意があったことを立証するという線があるように思われます。
但し、こちらについても、地中に埋まっていた「高さ約75センチの金属
缶」を無造作に扱っただけで重過失をとるのは難しいように思われます。
# もちろん、缶に化学兵器のことが書かれていたり、あるいは砲弾・爆
# 弾のような形状をしていれば話は別でしょうが。
# なお、発見時の状況については以下を参照しました。
# http://news.goo.ne.jp/news/asahi/kokusai/20030823/K0022200708061.html
いずれにせよ、化学兵器禁止条約および関連諸協定のことを考えると、こ
の問題が仮に国際仲裁裁判などの場で扱われる場合、中国からの補償請求
を日本側が余裕を持って退けられ得るものなのかどうか、今ひとつ判然と
しません。皆様の法的観点からのご意見を伺えれば幸いです。
--
* Freiheit | 安井宏樹(YASUI Hiroki), jya...@mail.ecc.u-tokyo.ac.jp *
* Recht | 東京大学大学院法学政治学研究科・比較法政国際センター *
* Einigkeit | (現代ドイツ政治,ヨーロッパ政治史) *
>From:YASUI Hiroki <jya...@mail.ecc.u-tokyo.ac.jp>
>Date:2003/08/28 18:35:29 JST
>Message-ID:<ymrmbrua...@as302.ecc.u-tokyo.ac.jp>
>
>このスレッドで問題になっているのは、戦争賠償ではなく、遺棄化学兵器
>が引き起こした損害の補償です。
そう言いきれます?
中国在住の個人が誰かの何かによって損害を受けた場合に
戦争に関係あるからって日中友好宣言持ち出すのと
遺棄化学兵器だからって1997年条約や1999年覚え書きを出すのは
問題の解析が十分でない点が一緒だと思います。
個人が誰かの何かによって損害を受けた場合
(そしてそれが契約に基づかない場合)
これは各国の不法行為法の適用を受けるかどうかという
国内法だけでかたのつく問題ではないでしょうか?
これ仮に日本国内で同様の事故が起こった場合
基本的には民法709条の不法行為なり国家賠償法の問題で
それぞれの要件を満たすかどうかの検討をし
要件を満たすとなれば損害賠償義務が認められるし
要件がなければ認められない……で終わってしまいます。
で、民法の不法行為なら
原則なら故意過失が要求されるところ
処理当時の技術水準に照らし故意過失がないとなれば
損害賠償はしなくてもよいという話になります。
中国国内で旧中国軍の物による同様の事故が起こった場合
日本法ではなく中国法においてどう処理されるかという変化だけで
中国不法行為法が今どうなっているかさっぱりわからないので
詳細は避けますけど
「中国法でどうなるのか?」という肝は変わりません。
そしてそれは中国国内で「旧日本軍」に変わったとしても
被告が中国政府から日本政府に変わるだけで
肝は全く一緒。
もし損害賠償義務の法的存否を言うのであれば
まずこの議論についてきちんと整理をしておかなければなりませんし
中国不法行為法についての知識が私にはありませんので
コメントを避けておきます。
(上でも示唆しましたが日本法だと故意過失がかなり問題になるし
無過失責任規定の存在なり立証責任転換をもってこない限り
たぶんだめではないかなあ……と思います。)
国内法で国際法の問題が出てくるのは
国内法で認められることが
国際法の存在のみを理由に否定された場合でしょう。
国際法の問題でいうなら
まずもって「国際法違反」であることを示さなければ
国際法上の損害賠償義務は発生しません。
そしてその国際法違反が戦争や戦争終結にともなうものであれば
戦争にともなう賠償権の放棄との関係という論点は必ず出てきます。
(さらに事情変更が効くかどうかという問題にもなるでしょう。)
その国際法違反が1999年覚書違反だというなら
それはそれで成立しますが……。
(もっとも私見ですが
同覚書が日本国政府に調査義務を課したと解するのはともかく
その義務内容が、中国すみずみまで地下何mまで確認をしなさい
それでも見つかれば確認義務違反になる
という類の不可能を強いたものとは到底思えないのですが。
未発見のものを含むのは
条約締結時にわからなかったとしても可能な限度内での探索義務を課し
その後発見されたもの含めて発見後きちんと処理する義務を課すという
文字通りの義務にすぎず
未発見のものについての無過失責任の根拠規定にはなり得ないように
思います。)
----------------------------------------------------------------------
Talk lisp at Tea room Lisp.gc .
c...@nn.iij4u.or.jp 佐々木将人
(This address is for NetNews.)
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ルフィミア「私のアンソロ本を書くって本当?」
まさと 「それ、微妙に間違っている……。」
In article <20030828...@nn.iij4u.or.jp>, c...@nn.iij4u.or.jp (SASAKI Masato) writes
> で、民法の不法行為なら
> 原則なら故意過失が要求されるところ
> 処理当時の技術水準に照らし故意過失がないとなれば
> 損害賠償はしなくてもよいという話になります。
それだと、土壤汚染とかは、「当時大丈夫だと思った」ら、あとは
追求されないってことになりますけど。
また、「毒ガスを埋めた」「その事実を公表しなかった」ってのが
故意過失がないってことなるとは、とうてい思えないです。
土壤汚染の補償/現状回復の義務を、汚染した主体に求めるのは自
然ですし、そうであるべきだと思います。
---
Shinji KONO @ Information Engineering, University of the Ryukyus,
PRESTO, Japan Science and Technology Corporation
河野真治 @ 琉球大学工学部情報工学科,
科学技術振興事業団さきがけ研究21(機能と構成)
現行法では、そうなっちゃってんですよ。
苦労このうえない。
みんなで法律を変えないと! そこにきずいてくれ。
国会議員たちよ、変えてくれ!
まつむら
In article <3F4F37C2...@nr.titech.ac.jp>, kma...@nr.titech.ac.jp says...
>
>SAKI Masato) writes
>> > で、民法の不法行為なら
>> > 原則なら故意過失が要求されるところ
>> > 処理当時の技術水準に照らし故意過失がないとなれば
>> > 損害賠償はしなくてもよいという話になります。
>>
>> それだと、土壤汚染とかは、「当時大丈夫だと思った」ら、あとは
>> 追求されないってことになりますけど。
>>
>
>現行法では、そうなっちゃってんですよ。
そうでなく、
当時の技術水準を総合的に勘案し
故意過失がないと判断されたら
つまり、当時どう思ったかではなく、各種の証拠等から「当時の技術水準
としては適当な処置だった」と判断された場合、損害賠償はしなくても良
いってことじゃないかな?
--
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ではまた mailto:oik...@po.jah.ne.jp
物事の肯定的な側面を証明するより、
否定的な側面を証明する方が、はるかに難しい
-----------------------------------------------------
>From:Hiroyuki Oikawa
>Date:2003/08/29 14:12:18 JST
>Message-ID:<binn01$2dts$1...@news.jaipa.or.jp>
>
>そうでなく、
> 当時の技術水準を総合的に勘案し
> 故意過失がないと判断されたら
>つまり、当時どう思ったかではなく、各種の証拠等から「当時の技術水準
>としては適当な処置だった」と判断された場合、損害賠償はしなくても良
>いってことじゃないかな?
これの方がより正解だと思います。
一般論として、 危険がないとされていたものが後から危険だとか
言われても、当時の人にはどうする事も出来ないでしょう。
# 「安全で有効だ」と言われていた薬の副作用を後から云々して、
# それを投与した医者の責任を責めるようなものです。
ということで、この反論は適当ではありませんね。
> また、「毒ガスを埋めた」「その事実を公表しなかった」ってのが
> 故意過失がないってことなるとは、とうてい思えないです。
問題を錯誤していますね。
日本に責任があるとするなら、1999年の合意に
基づいて日本が負うべき廃棄義務についてであって、
大昔に埋めたとか公表しなかったとか(場所もわか
らんもの、公表のしようもないだろう)とか、何を
頓珍漢な事を言っているやら。
> 土壤汚染の補償/現状回復の義務を、汚染した主体に求めるのは自
> 然ですし、そうであるべきだと思います。
KONOくんが感情論に走ってそう思うのは勝手です。
が、問題は現在の日本政府に責任があるのかどうか
という事に帰着するでしょう。
という事で、法解釈上の結論は出てますから、fj.soc.politics
に戻します。
>>From:YASUI Hiroki <jya...@mail.ecc.u-tokyo.ac.jp>
>>Message-ID:<ymrmbrua...@as302.ecc.u-tokyo.ac.jp>
>>このスレッドで問題になっているのは、戦争賠償ではなく、遺棄化学兵器
>>が引き起こした損害の補償です。
In article <20030828...@nn.iij4u.or.jp>, SASAKI Masato wrote:
> 中国在住の個人が誰かの何かによって損害を受けた場合に
> 戦争に関係あるからって日中友好宣言持ち出すのと
> 遺棄化学兵器だからって1997年条約や1999年覚え書きを出すのは
> 問題の解析が十分でない点が一緒だと思います。
> 個人が誰かの何かによって損害を受けた場合
> (そしてそれが契約に基づかない場合)
> これは各国の不法行為法の適用を受けるかどうかという
> 国内法だけでかたのつく問題ではないでしょうか?
検討すべき最初のステップが「各国の不法行為法の適用」であるという御
指摘はごもっともかと思います。
ただ、そうした国内裁判での処理を考えるに当たって気になるのが、主権
免除の問題です。化学兵器遺棄・廃棄のいずれにせよ、国家の主権的行為
であるように思われますので、この事件に関する中国の民事裁判権は日本
政府に及ばず、中国の「国内法だけでかたのつく問題」にはならないので
はないかと思うのですが、どうでしょうか。
> で、民法の不法行為なら
> 原則なら故意過失が要求されるところ
> 処理当時の技術水準に照らし故意過失がないとなれば
> 損害賠償はしなくてもよいという話になります。
{中略}
> もし損害賠償義務の法的存否を言うのであれば
> まずこの議論についてきちんと整理をしておかなければなりませんし
> 中国不法行為法についての知識が私にはありませんので
> コメントを避けておきます。
> (上でも示唆しましたが日本法だと故意過失がかなり問題になるし
> 無過失責任規定の存在なり立証責任転換をもってこない限り
> たぶんだめではないかなあ……と思います。)
「中国+不法行為+無過失責任」で検索したところ、
・中国の「民法通則」は過失責任を原則とし、故意または過失の存在を
不法行為の成立要件としている。
・しかし、環境汚染により損害がもたらされた場合には無過失責任とさ
れる。
と説明しているサイトがありました。
# http://www.glocomnet.or.jp/criepi/034/034.main7.html
化学兵器漏出を「環境汚染」と捉えれば、無過失責任が問われることにな
るかもしれません。
また、故意過失について論ずるにしても、「大量破壊兵器」たる毒物をご
く普通のドラム缶(に見えるもの)に詰めただけで市街地に埋めてしまう
というのは、直感的には、かなり杜撰な処理であるように思われます。
# 当該遺棄化学兵器の容器を写した画像については以下を参照。
# http://j.people.ne.jp/2003/08/09/jp20030809_31390.html
埋設場所の公知は(治安その他の観点から)期待困難だとしても、缶をコ
ンクリートで固めるとか、あるいは、最低限、「どくいりきけん、あけた
らしぬで」という旨の標識を一緒に埋設するくらいのことは、毒物を扱う
以上、為されてしかるべきところかと思うのですが、どうなのでしょうか。
# その程度のことなら、たとえ1945年当時の技術水準でも十分に可能で
# したでしょうし。
> 国際法の問題でいうなら
> まずもって「国際法違反」であることを示さなければ
> 国際法上の損害賠償義務は発生しません。
{中略}
> その国際法違反が1999年覚書違反だというなら
> それはそれで成立しますが……。
> (もっとも私見ですが
> 同覚書が日本国政府に調査義務を課したと解するのはともかく
> その義務内容が、中国すみずみまで地下何mまで確認をしなさい
> それでも見つかれば確認義務違反になる
> という類の不可能を強いたものとは到底思えないのですが。
> 未発見のものを含むのは
> 条約締結時にわからなかったとしても可能な限度内での探索義務を課し
> その後発見されたもの含めて発見後きちんと処理する義務を課すという
> 文字通りの義務にすぎず
> 未発見のものについての無過失責任の根拠規定にはなり得ないように
> 思います。)
御指摘の通り、1999年覚書に無過失責任を定めた明文規定はありませんが、
有害廃棄物処理の国際的枠組みであるバーゼル条約が無過失責任を規定し
ていることとのバランスから考えれば、廃棄義務を負っている日本に無過
失責任があると立論することは可能だと思います。
また、佐々木さんは、「未発見のもの」についての安全確保義務の有無に
ついて、「未発見」であることを理由として義務の存在を否定しておいで
のようですが、有害物質たる化学兵器を地中に埋めて「未発見」にしたの
が日本である以上、「未発見」を理由とする義務回避を認めるのは均衡を
失するように見えるのですが、どうでしょうか。
>From:YASUI Hiroki <jya...@mail.ecc.u-tokyo.ac.jp>
>Date:2003/09/01 20:33:55 JST
>Message-ID:<ymrmad9o...@as302.ecc.u-tokyo.ac.jp>
>
>検討すべき最初のステップが「各国の不法行為法の適用」であるという御
>指摘はごもっともかと思います。
正確に言うとそれにとどまるものではありません。
今なぜか「日本の賠償責任」ということでお考えのようですが
そういう捉え方自体があまり法的なものとは言い難い。
せめて「日本の「何某に対する」賠償責任」くらいは
できれば「日本の「何某に対する」「何々に基づく」賠償責任」としなければ
出発点において正確な法律論は展開できないという趣旨です。
そこで整理すると少なくとも
「日本の(被害者である)中国市民に対する賠償責任」
「日本の中国政府に対する賠償責任」
くらいは考えられるし
それぞれについて単に不法行為による損害賠償責任と
国際法上の違法行為として問われる国際責任が
考えられるはずです。
そして
「日本の(被害者である)中国市民に対する賠償責任」
を考えるのであれば
まずまっさきに国内法の不法行為論を見ないとだめだ……と続きます。
>ただ、そうした国内裁判での処理を考えるに当たって気になるのが、主権
>免除の問題です。化学兵器遺棄・廃棄のいずれにせよ、国家の主権的行為
>であるように思われますので、この事件に関する中国の民事裁判権は日本
>政府に及ばず、中国の「国内法だけでかたのつく問題」にはならないので
>はないかと思うのですが、どうでしょうか。
それでは問題の解析が不十分です。
主権免除の話は
中国市民もしくは中国政府が日本政府に対し
中国の裁判所に出訴した場合にのみ適用される話です。
中国市民もしくは中国政府が日本政府に対し
日本の裁判所に出訴した場合には主権免除は無関係です。
(ちなみに法例11条1項は不法行為地法の適用を原則にしていますので
中国法の適用を求めて日本の裁判所に出訴するのは
十分にあり得る戦術です。
個人的には過失責任は無理だと思いますので
11条2項が発動されるので、無理だと思いますが……。)
>化学兵器漏出を「環境汚染」と捉えれば、無過失責任が問われることにな
>るかもしれません。
無過失責任と行為責任の遡及とは本来無関係です。
無過失責任を認めたことは
過去の行為による責任の遡及的追求を可能にしたことを意味しません。
>埋設場所の公知は(治安その他の観点から)期待困難だとしても、缶をコ
>ンクリートで固めるとか、あるいは、最低限、「どくいりきけん、あけた
>らしぬで」という旨の標識を一緒に埋設するくらいのことは、毒物を扱う
>以上、為されてしかるべきところかと思うのですが、どうなのでしょうか。
> # その程度のことなら、たとえ1945年当時の技術水準でも十分に可能で
> # したでしょうし。
この点については
当の1945年当時の技術水準をはっきりと論証できないので
特に反論はしません。
(感覚的には「そうか~?」って感じもしてますが。)
>御指摘の通り、1999年覚書に無過失責任を定めた明文規定はありませんが、
>有害廃棄物処理の国際的枠組みであるバーゼル条約が無過失責任を規定し
>ていることとのバランスから考えれば、廃棄義務を負っている日本に無過
>失責任があると立論することは可能だと思います。
ここも同様。
ある時点で無過失責任を定めた条約が拘束力を発生させたとしても
そのことだけで条約発効以前の行為についての無過失責任を定めたことには
なりません。
むしろ遡及効はないと解するのが原則です。
(一般則としては条約法に関するウィーン条約28条)
また歴史的に見れば国際責任については過失責任が原則でした。
1945年当時に国際責任を無過失責任原則で語るのは間違いだと思います。
ですから1999年覚書の時点において
(それまで負っていなかった義務を)
日本が負ったのだという説明にならざるを得ないと思いますが
この場合の無過失責任の行為は
「危険物を埋めた」という行為ではなく
「危険物を発見する義務を負っているのに発見できなかった」という行為を
無過失責任の対象となる行為ととらざるを得ないことになります。
しかしそれは結局前の投稿で示したとおり
事実上不可能な行為を要求しているものであります。
条約の解釈において不可能を強いる解釈とそうでない解釈があれば
そうでない解釈が採用されることにも異論はないと思います。
>また、佐々木さんは、「未発見のもの」についての安全確保義務の有無に
>ついて、「未発見」であることを理由として義務の存在を否定しておいで
>のようですが、有害物質たる化学兵器を地中に埋めて「未発見」にしたの
>が日本である以上、「未発見」を理由とする義務回避を認めるのは均衡を
>失するように見えるのですが、どうでしょうか。
これも
「いつの時点でのどんな義務」という点に混同が見られます。
それが1999年覚書による義務だというのであれば
遡及効を持たせることが誤りなのですから
過去の事情を考慮して結果遡及効を生じさせようとする解釈自体が
誤りとなります。
そうすると法の裏付けのないバランス論になってしまいます。
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Talk lisp at Tea room Lisp.gc .
c...@nn.iij4u.or.jp 佐々木将人
(This address is for NetNews.)
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ルフィミア「お兄ちゃん、もうすぐ秋休みだよ。」
まさと 「それ黄色いリボンつけて言わないとわかりにくい……。」
>>From:YASUI Hiroki <jya...@mail.ecc.u-tokyo.ac.jp>
>>Message-ID:<ymrmad9o...@as302.ecc.u-tokyo.ac.jp>
>>
>>検討すべき最初のステップが「各国の不法行為法の適用」であるという御
>>指摘はごもっともかと思います。
In article <20030901...@nn.iij4u.or.jp>, SASAKI Masato wrote:
> 正確に言うとそれにとどまるものではありません。
> 今なぜか「日本の賠償責任」ということでお考えのようですが
> そういう捉え方自体があまり法的なものとは言い難い。
> せめて「日本の「何某に対する」賠償責任」くらいは
> できれば「日本の「何某に対する」「何々に基づく」賠償責任」としなければ
> 出発点において正確な法律論は展開できないという趣旨です。
丁寧な御指摘をいただき、ありがとうございました。
>>ただ、そうした国内裁判での処理を考えるに当たって気になるのが、主権
>>免除の問題です。化学兵器遺棄・廃棄のいずれにせよ、国家の主権的行為
>>であるように思われますので、この事件に関する中国の民事裁判権は日本
>>政府に及ばず、中国の「国内法だけでかたのつく問題」にはならないので
>>はないかと思うのですが、どうでしょうか。
>
> それでは問題の解析が不十分です。
> 主権免除の話は
> 中国市民もしくは中国政府が日本政府に対し
> 中国の裁判所に出訴した場合にのみ適用される話です。
> 中国市民もしくは中国政府が日本政府に対し
> 日本の裁判所に出訴した場合には主権免除は無関係です。
> (ちなみに法例11条1項は不法行為地法の適用を原則にしていますので
> 中国法の適用を求めて日本の裁判所に出訴するのは
> 十分にあり得る戦術です。
> 個人的には過失責任は無理だと思いますので
> 11条2項が発動されるので、無理だと思いますが……。)
法例11条2項によって排除されるのであれば、結局のところ、中国の「国
内法だけでかたのつく問題です」とはならないように思うのですが…。
>>化学兵器漏出を「環境汚染」と捉えれば、無過失責任が問われることにな
>>るかもしれません。
>
> 無過失責任と行為責任の遡及とは本来無関係です。
> 無過失責任を認めたことは
> 過去の行為による責任の遡及的追求を可能にしたことを意味しません。
この点についてもう少し確認させてください。
“遺棄という一回限りの行為が1945年に行われた”と見なすのではなく、
“毒物の安全な管理を行い続けるべき日本政府が今日までその義務を怠り
続けている”と立論する線はないのでしょうか。
# “ドラム缶に詰めての埋設は安全な管理ではない”という主張を前提
# にした上での話になりますが…。
>>埋設場所の公知は(治安その他の観点から)期待困難だとしても、缶をコ
>>ンクリートで固めるとか、あるいは、最低限、「どくいりきけん、あけた
>>らしぬで」という旨の標識を一緒に埋設するくらいのことは、毒物を扱う
>>以上、為されてしかるべきところかと思うのですが、どうなのでしょうか。
>> # その程度のことなら、たとえ1945年当時の技術水準でも十分に可能で
>> # したでしょうし。
>
> この点については
> 当の1945年当時の技術水準をはっきりと論証できないので
> 特に反論はしません。
> (感覚的には「そうか~?」って感じもしてますが。)
ということは、“過失責任を問われる可能性は明白にはゼロではない”と
見ておいた方が無難である、ということでしょうか。
なお、この事件で問題になっているマスタードガスについては、焼却によ
る無害化という技術が当時から知られており、終戦時に焼却処分された例
も存在しています。
# 参照:http://www.kitanippon.co.jp/backno/200306/25backno.html#seiji4
そうしたことから考えても、ドラム缶に詰めただけでの埋設はあまりにも
杜撰だという印象を持っています。
# もっとも、昨年秋には、神奈川県寒川町の道路工事現場で、ビール瓶
# に詰められたマスタードガスが掘り出されたという事例も発生してい
# ますが…。
# 参照:http://www.pref.kanagawa.jp/osirase/saigai/kikenbutu/kikenbutugaiyou.htm
ところで、報道によれば、今回の事件の処理に関して日本政府は、日中共
同声明による賠償請求権放棄を根拠として補償請求には応じない一方、被
害者・遺族に見舞金を出すという形で解決を図るつもりのようです。
# http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20030902-00000059-kyodo-pol
言うなれば、政治的解決といったところでしょうか…。
>From:YASUI Hiroki <jya...@mail.ecc.u-tokyo.ac.jp>
>Date:2003/09/05 20:50:47 JST
>Message-ID:<ymrmu17r...@as302.ecc.u-tokyo.ac.jp>
>
>法例11条2項によって排除されるのであれば、結局のところ、中国の「国
>内法だけでかたのつく問題です」とはならないように思うのですが…。
この話はもともと「中国の裁判所に出訴」した場合の話ですから。
日本の裁判所に出訴した時点で中国の国内法だけでかたづく訳ではないのは
これは割と明らかではないかと思います。
……どう考えても日本の民事訴訟法の適用はある訳で。
そしてポイントは結局この検討の中では
「国際法の出てくる余地はない」という点です。
日本の裁判所に出訴したところで
適用されるのは日本法と中国法という「国内法」だけです。
>“遺棄という一回限りの行為が1945年に行われた”と見なすのではなく、
>“毒物の安全な管理を行い続けるべき日本政府が今日までその義務を怠り
>続けている”と立論する線はないのでしょうか。
> # “ドラム缶に詰めての埋設は安全な管理ではない”という主張を前提
> # にした上での話になりますが…。
その主張をする場合
「本当にそれは義務か?」ってことが厳しく問われるでしょう。
危険物を埋めることに違法はないが
埋めた後の管理に違法があったというのは
国内法的にも国際法的にもかなり無理のある立論だと思います。
(国内の廃棄物処理で考えていただければよろしいかと。
どっかで「それはそもそも埋めた時点で問題あり」か
「管理についての無過失責任を問うている」か
どちらかの思想が入っているように思います。)
さらに日本の実効支配が及ばなくなった時点で
なお管理を求めるというのもこれまた国際法的には問題です。
>ということは、“過失責任を問われる可能性は明白にはゼロではない”と
>見ておいた方が無難である、ということでしょうか。
私だったら
「事実認定の部分で確定できないものがあるので
事実認定に基づく法的な評価は
両建てでやっておく」
と考えているところです。
逆に言えば1945年時点での技術水準は
ある程度論証可能な訳です。
……単に私が知らないだけで。
そしてその論証の結果、過失の有無は(概念的には)決められます。
>ところで、報道によれば、今回の事件の処理に関して日本政府は、日中共
>同声明による賠償請求権放棄を根拠として補償請求には応じない一方、被
>害者・遺族に見舞金を出すという形で解決を図るつもりのようです。
これは私も読みました。
>言うなれば、政治的解決といったところでしょうか…。
もしくは法律上の「和解」と考えてもいいかもしれません。
もともと日本政府が私の見解に近い
「そもそも故意過失なし、国際責任も発生しない」という線か
仮にそうでないにせよ賠償権放棄という線なのか
よくわからないのですが
その法的主張は維持したまま紛争解決をはかったのであれば
まさに和解でしょう。
>>From:YASUI Hiroki <jya...@mail.ecc.u-tokyo.ac.jp>
>>Message-ID:<ymrmu17r...@as302.ecc.u-tokyo.ac.jp>
>>“遺棄という一回限りの行為が1945年に行われた”と見なすのではなく、
>>“毒物の安全な管理を行い続けるべき日本政府が今日までその義務を怠り
>>続けている”と立論する線はないのでしょうか。
>> # “ドラム缶に詰めての埋設は安全な管理ではない”という主張を前提
>> # にした上での話になりますが…。
In article <20030905...@nn.iij4u.or.jp>, SASAKI Masato wrote:
> その主張をする場合
> 「本当にそれは義務か?」ってことが厳しく問われるでしょう。
> 危険物を埋めることに違法はないが
> 埋めた後の管理に違法があったというのは
> 国内法的にも国際法的にもかなり無理のある立論だと思います。
> (国内の廃棄物処理で考えていただければよろしいかと。
> どっかで「それはそもそも埋めた時点で問題あり」か
> 「管理についての無過失責任を問うている」か
> どちらかの思想が入っているように思います。)
前記の立論は、「それはそもそも埋めた時点で問題あり」(「“ドラム缶
に詰めての埋設は安全な管理ではない”という主張」)という主張を前提
した上でのものです。
なお、この中国での化学兵器遺棄に関する最初の判決が2003年5月15日に
東京地裁で出たようでして、報道などから見る限り、そこでは、
・地中や河川に捨てた化学兵器に一般人が接触すれば、爆発や内容物の
作用により生命・身体に被害をもたらすことが十分推測された。特に
毒ガス兵器は当時、国際法で禁止されており、これを遺棄することは
顕著な違法性を有する。
・日本政府は旧日本軍関係者からの事情聴取を尽くせば、現場付近に遺
棄されていることを予見することは可能だった。
との旨が判示された模様です。「埋めた時点で問題あり」と「管理につい
ての過失」を認めたものと見て良いのではないでしょうか。
# 参照:http://www.mainichi.co.jp/news/selection/archive/200305/15/20030515k0000e040027002c.html
# http://www1.jca.apc.org/aml/200305/34082.html
# http://soejima.to/boards/cb.cgi?room=experiments&page=3
# http://osaka.catholic.jp/sinapis/overseas/weekly_t/030525-5.html
> さらに日本の実効支配が及ばなくなった時点で
> なお管理を求めるというのもこれまた国際法的には問題です。
但し、遺棄の違法性や被害発生の予見可能性を認めた上記判例でも、「中
国政府に対して回収・保管業務を依頼しても、それを行うか否かは中国政
府の判断に委ねられるから、被告がそのようなことを行うことが各事件の
発生を回避するために有効な手段であったとみることはできない」との理
由から、日本政府に被害発生の回避義務は生じないとして、被告の損害賠
償請求を退けているようです。
ただ、この判決が扱っているのは1980年代の化学兵器漏出事故ですので、
今回のチチハルでの事故のように1999年覚書によって日本政府に「回収・
保管業務」の義務が発生した後のものに対しては、「中国政府の判断に委
ねられるから」という理由はその意味を失うのではないかと思うのですが、
どうなのでしょうか。
>From:YASUI Hiroki <jya...@mail.ecc.u-tokyo.ac.jp>
>Date:2003/09/22 20:35:21 JST
>Message-ID:<ymrmu175...@as302.ecc.u-tokyo.ac.jp>
>
>なお、この中国での化学兵器遺棄に関する最初の判決が2003年5月15日に
>東京地裁で出たようでして、
これは最高裁のホームページからたどれます。
http://courtdomino2.courts.go.jp/kshanrei.nsf/webview/9C2015EBB06A47B549256D3D0034F006/?OpenDocument
で見れれば幸い。見えない場合は
http://www.courts.go.jp/ から最高裁判所のホームページの
「判例情報」「下級裁主要判決情報」「検索ページ」で
東京地方裁判所平成9年(ワ)第22021号事件平成15年5月15日判決
を指定して見てください。
原告の法的構成は
1次的には国際法に基づく損害賠償請求
陸戦の法規慣例に関する条約
それと同内容の国際慣習法
国際人権規約B規約
世界人権宣言
2次的には中国民法に基づく損害賠償請求
3次的には日本の国家賠償法及び日本民法に基づく損害賠償請求
公務員の故意過失による行為責任
公の営造物責任
一般不法行為責任
使用者責任
土地工作物責任
です。
で、被告はごちゃごちゃ言っていますがこれはばっさり切りまして(笑)
原告のこれらの点に対する裁判所の判断は
まず1次的主張である国際法違反を理由とする損害賠償請求は
陸戦法規関係については個人の損害賠償請求権を規定したものではそもそもない
人権関係については自動執行的な条約ではない
としていずれも否定しています。
2次的主張である中国民法違反を理由とする損害賠償は
国家権力の行使の場合には法例11条1項は適用されないとして否定。
3次的主張にはまず作為である「遺棄行為」と
これと時間軸を異にする不作為である「放置行為」とは
一緒に論じることはできないとして、
一緒に論じる原告の主張を否定しています。
続いて放置行為については国家権力の行為であることを理由に
民法の適用を否定。
そして国家賠償法の適用があるかどうかを詳細に論じています。
まず(判決とは順序が変わりますが)
公の営造物責任については
公の営造物にはあたらないし
遺棄は設置にならないし
放置は管理にならないということで否定。
公務員の故意過失による責任については
「原則としては,
公務員の作為義務が法令によって規定されていない場合には,
不作為をもって職務上の義務違反とすることは
相当でないといわざるを得ない。」
とし、その例外として
「少なくとも
公務員ないし国家機関による権限の行使と密接な関連のある行為に基づいて
人の生命・身体・財産等に係る
重大な法益を侵害する危険性が生じただけでなく,
その危険性が現実化することが切迫している状況にあり,
この危険性を予見した上で結果に向けられた因果の流れを遮断して
結果の発生を阻止し得る立場にある公務員ないし国家機関は,
法令上に具体的な根拠がなくとも,
条理に基づき,これを行うことが義務づけられるものと考えられる。」
という基準を立てた上で
その具体的な検討に入っています。
その中で終戦後の厚生省の担当者については
砲弾について予見可能性を否定、毒ガスについて予見可能性を肯定したものの
結果可能性を否定して
結局請求棄却判決になった訳です。
>ただ、この判決が扱っているのは1980年代の化学兵器漏出事故ですので、
>今回のチチハルでの事故のように1999年覚書によって日本政府に「回収・
>保管業務」の義務が発生した後のものに対しては、「中国政府の判断に委
>ねられるから」という理由はその意味を失うのではないかと思うのですが、
>どうなのでしょうか。
いや、この判決の線だと1999年覚書の存否は結論に影響しません。
判決中に
「前提としては
具体的な所在場所についてまで把握していなければならないことになるが,
被告が事前にそこまで具体的に特定して把握していたとは認められず,
この点でも,
回収措置による結果回避可能性の存在には疑問が残るところである。」
としているところ
この結果回避可能性というのは
「原則としては,
公務員の作為義務が法令によって規定されていない場合には,
不作為をもって職務上の義務違反とすることは
相当でないといわざるを得ない。」
ことの例外が認められるための要件となっており
その例外が無過失責任や
実行困難な作為義務を設定した上での不作為の責任を問うというのでは
原則と例外という位置づけに影響を与えるもので
妥当性を欠くからです。
ちなみに私個人の意見としては
国家賠償法による救済ができない場合に
もし民法上の救済が可能であれば
それを否定する理由は全くないという立場なんですが
その点を除けばこの判決におおむね賛成です。
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Talk lisp at Tea room Lisp.gc .
c...@nn.iij4u.or.jp 佐々木将人
(This address is for NetNews.)
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ルフィミア「兄さん、秋休みだね。私をどこに連れていってくれるの?」
まさと 「それ青いブレザーでキュンキュンさせながら言わないと……。」